まず間違いなく、伊達政宗と片倉小十郎は男女の仲にちがいなかった。


猿飛佐助はそのことを疑ったことすらなかった。それは事実以外のなにものでもないように思えた。ふたりが世にふたつとないほどの結びつきを持った主従であることは差し引いたとしても、傍目から見て龍と右目はあんまり近すぎたのである。戦のときは言うに及ばず、平時でも常にふたりで居る。そうして身を寄せ合っている。
いかめしい、言われなければ女と解らないような小十郎が、ときどきふと笑んだりする。
そうすると嗚呼あれも女なのだなあと佐助はつくづくと思い知る。小十郎は笑うと普段は常に浮かんでいる眉間のしわが薄くなり、はっとするほどやわらかな顔になるのだ。
彼女はとてもしあわせそうに笑う。
実際、しあわせなのだろう。
どうにもため息が出てしまう。
佐助はほう、と息を吐く。

「どうした」

正面に座る小十郎が首を傾げる。
昼下がりのひかりに照らされた女はいやにまばゆい。佐助はちらりと目を伏せた。まばゆいのは自分の目が腐ってしまったからだ。よく見ればべつに小十郎はまばゆくもなんともない。
でも佐助は小十郎をよく見ることができない。
見つめてしまうとどうにも胸が苦しくなる。

「なんでもない。些っと考え事してただけ」

へらりと笑うと、小十郎は不思議そうに瞬きをした。
佐助は縁側に置かれた杯に手を伸ばした。ふらりと立ち寄れば酒を飲み交わすくらいには親しい。しかしそれだけの間柄のこの女が誰に抱かれていようと、そんなことはまったく自分には関わりがないことである。
でも気になるのだ。
視線をあげると、ちょうど胸元に焦点が合った。普段は晒できつく締められた胸も、今は単衣を上から羽織っただけである。布を押し上げる豊かなふくらみに、佐助は軽いめまいを感じた。視線を逸らす。今度は腰に目がいく。思いの外それは細い。しかしそこから流れる足までの線にはたっぷりとしたふくらみがあって、その肉の厚みを思うとやたらに喉が渇いてしまった。
いやらしい体だな、と佐助は素直にそう思う。
普段はまるで男と変わらないのに、どうしてこんなに体つきだけ卑猥なんだろうか。あんなに小十郎の胸が大きくなければこんなに息が苦しくなることはないはずなのだ。美味い酒のほうに集中できる。佐助だってどれほどそうしたいか解らない。
あの胸がいけない、と思う。
てのひらで掴んでも、きっと指からあふれてしまう。

「猿飛。おまえ先刻からどこ見ていやがる」

はっと顔を上げる。
いぶかしげに小十郎の眉がゆがんでいる。

「ひとの話も聞かねェで」
「ああ、―――どうも申し訳ない。ぼっとしてた」
「また考え事か」
「うん、まあ、そんなようなとこ」

あんたのおっぱいのことを考えてましたと言ってやろうかと思ったが、やめておいた。代わりに杯で口元を隠す。小十郎はふうんと納得がいかないように鼻を鳴らし、顎を反らせた。
胡座をかいているので、単衣の裾から小十郎の足が見える。武士らしい筋肉質で太い足だが、普段日のひかりを浴びない皮膚は驚くほどしろく、やはりそれも佐助の目にはまぶしかった。
くそう、と佐助は眉を寄せる。
あれもそれもどれも、ぜんぶあの癇に障る独つ目の男のものなのだ。そう思うと途端に息が苦しくなる。こんな男のなり損ないで女の出来損ないみたいな女に取り乱しているとはばからしい。
しかも、女は他の男のものなのだ。
佐助はすこし乱暴に床に杯をおいた。

「ねえ、右目の旦那」
「うん、どうした」
「ちょくちょく押しかけている俺様が言うことじゃないと思うんですけどね、一応俺も男だし、あんたはもうすこし慎みを持ったほうがいいんじゃないかな」
「慎みだァ」

はん、と馬鹿にするように小十郎が鼻を鳴らし、膝を立てた。
その拍子にさらに露出した肌に、佐助はたまらず顔を伏せる。小十郎はすこし酔っているのか、佐助の様子にくつくつとたのしげに喉を鳴らしている。佐助はまた、くそう、と腹のうちで悪態をついた。
こんな女、と思う。
惚れてなければ近寄りたくもないのに、俺はなんて馬鹿なんだろう。

「―――そのうち龍の旦那に怒られてもしらないからね」
「政宗様」

何の話だ、と言う。
佐助は苛々と髪をかきむしった。

「てめえの女が他の男の前でそんな格好すりゃ、誰だって怒るでしょ」
「てめえの女?」

小十郎は首を傾げる。

「誰が」
「誰がって、―――あんたが」
「誰の」
「―――龍の旦那の?」

思わず首を傾げながら言うと、小十郎にあきれたように杯を投げつけられた。

「阿呆か」

政宗様をあんまり馬鹿にするな、と小十郎はすこし詰るように吐き捨てる。
佐助はぱかりと間抜けに口を開けた。はあ、と言う。すると小十郎にぎろりと睨み付けられた。

「政宗様が俺のようなものを相手にするかよ。いい加減、それ以上言うと追い出すぜ」
「え、ちょっと、―――え?」
「ひでェ間抜け面だな」
「え、」

じゃあ、あんたら出来てないの?
佐助がすこし前のめりになって問うと、当然だろう、と小十郎は笑った。政宗様は趣味がいいんだ、と言う。とても誇らしげなその様子に、佐助は再び間抜けに口を開いた。
じゃあ、と言う。

「じゃあ、あんた今独り身?」

ぱちり、
小十郎がひとつ、瞬きをする。

「なんだそれは」
「龍の旦那以外で、居るの。そういう相手」
「そういう相手?」
「惚れた腫れたとか、抱いた抱かれたとか、そういうこと」
「あァ、」

ようやっと心得たというように、小十郎はうっすらと口元に笑みをひいた。
「そんなもの、生まれてこの方居た試しがねェよ。見りゃァ解りそうなもんだろう」

瞬間、鼓動が大きくはねるのを佐助は確かに感じた。
自分がしのびであったことを今ほど感謝したことはない。やたらに五月蠅い鼓動を抱えながらも、佐助は表向き眉ひとつ動かしはしなかった。ふうんと興味が薄そうに鼻を鳴らすことさえできた。
我ながら嫌になるほど優秀だと佐助は思った。

「じゃあさ、右目の旦那」
「うん」
「今まで、そういうこともしたことないの?」
「ねェよ。相手もないのに、出来るわけねェだろう」

あっけらかんと言う。
こくりと喉が鳴りそうになるのを、佐助はぐっと堪え、笑みを貼り付けながら首を傾げてやる。

「相手が居たらしてた?」
「さァ、どうだろうな。考えたこともねェ。だいいち、俺を相手にしてェ物好きな男がいるとは思えん」
「物好き」
「物好きだろ」
「―――ねえ、右目の旦那」
「なんだ」
「ご存じでした?」

俺様って結構物好きなんだけど、と言うと、小十郎がぎょっとしたように固まって、それからうっすらと目元を薄く染め、冗談はよせ、とちいさくつぶやいたので、佐助の胸はますます苦しくなって、とうとう最後にはくしゃりと音を立ててつぶれてしまった。
















040:疑 う



珍しく報われそうなさすにょこじゅでした。
にょこじゅは処女以外認めないよ!という処女厨な空天さんです。

2011/05/06



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