※3の伊達青ルートネタバレ気味です。 片倉小十郎は、目の前に居る主の体がぐらりと傾いでいくのを、まるで何かの夢を見て いるような非現実感と共に眺めた。先刻まで威勢良く吠えていた青年の逞しい体が、ゆ っくりと地面に向けて倒れ込んでいく。 それはまるで現実のようではなかった。 一瞬後、小十郎は弾かれたように地面を蹴って、その体を受け止めた。 「ッ、―――政宗様、」 腕の中に居る主は、目を閉じていた。 すかさず胸元に手を置いてみるが、心の臟は何の問題もなくとくとくと鼓動を刻んでい る。小十郎はひとまず、息を吐いた。再び主の名を呼んで、軽く揺らしてみるが、応答 はない。気絶しているのだと遅れて知った。 無理はない、と思う。 つい先刻まで、好敵手と死合いをしていたばかりなのだ。 小十郎は主の腕を肩に背負い込んだ。わらべであった頃にそうしたよりは、ずっと重い。 小十郎はその重みを確かめるように一瞬だけ目を閉じ、再び開いた。 夕日がまさに山の向う側に沈まんとする、その最中である。 要塞の真ん中に小十郎は居る。勝負が決したので両軍の兵はすでに引いて、そこにはも う人影はほとんどない。しんと静まり、赤いほどの夕日のひかりを浴びる。その光景に 小十郎は、いつかの小田原での敗北を思った。 あのときは自分が先に倒れ、主が次いで倒れた。 体が動くようになってからようよう、小十郎は主を抱えて小田原から奥州へと戻ったの である。小田原で小十郎はなにひとつ主のためになすことができなかった。今日も、何 もしなかったという点においては、あの日と変らない。 しかし主はちがうだろう。 あの日の夢と今日の夢は、きっとまるでちがうものだ。 小十郎はその夢の中身を知ることはできない。別の容れ物に入っている主の中身までは 小十郎は知り得ない。小十郎はただ、満足げに笑う主の顔を、逸らさずに見逃すまいと 思うだけである。そうしてあの日と今日の夕日が、自分にとっては同じものであっても、 主にとっては別のものであることを受け入れるだけである。 夕日は落ちつつある。 するとすぐに夜が来てしまう。 小十郎は重くなった主を引きずり、ずるずる、ずるずると自陣への道を歩む。見上げる と何時の間にやら星が出ていた。橙と群青が混じり合い、その反物に虫が食ったような 穴が空いて、きらきら、きらきらとひかりを散らしている。 「右目の旦那」 要塞を出たところで誰かに呼び止められ、小十郎は振り返った。 そこには同じく主を抱えた、真田のしのびである猿飛佐助が居た。同じく戦の後で倒れ たのであろう、彼の肩に背負われた赤い鎧の若武者は、だらりと弛緩している。 「おまえさんも大変だな」 「ふふん、あんたこそ」 佐助はへらりと笑って、いとおしげに肩に埋もれた主の茶色い髪を眺めた。 「やあ、お互い大変だったね」 佐助は言いながら、ずるずると主を引きずってこちらへ向かってくる。小十郎はなんと なく、赤髪のしのびが同じ場所に来るまで立ち止まっていた。佐助は小十郎に追いつく と、すこし困ったように、くすぐったげな笑みを浮かべた。 「右目の旦那」 「うん」 「些っと、歩いてもいいかな。一緒に」 おかしなことを聞く奴だと小十郎は思ったが、黙って頷いてやった。 佐助はよいしょと彼の主を抱え直すと、小十郎の横に並んで歩き出した。ほとんど夜に 染まりつつあるなかで、横でふわふわと揺れる佐助の髪はうっとうしいほどに鮮烈な赤 だった。小十郎はぼんやりとそれを見ながら、そういえばこの男とふたりで話したこと が今までに一度もないのだということに、遅まきながら思い当たっていた。 主同士は、まるで一対のように互いを求めているのに、その家臣である自分たちは会話 すら満足に交わしたことがないというのも奇妙な話だった。しかしそれは当然と言えば 当然で、佐助はしのびであり、小十郎は武士であった。互いの使う言語も、生きる世界 も、なにもかもがちがうのである。 小十郎は不思議なものを見るように佐助を横目で眺めた。 「なあ、―――右目の旦那、片倉さん」 佐助の顔がひょいと持ち上がる。 それまで佐助を見ていた小十郎は、自然、彼と目を合わす形になった。 「なんだ」 「うん、」 佐助はすこし言いよどむように口を噤んだ。 あっという間に夕刻と夜との間のあいまいな時間は過ぎてしまう。頭上にはすでに満点 の星空が広がっていた。小十郎は佐助の言葉を待つでもなく、ぼんやりと空を見上げ、 その星の数を数えていた。 星が綺麗だなあ、と佐助が言った。 そうだな、と小十郎も同意した。 「右目の旦那」 「おう」 「今日さ、旦那たち、幸せそうだったねえ」 「そうだな」 「幸せなのっていいことだよな」 「不幸せよりは、幾らかましだろう」 「俺さあ」 なんかできたかねえ。 佐助はひとりごとのように、ぽつりと言った。 「このおひとが独り立ちしようとして、いろいろ俺もしてきたような気がするんだけど、 今日のこのひとらを見てるとさ、結局なんもしなかったンじゃねえかっていう気がするんだよ」 だってこのひとの幸福に俺は関係ないし、 このひとがここまで来たのだって、べつに俺には関係がないんだ。 「それでも真田の旦那が幸せなら、俺様はそれでいいんだけどね」 誤魔化すように、へらりと笑う。 小十郎はその曖昧な笑顔を見て、ふうん、と鼻を鳴らした。 小十郎の返事がないので、佐助もそれで黙ってしまった。すると後に残されたのは、 地面と主どもの足とが摩擦する、ずるずる、ずるずる、という音ばかりになった。 小十郎はそれを聞きながら、また空を見上げた。 小十郎は佐助がどうやって、彼の主とここまで来たのかを知らない。猿飛佐助という男 のこともほとんど知らないし、これからも知ることはないだろう。嗚呼、でも不思議な こともあるものだ。小十郎はつくづくと思った。 星が降るようなこの空の下には、今佐助と小十郎しか居ないようだ。 十年以上共に居る主とさえ、見ることがかなわなかった同じ空を、どうして自分は見知 っただけの間柄であるしのびと二人で見上げているんだろう。 小十郎は、ぱかりと口を開いた。 「そこに、」 「え」 「そこに自分が含まれてねェというのは、どうにもやるせねェなァ」 感じ入るような間延びした声が、星空へと抜けていく。 嗚呼、と佐助が切なげに唸った。 「そうだねえ、―――」 佐助は下を向いて笑った。 あんたとこんな話をしてるのは不思議だなと言う。そうだなと小十郎も頷いた。空は段 々と暗くなる。星のひかりは鮮明になる。きらきらきらきらとやたらにひかる星を見て、 きっと明日は風が強いだろうと小十郎が思うと、きっと明日は風が強いねと佐助が言った。
051:寄 り 添 う
片倉小十郎と猿飛佐助は星降る夜に帰り道を寄り添い歩いただけの、憧れを燻らせたままの 曖昧な恋をしていました。片倉小十郎と猿飛佐助は、二人で過ごした思い出をお墓までもっ ていくでしょう。 http://shindanmaker.com/70105 ついったで診断メーカーが禿げるほど素敵な結果を出してくれたのでまんま使わせて頂きました。 望む相手ではないけども、同じものが見えるならそれはそれで幸せなのではないかと思うのです。 2010/12/20 プラウザバックよりお戻りください。 |