小屋に入り、薪を囲炉裏にくべた。
小十郎は黙って佐助を眺めている。そのうちにぱちりぱちりと薪が爆ぜ、煙がたって、火が起こる。佐助はそこに鉄
瓶をあつらえ、湯を沸かした。寒くないかい、と問う。小十郎は寒さに弱かった。寒い日などには殊更に身を寄せて
きて、佐助は冬の僅かな間だけは、肌を重ねていない間も小十郎に触れることが出来た。
小十郎は黙ったまま首を振る。

「ならいいや」

佐助はへらりと笑った。
なんとなく、残念だと思った。
しゅんしゅんと湯気を放り出し始めた鉄瓶を眺めながら、久しいねえ、と佐助は口を開いた。そうだな、と小十郎は
それに返し、視線を佐助から囲炉裏へと落とし、大きなてのひらをそこへ近づける。矢張り寒いのだろうかと佐助は
身を乗り出して覗き込み、そして目を見開いた。
     ・・・・・・
そこには、てのひらしか無かった。

指がない。
一本もなかった。
佐助はしばらくそれを凝視して、時は矢張り流れたのだと思った。
佐助はひどく目の前の男の長く骨張った指がすきだったけれども、長い戦で―――――それこそ、佐助が腕を無くて
からも随分長く小十郎はそれに関わってきたのだから―――――それは忽然と消えてしまった。そしてもう戻って来
ることはない。流れた時が戻らぬように、消えた腕が生えぬように、小十郎の指はもう無いのだ。
佐助がいくつかのものを無くしたように、小十郎もまた、無くしたというそれだけのことだ。
それは、と佐助は口を開いた。

「戦かい」
「あァ、これか」
「そう。そりゃあ随分不便だろう」
「おまえの腕ほどじゃあねェよ」
「そうでもねえですよ」

佐助は既に無い腕をひょいと持ち上げるように肩を上げた。
慣れちまえばどうッてことないさ。そう言うと小十郎はそうかと短く返す。
相も変わらぬ淡々としたその物腰に、佐助は込み上げるような懐かしさを感じてひどくぬるまったい心地になった。
まるで佐助の腕が無いことと、おのれは一切の関係が無いとでも言うような態度である。小十郎はしばらく囲炉裏に
手を当てて、それからすいとまた膝の上にそれを戻した。指の無い手があるというのは、なにかしら奇異な光景だっ
た。まるで強く握りしめているように見えて、なんとなく目の前の男がおさなく見えた。
がたがた、と風に小屋が揺れる。

「ひどい風だ」
「こんな小屋じゃあ、潰れるンじゃねェか」
「失敬なおひとだねえ。これでも俺が一から作ったンだぜ。壊れるもんかい」

隙間風はちょいと辛いけどね、と佐助は言った。
小十郎はすこし黙り、それからそろそろ初雪だからな、と言う。
まだでしょうよ、奥州は兎も角ここは甲斐だぜ。佐助がそう返せば、小十郎はこくりと首を傾げて、奥州はもう降っ
た、と言う。四日前に降ったときは積らなんだが、今頃はきっと積もっているだろう。
へえ、と佐助は相槌を打つ。

「それじゃあ、あの祭りはもう終わったのか」

奥州には祭が多い。
特に冬には閉じこめられて、外に出なくなるからだろうか、殊更にその量は増える。
そのうちのひとつに、確かひどくちいさな祭があった筈である。初雪を祝うような、ちいさな祭。それともあれはも
う無くなっちゃッたのかな。小十郎はいや、と言う。まだある、と言う。

「終わった。二日前に」
「そうか。あれ、俺結構すきなんだ。綺麗だったような気がする」
「そうだな」
「鬼の面と、提灯が雪に映えてさ」
「良く覚えてるものだ」
「年取ると昔のことを思い出すもンですよ」

佐助は膝を抱えてくつくつと笑った。
そうは見えんな、と小十郎が言うので首を傾げて目を細め、俺は可愛いからね、と言ってやる。もともと童顔なので
歳をとってもあまり見目は変わらない。小十郎は呆れたように息を吐いて、阿呆、と言う。あんまり昔とおんなじな
ので、佐助はふと時など一刻も経っていないのではないかというような錯覚に陥りそうになった。
それに、と小十郎は視線を佐助の頭にやった。

「その髪はどうした」
「ああ」

佐助はにいと笑った。
おのれの髪に手を置いて、くしゃりと掻き混ぜる。
佐助の髪はかつての煤けた赤ではなく、夜よりも濃い黒になっている。染めたンだ、と佐助はひとつまみ髪を持ち上
げて言った。あれはあんまり目立ち過ぎるからね、それにもとから、あんまり気持ちの良い髪じゃあなかった。血に
似ていて、おのれの主の紅蓮にも似て、見る度なにかを思い起こさせるいろはひどく不愉快だった。
黒はいい。正しく匿名的で、有り触れている。

「どうよ、似合うでしょ」
「どうだかな」

小十郎はどうでもいい、と結ぶ。
でしょうとも、と佐助は笑った。
湯が沸いたので碗にそれを注ぎ、小十郎の傍らに置く。小十郎はちらりとそれに一瞥だけして視線をまた佐助に移し
た。何時から此処でこうしている、と問われたので、佐助はすこし考えてから「解らない」と答えた。
もう数えるのは、随分前に止めちゃったから。

「此処に居るのはそんなに悪くないぜ。良くもないけど、すくなくとも苦しくはないもの」

ねえ、と佐助は首を傾げてすこしだけ顔を歪ませた。
ねえあんたはまだ、ああいう生きづらい生き方をしているのかい。
そう問うてみようかとも思ったけれども、結局佐助は「ねえ」と言っただけでそのまま言葉を繋ぐのを止めてしまっ
た。なにも、折角こんなところまで来た小十郎を不愉快な心地にさせることもない。良く考えてみれば、こんなふう
に長い間どうでもいいことを話すのは初めてのことだった。
いつもいつも、体を合わせるだけで言葉すら交わすことはない関係だった。

「なんだか可笑しなものだね」

今になって。
こんなときになって、あんたと話すなんてさ。

「だッてあんた、昔は些ッとも俺と話しちゃくれなかったものねえ」
「そうだな」
「きらいだったろ、俺のこと」

佐助が戯けて問うと、小十郎はすこし驚いたような顔をした。
首を傾げて、何故、と問うてくる。今度は佐助が驚いて目をくるりと丸めた。
きらいだったろうよ。そう言うと小十郎は首を傾げ、眉を寄せる。また何故、と言う。佐助は困ってしまった。

「あんたは俺のこといつも無視してたじゃねえか」
「俺は誰にだってあんなものだ。おまえが特別なわけじゃない」
「それじゃあ」
「俺は」

小十郎はちらりと目を伏せた。
そしてすぐに上げる。

「おまえのことを厭うたことなど一度もねェよ」

佐助はぼうと呆けた。
小十郎は黙り込んだ。佐助も黙り込むしかない。
今になって、こんな場所で、この男に、こんなことを言われているこの状況は一体なんなんだろう、と思った。佐助
は知らず、おのれの着物をきつく握りしめた。どくどくと胸が揺れている。可笑しな汗が出てきそうだった。
小十郎と佐助の間にある囲炉裏だけが、ぱちりぱちりと音を立てて、辛うじて小屋のなかの沈黙を散らしていた。
日が落ちてきたのだろう、小屋のなかが薄暗くなり始める。
そういえば、と佐助は目の前で黙り込んで座り込んでいる小十郎を眺めながら思った。


どうしてこの男は、佐助の居場所を知っていたのだろう。


考えてみれば、ひどく不自然だった。
佐助はおのれの居場所を誰にも言っていない。幸村にすら秘している。他国の、ましてしのびでもない忙しい家老が
佐助が如き卑賤の身の在処などに気を配っているわけもない。それに小十郎はひとりだった。辺りにはひとの気配も
なかった。今や日の本の家老ともなった男が、そんなに軽々しく出来るものであろうか。
佐助は口元に手をやって、その手をそのまま額に当てた。
指の隙間から小十郎を窺う。

「どうかしたか」

小十郎が問うてくる。
佐助はしばらく考えて、いいや、と手をひらひらと揺らしてへらりと笑った。
なんでもねえですよ、ちょっと、考え事。そうか、と小十郎はまた黙り込む。佐助は小十郎の顔ではなくて、体へと
視線を落とし、するすると全身を眺め、最後にまた顔を見た。夜色の目に、おのれが移り込んでいるのだ、と思う。
どうでもいい、と思った。そこに居るのは、小十郎だ。

―――――それでいいじゃないか

佐助は笑って、早く飲まなけりゃ冷めちまうよ、と白湯を勧めた。



























鉄瓶の代わりに鍋をかけ、夕餉の支度をしようとしたら小十郎が立ち上がった。
白湯の入った碗は、手を付けられぬままにそこに放置されている。

「長居をしたな」

邪魔をした、と言う。
佐助は驚いて、もう帰るの、と問うた。

「帰る―――――あァ、帰るな」

小十郎は可笑しな間を置いて、そう言った。
なんでだい、と佐助は言った。いいじゃないか。もうすこし居ればいい。第一今から山を降りるのは無理だよ。佐助
の小屋がある場所は、山のなかでも奥の奥で、とてもではないが日が暮れてからでは降りることはかなわない。小十
郎はしかし、平時通りの顔で「平気だ」と言うばかりで、佐助の言葉を聞き入れようともしない。
泊まっていけばいいじゃないかと佐助が言うと、小十郎は呆れたようにすこし笑った。

「おまえは」
「なんだよ」
「俺を、怨んではいねェのか」

おかしな奴だな。
そう言う。佐助は鼻で笑った。

「戦場で斬られて、相手を怨んでるようじゃあ俺も終わってらぁ。
 生憎そこまで落ちちゃいない。生きるも死ぬもこの世の定めだ。それくらいのことはしのびでも思うンだぜ」
「そうか」
「右眼の旦那」
「うん」

小十郎はすこし視線を落とす。
それから急に、俺はおまえの髪は赤いほうが良かったと思う、と言う。
佐助は呆けた。何を言ってンの、と声がもれた。言ってみただけだと小十郎は返した。

「兎に角、今から山を降りるのは無茶だぜ。死にに行くようなもんだ」
「見くびられたものだな」

小十郎は佐助に構わず、戸の前に立つ。
引こうとはしない。佐助に引けということだろうか。佐助はしばらく悩んでから、取り敢えず外に出ればおのれの言
うことの無謀さが解るかもしれぬと、立ち上がり小十郎の横に立ち、からりと戸を引いた。

ひゅう、と風が小屋に入り込んできた。

佐助は背筋にぞくりと寒気がはしるのを感じた。
風が殊更に冷たくなっている。そして空はとっぷりと夜で覆われていて、灰色の雲が更にその上を覆っている。
雪が、と小十郎が言った。

「降るな」
「雨じゃなくて、かい」
「この寒さじゃ、雪だろう」
「だッたら尚更此処にお泊まりよ。あんた、寒いの苦手だろう」
「前はな」

小十郎はくつりと笑った。
佐助は眉を寄せる。小十郎がちらりと佐助を振り返り「今は平気だ」と言う。
良く解らなかった。どういう意味だろうか。小十郎はそのまま足を小屋の外へと踏み出す。佐助は慌ててその後を追
った。小十郎は佐助が近寄るのを静かな目で眺めて、それから口をゆるゆると開く。
詫びを、と小十郎は言った。

「今日は、それを言いに来た」
「詫び」
「そう」
「なんの」

佐助は言ってから、ああ、とおのれの右肩に手を置いた。

「これかい」
「いや、それじゃねェ」
「なら」
「約束」

しただろう。
小十郎は腕を組んでそう言う。
佐助は最初、それがなんの話だか良く解らなかった。しばらく考えてから、昔、ほんとうに昔に、戯れで情交の間に
そんな言葉を吐いたかもしれぬと思い当たり、弾かれたように目の前の男の顔を見る。
小十郎は佐助を静かに眺め、言葉を待っているようだった。

「まさか、あの約束、かよ」
「あァ」
「何年前だい。第一」

行為の間の、戯言だ。
佐助ですら今の今まで思い出しもしなかった。
小十郎は視線を佐助の目に合わせて、悪かったな、と言う。綺麗に殺ッてやれなかった。佐助はくしゃりと不格好に
笑って、仕様がねえや、と残った左手で宙を掻く。

「旦那らが、戦ってたンだろう」
「あァ」
「心配で」
「そうだな」
「俺如きを殺す暇も無かった」

仕様がないよ。
佐助はけらけらと笑う。
小十郎は佐助の、もう無くなってしまった腕をじいと眺めながら、ほんとうは殺してやるつもりだった、と言う。そ
れくれェしか、俺が出来ることはねェ。そんなことはないよ。佐助は目を細め、小十郎に一歩寄った。外の風は思う
より直に受けるとなおつめたく、耳が痛い。佐助は寒さにどちらかと言えば強いほうだからまだ良いが、小十郎はひ
どくそれに弱かった。さぞやほおも何処も彼処も冷え切っていることだろう。
触ってやりたいと、佐助はとても自然にそう思った。

「あんたはさ」
「うん」
「見えないンだろう、あのおひと以外」

へらりと笑い、佐助は小十郎の顔を下から覗き込む。
時が流れた証のように、小十郎の顔には皺が刻み込まれている。それは小十郎の誓いのようでもあり、この男が今ま
で犯してきた罪の見せしめのようでもあった。いずれにせよそれはひどくうつくしいような気がした。佐助はおのれ
のほおに手を滑らせる。佐助の顔にはほとんど皺はない。それはひどく不格好なようだった。
それでいいんじゃない、と佐助は笑う。

「俺は、そういうあんたは嫌いじゃなかったな。
 怨んだこともないよ。安心してくださいな。まあ些ッと、死に損なったときは畜生めと思ったけどね」

戯けて言えば、小十郎は目を細める。
すまんな。そう言う。謝ることじゃあねえやな、と佐助はまた笑う。
小十郎は佐助のことをしばらく凝視して、それからまたすまん、と言った。すまん。

「結局」

小十郎の口が開くのと、ほぼ同時。
小十郎の前を、はらりとしろいものが落ちていった。
佐助はふいと顔をあげる。曇天の夜は、重苦しい。そこから塵くずのような雪がこぼれ落ちてきていた。ああ初雪だ
と佐助は思った。今年はどうも、随分早い。あんたの言う通りになったね、と佐助は小十郎に向き直ろうとして、顎
を半分まで引いてそこで目を見開いた。

しろいものが、小十郎の前をはらはら、はらはらと、舞っている。

雪ではない。
花弁でもない。
埃でもなく、いっとう近いのは虫のようだった。
ひらひらと飛ぶそれは、蛍のようでも蝶のようでもある。
佐助は最初、それをなにかの見間違えだと思った。目を擦り、閉じて、それからまた開き、そうではないことを知る。
小十郎の前にはひかりが舞っていた。ふわふわ、ふわふわと不安定に揺らめいている。佐助は呆然としたままそれの
ひとつに手を伸ばし、握ってみたが感触はなく、開いてみるともうそこには何もなかった。

「結局俺はおまえとの約束を、ふたつとも破ることになっちまった」

小十郎は静かにそう言った。
佐助はじいとおのれのてのひらを見下ろして、それから顔を上げた。

「あんた」
「あァ」
「何時」
「そうだな。十日ばかり前か」
「そうか」

十日か。
山に篭もっていると、世情に疎くなる。
全然知らなかった、と佐助はつぶやいた。全然。まるきり。些ッとも。





「あんた、死んだの」





「あァ」

小十郎は淡々と頷く。
佐助は思わず笑ってしまった。
殺しても死なないようなあんたが、へえ、そう、死んだの。

「それで」

どうして此処に。
小十郎はすこしだけ視線を浮かして、それから困ったようにちらりと笑った。
詫びだ、と言う。詫びだ。俺は約束を守れなんだ。せめてそれだけでもと、そう思っていたがどうにも病は仕様がねェ
な。小十郎は笑みを引っ込めた。すこしだけ黙って、それから視線を佐助に戻す。
そして、さるとび、と佐助を呼んだ。

「悪い」

先に逝く。
短く小十郎は結んだ。
そうして、すうと体が薄くなり、そのまま小十郎は消えてしまった。
佐助はぼうと突っ立って、小十郎が先程まで立っていた場所を凝視する。そこにはもう何もなかった。最初から何も
なかったのではないかと思うほど、そこには一切の存在感というものが欠けていた。佐助はすとんとその場に腰を下
ろし、てのひらを額に押し当てて呻いた。白昼夢のようだった。
小十郎が死んでいて、そして、佐助に会いに来た。
すまん、と謝った。
約束を守れなくて、すまん。

「馬鹿なおひと」

佐助はそうつぶやいてそれから笑った。
くつくつと、最初は喉の奥で、次いでけらけらと殊更に声を立てて笑った。
白痴のように律儀だ。愚直だ。おろかしい。そんなもの、佐助だってもう覚えてないのに、わざわざこんなところま
で、死んでいるのに、嗚呼、と佐助は空を仰いだ。はらはらと降ってくるのは雪である。細かい雪は、積もるかもし
れない。佐助は曇天の夜空としろい雪を見ながら、ふいに痛みに右肩を掴んだ。
もう無くなって随分経つというのに、何故だかその腕がひどく痛む。

「―――――ッ、ぁ、あァ、ッ、かはァ、あ」

引き千切られたばかりのように痛みがそこで沈殿する。
佐助は悲鳴にもならぬ声を喉の奥から絞り出し、腕を庇ってその場で丸まった。腕が落とされた瞬間とて、熱のほう
がひどくてこんなふうには痛まなかったというのに、この痛みは一体なんだろう。
痛い。痛い痛い痛い。いたいいたいいたい。
佐助はそう繰り返し吐き捨てた。

「痛い」

そのうちに涙がこぼれてきた。
佐助は再び空を仰いだ。降っているのは矢張り雪だった。
佐助は不愉快げに顔を歪めた。雨ならばいいのに、とそう思った。
どうしてだろう、思う。どうして、こんなに腕が痛み、その痛みが鮮烈なのだろう。
腕が消えたときも、幸村から離れたときも、こんなに喪失感が痛みを伴うことはなかった。前者ふたつに小十郎が勝
るということではない。そういうことではない。佐助は痛みにはらはらと涙を流しながら、そうか、と笑った。
ああそうか、そうだ、そうじゃないか。
小十郎がもうこの世の何処にも居なくなってしまった。

「もうひとりッきりか」

佐助は首をだらりと肩につけて空を見上げて、そうつぶやいた。
小十郎が死んでしまった。
もう佐助しか居ない。
孤独に慣れていないわけではない。
むしろ孤独でないときのほうが佐助にとっては短い。
もうひとりッきりか。佐助はまたつぶやいた。それでもひどく、辛かった。孤独であることがこんなに深々と辛いの
は初めてのことだった。もう居ない。絶対的に、疑う余地もなく、この世に佐助はひとりきりだった。
小十郎を、あいしていたわけではない。

ただ小十郎は、佐助だった。

主を思い、主の為に生き、主の為に死ぬことを望み、そしてそれがかなわない。
おんなじだ。佐助は痛む腕を押さえながら、ずるずると先程小十郎の居た場所まで這い、そして空を仰いで、逝くな
よ、と吐き捨てた。逝くなよ。狡いじゃないか。どうして俺を置いてくンだよ。
おんなじなのに、あんたはおれをおいていくのか。

「酷いおひとだ」

畜生。
佐助は泣いた。
雪が降っている。佐助の上に音もなく雪が積もっていく。
佐助はそれを厭うた。雨ならば隠れる涙が、雪では隠れない。

雨が降ればいいのに、と佐助は思った。







雪を厭い、雨を請い、そしてこの世でひとりであることの痛みに佐助は延々泣き続けた。










おわり
 




間に合わなかった小十郎命日話でした。さんじゅっぷんおくれ・・・!
目指したのはシックスセンス的なあれでしたが どう見ても ばればれである。

こっそりと「永遠に別れる為に今夜君に会いに行く」とリンクしております。こそこそ。


空天
2007/11/14

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