しかたがないので佐助は、浮気をされた腹いせに恋人の携帯電話のアドレスをすべて消去する女
のような後ろ暗い闘志を燃やしながら、仕事中だってなかなかしないような真剣な眼差しでアダ
ルトサイトを睨み続けている。左手にはボックスティッシュが握られているし、右手だっていつ
でもジーンズのジッパーを下ろせるようにソファの手摺りに置かれている。
佐助はその姿勢のまま、三十分間を過ごした。
そしてちょうど三十分後、愕然としてつぶやいた。

「―――冗談でしょ」

うんざりと唸って、ノートパソコンを閉じる。
ヘッドフォンを投げ捨てるようにテーブルに置いて、背もたれに顔を伏せる。佐助は視線だけ閉
じられたノートパソコンへ向けて、それから深く息を吐いた。
なんてことだろう。
佐助は再び低く唸った。

「最悪」

てのひらで顔を覆って、首を振る。
そして首をかくんと落とし、佐助は忌々しげに余裕のあるジーンズの股の付け根を睨み付けた。
そこにはなんの動きもない。まるで時が止まってしまったかのように、ひっそりと沈黙を保って
いる。
より直接的に言えば性器が萎えている。
別の言い方をすれば、勃起していない。
おいおい、と佐助はソファに額を擦りつけながら思った。おいおい、まだそんな年じゃあねえだ
ろう、さすがに。アダルトサイトを見て、射精どころか勃起もできないなんて男としてどうなん
だ。確かにどちらかと言えば佐助は性的に淡泊なほうだし、学生の頃だって特別性欲を持て余し
たことはないけれども、―――それにしても、
ぴくりともしない。
情けないにも程がある。 

「―――何故」

佐助はつぶやいた。
大きな乳房や曲線のある体、高くて鼻にかかったような甘い声。
どれも佐助がいつも相手にしているものに比べたら、ずっと効果的に男の性欲をくすぐってしか
るべきものばかりだ。佐助はゲイではないのだから、本来であれば筋肉や平らな腹や低い声なん
てまるで興味がないはずなのだ。
おかしいだろう。
佐助はまた思った。
オッサンの呻き声で勃起できて、AV女優の喘ぎ声でできないわけがないじゃないか、馬鹿じゃ
ないの?
俺の性器はなにを考えてンだ。
ああでも、あの女優の喘ぎ声はちょっとわざとらしかったな。
フェラチオも下手だったし、だいたい最中の顔が下品だ。セックスの間中ずっと高い声で叫んで
いるばかりで、あれじゃ相手の男優も大変だったのではないだろうか?やっぱりどうせセックス
をするならふたりでしなくてはたのしくない。
その点、雀はいつもとても協力的だ。
フェラチオだってあの女優よりずっと上手だ。
つらつらとそのようなことを散漫に考えて、佐助はふとあることに気付き、再び愕然とした。

「うわあ」

思わず自分で自分に呆れる声が出た。
ジッパーがきつくなっている。
もっと正確に表現すれば性器が勃起している。
佐助は目を細めたまま、きつくなったジッパーを下ろして、ジーンズの腰回りをゆるめた。下着
を押し上げている性器の形状に、再び呆れた呻き声をもらす。
なんてことだろう、ほんとに勃起してる。
三十分間アダルトサイトを見てもびくりともしなかったくせに、十秒雀のことを考えただけでな
にをそんなに張り切ってるんだ。馬鹿じゃないのか、と佐助はまた思った。自分の性器と自分自
身に対して、体の芯から軽蔑しながら、そう思った。
馬鹿だ。ほんとうに馬鹿だ。
ともあれ、熱を収めなくてはいけない。
佐助はうんざりと、支笏湖よりも深く、摩周湖の霧よりも陰鬱に曇った息を吐いて、左手をボッ
クスティッシュに伸ばした。











      
      







空天


2010/03/22
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