そもそも甘いものって好きじゃない、と佐助は思う。 あ ま さ の な い ひ と 。 その日伊達政宗は不気味な粉の入った袋を抱えながら、全速力でおのが家老の座敷へと向かっていた。 その顔はいっそ気色悪いほどに笑顔であり、その足の速さは駿馬もかくやというほど。襖をすぱーんと開けると、そこには常のよ うに文机に向かう片倉小十郎の背中があり、政宗はにやりと口角をあげた。 「Hey!小十郎!!」 「ああ、政宗様でございましたか。なにかご用ですかな」 振り返り小十郎は首を傾げる。 政宗はこくこくと頷きながら、どん、と書状が置いてある文机に袋を置く。重いものではない。これは、と問いかける小十郎に政 宗はなにも言わずにただにやにやと笑っている。 「小十郎」 「は」 「目、閉じてろ」 「・・・は?」 「いいから!俺の命令が聞けねェのか!!」 「はあ」 小十郎は訳も分からぬままに目を閉じる。 目を閉じてなお主がいやにうきうきしているのが感じられた。政宗のすることである。決して並大抵のことではあるまいと、小十 郎はすこし身構えるが主の命に逆らえるわけもなく、眉を寄せながらそのまま静止する。 政宗はふふふふ、と笑みをこぼす。 「Ok・・・動くなよォ、小十郎ォ・・・」 政宗はしゅるん、と袋の結び目を解く。 そして中身をさらさらとてのひらにこぼした。なにかの粉末であろうか。その色は焦げ茶色で、もとがなんであったかは一見したと ころでは解りかねた。 政宗はその怪しげな粉末を小十郎にぱっぱと振りかける。 「・・・っ、ごほっ、政宗様?一体なんですかこれはっ」 「Shat up!!動くんじゃねェ・・・儀式が完成しねーだろうが!!」 (儀式?) あまりよい感触を持たせない言葉にひやりと小十郎の背が冷える。 だが後ろの政宗は鼻歌さえ歌いながらなにやらごそごそと画策している。楽しそうな政宗を止めることと、怪しげな儀式とやらに おのれが巻き込まれることを天秤にかけ、小十郎は迷わずに後者を取った。政宗が楽しいのならば、あえてそれを止めることもあ るまい。 小十郎がそうして止めなかった政宗は、うれしそうにそのまま『儀式』を続ける。 小十郎の頭に振りかけたのは蜥蜴の身の粉末である。 それから小十郎のまわりに等間隔で六本のろうそくを並べる。そしてそのろうそくを繋げるように粉末をちょうど六芒星のかたちに なるように撒いた。更に湯飲みを取り出しそこにも粉末をさらさらと入れ、白湯を注ぐ。 そしてずい、と小十郎にその湯飲みを差し出す。 「よし、小十郎」 「・・・は」 「飲め」 「・・・湯、でございますか?」 「Yes!!さあ飲めいざ飲め、とっとと飲め!」 差し出された湯飲みを小十郎はくんくんと嗅いでみる。 特に変わったにおいはしない。どう考えてもまともな湯であるはずもないが、小十郎は迷わずにそれを口にし、一気に飲み込んだ。 ごくん、とのど仏が動く。政宗はそれをわくわくと見守る。 (飲んだ!) 心中で、いや実際にも政宗は手でガッツポーズを作った。 粉末に味はない。小十郎は飲み込んだものが普通の白湯となんら変わらない味であることに安堵を覚えつつ、ではなにゆえに政宗 がおのれにそれを進めたのかが解らずに首を傾げる。政宗はすたすたと小十郎の正面にまわりこみ、すとんとそこに座る。 そして言う。 「よし、目を開けてもいいぜ・・・!」 は、と小十郎が応える。 政宗はいまだ閉じられたままの家老の切れ長の目を見ながら息をつめる。 (目を開けて、そんで俺を見ろこじゅうろう) ーーーーーーーーーその時こそ鉄壁天然家老が俺に降る時!! ぐぐぐぐ、と拳に力を入れる。 政宗が小十郎に飲ませたのは、いわゆる、惚れ薬だった。 最初に見た者に恋をしてしまう、という例のあれである。 すこし前に攻略しに行った九州で手に入れたそれは、まともな者であるならばとても信じがたい代物であったが幸か不幸かーー この場合彼の従者にとっては不幸でしかないがーー奥州筆頭は積極的にまともではない部類に分類されるたぐいの男であったので 迷うことなく惚れ薬を活用しようという結論に達した。 もちろん使う相手など言うまでもない。 (これで小十郎が俺に惚れる) 政宗は使う前からしあわせなきもちで満たされた。 奥州家老こと片倉小十郎は政宗にとって無くてはならぬ男であり、それと同時に望んでも得られぬただひとりの人間でもある。も ちろん小十郎は政宗が望めばその命とて惜しまぬ男だが、政宗の望むことはそんなことではない。 一体何度同じ会話を繰り返したかしれない。いやしかし、と政宗は手に入れた惚れ薬を握りしめる。 それも今日までのこと。 (これで小十郎も俺を抱く気になるってことだぜ・・・・!!) たぶん小十郎は抱かせろ、と言えばふたつ返事で応える。 しかしそれは違うのだ。政宗は小十郎に抱いて欲しいのであって抱きたいのではない。大体あんなでかい男をどうやって抱いたら いい。小十郎は政宗よりひとまわり縦にも横にもおおきいというのに。いや案外いけるかもしれないけれどもそれはそれとして。 とにかく政宗は小十郎に抱かれたかった。 そしてそのしゅんかんはまさに目前へと迫っている。 小十郎の目が、ゆっくりと開かれていく。 政宗は身を乗り出しながら、その夜色の目がおのれを写し込むのを待った。 そのとき。 「はーい、大将からお手紙ですよーっと」 すたん、と。 小十郎と政宗の間に、降り立ったのは武田のしのび、猿飛佐助であった。 かちんと固まる政宗の目の前で、佐助はひらひらと書状をはためかせる。あれーりゅうのだんなどしたのー?と佐助が政宗の前で 手を振ると、はたと意識を取り戻したらしい政宗は、 「・・・・・・っっ、Fuck You!!!!」 「ぶっ!」 思い切り佐助のほおを拳で殴った。 ひゅーんと佐助の体が飛んで壁へと叩きつけられる。それを政宗は肩で息をしながら見届け、あわてて小十郎に向き直った。小十 郎は飛んでいった佐助のほうを見ている。つう、と政宗の背中に冷たい汗がながれた。 「こ、じゅうろ・・・」 「政宗様」 す、と小十郎が立ち上がる。 政宗はびくりと身を竦ませた。常であればそんなことはない。小十郎は政宗が梵天丸であったころからの股肱の臣であり、兄のよ うな存在であるのだから今更緊張などする理由がない。 が、政宗は身を竦ませた。 小十郎の目がいつもとちがう。 「政宗様、お戯れが過ぎるのではありませぬか」 「小十郎・・・?」 「猿飛」 すい、と政宗の前を通り過ぎて小十郎は壁のところで伸びている佐助のもとへ向かう。 呆然とする政宗の前で、小十郎は佐助のかたわらに座り込む。いたたたた、と呻きながら佐助が半身を起こした。 「・・・・ぅー、一体なんだっつーの。俺の玉の肌に痕が残ったらどーすんのさ龍の旦那!」 「うっせー!てめェが不法侵入すっからだろうが!」 「俺忍者だもん!不法侵入がお仕事なんですぅー」 「『ですぅー』じゃねェエエエ!気色わりーんだよとっとと帰れ!」 「なにそれ人殴っておいてその言いざま!ちょっと片倉の旦那見てよこのほっぺー真っ赤なんだけど!」 佐助は唇を尖らせながらとなりの小十郎を見上げる。 もちろんこれは戯れのひとつであり、片倉小十郎という男がそんなことに興味を持たぬことなど佐助は百も承知だ。よくて無関心 に放っておかれるか悪ければさらに殴られる可能性もある。そこらへんの見極めが非常にむずかしいのだが、佐助はそのあたりの ぎりぎりの線を試すことに最近情熱を感じているのでつい、このような挑発的な行為に出てしまうのだ。 さあ流すか殴るかと佐助は身構える。 が、今日に限ってはそのどちらでもなかった。 す、と小十郎のおおきなてのひらが佐助のほおに添えられる。 へ、と佐助が小十郎の顔を見るとなにやら家老はひどく辛そうな顔をしているではないか。 そしてその顔のまま小十郎は佐助にささやく。 「痛むか」 ぞくりとする程いい声だ。 が、佐助は別の意味で背筋に悪寒がはしるのを感じた。こんなやさしげな声が小十郎から発せられるのをいまだかつて聞いたこと があっただろうか。 ない。確実にない。 そしてなくていい。 (なにこれ、天変地異のまえぶれ?) やさしげにほおを撫でる小十郎に佐助が固まっているかたわらでは政宗がぶるぶると震えていた。 いやな予感がざわざわと胸を騒がせるが、いやまだ解らないとそれを落ち着かせる。が、そんな政宗のかすかな希望を打ち砕くよ うにさらに小十郎は言葉を続けた。何時の間にか倒れている佐助の腰に小十郎の腕がまわっている。 「すまねェな、政宗様のお戯れが過ぎた」 「え、あ、うん、べつにいいけど・・・」 「赤くなっちまって・・・冷やすか?なんなら手拭いを濡らして来るが」 「へ?」 「おまえは肌が白いからこういう痕が残りやすい。まぁすぐ治るだろうが、はやく治るのに越したことはねェだろう」 すく、と小十郎が立ち上がる。 そして襖を開いて座敷を後にするときに、いっしゅんだけ佐助を振り返り、すぐ帰るから、とやさしげに微笑んだ。政宗には一瞥 も向けずに、だ。 ぱたんと閉まった襖を、残されたふたりはかちこちに固まりながら見ていたが、 「・・・・・・ちっくしょオオオオオオオオオ!!!!」 どたん ばたん だだだだだだだだだ 涙を流しながら政宗は襖を蹴破ってそのままどこかへ走り去る。 残された佐助はわけもわからずに畳のうえで座り込んだまま、とりあえず帰ってくると言われた手前小十郎を待った。 伊達主従がおかしいのは今にはじまったことではないけれど、今日のおかしさは常のものとはちがうようだ。小十郎の態度がおか しいのももちろんだが、主のほうもいつもに増しておかしい。なんで泣きながら走り去ったのだろう、と佐助は首を傾げる。 (もしかして片倉の旦那のいやがらせか?) 政宗がなにかしたのだろう。 そしてそれを懲らしめる為の先ほどの小十郎の態度だったのではないか。そう考えればそのあとの政宗の行動とも辻褄が合う。や れやれまた巻き込まれたわけーと思いつつ佐助は安堵した。とりあえずあの小十郎にそれなりの理屈をつけられればそれでいい。 世の中理屈のないものがいっとうこわいものだ。 「・・・やさしい片倉の旦那とか恐怖以外のなにもんでもねぇわ」 ぽつりとこぼす。 小十郎と佐助は知らぬ仲ではない。 対人関係としてもそして肉体関係としても、だ。 だがその関係はいわゆる恋愛感情とかそういうものとははるか彼方に存在し、当人同士にもいったいこれがなんという名の関係な のか解りかねるという曖昧なもので、そこには一切の甘さも含まれていない。あえて言うなら情人と呼べるのかもしれぬが小十郎 から情などかけられた覚えはすくなくとも佐助にはない。小十郎もかけた覚えはないだろうと思う。 それを不満に思ったことがないとは言わないけれど、だからと言って世の恋人のように扱ってほしいわけでは間違ってもない。 (ま、龍の旦那へのあてつけならね) 佐助はふたたび安堵する。 どうじにすぱん、と襖が開いた。 「あ」 その音に佐助がそちらへ視線を向ける。 そこには小十郎が濡れた手拭いを持って立っていた。佐助は苦笑いをする。 「ざーんねん。もう龍の旦那行っちゃたぜ?」 「政宗様が?」 「そ。相当あんたの薬は効いたみたいだねえ。ま、なにがあったかは知りませんけど? 俺様を利用したからにはとっとと元鞘に戻ってねー。じゃねーと俺、使われ損になっちゃうでしょー?」 へらへらと笑う佐助に小十郎は首を傾げている。 あれ?とそのとき佐助はちらりと思った。小十郎はこういう場面でとぼけたりする男ではない。が、佐助はそのことをあまり気に しなかった。大したことではない、と思ったのだ。 大惨事の前触れとは、往々にしてそうやって見過ごされる。 ではそろそろ帰るか、と立ち上がった佐助に、小十郎が手拭いを差し出す。あーどーもーと受け取ろうとするとその手を小十郎は 無視し、みずからの手で佐助のほおへ手拭いをあてがった。ひやり、と冷たい布の感触が熱をもった肌にここちよい。 「熱いな」 と小十郎が言う。 佐助は何も言わない。言えなかった。小十郎の声があんまりやさしげだったので固まっていた。 そのまま手拭いをほおに当てたまま佐助の顔をじいと眺める小十郎に、佐助ははたと我に返りあわててそろそろ帰らねばと言う。 なにが、とは言えない。言えないけれどとりあえず目の前の男がひたすらに不気味だ。 これはとっとと帰るに限る、と佐助は小十郎から一歩足を引く。 「・・・じゃ、お仕事も終わったし!俺様ったらそろそろ帰らないとー・・・」 「おい待て」 ぐい、と腕を捕まれた。 「一体いつぶりだと思ってやがる」 「・・・え、なにが、でしょう」 「俺に会いに来るのが、だ」 そのまま引き寄せられる。足で突っ張る余裕もなく、佐助は小十郎のふところにすぽんと入り込む形になった。 そしてくい、と顎を上げさせられる。 「随分ご無沙汰じゃねぇか」 顔を上げた先の小十郎は笑っていた。 端正な顔を、ひどく甘やかに蕩かせて笑っていた。 佐助はまたひやりとした。おかしい。これは明らかにおかしい。 佐助の知っている片倉小十郎は、こんな楽しげに佐助に笑いかけたりはしない。佐助が知っている小十郎の顔は仏頂面か無表情か のどちらかで、行為の最中でさえそうなのだ。ましてこんな睦言めいた会話などしたことがない。 大体小十郎はいつも、佐助が来るのに備えて自室に罠をしかけているのだ。どの口がその言葉をつむぐのかと佐助は言いたい。言 いたいが言うとさらにおそろしい言葉が降ってきそうで思わず口をつむぐ。 そんな佐助に小十郎がくつくつと笑う。 「どうした?今日は随分おとなしいな・・・」 いつもきゃんきゃんうるせぇのに。 その言葉も常とちがって甘さに溢れている。ぞぞーと肌が粟立つのを佐助は感じた。 「ちょ、片倉の旦那?なんか今日、変じゃね?」 「俺のどこがおかしいって?」 「だってなんか!そんなやさしいかんじになったことなかったじゃねーのさ!」 怖いんだけど! そうわめく佐助に、小十郎はなおも笑いながらさらに佐助の体を引き寄せる。ほとんどふれあいそうなほどの距離にまで小十郎と 佐助の顔が近づき、小十郎は佐助の耳に軽く口付けながらささやく。 「照れてんのか・・・?あんまり可愛いこと言うんじゃねェよ」 「ちがうわァアアアアアア!!やめて!その無意味にいい声でささやかないで!!耳が!耳が腐るぅー!!」 じたばたと佐助は暴れた。 さすがに小十郎の腕の力もゆるみ、そのすきに佐助はそこから抜け出す。そして小十郎の顔を、まじまじと、この世のものではな いなにかおぞましいものを見るような目で見つめた。こいつは誰だ。 小十郎はふう、と息を吐き、呆れたように言う。 「おまえが嫌がっても俺を煽るだけ・・・ってことを知らねェみてえだな」 「ちょ、まさか本気じゃないよねええええ?冗談?冗談にしてもつまんないからやめてほしーんですけどっ」 「阿呆が」 また、ふ、と息を吐き。 そして小十郎はその長い腕を伸ばして佐助の手をとり、それをくちもとへ持っていって、 「俺がおまえのことで本気じゃなかったことなんざ、一度だってありゃあしねェだろ・・・?」 ちゅ、と。 佐助の手の甲にかるく口づけた。 ぞわわわわわー 今度こそ、佐助の肌が総毛立つ。誰だこれ。ほんとに誰だこれ。 冗談だろう。冗談にちがいない。つーか冗談じゃなきゃ困る。佐助は腕の防具をかちんと外してそのぶつぶつと鳥肌の立った肌を ぐい、と小十郎に見せつけた。 「ちょっとほんっっとやめて!見てこの肌!すっげー鳥肌が立ってんですけど!」 差し出された佐助の腕を小十郎はじい、と見つめる。 それからふ、と笑った。 「猿飛」 「なんだよ」 「おまえ、言いたいことははっきり言いやがれ」 「・・・?言ってんでしょーが。今日のあんたがいかに気持ちわりーかって話を延々と」 「相変わらず細ェ腕だな・・・」 「あぁ?そらぁあんたに比べりゃ細いかもしれませんがね?言っとくけど力負けする気はないよ?」 佐助は小十郎の言葉にぴきりと額に青筋をたてる。 事実べつに佐助の腕は細いわけではない。成人男性としては平均か、もしくは鍛えている分太いくらいだ。が、小十郎はそんなこ とはどうでもいいと言うように言葉を続ける。 「白いな」 「あ?」 「おまえの肌」 「まぁしのびは夜のお仕事ですから?つーかそれがなんだっつーのさ」 「おいおい、惚けんのか?」 くつりと小十郎が笑う。 「誘ってんだろ」 「・・・・・・・は?」 「そんな風に見せつけやがって。おまえも素直じゃねェな・・・まあ、そこがまたいいんだが」 「ちょっとごめん何言ってんのかわかんない」 「あぁ解った。そういうことにしといてやるよ・・・」 「うぎゃあああああ!だからそのやさしげな声止めてっつってんだろうがァ!! 片倉の旦那は!俺のことを虫けらかなんかかもしくは路傍の石かそうじゃなきゃ空気みたいに存在してねぇくらいに扱ってくれ ないと気持ち悪いんだよ!!あんたは龍の旦那にだけやさしくしてりゃーいいでしょうに!!」 はあはあ、と肩で息をする佐助にぽつりと小十郎がつぶやく。 「・・・さるとび」 「なに!」 「おまえ、政宗様に嫉妬してんのか?」 馬鹿だな、俺にはおまえだけだぜ?と小十郎が笑いながら佐助のあらわな腕をつうと撫でる。 ちがうわァアアアと佐助が叫ぶが小十郎は相変わらず甘く笑ったままである。どうしようもない。絶望に苛まれる佐助に、最後の とどめだと言わんばかりに小十郎はささやいた。 「でもな、そんな風に言ってると久々だから加減ができなくなっちまうぜ・・・?」 「は」 「やさしくしないで、か」 いやらしいことを言う、と小十郎が笑う。 その顔もひどくいやらしくって、佐助は恐怖に身を震わせた。 結局惚れ薬の効果は翌日には消えた。 なんとか小十郎から逃げ切った佐助はそれはもう安堵したのだが、そしてそのまま終わればこのはなしもここで終わるのだが、前 日あまりに小十郎の変貌によって衝撃を受けた政宗はそのよろこびのあまり、よかったな小十郎Yesterdayのことは夢だぜあんな の小十郎じゃねぇよな俺はおまえを信じてた!と小十郎に抱きつきつつ言ってしまったのだ。 かくして事の次第を知ることになった家老は、その事実に耐えきれず、 「腹を切らせていただきます」 と言い出した。 政宗が必死にそれを止める。 佐助はどうして俺は被害者なのにこんな屈辱を受けなくちゃいけないの?と首を傾げる。 政宗に止められながら小十郎は、いえ止めてくださるな政宗様、そのような醜態をさらしておめおめと生きていけるほどこの小十 郎恥知らずではございませぬここは一思いに我が武士としての志通させていただきたい、と言っている。醜態。それは確かにそう なのだがその前にあの主従は佐助に謝るべきではあるまいか。 醜態どころか佐助は昨日この世の地獄を見たのだ。 (こわかった・・・・・) それに比べれば、と佐助は目の前の馬鹿主従を見つめる。 なんと罪がないことだ。こちらのほうがよほどいい。迷惑だけど。それはもう鬱陶しいけど。 「・・・やさしー片倉の旦那なんて、もう二度と見たくないわ」 小十郎は政宗にだけ、それを向ければよい。 積極的に佐助をすきな小十郎など、そんなのは小十郎ではない。情人とも言えぬ間ではあるけれど、それでも佐助が体を重ねるこ とを容認している男は、ただただ主のみをあいしている片倉小十郎という男なのだ。 だからそうではない小十郎に触れられたときは、そのあまりの気色の悪さに吐き気さえもよおした。 あんな男には抱かれたくもないし抱きたくもない。 (俺のことなんて気にしないからこその片倉の旦那でしょ) 目の前の日常にひどく安堵しながら、佐助は長い息を吐いた。 |