素 敵 な 夫 婦 の 作 り 方 佐助は円満な家庭を維持するために夫婦間における性的な夫婦関係というものを―――一言で言えば セックスを、とても重要視している。 それは単に直接的な性欲の意味だけではなく、より抽象的に、しかし極めて根源的に夫婦の関係その ものにおいて重要なのだ。それはもちろんどの夫婦においてもそうであるだろうけれども、より佐助 と小十郎の関係において顕著に表れる。なぜならばふたりは見合いで初めて顔を合わせてから二月足 らずで結婚しており、そのうえその結婚も多分に便宜上の理由に依拠していたので、互いに明確な恋 愛感情に類するようなものは抱いていない。もちろん嫌悪感はないし、それなりに気に入らなければ よりによって同性結婚なんてするわけがないのだけれども、その事情を差し引いたとしても、新米の 嫁と旦那の生活はとてもぎこちないものにならざるをえなかった。 つまるところ、ふたりは究極的に形から入ってしまった夫婦なのだった。 中身はほぼ、皆無だと言える。なんとなく中身が入れやすそうな形ではあるがまだ中身はない。今後 の嫁の課題は、大変に非協力的な旦那と一緒にその中身を作っていくことであり、目下その一番手っ 取り早い方法がセックスなのだ。 セックスはいい、と嫁はしみじみ思う。 体を重ねれば嫌でも親密になるし、暇つぶしにもなるし、そしてなによりもとてもきもちがいい。 佐助と小十郎は両方とも360度どの角度から見ても純然たる雄なので、セックスはいわゆるアナル セックスをするしかない。それは女性相手のセックスより多分に手間がかかるところが難点であるけ れども、得難い特典は一般的には排泄器官であるところのそれが嫁にも旦那にも備わっているところ だ。つまりどちらが受け身になってもセックスは成立する。これはとても素敵なことだ。嫁は旦那が 受け身になってるのを上から見るのも楽しいし、反対に旦那が自分の上に居るのを見上げているのも とても楽しい。受け身の旦那の掠れた声もうっとりするが自分の上に乗っている旦那の低い声はぞっ とするくらいにいやらしくってそれもぜんぜん悪くない。 ことセックスに関しては、佐助と小十郎は十分に良い夫婦だった。 寝室にはベッドが二つあって、それは隣り合わせに接触した状態で置いてある。どちらもふたりが独 身のときに使っていたベッドをそのまま新居に持ち込んだものであり、佐助のベッドのほうがすこし 高い。部屋のインテリアとしては大変にアンバランスではあるけれども、結婚をしたからといって新 婚旅行も何もなく、すぐさま普段通りの仕事に入ってしまった旦那が新しい家具だのなんだのという ものに一切感心を示さなかったので、しかたがなくそのままだらだらとアンバランスにベッドは二つ 寝室のまんなかに佇んでいる。嫁はけれども、それなりにこのベッドの位置関係を気に入っていた。 自分のほうから旦那のほうへと移動するときに、ひとつころりと寝返りを打つと自動的に落ちてすっ ぽりと収ることができる。とても便利だ。そして楽しい。 そのような事情もあって大抵セックスは嫁からしかけることになる。 旦那は大抵平日は死んでいる。ハムスターみたいに愛する社長のために働く旦那を嫁は馬鹿にしたり 尊敬したり気が向いたときに嫉妬したりしながらぼんやりと眺めている。旦那は平日には指一本嫁に 触らせてはくれないし、触る気もない。緊張の糸が途切れると困ると言う。冗談みたいに生真面目な 旦那の言い分を嫁は適当に聞き流しながら週末を待つ。 金曜日になると旦那は、元から寡黙な口を貝のようにぴったりと閉じさせて、もそもそと機械的に嫁 の微妙な夕食を口に流し込んで、義務的に風呂に入り事務的に歯を磨いて宿命的な唐突さでベッドに 沈み込む。そしてひくりとも動かなくなる。寝室がひっそりと静まったのを見計らって嫁はいろいろ な家事をほったらかしにして自分も寝室に入り、長く伸びている旦那の上に乗りあげる。 そして腰に両手の親指を当てて、にんまりと口角を上げる。 「あらら。凝ってますね、お客さん」 ぐい、と力を込めると呻き声が死体になっていた旦那からあがる。 抗議の声はあがらない。まだ小十郎は生き返っていないからだ。佐助は体重をかけて腰の外から内を 抉るようにして揉み解す。ゆっくりと丁寧に下から上へと揉み解していくと、石で出来てるんじゃな いかというような体がすこしずつ溶解していく。 ほう、とかすかな息の音が旦那から漏れる。 「きもちいい?」 肘を肩に抉り込ませながら耳元で聞くと、くすぐったそうに首が竦められる。 その拍子に目の前に形の良い耳が飛び出してきたので、佐助は肩を揉みながらそこに軽いキスを落と してみる。旦那から抗議はない。佐助はそのまま両手を小十郎の耳の下に移動させて、薬指でくるく ると螺旋を描きながら首筋に添って揉み解していく。 小十郎が顎をあげた。 「ん、」 「あ、痛かった?」 「いや」 「じゃ、きもちいい?」 「あァ」 息を吐くように応える旦那に嫁はへらりと顔を崩す。 うつぶせに倒れていた旦那をくるりと裏返して、パジャマ代わりにしているロングティーシャツを万 歳の姿勢を取らせてすっぽりと頭から引き抜く。再びベッドに旦那を沈ませて腹の辺りに腰を下ろす と太い腕を持ち上げて、こちらも丁寧に脇から手首にかけて解していく。筋肉の筋を辿るように指を 動かしていくと、旦那は枕にほおを擦り寄せてうっとりと目を閉じる。心なしか普段は常備してある 眉間のしわも薄いように見える。笑っている子供でも泣き出しそうな、いわんや泣いてる子供が居た ら気絶させてしまいそうな怖い顔の旦那であるけれども、嫁の目にはとろとろに解けたその顔はそれ なりにかわいらしいと言えないこともないような―――いややっぱり無理かもしんないと佐助は思っ た―――ともかく嫁は解けた旦那の顔を眺めて満足げに目元をゆるませた。 ときどきツボに当たるのか、掠れた声をあげるのもとてもいい。 「ぁ、―――猿飛」 「ん、なあに?」 「そこがいい」 「ここ?」 佐助は鎖骨のすこし下辺りを弱く指で押す。 小十郎は首を反らせて、天井を見上げながらこくりと頷く。 「もっと?」 「もっと」 「こういう感じ?」 「ん、もっと奥だ」 解けてるときの旦那はとても素直だ。 もっと。佐助は頭の中でその言葉を繰り返す。もっとだって、もっと。うふふ、と奇妙な笑い声が 無意識に漏れたけれども、旦那はきもちよさそうに目を閉じているので罵詈雑言も飛んでこない。 両手で太ももの筋を解していたら、小十郎がぽつりとつぶやいた。 「―――上手いな」 佐助は顔を上げて、へらりと笑う。 「きもちいい?」 「いい」 「そう、そりゃなによりだ」 「どこで、覚えるんだ。こんなの」 「独学ですよ。愛する旦那さんの為にね。俺様ったらほんといいお嫁さん」 膝を曲げて足の裏を親指で押すと、小十郎が鼻で笑った。 佐助はそれがすこし癇に障ったので小十郎の足の親指をぱくりと口に含んでやった。食うな、と旦 那が言う。美味しそうだったもんでついと言うと喉にこもるような笑い声が返ってきた。けれども それは舌で指の股をくすぐるとぴたりと止んだ。 佐助は一旦指を口から出して、代わりに足の甲に浮き出る血管を舌で辿る。 「よせ」 旦那が呻くように言う。 それでも体を起こしたり、足をばたつかせたりはしない。嫁はあっさりとその抗議を無視して、く るぶしに音を立ててキスをした。 「マッサージの一環だって」 「嘘吐け」 「ほんとほんと。ちょうきもちいいから」 笑みを浮かべながら旦那の上に覆い被さって、まだ解けている旦那の顔にキスを降らす。最後に唇 を重ねると、意外なことに旦那のほうから舌を絡めてきた。背筋にぴりぴりと痺れがはしる。唇を 離して今度は耳を挟んでやると、髪に小十郎の指が絡んでくる。腰骨を撫でると真っ直ぐな背中が 反り返る。ベッドと背中の間に開いた隙間に手を突っ込んで、首に唇を落としながらするすると撫 で上げるときもちよさそうに小十郎が深い息を天井へ吐き出した。 佐助は顔を持ち上げて、枕の脇に手を突いて小十郎を覗き込む。 「ね、きもちいいでしょ?」 へらりと笑いかけると、頭に乗っていた手が忌々しげに髪を引いてくる。 けれども抵抗らしい抵抗はそれで終わりで、むしろ一旦髪を引っぱっていた手はその後佐助の顔を 引き寄せるためにもう一度ゆっくりと頭の上に戻ってきた。旦那の要望通り唇を重ねてやって、厚 い胸板にぺったりとてのひらを押し当てる。てのひらに鼓動の音が伝わってきてくすぐったいよう な感触がする。いつもよりもすこし早いそれに目を細め、舌を絡めながらてのひらをゆるゆると動 かす。胸の先端を指で挟むようにするとくすぐったそうに小十郎が顔を逸らした。 「ここはまだきもちよくなンないんだよな」 くるくると男においては無意味なその突起を指で弄りながら佐助はつぶやく。 女であれば十分に性感帯であるはずのそこは、小十郎にとっては他の皮膚とあまり変わらないよう で、そこはすこし佐助としては不満要素だった。もっとあんあん言えばいいのにここで、とつぶや くと背中に小十郎の蹴りがひとつ入った。 小十郎は口に手の甲を当てて笑いを堪えている。 「ま、今後の課題かな」 「なんだ、そりゃァ」 「うん、きっとそのうちよくなると思うンだよね。あんた才能あるし」 「いらねェ、そんな才能」 「才能っているいらないじゃなくッて、あるないの問題だから。残念ながら」 とりあえず今日はいいや。 ちゅ、とそこにひとつキスをしてから佐助は諦めた。小十郎がくつくつと笑う。 旦那は今日は機嫌がいい。嫁は様々な意味でそれをとてもいいことだと思った。自分とのセックス でたのしそうな旦那というのは、広義の意味においては夫婦の今後にとってとても素敵だし、狭義 の意味ではとりあえず今晩の自分にとってとても都合が良い。 ジャージのズボンを下ろして下着越しに性器に触れると、すでにそこは熱を持っていた。佐助は下 着をするりと脱がして、邪魔だったのでベッドの下に放る。放るなと旦那がすこし文句を言ったけ れども、直接性器をてのひらで包むと息を吸い込む音と一緒に静かになった。 ゆるゆると撫で上げると性器はすこしずつ硬くなっていく。足の付け根をさすりながら勃ち上がっ た性器の先端を舌でくすぐると、腰がすこし跳ね上がった。膝を折り曲げて足を開くように促すと 案外素直に旦那はそれを了承する。佐助は自分のベッドの上にあるクッションを手にとって、小十 郎の腰を持ち上げて隙間に差し込んだ。そうするといろいろ丸見えでとても素敵な光景が広がる。 両膝をくるくると撫でながら、佐助はにんまりと口角を持ち上げ、すっかり熱を孕んだ性器を口に 収めて先端を突くように舌で舐めた。 「は、―――ん、ァ」 掠れたいつもより高い声があがる。 吸うようにほおを窄めるとかすかに苦みが口に広がる。佐助は性器から口を離して―――苦いのは あまりすきじゃない―――代わりにてのひらで強く擦り上げた。もう片方の手で押さえている膝が ときどきひくりと痙攣する。それも構わないでおんなじ動作を続けていると、次第に性器の先端か らとろとろとしろい液体が溢れてくる。佐助はそれを親指で堰き止めるように抉ってみた。すると 一層その液体が溢れる量が増える。 きもちよさそう、と笑うと長い手が苛立たしげにシーツを叩いた。 「しゃ、べんな。いちいち。あほ」 「や、だってきもちいいでしょ、実際」 「黙ってやれ」 「つまンねえじゃん。お客さん、お痒いところはないですか」 佐助はおどけた声で言うと小十郎の体液で濡れた指を、秘部に押し当てた。 ひくつく窄まりを解すようにくるくると撫でる。目に入った長い手はシーツを握り締めている。そ の光景は佐助をとてもいいきもちにさせた。指を一本体内に入れ込むと、シーツの皺が増えてます ます佐助の気分は盛り上がっていく。自分の行為で旦那がきもちよくなっているのを知るのは実に 嫁冥利に尽きるというものだ。きゅ、と指を締めつけてくる体内の熱もうっとりする。 ああはやくいれちゃいたい、と嫁はうずうずしたが、ぐっと堪えた。 「ね、きもちいい、片倉さん」 大切なのはまず第一に、旦那をきもちよくさせることだ。 一本指を増やし、内壁を抉るように動かしながら佐助は首を傾げる。 内部の凝りに近い場所をわざとらしく掠める。背中を屈めて真っ平らな固い腹にキスをしてみると、 指を動かす度にそこがひくひくと動くので佐助のほおは一気に溶けてしまった。指を更に一本増や してばらばらに動かすと小十郎がはっきりとした高い声をあげて仰け反った。 「あ、ァ、―――ん」 「ここ?」 掠めた凝りを指の腹で擦ると放ったままにしてあった性器からこぽりと精液が溢れる。 それは十分に佐助の質問の答えになっていたけれども、本人のほうはとろとろ溶けて答える義務は ないとばかりにくたりと枕と仲良くしている。きもちがいいのは見てれば十分に解るのだけれども 佐助は唇を尖らせて目を細めた。 二本の指で挟みこんで凝りを揉む。 「ね、ここ?」 「あ、あッ―――てめ、ぇ、んっ」 「だって言ってくれなけりゃ解ンねえじゃない。ねえ、きもちいい?」 「くぅ、う、あ」 「ねえ」 すごく、きもちいいでしょ? 佐助は自分でもそれなりに自覚のある、旦那に言わせると「粘着いた卑猥物」であるところのとっ ておきの声に笑いを混ぜて、ぐっと凝りを三本の指で押しつぶした。一際高い声をあげて小十郎が 背中を反らせる。同時に秘部と性器の間を親指で抉ってやると観念したように旦那がベッドを叩い た。佐助はうっとりと笑ってシーツに落ちたその手を取って甲に口付ける。 ひくりと指が揺れたのでけらけらと笑って揺れた指を口に含んでやった。 「片倉さん」 わざとらしい水音を立てて口を離すと、三本の指も同時に秘部から引き抜く。 その喪失感にか、小十郎がちいさく息を吐く。佐助は伸び上がってかすかに開いたその口を自分の 口で塞いでやった。中学生が初めてするような軽いキスを何度か交わして、クッションで持ち上が った腰を引き寄せると、唸り声と一緒にまだジーンズを穿いたままの尻を踵で蹴りつけられた。 「脱げ」 と言う。 佐助は思わず吹き出した。 「かしこまりました、旦那さん」 ジーンズを脱いで、一緒に下着も脱ぎ捨てる。 熱を孕んだ性器を秘部に押し当てると、小十郎の顔がしかめられる。佐助は手を伸ばしてシーツを 握っている大きな手の上に自分の手を重ね、ゆっくりと小十郎の中に性器を埋めていった。絞り取 るような動きをする秘部にほうと息を吐き、先端だけ入れたところで一旦小十郎の様子を窺うと、 きゅっと目を閉じて歯を食いしばっている。 「つらい?」 小十郎の性器を宥めるように撫でて聞くと、すこしだけ眉間のしわが緩んだ。 短い息を吐き出しながら、つらくねえ、と言う。佐助は性器の代わりに腹を撫でながら小十郎の息 が整うのを待とうとしたが、途中でまた腰を蹴られたのでぱちぱちと目を瞬かせた。 いつの間にか旦那が目を開けてこちらを睨んでいる。 「あほう」 「え」 「つらくね、って、言ってんだろう」 はやくしろと旦那が唸る。 嫁はしばらくぼうと弛緩してから思い切り顔をとろかせた。 ぐっと奥まで性器を入れ込むと、悲鳴のような声が小十郎からあがる。顔を覗き込んでみたら首を 振られた。大丈夫だということらしい。佐助は足を抱え込んで自分は膝を立て、ゆっくりと腰を揺 らす。火傷してしまいそうなほど熱い感触に、乱暴に掻き混ぜてしまいたい衝動が襲ってくるけれ ども、そこでもやはり嫁はぐっと我慢する。 嫁のセックスにおけるコンセプトは、第一に「癒し」なのだ。 旦那がとろとろにただきもちよくなってくれなくては、それは達成されない。 体をちいさく揺らして、小刻みに凝りを性器で撫でるように擦っていく。凝りに性器が触れる度に 小十郎はちいさな声をもらす。高くて掠れた声はいつもの小十郎からは想像もできないような甘っ たるい響きがこもっている。ちりちりと焦げるようなもどかしい痺れが背筋を駆け上っていくのに 佐助は眉を寄せて笑みを浮かべる。佐助の位置からはよく見える小十郎の性器はとろとろと溶けて、 佐助が体を揺らす度にこぽりと新しく体液を吐き出して、今にも堪え切れなくなりそうなほど震え ている。できるだけこのぬるまったいセックスを続けるために、佐助はそれに直接は触らないでゆ るゆると腰を動かす。性器を伝ってこぼれた精液が互いの肌の間で聞くに堪えないようなひどい水 音を立てる。 かたくらさん、と佐助は小十郎を呼んだ。 「きもちいい?」 何度目かの質問を懲りずに投げかける。 一旦小十郎の足を離して、両手を相手の両手に合わせて指を絡ませる。その体勢のままぐっと腰を 進ませると痛いくらいに握り締められた。 「はぁ、ん、ん―――く、ぅ」 小十郎がのろのろと首を上下させる。 「さ、るとび、」 「なあに」 佐助はへらりと笑って手を握り返してやる。 夜が溶け込んだような黒い眼が虚ろに開いてこちらを見上げている。それをうっとりと覗き込んで いるときゅっと腰に足が絡まってきた。驚いて目を見開くと、重なった手にほおを擦り寄せるよう に小十郎が首を傾げている。 目が合うと、薄い唇が開いた。 「もっと、」 はやくしろ。 切羽詰まった掠れた声で言う。 掠れた声に佐助は顔が赤くなっていることを明確に自覚した。 普段はモアイ像みたいに色気も何もあったものじゃない旦那に当てられたのが恥ずかしくなって、 佐助はそれを誤魔化すように首を振って、要望通りに熱を小十郎の奥の奥まで突き刺した。 濡れタオルを持って寝室に戻ると、さっきまでぐったりと沈んでいた旦那が起き上がっていたの で嫁はひょいと首を傾げてタオルを放ってやった。 タオルを受け取った小十郎はぼうとほうけた顔で佐助を見上げてくる。 「起きて平気なの?」 解れた前髪を後ろに撫で上げてやると、ああ、と返事なのだか呻き声なのだか定かでないものが 返ってきた。小十郎は額に手の甲を当ててしばらく黙ると、寝てたのか、とひとりごとのように つぶやく。佐助は濡れタオルで小十郎の体を拭きながら、五分くらいね、と答えた。 つめたい感触にふるりと肩が揺れる。 「お風呂沸かし直したから、後で一緒に入ろうか」 「あァ、悪い」 「いえいえ。これじゃちょっとこのまま寝るにはね」 佐助はにんまりと笑みを浮かべて小十郎の腹にタオルを当てた。 お互いの精液でぬるぬると粘着いているそこを見下ろし、小十郎は眉を寄せる。タオルを引った くられたので佐助は両手を挙げて大人しくベッドから離れてしゃがみ込んだ。 触れなくなった旦那の腹の代わりに投げ出された足を掴んで土踏まずを揉んでやる。 「お、ちょっと解れたンじゃない。さっきより」 心なしか足の裏の張りが解れている。 体を拭き終えた小十郎はふうんと鼻を鳴らし、タオルを佐助の頭に放って―――そのタオルには もちろんあまり清潔ではないあれやこれやが付着している―――ごろりとベッドに仰向けに倒れ 込んだ。下半身だけは佐助が先に整えてやったので下着も付けているけれどもそれだけで、あと は裸なのでとてもだらしがない。普段の堅苦しさからは考えられない旦那の仕草に、佐助は顔を ゆるませながら更に土踏まずを揉んでやった。途中でもう片方の足がぴょんぴょん跳ねて自己主 張を始めたのでそちらもきちんと揉んでやった。 うっとりと息を吐いて小十郎が口を開く。 「あァ―――いい。もっとやれ」 「なんであんたはそういうのを、さっき言わないのかな。いい加減観念しろっていうかさ」 「おまえもいい加減諦めろ。しつけェんだよ」 「だってなんかマッサージは認められててもセックスは認められてないみたいで、腹立つ」 「なんだそりゃァ」 小十郎が笑う。 笑い事じゃないと佐助はむくれる。小十郎は更に笑った。堪え切れないというように体を揺らし 始めるので、佐助はほおを思い切り膨らませてきゅっと足の裏をつねってやった。 立ち上がってその仏頂面のまま小十郎を見下ろすと、笑いながらティーシャツの裾を引かれる。 「おい、顔が恵比寿みてェだぜ」 うるさい、と手を振り払おうとしたら逆に掴まれた。 笑みを浮かべている小十郎が、いいよ、と急に言うので佐助は思わず目を瞬かせた。小十郎はま だくつくつと笑っている。佐助の顔が面白くてしかたがないらしい。 だからな、とたのしげに旦那は言う。 「マッサージもいいが、セックスも悪くねェよ」 「え」 「いい」 「え、え、―――それマジ?」 「おう」 おまえは上手い。 佐助は思わず旦那の手を両手で握ってしまった。 「え、ほんと?」 「しつけェな」 「だってあんたがそんなこと言うなんてさ、なんか嘘みたい―――あ、しまった。着ボイスに録 音しときゃよかった」 「阿呆か」 「嬉しいンだもん、だって―――そっかあ」 きもちいいんだ、片倉さん。 佐助は小十郎の手を自分のほおに押し当ててうっとりとつぶやいた。もちろん男の体はとても解 りやすい構造をしているので、相手がきもちいいかどうかはすぐに解ることではあるのだけれど も、やはり直接本人からの言葉を聞く以上に確かなことはない。嬉しいなあと浮かれながら佐助 は膝を立て、ベッドの上に乗り上げた。 旦那の髪を撫でながら、へらりと笑ってキスをする。 「あんたがきもちいいのが一番嬉しいよ」 俺様目指せ「癒し系嫁」だから、と言うと旦那は一瞬もの凄く馬鹿にした顔をしたが、そのあと は堪え切れないように吹き出して、まァ精々頑張れよと頭を撫でてくれた。 佐助はその感触に目を細め、頑張りますよ、とまた小十郎にキスをして、それからひょいと顔を 上げ、 「だから、これからもう一回頑張ってもいい?」 にんまりと笑みを浮かべる。 だってほら、上達には場数を踏むのが一番じゃない? そう言うと小十郎はしばらく歪んだ顔で黙っていたが、そのうち諦めたように唸って、よくしろ よ、と首に腕を回してきた。 おわり |