片倉小十郎とのまぐあいは、まるで獣の屠り合いだ。 肉 食 獣 の 言 い 分 「―――ッ、ぁ、あ、はぅ」 腰を引き寄せ、深く穿つと小十郎は一瞬だけ仰け反って喉を曝した。 佐助は喉の奥でくつくつと笑って、曝された喉に舌を這わせてゆるく噛んだ。肩にかけられた小十郎の指の爪が きつく食い込む。痛みに目を細めると、いつの間にかすぐ近くに小十郎の顔が戻ってきている。小十郎の切れ長 の目は夜に溶けこみそうに緩んでいる。それがすいと細められ、小十郎の顔が肩に落ちてきた。 「ッ、て」 歯が首に食い込む感触がする。 ・・・ 佐助がしたような甘噛みではない。それは明確に噛む為に、否、喰らう為にされる行為だった。血が滲むのが解 る。佐助は舌打ちをして、膝に抱え込んでいた小十郎を布団の上に押し倒した。拍子に悦い場所を掠めたらしく、 小十郎は口から掠れた声をこぼして佐助の首を解放した。 「は、ぅく、ッぁ」 「ほッ、ら、歯、立てないの。良い子だから、ね」 「う、く、ふぅ、んッ」 小十郎は首を振って、また口を開く。 綺麗に並んだ歯が、月明かりに映えてひかった。 「―――ッ、あんたはも、う、っとに、面倒なおひと、だよ」 「あ、あ、ぁあ」 小十郎は佐助の言葉など聞いていない。ただ声を漏らして悶えている。 佐助が息を吐いて、きつい締めつけに目を細めているとまた小十郎が佐助に噛みつこうと体を起こそうとする。 佐助はそれから逃れる為に小十郎の唇に噛みつくように口付けた。舌を絡め歯をなぞり、唾液を流し込む。爪が 背中を切り裂かぬように手を畳に縫いつけて、口を閉じる間も無いように小十郎の中に深く深く突き入れると、 小十郎は悲鳴のような声をあげて佐助の手をきつく握り返した。 「さ、ぁ、さる、と」 「はいは、い、居ますよ」 猿飛猿飛、と小十郎は佐助を呼ぶ。 佐助はそれに律儀に応えながら、ぐるりと腰を回しながら入り口付近を抉り、焦らすように性器を半分まで引き 抜く。小十郎の腰が、それを追うようにすこし持ち上がるのに口角を上げて、望み通りに入れ込んでやる。いつ も刻み込まれた眉間のしわが緩んでいるのに口付けて、みぎめのだんな、と低く耳に注ぎ込むと小十郎は達した。 「ぁ―――あ、あ、あ」 とろりと熱い液体が佐助の腹にかかる。 佐助は締めつけられる感触に目を細め、達するのを堪える。 性器を抜こうと腰を動かすと、達して弛緩していた小十郎の足がそれを拒むように絡んできた。ぞくりと背筋に 刺激がはしる。小十郎は戦場で見せるような目をしていた。飢えた目だ。佐助はそれに魅入ってしまった。ゆる ゆると小十郎の腰が動いて、佐助の性器を締めつけてくる。佐助はちいさく苦い笑みを浮かべてから、小十郎に 逆らうのを止めて射精した。小十郎は長く息を吐いて、最後にすこしだけ笑った。 性器を引き抜くと、こぽ、と小十郎の中から佐助の放った精液がこぼれるのが見えた。佐助はそれをぼんやりと 眺めて、それから自分の肩をさすった。てのひらを見ると、やはり血が付いている。腕を見ると、歯形があちら こちらに付いて痛々しく赤らんでいる。きっと背中にも血が流れているんだろうな、と佐助は思った。小十郎は 荒く息をこぼしながら目を閉じている。小十郎の首にも腕にも、胸にも、佐助の付けた噛み痕がある筈だった。 佐助はそれを目を凝らして探してみた。でもそれは小十郎の体に充満した戦傷のせいで、どこにあるかまったく 見分けが付かなくなっていた。 小十郎と佐助が情交をするようになったことに特別な理由はない。 初めて会った時から、佐助はわけもなく小十郎とそういうことをしたい、という衝動を持っていた。でもそんな ことは常識的に考えて出来るわけがなかった。佐助と小十郎は住む国が違い、仕える主が違い、地位が違い、そ もそも世界を異にしていた。だから多分、半ばはあこがれに似ていたのだと思う。なにもかもが違うので、それ が欲に繋がったのだ。佐助は小十郎とまみえる度に、あの男が自分の下で悶えるようなことがあればどんなだろ うかとつらつらと考えた。それは決して実現する筈のない、罪のない妄想で終わる筈だったのだ。 「おまえ、俺を抱きてェのか」 小十郎にそう言われたのは、主からの書状を彼の主に渡そうとした時だった。 丁度そう思っていたところだったので、佐助は面食らって何も言うことが出来なくなった。 「違うのか」 と小十郎は言う。 佐助は喉を鳴らし、なんでそう思うの、と問うた。 小十郎は首を傾げ、なんとなくな、と応える。何の答えにもなっていない。でもそれはあんまり真実だったし、 佐助は柄にもなく興奮しつつあった。抱きたいのか、と問う理由が解らない。小十郎の目のなかに嫌悪のいろが あるようには見えなかった。佐助はすこし考えてから、だったらどうなのさ、と言ってみた。小十郎は佐助の持 っている書状を眺めながら、視線を障子の外にやった。夏だったので、蝉が鳴いていた。夜だったので、月が出 ていた。小十郎はしばらくそうやってから、佐助に視線を戻し、 「付き合っても良いぜ」 とちいさく笑った。 その夜初めて佐助は小十郎を抱いて、そして驚いた。 片倉小十郎は、戦場では確かに「武士」であるけれども、普段は政務も軍略もこなす、そういう為政者でもある。 佐助は片倉小十郎という男に冷えた印象を持っていた。熱くなるのは戦場と主のことでだけだと思っていた。だ から小十郎が褥であそこまで乱れるとは思わなかったし、なにより驚いたのはその情交がまるで獣のようだった ことだった。小十郎は噛み癖なのか、やたらと佐助の肌に傷をつけることを好んだ。爪を立て歯を立て、放って おくと佐助は情交が終わると戦が終わったような状態になることもあった。でも小十郎はべつに佐助に痕を付け ることを望んでいるようではなかった。ただ純粋に、噛むし、肌を抉る。その後で佐助の体に付いた痕を確認す るようなことは特になかった。 自分ばかりが傷を付けられるのが癪なので、佐助は小十郎の肌にも痕を残そうとした。特にしたいわけではない けれども歯を立てて爪を立てた。そしてその後、佐助は確認をした。小十郎の肌に自分の痕が残っているのかど うかを、佐助は知りたくてたまらなかった。でもそんなものはどこにもなかった。小十郎の肌には既に数多の傷 が付いていて、噛み痕や爪の痕など、そんなちいさなものなどどれだけ凝視しても見えなかった。 佐助はそれを見る度に、虚しくてしかたなくなった。泣きそうにすらなった。小十郎には佐助の痕跡などどこに もありはしない。そんなものを付けようと思うこと自体、間違っているのだろう。元々実現する筈のない欲がな ぜだか実現したことだけで満足すべきなのだ。でも欲は一旦叶ってしまえば更に次の段階へと進むもののようで 佐助の欲は際限なく広がった。 小十郎も自分を求めてくれればいいのに、と思った。 考えても仕様がないことだ。でも考えずにはいられない。 小十郎はあんなに激しく褥では佐助を求め、そのくせそれが終わってしまえば佐助の肌を見ることもしない。 佐助は小十郎が佐助と情交する理由を知らない。何かあるのか、何もないのか、それすら知らない。何もないの かもしれない。ただ小十郎は男と情交するのが、しかも受け身になるほうを好んでいるだけなのかもしれない。 一国の家老が国の者とそういうことをするわけにはいかないから、他国のしのびで後腐れの無い佐助とそういう 関係を持つのかもしれない。考えれば考えるだけその考えは真実味を増していった。だからどうということもな い。佐助にだって理由らしき理由はないのだ。ただ小十郎を抱きたいと思っただけなのだ。 小十郎は情交が終わると佐助から視線を逸らしてすぐ寝てしまう。佐助は自分に向けられた背中を眺めながら、 「俺を見ろ」と叫び出したくてたまらなくなる。俺を見ろ。俺はこんなにあんたを見てるのに、あんたは俺のこ とを些っとも見ないなんて狡いじゃないか。 「―――右眼の旦那」 もう寝てるの、と問うと小十郎はこちらを見ないで「なんだ」と言う。 佐助はやはり向けられない視線にあんまり苦しくなって、「なんでもない」と言って忍装束を被った。 「行くのか」 佐助が手甲を嵌め込んで、寝所を出ようとすると珍しく小十郎が起き上がって声をかけてきた。 佐助は振り返り、笑みを顔に張り付けて「ええまあ」と応えた。小十郎は佐助を見上げ、そうか、とだけ言う。 それを見ていたら佐助はまた自分の下半身が熱くなるのが解った。小十郎が、こちらを見ている。小十郎の夜色 の目が真っ直ぐに佐助を見ている。小十郎の額にはぱらぱらと長い髪が幾筋もこぼれていて、褐色の肌はしろい 月明かりでいくらか白んで見えた。 「どうしたのさ、いきなり。どうかしたかい」 「べつに、なんでもねェよ。行くんだろう、早くすりゃァいい」 「あんたが、」 喉が渇く。 掠れた声で佐助は言った。あんたが言うなら、 「なんならもう些ッと残ったって良い。べつに急ぎの用があるわけじゃないしさ」 小十郎は何も言わずに佐助を見ている。 佐助はたまらなくなって、座り込んで小十郎の顔を覗き込んだ。手甲のままに小十郎のほおに触れる。小十郎は 一瞬だけ佐助の手に視線を落としてから、なら居れば良い、と言う。佐助は唇を噛んで、それから目を閉じた。 そうするよ、と言って小十郎を引き寄せる。小十郎は黙ってなすがままにされた。 佐助はするすると小十郎の着物を脱がせて首を吸った。小十郎が身じろぎをして、佐助の体を押す。 「痛ェ」 「は、」 「手甲くれェ外せ。痛くてかなわん」 ぱん、と手を叩かれる。 佐助は眉を寄せて、手甲を外しながら小十郎を睨み付けた。痛いと言うならば佐助は今全身が痛い。どこもかし こも、小十郎の噛み痕引っ掻き傷で満身創痍と言っていい。お言葉ですがね、と佐助は素手になった右手を振っ てから帷子を肩まで下げた。首筋の痛々しい傷を曝して見せつける。 「これ、どなた様がお付けになったんでしたっけね?」 「随分と激しい女と懇意なんだな」 「残念。女じゃないんだな、これは」 佐助はけらけらと笑って、それから小十郎の口を指さした。 「あんたにされたんですけど、御存じ?」 「へェ」 「これだけじゃねぇよ、なんなら全部ご覧に入れたっていいぜ」 「まだあるのか」 「まだまだあるよ。あんたと寝てると、いつか喰われちまうような心地がするくれぇだ」 「ふうん」 「知らなかったの?」 「知らなかったな」 小十郎は佐助の首をしげしげと眺めて、それを指でなぞった。 長い指がするすると佐助の剥き出しになった皮膚をなぞる。佐助はすこし首を竦めた。それから改めて小十郎の 夜着を脱がせて、肌に触れる。ちり、と首が痛むので何かと思って見てみると小十郎が患部に爪を立てていた。 「なんだよ」 「なにが」 「だから、あんたどうして俺にそういうことするわけ?」 知りもしない、と言うのだ。 では何の為の行為なのかますます良く解らない。もしかして嫌悪の顕れなのかもしれないと佐助はひどくかなし くなりながら思った。ほんとうはこうして佐助に抱かれることを小十郎は望んでいないのだろうか。そうだとし たら唯一の繋がりすら何もないことになる。何もない。ほんとうに何もない。 小十郎は目を瞬かせて、それからああ、と頷いた。 「していたか」 「してますけど」 「知らなんだ、すまんな」 「なんなんだ、あんたは」 佐助は呆れて、髪を掻き上げた。 既に性器はまた熱くなっていたけれども、それよりは折角その話題について話せる気配がするのでそちらを優先 することにした。胡座をかいて、ほおづえを突く。 「あんまり、俺としては噛んで欲しくないんだけど」 「そうか」 「痛いのが良いっていう癖は残念ながら持ってないんでね」 「痛ェのか」 「そらね。だってあんた、思い切り噛むンですもん。 噛むって言うか囓る、って感じ。狼みてぇだよ、ほんとにさ」 「へェ」 小十郎は他人事のように相槌を打つ。 あんたのことだよ、と佐助が言うと、知ってる、と言ってから視線をすこし下にやった。考えているようだ。す こし経ってから小十郎は、「痛ェのは嫌いか」と問うた。 「あたりまえでしょ」 佐助は両手を挙げて笑った。 「なに、あんたはすきなの?」 「ふざけんじゃねェよ。そんなわけあるか」 「だろ。俺様だってそんなのごめんさ。だから噛むの止してね」 小十郎に噛まれると、かなしくなるのだ。 小十郎はすこし考えてから、首を傾げ、「無理だ」と言った。佐助は肩を落として顔を歪める。 「はあ」 「我慢しろ」 「なんでそういうことになるの」 「むしろ、俺は我慢をしているほうだぜ」 小十郎は首を竦め、ちいさく笑った。手を伸ばして佐助の首筋に触れて、血がこぼれている患部からそれを掬っ て自分の口に運ぶ。佐助はそれをぼうと眺めた。小十郎の薄い唇に、佐助の血が触れ、舌がそれを舐め取る。 小十郎は佐助に視線をやって、それをすいと細めた。 「ほんとうに喰われんだけ、有り難いと思えよ」 我慢してるんだ、と言う。 佐助はぼうと目を丸め、それから耳を疑った。 「なんて言った?」 「喰われんだけ有り難いと思え」 「あんた」 俺を喰いたいの? 「あァ」 小十郎は平気な顔で頷いた。 そして「おまえを見てると腹が減るんだ」と言った。 佐助は呆然として、それから小十郎を思いきり抱き締めた。首筋に顔を埋め、背中を引き寄せる。小十郎はちい さく笑い声を立てて、良いのか、と問うた。佐助は目を閉じて、口角を上げた。 「ほんとうに喰うのは止しておくれよ」 「それはせんよ」 小十郎は体を離して、佐助の目を覗いた。 これが見れねェのは御免だからな、と言う。佐助は息を飲んで、それから「どうしてあんたは俺に抱かれるの?」 と問うた。小十郎はすこし考えてから、「さァ」と言う。さァ、そんなもん、考えたこともねェな。 でもまァ、多分、 「それがいっとう、「喰う」のに似てるからじゃねェか」 佐助は目を丸め、それから笑った。 小十郎を布団に押し倒して、口付ける。舌を絡め、銀の糸を引いてそれを離すと小十郎は首を傾げてまた、良い のか、と問うた。噛んでも良いのか、結局のところ。 佐助はうっとりと笑い、小十郎のほおにてのひらを当てる。 ―――――――――――――――嗚呼、あんたが望むんだったら幾らでも! 「俺を食べて、右眼の旦那」 佐助は首筋に触れて血の付いた指先を小十郎の唇に押し当てながら歌うようにそう言った。 おわり |