お伽噺のはじまりはいつもおんなじだ。
昔々あるところで―――
お 伽 噺 の よ う な
見合い。
小十郎はほうと息を吐いて、それからまたその言葉を言った。見合い。
そうだ見合いだと正面に胡座をかいた叔父の輝宗が言う。
「おまえ今いくつだ」
「二十と七ですが」
「そろそろ結婚してもよかろう。というか、しないと拙かろう」
「―――はァ」
小十郎は気を付けたつもりだったけれども、口から零れた声は相当無関心なそれだった。
しかし叔父は気にしたふうもなく、見合い写真をずいと小十郎の前に差し出す。いい相手だぞ、と言う。はァ。小十郎
はまたほうけた声を出した。まだ会っていない相手のことをあれこれ言われてもなにも思えない。
着物を着なさい、と更に輝宗は言った。おまえはでかいからハイヒールなんぞを履くと巨人と変わらん。
「巨人」
小十郎は無感情に無神経な叔父の言葉を繰り返した。
事実だからだ。小十郎の身長は百七十をゆうに超している。祖父母から継いだ道場の弟子のなかにもなかなか小十郎よ
り大きな男は居ない。だからどうということもなかった。リーチが長いのは剣道において有利にこそなれども、不利に
はならない。着物。小十郎は成人式以来着物など道着しか着たことがない。
道着でよろしいですか、と聞いたらぺしんと輝宗に叩かれた。
「おまえ俺を馬鹿にしてるのか」
「してません。聞いただけです」
「聞くなそんなこと。安心しろ、もう俺が買ってあるからな」
にこり、と輝宗は笑う。
小十郎は顔には出さずにうんざりした。
この叔父は悪い人間ではないけれども、それにしたってあまりにもお節介がすぎる。結婚なんてするつもりはないし、
着物だって着たくない。小十郎は道着と作務衣がすきだ。動きやすくて脱ぎ着しやすい。
輝宗はぱんぱん、と手を二度叩いた。奥の襖がからりと開いて、輝宗の部下が―――この叔父はあまり表沙汰にできな
い世界で相当の地位を持っている―――なにやら大きな箱を持って入ってきた。ぱかりとその箱のふたが取られる。
小十郎は思わず目を細めた。
「いい着物だろう。高かったんだぞ」
恩着せがましく輝宗が言う。
そうですね、と小十郎は一応答えた。
薄紅の生地にしろい百合が大きく花開いている。山吹色の点がそこかしこに散りばめられていて、きらきらと日のひか
りによってはひかっているように見えた。帯は金糸雀色。銀で模様付けがしてある。
派手過ぎず、地味過ぎず、上品であでやかで可憐である。
「小十郎ではない人間に着せたほうが、この着物も喜ぶのではないでしょうか」
特に嫌味を言うつもりではなくて、小十郎はそう言った。
自分のような女に着せられては、着物のほうがかわいそうだ。
「そういう問題じゃあないだろう」
「そうでしょうか」
「とりあえずこれを着るんだおまえは。そして見合いに行け。それで結婚だ」
俺に早く孫の顔を見せろ。
輝宗はそう言った。小十郎は輝宗の娘ではないので、たとえ産んでもそれは輝宗の孫にはならない。
小十郎はちゃんとそう言ってやろうかとも思ったけれども、うれしそうに孫だ孫だと言っている叔父を見るとなかなか
言いにくい。小十郎はしばらく考えてから、言わないことにした。
どうせ結婚しないのだから子供も出来ない。
そうすれば甥と姪と、孫のちがいなど問題にはならない。
見合いはセッティングされてしまっているようだし、とうてい自分が着れるとは思えないこの着物も叔父の手によって
おそらくは現金払いがなされているのだろう。小十郎はつい、と視線をあげた。輝宗はにこにことほおを緩ませている。
小十郎は、今までの経験からこの叔父は自分の要求を絶対に通す男だということを知っている。
「――――わかりました」
行けばよろしいのでしょう。
小十郎が疲れた声でそう言うと、輝宗はにこりとまた笑った。
輝宗が帰った後に、小十郎は縁側に出て庭を眺めた。
初夏の庭には、卯の花が咲き誇っている。
風が吹く度にそれがゆらゆらと揺れては、はらはらと零れる。雪のようだ。はらはら、はらはら。
死んだ祖母はこの花がすきだった。小十郎はあまり花を愛でたりするような趣向は持たないので、それもああ初夏にな
ると咲くしろい花だ、というくらいにしか認識していなかった。今もそうだ。昔はこの花の名前すら知らなかった。
小十郎にとって森は、花の咲く場所ではなくて、
「――――あァ」
声が漏れた。
昔々――――と言っても、まだ十年かそこらの話だけれど、あの森は小十郎にとって愚にも付かないちゃんばらごっこ
をするための場所だった。いろいろやったな、と思い出すとちらりと笑みがこぼれる。赤穂浪士だとか新撰組だとか、
源平合戦に応仁の乱。小十郎はそのときまだ高校生になったばかりで、それなのにすこし異様なくらいそういうものが
すきだった。なかなかそういう話を出来る相手は居なかったけれど、
――――やはり太平記は何と言っても新田義貞でござるな!
おかしな少年が居たのだ。
年は三つ下だった。まだ小学生であったと思う。
やたらと目が大きくて、黙っていればひどく整った顔をしているというのに、全てを台無しにするほどに喋り通すので
小十郎は時々何も言わずにその鳥の巣のような頭を殴った。いい音がするのだ。ぽかん、と。
小十郎は流れてくる風に目を閉じた。切りっぱなしの肩に掛かる髪がさらさらと揺れて、心地よいのでそのまま小十郎
は縁側に体を横たえる。風が鳴っているようだった。花が散って、それが音を立てている。
十年前はまだ祖母も祖父も居た。
花は毎年咲くのに、ひとは居なくなって小十郎は見合いなどさせられかけている。
おかしなものだな。小十郎はつぶやいて、息を吐いた。変わるのだ。花は変わらなくてもひとは変わる。
あの少年も、もう居ないのだ。
「片倉殿ッ」
後ろから声をかけられて、小十郎は知らず顔をしかめた。
だだだだ、と大地を蹴る勢いのいい音がどんどん近づいてきて、どん、と最後に小十郎の腰に衝撃がはしる。振り返っ
て下に視線を落とすと、ふわふわとした大地色の髪の毛と色づいたほお、それからやたらと大きな目があった。
さなだゆきむら。
小十郎は疲れた声で言った。
「どけ」
「お早う御座います、片倉殿ッ」
「お早う。それはいい。暑ィんだ、とっとと退け」
「たしかに今日は暑うございますな、今年は猛暑だとかニュースで言っておりました。
でも其は夏はやはり暑くなければ夏らしゅうなくて好きませぬ。だから今年はたのしみでたのしみで!」
にこにこにこにこ。
犬か。小十郎は目を細めた。
祖父の経営する道場に最近通い始めた少年は、名前を真田幸村という。
時代劇がすきらしく、やたらと時代がかった喋り方をする。おなじく歴史がすきな小十郎にやたらと懐いている。もち
ろん小十郎だってそれがいやではないが、それにしてもこの少年は喋りすぎる。
小十郎は静かな生活に慣れているのだ。こんなマシンガントークに晒されると相手がなにを言っているのか途中で読み
解く気すらなくなる。蛭かなにかのように張り付いている幸村を引っ剥がして、小十郎はそこらへんに放った。
道に放り出された幸村は、それでも言葉を続ける。
「片倉殿は海はおすきでござるか」
「べつに」
「其はすきでござるよ。泳ぐのも得意でござる」
「そりゃァ良かったな」
「片倉殿にも是非見てほしいでござるよ」
「機会があったらな」
道場までの道すがら、大体は幸村のお喋りに始まって幸村のお喋りで終わる。
道場での練習が終わると、そのまま森でちゃんばらごっこに入る。役割分担はじゃんけんだけれども、幸村は何度やっ
ても自分が一番最初にパーを出すのに気付かない。頭もパーなんじゃないかと小十郎はひそかに思っている。
幸村は小学生のくせに相当剣道の腕は高く、小十郎にとってもこのお遊びはそれなりに楽しみなものだった。
今日も草っぱらで小十郎に斬られた幸村は、尻餅をついて不満げに唇を尖らせる。
「其、いつも斬られ役でござる」
「負けてるのはおまえだ」
「たまには代わって欲しいでござる」
「勝ちゃァいい」
小十郎は幸村にじゃんけんのことを言ってやる気はない。
幸村はやはり不満げに視線を落として、それからすくりと立ち上がった。
次こそ絶対勝つでござる。高らかに宣言する幸村に小十郎はすこし笑った。
「まァ、頑張れや」
「頑張るでござる。其、来年から中学生ゆえ、身長もいずれ片倉殿を超えてみせるでござる」
「そりゃァどうだか」
小十郎の身長は高い。
既に百七十ある。まだ伸びている。同年代の男子よりも高い。
幸村のほうはどう考えても平均よりもその身長は低かった。まだ百五十あるかないかだろう。まァ頑張れや。小十郎は
また言った。幸村はぱあ、と――――それこそ今頭の天辺でひかっている太陽のような顔で笑って、頑張るでござる、
と返した。この少年には皮肉とかそういうものが通じないのだ。
それから幸村は続けて、もし其が片倉殿より大きくなったら、と言った。
「そうしたら」
「うん」
「――――そうしたら、其のお嫁さんになってくれませぬか」
小十郎は目を瞬かせる。
それから、首を傾げた。
「なんで」
「な、なぜと言われても」
「よく解らんな。なんでだ」
「其は、その、あの」
話が唐突だったので、小十郎は幸村がなにかふざけているのかと思った。
しかし幸村の顔は真っ赤で、いつもならば延々と続けられるお喋りが一向に始まらない。どもっては言葉を止め、なに
かを口にしようとしては口を閉じている。しばらくしてから、小十郎はもしかしてこれは本気なのかもしれないとよう
やく気付いた。
本気か、と言うと幸村は必死で頷いた。
「俺と」
「はい」
「おまえが」
「そうでござる」
「――――なんだか、笑えないかそれは」
小十郎にとって幸村はペットだ。
そうでなければ精々弟だ。男として見たことなどない。
そもそも小十郎は男に興味がないのだ。幸村になど更にない。嫁という単語が大体自分に似つかわしくない。小十郎は
そう思うのだけれども、幸村は笑えませぬ其は真剣にござるよ、と言う。
たしかに幸村の顔は真剣だった。必死過ぎてそろそろ泣き出すのではないかと思うほどだった。なので、小十郎はすこ
し考えてから、ちらりと笑って、
「おまえが本当に、俺より大きくなったら考えてやる」
と答えた。
幸村はぼう、とほうけてから思い切り笑った。
約束でござるよ。ほんとうにうれしそうな笑顔で言われたので、小十郎は差し出された小指に――――ほんとうにちい
さくて柔らかい小指に、思わず自分の骨張ったそれを絡めてしまった。
やくそくでござるよ。
幸村は何度も何度もそう言った。
昔々の話だ。
小十郎は目を開いてくつりと笑う。
幸村はあの後結局、中学生になってからすぐに親に連れられて海外に行ってしまった。最後の最後まで少年はぐずって
いたけれども、小十郎は一発顔に拳を入れてやって送り出した。
小十郎には親がない。
こどもは親と一緒に居るものだ。
「どうしてるかね」
住所を聞かなかったので、手紙のやりとりもなかった。
知っていても無精な自分がそんなものをしたかどうかはあやしい。別れてしまえば人間の関係などそのようなものだ。
それでもまだ、祖母や祖父とはちがって幸村は生きている筈で、それならばそれでいい。異国の地だとしても生きてい
るのならいいではないか。あの少年、今はすっかり成年になっているだろうあの幸村が、たとえば今の小十郎のように
あの約束を多少の気恥ずかしさと一緒に思い出すこともきっとあるのだ。
それはなかなか、上等ではないかと小十郎は思う。
小十郎はひとつ欠伸を漏らして、体を起こした。視界にしろいものがちらつくので、なにかと思ったら卯の花が髪にく
っついていた。手で振り払って、裸足のまま庭へ降りる。
砂利の感触が足の裏に心地良い。ときおり花弁のふわりとしたくすぐったい感触がそれに交じる。
なんとなく昔幸村と一緒にちゃんばらごっこをした草原に行きたくなって、小十郎はとりあえず玄関の鍵を閉めなくて
はと縁側に登った。玄関へ行き、引き戸に鍵をかけようと手を伸ばした。
「ごめんください」
声がした。
玄関の先から、よく通る男の声がした。
小十郎は一瞬体の動きを止め、それからそのまま手を伸ばしてがらりと引き戸を引いた。目の前に居たのは見知らぬ男
だった。ワイシャツにネクタイをしている。体は大きいが、顔が童顔で二十を超しているかどうかは判断しかねた。
どなたですか、と小十郎は聞いた。
「ご用件は」
そう言うと、目の前の男の顔がすこし悲しげに歪む。
小十郎は思わず眉を寄せた。これではまるで自分が虐めたみたいではないか。
男は不審げな小十郎の様子に気付いたのか、失礼した、と言ってからふわりと笑った。小十郎は思わず目を丸める。大
の大人がこぼすとも思えない、ひどくこどもっぽい笑みだった。
「覚えておりませぬか」
「なにを、でしょうか」
「――――片倉殿」
片倉殿は変わりませぬな、と男は笑う。
小十郎はしばらく黙って、それから目を見開いた。
男の身長は小十郎よりやや高い。
顔は童顔で――――思いつきもしなかったけれども、改めてみるとあきらかに。二十は越している。当たり前だ、小十
郎の三つ下なのだ、この男は。
さなだか、と小十郎は声を零した。
そうでござる、とうれしそうに男が言う。
「ご無沙汰でござった!」
相変わらずの笑顔で幸村は小十郎の手を握る。
小十郎は半ば呆然としたまま、それでも男のなかに見えるかつての少年を確認してから、すこしだけ笑った。久しいな
と言うと、幸村はまた笑う。それでも昔のようなマシンガントークはなかった。二十四になるのだ。当然だった。
多少のさみしさを感じながらも、小十郎は幸村を家に上げた。居間で茶を出して、元気だったか、と聞くと幸村は健勝
でございます、と返す。時代掛かった口調は相変わらずだった。
「今まではずっとあっちに居たのか」
「そうでござる。しかしあっちでは時代劇がテレビでやっていなくて、詰まらぬ」
「成る程な」
小十郎は笑って、卓袱台にほおづえをついて幸村を眺める。
十年は長いな、と改めて思った。すっかり男だ。背も小十郎より高いだろう。DVDならあるぞ、と言うと幸村はうれ
しそうにお借りしたいでござる、と言った。水戸黄門が見たいと言うので、とりあえずそれを持ってこようと小十郎は
席を立とうとした。
そこを、幸村に腕を掴まれる。
「どうした」
「そのまえに、すこしいいでござるか」
「後じゃいかんのか」
「今がいいでござる」
幸村の顔は真剣だった。
小十郎は仕方なく一度あげた腰をまた下ろす。
幸村はにこりと笑って――――小十郎は驚いた。こんな大人びた笑い方をあの犬がするなんて!――――日本には実は
用があって来たので御座るよ、と言った。そりゃァそうだろう、と小十郎は返した。ふつう人間は用があるからなにか
するものだ。何の用件だ、と今度は小十郎が聞いた。
「お嫁さんを迎えに来たでござる」
幸村はそう笑った。
「大学をあっちで卒業して――――父上の会社を継げるようになるまでは、とずっと我慢しておったのです」
「ふうん。そりゃあなかなか、長い道のりだったな」
「何度か手紙を出そうかとも思ったのですが」
「出さなかったのか」
「甘えてしまうのがわかっておりましたゆえ」
我慢しました。
幸村がそう言うので、小十郎は相変わらずふわふわした髪にぽん、と手を置いた。くしゃくしゃとそれを掻き混ぜて、
偉いな、と笑う。幸村がふわりと例の笑い方で笑った。
「じゃあ結婚するわけだな」
「出来れば、でござるが」
「目出度ェことだ。何なら祝電を出してやるぜ」
「結構でござる」
「ひとの好意は受け取るもんだ」
小十郎は眉を寄せて言った。
幸村は困ったように眉を下げ、そのまえに、と言った。
そのまえに。
「そのまえに、其の好意を受け取ってはくれませぬか」
小十郎は最初、それがどういう意味か解らなかった。
なにかをくれるのかと思った。なので、手を出してみた。じゃあ寄越せ、と言うと幸村はあわてて持っていた鞄からな
にか取り出す。海外土産かと思えば、取り出されたものはひどくちいさな箱だった。
あれじゃ食い物じゃないな。小十郎はそう思いながらただ幸村を眺めた。
幸村はその箱をまるでなにかの宝物かのように恭しく持って、そっと小十郎のぞんざいに卓袱台に置かれたてのひらの
上に置いた。軽い。なんだこりゃ、と言うと、開けてみてくだされ、と幸村が笑った。
小十郎は言われるがままにその箱を開き、
「――――どんな冗談だ」
そのままそれを幸村に突っ返した。
幸村は目を瞬かせて、首を傾げる。そしてまたその箱を小十郎の手の中に押し戻した。
箱のなかには、繊細な細工の円形の金属物が――――有り体に言えば、指輪がひとつだけあった。
「冗談ではありませぬ」
「だったらこりゃなんだ」
「何に見えるでござるか」
「指輪に見えるな」
「ちょっとちがうでござる」
幸村はそう言って、箱から指輪を取り出した。
そしてそれを小十郎の左手の――――よりにもよって、
薬指に嵌めた。
小十郎はかちんと固まる。
幸村は笑いながら言った。これは婚約指輪でござる。
「其のお嫁さんになってくだされ」
ぎゅ、と左手を握りしめられる。
小十郎は固まったまましばらく呆然としていたけれど、途中で我に返ってあわてて手を引いた。ただしく言えば、引こ
うとした。幸村の手の力は強くて、引こうとしてもすこしも動かない。
びっくりするくらいかつての少年は男になっている。
幸村は続けて、其片倉殿よりも大きくなったでござるよ、と笑う。
「約束、でござろう」
「約束」
「指切りげんまんしたではありませぬか」
「した。したが、――――」
小十郎は眉を寄せて、自分の指に嵌った銀色の輪っかを眺める。
まるで冗談だ。あの頃の約束が十年経って今ここにあるなんて、冗談だ。そうでなければお伽噺だ。
幸村に視線を移す。昔々、何度も何度も小十郎に斬り付けられては泣きそうな顔をさらしていた少年はもうどこにも居
なくて、だというのにこの男は小十郎を嫁に欲しいと言う。
小十郎に女らしいところはどこにもない。自分でも性別を間違ったのだと思うほどにない。
幸村がなにがいいと言うのかさっぱりわからない。
小十郎は相当困ってしまった。
困っているのは、訳の分からぬかつての幼なじみと、
「おまえ、俺の何処がいい」
この手を振り払えない自分だ。
幸村は笑った。
「ぜんぶ」
「頭どうかしてんじゃねェか」
「してないでござる。正気でござる」
「俺が斬りすぎたせいか。あのときにどうかしちまったのか」
よく頭を殴った覚えがあった。
もしかしたらそのときに脳に障害が残ったのかも知れない。
幸村は情けなく眉を下げて、それはないでござるよと言う。小十郎はもはやそうとしか考えられない。だって十年も会
っていなかったのだ。今更急に来て、二十七の女を嫁にしたいと言う馬鹿がどこに居る。
小十郎がそう言うと、幸村はすこし苛立ったように顔をしかめた。
「其は」
「あァ」
「――――ずっと」
「ずっと」
小十郎はなんとなく繰り返した。
幸村は必死な顔で続ける。
「ずっと、お慕いしておりました」
卯の花がはらりと落ちた。
まだ髪に付いていたらしい。小十郎は卓袱台に落ちたそれを眺めて、また首を傾げようとして結局止めた。
幸村は相変わらず小十郎の手を握りしめながら、笑ってまたちゃんばらごっこをいたしましょう、と言う。其が勘助を
やりますので片倉殿は武田信玄を、と続けられる。
小十郎は顔をあげた。幸村は笑っている。
嘘のように昔のままの笑顔で笑っている。
思わず頷いていた。
幸村はぱあ、と顔を輝かせて小十郎を卓袱台越しに抱き寄せる。
物凄い力で抱きすくめられて、小十郎は思わず呼吸を一瞬忘れた。それから気がついて思い切り突き飛ばす。幸村は襖
に思い切り叩きつけられて、はう、と情けない声を出る。
小十郎はぼんやりとそれを眺めながら、相変わらずこの男は最初にパーしか出さないのだろうか――――とすこしだけ
思って、すぐに考えるのを止めた。
まるでお伽噺だ。
小十郎はそう思いながら、とりあえず笑っておいた。
おわり
|
知らないひとにはさっぱり解らない。
そして知ってるひとにももえられるかどうかは解らない。そんな感じにの「架空の森」(川原泉)パロ。
唐突にゆきこじゅ。しかもわかりにくいですがこれ一応女こじゅです。なんだこれ。でもたのしかったです。
空天
2007/06/22
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