猿飛佐助は普段は猫背気味の背を、ふるりと震えるほどの寒気の為にぴんと伸ばした。
季節は夏に向かって猛烈に駆け上がっていて、公立の高校の教室にクーラーなどという高級品があるわけもなく、つい
先日台風が暴れ回って逃げていったばかりの空は嫌がらせのように真っ青でそこから撒き散らかされる太陽のひかりは
ひとを殺してしまうほど、恐ろしく熱かった。
寒気を呼び寄せる要素はつまり、客観的にはただのひとつもなかった。

「――――あの、か、すが、さん」

佐助はそれでも寒気に震えそうな体を律しながら、口を開いた。
窓際の席に座って教科書に目を落としていた同級生が顔を上げる。それだけで辺りにきらきらとひかりが散っているよ
うな錯覚が起きるほどまばゆい少女は、佐助の顔を見て形の良い眉をかすかに歪めた。

「何か用か。大体なんだその呼び方。気色悪い」
「いや、うん、あのさあ」
「男の癖に言い淀むな」

苛立ちの含まれたかすがの声に、佐助は口の端を引き攣らせる。
かすがは教科書を閉じ、腕を組んで佐助を睨み上げている。言いたくない。佐助は眉を寄せて元からしろい顔を更にし
ろくさせ、目の前の人形じみて整った顔から必死で目を逸らす。言えば、と佐助は思った。言えばどうなるだろう。
それはとても簡単な問いかけだ。考えるのが馬鹿らしくなるほど、明白な。
でも世の中には結果が解っていてもやらなくてはいけないことがある。

「かすが」

佐助は顔を上げ、声を張り上げた。
かすがの目が丸くなる。佐助は辺りをきょろきょろと見回してから、机に手を突き、かすがの耳元に口を寄せた。そし
てちいさな声で、


「どうやったらそんなに胸って大きくなンの?」


と聞いた。













              だからもっと そっとして















「使えん野郎だな」

かすがに殴られ、教室の端まで飛ばされた佐助の傍にしゃがみ込んで片倉小十郎は思い切り舌打ちをした。セーラー
のスカートの中身は丸見えだけれども、下にジャージを履いているので本人的には問題はないらしい。佐助としては
是非もうすこし慎みを保って欲しいところだが、もちろんそんなことが彼女に聞き入れられるわけがない。
佐助は真っ赤に腫れ上がったほおを抑えながら「そりゃあねえよ」と呻く。

「こじゅちゃんが聞いて来いって言ったンじゃん」
「結局聞いてこれなかったんだから、やっぱり使えねェ」
「つうか思ったンだけど、なんで俺?こじゅちゃんが聞けば良かったんじゃないの?」
「阿呆か」

小十郎はふん、と顔を背けて立ち上がった。

「そんなこと俺のプライドが許さねェ」
「――――そんなことの為に俺様は犠牲にされたんだね」
「そんなこと」

小十郎は眉を片方だけひょいと上げ、それからまだ座り込んでいる佐助の腰を蹴りつけた。
ぎゃあ、と悲鳴を上げると、小十郎は細い腰に手を当てて、「そんなことだと?」と繰り返す。佐助はそれに返事を
しなかった。とりあえず体中が痛くて、それどころではなかったのだ。
「俺の真剣な悩みをそんなことだと?」と、三度目にかなり低音で言われたところでようやく佐助は顔を上げた。そ
して息を飲んで、慌てて立ち上がる。小十郎は唇を噛んで下を向いている。佐助は小十郎の肩に手を置いて、慌てて
「ごめんね」と謝った。
ごめんねこじゅちゃん。

「「そんなこと」なんて言ってほんとごめん」

小十郎は顔を上げない。
薄い肩は震えていて、かすかに見える口元は歪んでいる。だらりと下がった拳は強く握られているようだった。佐助
はしゃがみ込み、ごめん、と繰り返した。ごめんごめん。

「俺ができることならなんだって協力するから」

佐助は幼なじみのこの少女にあらゆる意味で猛烈に弱い。
それは幼い頃に「いじめっ子に苛められそうになったところを助けてもらった」という、どの角度から見てもまった
く自慢にならないエピソードを共有するからというのが一割、小十郎本人の性格が強烈過ぎて「凡人」を体現してい
るような佐助にはもう振り回されるしかないというのが一割、――――そして残りはとてもシンプルに、佐助が小十
郎のことを恋愛感情としてあまりにも好きすぎるのが原因で、つまり目下この力関係は変わる予定はない。
佐助がしゃがみ込んだところで、小十郎は顔を上げた。

「言ったな」

上がった顔は満面の笑みだった。
その笑顔に、全くそんな場合ではないにも関わらず佐助は一瞬見とれた。元々幼げな顔が、笑顔で更に幼くなる。佐
助は小十郎に海に沈むように恋をしているので、その笑顔はまるで奇跡のようにあいらしく見えた。花が咲くような、
と佐助は思った。古典的な形容詞は時としてひどく適切だ。
その「花の咲くような」笑顔で小十郎は言った。

「じゃァ、もう一回かすがに聞いてこいや」

なんだって協力するんだろ?
佐助は黙り込んで、一度目を閉じて、それからまた目を開いた。


目の前の小十郎の笑顔はやはり「花の咲くような」笑顔だった。





































「――――ちくしょう、なんで俺様ばっかり」

佐助は冷蔵庫から氷を取り出し、タオルで包んでほおに押し当てながら呻いた。
左右両方のほおに真っ赤な手形が付いている。あの後もう一度かすがに胸が大きくなる方法を聞きに行った佐助は、
――――もちろん質問は変えた。おまえはなに食って育ったの?と聞いたのだ――――言うまでもなくまた教室の端
まで飛ばされて、イエスキリストの宣言のように両方のほおを叩かれた。かすがにはあのきれいな顔で「死ね」と罵
られ、小十郎にはまた「ほんとに使えねェな」と舌打ちをされ、世の中ってまったくアンフェアだと佐助は唇を尖ら
せてポケットに手を突っ込んだ。濡れたハンカチを引っ張り出し、テーブルに置く。

「うん、まあでも」

へらりとほおが緩む。
それは小十郎が帰り道で、真っ赤なほおをぶらさげてふて腐れていた佐助に「冷やしておけ」と、まるで自分とはま
ったく関係の無いケガに同情するように差し出したものだった。真っ黒い生地に、龍がプリントされている。なぜ龍
かと言えば小十郎の片思いの相手の渾名が「独眼竜」である伊達政宗だからだ。そう思うと憎たらしいような気もし
てくるけれども、わざわざ自分の為に小十郎がハンカチを濡らして渡してくれたのかと思うと、ややそちらの嬉しさ
のほうが大きい――――ということにしておこうと佐助は思った。何事もポジティブなのが大事だ。特に片思いの時
にネガティブになっていたらキリがない。相手が小十郎なら尚更だ。佐助は濡れたハンカチを丁寧に畳み、氷をほお
に当てたまま二階にある自室へ向かった。
階段を上りながら佐助は小十郎のことを考えた。家が隣の幼なじみの少女は、目下佐助の友人の伊達政宗に心底から
恋をしている。それはほとんど信仰に近い。佐助にはどこが良いのかまったく解らない。確かに政宗は男前だし友人
として楽しい相手ではあるけれども――――小十郎の恋の仕方は異常だ。ヨセフがキリストを崇拝するがごとくだ。
胸を大きくしようという最近の試みも、佐助と政宗がアダルトビデオの内容について話していたときに「やっぱりこ
んだけBigだと見ちまようなァ」とつぶやいたその一言に基づいている。ちなみに佐助はその時「いやあ俺様は胸
はでかさじゃないと思うよ」と言ったのだけれども、もちろんそんなことは小十郎は聞いていない。
「俺にしとけば?」と何度か言ったことはあるが、その度に小十郎はその細い首を可憐に傾げて「なにを?」と言う。
「なにを」だ。そもそも何を言われているか理解されていないというこの残酷な事実について佐助は考えることを随
分前に止めてしまった。いいんだ、と思うことにしている。
いいんだ、首を傾げるこじゅちゃんも可愛いから。

「俺様ってほんと健気――――って、」

佐助はドアを開けて、固まった。
部屋の真ん中に、ちょこんと小十郎が座っている。

「何を自画自賛してるんだ、おまえは」

佐助のひとりごとを聞いた小十郎は眉を寄せて呆れた顔をした。窓が開いている。佐助の部屋の窓にはベランダがあ
って、小十郎の部屋の窓から簡単に飛び移れるようになっているので良く不法侵入されるのだ。こどもの頃はそれが
楽しかったけれども、最近になって佐助はこの建築構造上のミスがたまらなく憎らしい。朝でも昼でも夜でも窓を叩
いてくる隣人のせいで佐助にはプライヴァシーがまったく確保されていない。
小十郎は三十分前に家の前で別れた時と同じ格好のまま、つまり制服で正座している。
佐助はどくどくと煩い心臓を抑えながら「どうしたの?」と聞いた。今更不法侵入を咎めるような無意味なことをは
しない。小十郎は正座のまま、背中をぴんと伸ばして佐助を見上げた。

「折り入って、話がある」
「俺に?」
「おまえを男と見込んでの話だ」

座れ、と言う。
佐助はすこし黙ってから佐助の正面に座り込んだ。もちろん正座だ。
小十郎は佐助が座ったのを確認すると、顎を上げ唇を引き結び、大きな目を真っ直ぐに佐助に向けた。佐助はそんな
場合ではないのにそんな場合ではない意味で鼓動を高鳴らせてしまった。凛々しい表情がこれ以上ないくらいに格好
いい。ジャンヌダルクみたいだと髪の先から爪の間まで恋に浸かっている佐助は真面目に思った。いやいや、そんな
女よりもちろんこじゅちゃんのが可愛いけどね、と続けて思った。
小十郎はそんな佐助に構わず、顔に見合った高い声をちいさな口から真っ直ぐに佐助に突きつける。

「猿飛、頼みがある」
「頼み」
「あァ」
「なに?」

佐助が首を傾げると、小十郎はこくりと頷き、それから手を伸ばした。そして膝に置かれた佐助の手を取って、強く
握りしめる。しろい手はひんやりと冷たく、柔らかい。佐助は顔を上げ、小十郎の顔を凝視した。小十郎はやはり真
っ直ぐに佐助を見ている。心臓の上でタップダンスを誰かが踊り始めた。小十郎は佐助の手を握ったまま、「猿飛」
と名前を呼ぶ。佐助は顔を赤らめながら頷いた。
小十郎は佐助の手を握ったまま引き寄せて、



「俺の胸を揉んでくれないか」



と言った。
佐助は黙った。
沈黙がしばらく部屋に満ちた。
それが一分ほど続いた後に、それに耐えられなくなった小十郎が真顔のまま握った手を有り得ない方向に曲げた。

「ぎゃあっ」
「煩い」
「いたたったた、ちょ、マジで勘弁、いってぇって、折れる折れる、折れちゃうッ」
「軟弱な野郎だ」

ぽい、と小十郎は佐助の手を雑巾のように投げ捨てた。
佐助はひりひりと痛む手首を押さえながら、涙目で小十郎を睨み付けた。小十郎は平気な顔をして腕を組んでいる。
まったく顔が変わっていない。佐助は手首を押さえながらもしかしたら今聞いた言葉は気のせいだったかもしれな
いと思った。片思いが実らなすぎて昼間から幻聴が聞こえたのかも知れない。良く考えてみればありえない。好き
な女の子が真っ昼間から家にやって来て手を握り、

「とっとと胸揉めっつってんだろうが、この阿呆」

小十郎は舌打ちをした。
佐助は額にてのひらを押し当てる。

「――――うわあ、俺相当きてンなあ」
「なにがだ」
「いや幻聴がちょっと」
「何訳の解らんことを言ってるんだおまえは」

小十郎はセーラー服の上着に手を掛けながら、ほうと息を吐く。佐助はへらりと笑って「ごめんごめん」と頭を掻
いた。小十郎は「阿呆だな」と呆れた顔のまま、ぐい、とセーラー服を捲り上げた。
しろい真っ平らな腹部が佐助の目に映りこんだ。佐助は再び固まりかけたけれども、辛うじてセーラー服を完璧に
脱ごうとする小十郎の手を止めた。

「ちょっと待ったッ」
「なんだ、離せ」
「な、なな、なに、してんの?」
「脱いでる」
「なんでッ」
「直接揉んだ方が効果があると思わないか?」
「何の話ッ」
「俺の胸の話だ」

小十郎はセーラー服に手を掛けたまま、「胸が大きくなるには女性ホルモンの分泌が必要なんだ」と真顔のまま言
う。それから乳房のマッサージが大事なんだぞ。

「大豆が良いって言うから食ってるがあまり効果がねェ。だから揉め」
「なんでそれでそうなるんだッ。おかしいでしょうが、こじゅちゃん仕舞って、おへそ出てるよッ」
「おまえが揉むのはへそじゃねェ。胸だ」
「だから、」
「猿飛」

なんでもするって言わなかったか?
佐助は思い切り首を振った。できることとできないことが世の中にはある。小十郎は顔をしかめて、ほおを膨らま
せている。リスのような顔に佐助は眉を下げた。相変わらずセーラー服からはしろい肌が見えている。思わず手が
伸びそうになって佐助は必死でそこから視線を逸らす。

「こ、こじゅちゃん」
「――――なんだ」
「いくら幼なじみだからってねえ、お、男の前で嫁入り前の女の子がそんなことするもんじゃないよ」
「男?男っておまえのことか?おまえが男?」
「な、なんだよ、俺様だって男だよ」
「うるせェ、それこそ男だったら女に恥をかかせるな。揉めっつってんだから素直に揉んでりゃ良いだろうが」
「も、揉め揉めって女の子がそんなこと連呼するもんじゃないでしょ、って、うわっ」

思わず顔を逸らした佐助に、「隙有り」と小十郎は手を振り払い、勢いよくセーラー服を脱ぎ捨てた。
佐助は「ひゃあ」と悲鳴を上げて後ろ手を突く。小十郎はセーラー服を床に落とし、ブラジャーの――――スポー
ツブラだったけれども――――フックを外そうと背中に手を回した。水玉のブラジャーが佐助の目の前にこれ以上
ないほどあらわにされる。佐助は顔を真っ赤にして、慌ててクローゼットまで駆け寄って学ランを小十郎に投げつ
けた。

「ぶ」
「ぬ、脱ぐな脱ぐなッ、ブラジャーを外すなッ」
「何するんだてめェッ」
「こっちの台詞だよッ、も、揉めるか馬鹿ッ」

佐助は小十郎が好きなのだ。
ちいさい頃から大好きなのだ。
「据え膳」だなんてそんな俗な言葉の元で触れて良い相手ではないのだ。きちんと想い合ってからでなければいけ
ない。例え目の前にごちそうがあっても、それにすぐさま飛び付くのでは動物とおんなじだ。俺は動物じゃない、
と佐助は首を振った。けれども小十郎は佐助の投げつけた理性の最後の切れ端である学ランを床に投げつけ、眉を
上げてブラジャー姿のままクローゼットに佐助を追い詰めた。
頭ひとつ分低いところにある小十郎の顔から、佐助は必死で目を逸らす。けれども小十郎は佐助の顔に両手を伸ば
し、ぐい、と引き寄せ、「猿飛」と名前を呼ぶ。
両手を伸ばしたせいで、ちいさな胸が上からかすかに見えた。

「観念して俺の言うことを、」

聞け、と言い終わる前に佐助は目を閉じた。
顔に添えられた手をすくって掴み、クローゼットの横にあるベッドに小十郎の体をぽすんと倒す。小十郎は不思議
そうに目を瞬かせた。意味が良く解っていないらしい。佐助は手首をシーツに縫いつけて、目を細めた。大きな目
がこちらを見上げている。佐助はちいさく笑い声を立てた。
足の間に膝を割り込ませると、小十郎の肩がすこし揺れる。

「怖い?」

顔を寄せて聞くと、小十郎の顔が強張った。
足が抵抗しようと動くが、膝抑えているので多少の痛みしか感じない。手首を押さえつけているので起き上がるこ
ともできない。佐助は喉の奥で笑い声をこもらせ、――――それから体を引いた。
小十郎は呆然と目を丸めている。佐助はひょいと肩を竦めた。

「なんてな」

へらりと笑って、ベッドの隅に乗った毛布を小十郎にかける。

「怖かった?俺様演技派でしょ――――でも、これ俺以外にやったら冗談じゃすまないからね」

女の子なんだから、と佐助は小十郎の体を毛布で隠す。
小十郎はぼんやりと佐助を見上げた。佐助はきりきりと痛む下半身を必死で無視しながら笑顔を顔に張り付け、ベ
ッドから腰を下ろす。手を擦り合わせる。肌に触れてしまったせいで小十郎の感触がてのひらに残っている。
振り返ると、小十郎は毛布を被ったまま唇を尖らせている。

「―――おまえは俺の胸が大きくならなくても良いのか」

声が震えていて、今にも泣き出しそうだ。
佐助は息を吐いて、ベッドの横にしゃがみ込む。小十郎の顔を見上げて頭をぽんと撫でてやる。

「べつにこじゅちゃんはそのままでも全然かわいいよ」
「政宗様は胸が大きいほうがお好みなんだ」
「それはあれだよ。無いよりはあるほうがいいってだけの話で、べつに相手を好きになるとかそういうことに直接
 胸のでかさなんて関係ないってば」
「――――やっぱりちいせェよりはでけェほうがいいんだろうが」

小十郎は毛布の中に潜り込んでいく。
芋虫のようになった幼なじみを佐助は笑みを浮かべながら見下ろして、「一般論でしょ」とゆるゆると毛布の上か
ら背中を撫でる。「俺はそんなこと思わないよ」と言うと毛布から顔だけ出て来た。

「そうなのか?」
「うん」
「なんで」
「なんでって――――そんな、言わせる気?」

佐助は顔を赤くして、ほおを掻いた。
小十郎は芋虫からかたつむりに進化したまま佐助の言葉を待っている。期待に満ちた目がきらきらとひかっていて、
佐助は思わずへらりと笑った。溶けた顔のまま、「俺は全然こじゅちゃんのまんまでいいよ」と言う。

「お肌だってつるつるだし、もうテレビに出てるアイドルなんて目じゃないくらい可愛いし」
「――――本当だろうな」
「ほんとほんと。俺が嘘言ったことなんてありました?」
「おまえの言うことは今ひとつ信じられない」
「ひっどいこと言うなあ。ほんとだって。こじゅちゃんは可愛いよ」

小十郎の頭を撫でながら、佐助は最大限の笑顔を浮かべた。


「その慎ましげな胸もすごく良いと思うよ、大和撫子って感じで!」


佐助は最大限に褒めたつもりだった。
小十郎は確かに胸がちいさい。ちいさいというのはかなり控え目な表現かもしれない。多分Aカップのブラジャー
が余ってしまうだろう。今見た胸も、こどもの頃一緒に風呂に入っていた時に見ていた胸とあまり変化があるよう
には見えなかった。でもそれがなんだ?と佐助は思う。だって小十郎なのだ。胸がちいさいところも含めて佐助に
とっては魅力的にしか映らない。佐助は笑顔のまま、「元々日本では胸はちいさいほうが良いってされてたんだぜ」
と特に必要のない豆知識を披露した。
小十郎はかたつむりのまま固まっている。
佐助は首を傾げて「どうしたの?」と聞いた。
どうしたの?俺様の愛に感動しちゃった?

「こーじゅちゃーん?」
「――――、う」
「はい?」
「馬鹿野郎ッ」

ほおに衝撃が走る。
佐助は思い切り殴られてそのままクローゼットまで吹っ飛んだ。
顔を上げると、目に涙を一杯溜めた小十郎がふるふる震えながらセーラー服を握りしめている。

「ちいさいちいさいって、てめェはどれだけ俺を馬鹿にすりゃァ気が済むんだッ」
「えええ、ちが、俺はこじゅちゃんはそのままで十分魅力的だってことが言いたいだけでッ、ちいちゃい胸だって
 こじゅちゃんは全然素敵だってことが、」
「ちいさいって言うなって言ってんだろうがッ阿呆ッ馬鹿ッ」

この世で一番苦しい方法で死ね!
小十郎はそう吐き捨てて、セーラー服を被ってまた窓から出て行った。
佐助はかすがに殴られて痛むほおの上に更に重い一撃をくらい、ほとんど痛みが麻痺した右のほおに、相変わらず
痛む左のほお、それからさっきまで近くに居た小十郎のせいできりきりと圧迫されているズボンの中身を抱え、更
にむくわれない方向へ邁進していく自分の恋の展開の重さに床にころりと寝転んだ。












































「この世で一番苦しい方法で死ね」

翌朝、登校して早々佐助はかすがに右のほおを思い切りてのひらで叩かれた。
もう昨日から数えて三度目の攻撃に、佐助のほおは限界を訴えているがそんなことに構ってくれる人間はすくなく
とも佐助の周りには居ない。三度吹っ飛ばされた佐助を政宗が横で「Ah,打点3だな」と言っただけだった。死
んでしまえばいいのにと佐助は痛むほおを抑えながら思った。
かすがはつかつかと倒れ込んだ佐助に近寄り、長い足を見せつけるように後ろに体重をかけながら、「獣」と佐助
に向かって吐き捨てた。佐助は顔を歪める。けもの。

「なんだよそれ」
「貴様、思い当たる節がないとは言わせないぞ」
「なにもねえよ、獣ってそんなひどくない?いくらかすがでも怒るよ」

睨み付けると、かすがは形の良い眉を思い切り歪め、それから佐助の襟を掴み上げた。
そして周りをはばかるようにすこしだけほおを染め、佐助の耳元に「昨夜のことだ」とつぶやく。佐助は首を傾げ
た。まったく身に覚えがない。かすがは首を傾げた佐助に苛立ったのか、き、と眉を上げて思い切り怒鳴った。


「おまえ、昨夜片倉に襲いかかってベッドに押し倒した挙げ句「胸がちいさい」と言って馬鹿にしたそうだなッ」


しん、と教室が静まる。
佐助はさあ、と体温が下がるのを感じた。
周りの視線が痛い。かすがの視線は更に痛い。汚物を見る視線だ。

「ち、ちがうちがうっ、それめちゃくちゃ誤解だからッ」
「なんだと?ならなにが誤解だっていうのか、きちんと説明しろッ」

片倉が嘘を吐くとでも言うのか、とかすがは言う。
佐助は首を振って、ついでに両手を振った。

「いや、そうなんだけど、確かに嘘じゃないんだけどでも全然ちがうんだってばッ」
「獣の上に言い訳。最低だな。最低。生きてる価値がない。ほんとに死んでしまえ」
「かすが、俺の話聞いてくれって、」
「Oh,猿飛ついにやっちまったなァ。しかしちょっとCoolじゃねェなァ」
「あんたは黙ってろッ、元凶」
「黙るのはおまえだ、佐助」

死んで。
北極の氷よりつめたい声でかすがは結んだ。
佐助は呆然と座り込んだまま、スカートを翻して去っていくかすがの背中を見つめる。政宗が酔ってきて、ぽん、
と佐助の肩を叩いた。まァあんたの気持ちも解らねェではねェよ、と言う。

「若いもんなァ、俺たち――――ところで」

最後までやっちまったのか?
佐助は政宗の下世話な質問にふつりと切れて、掴みかかろうとしたがそこで教室のドアががらりと開いた。見ると
小十郎が何か紙袋を抱えて立っている。政宗が振り向いたのを見て、小十郎は頭を下げて「おはようございます」
と可憐に微笑んだ。
かすがが駆け寄ってくる。

「片倉、平気か?この獣に近寄らないほうがいい」
「――――だから獣とか言うなってば」
「俺は平気だ。昨夜は急に電話しちまって悪かったな」

小十郎は心配そうな顔をするかすがに笑いかけ、それから倒れ込んでいる佐助の横にしゃがみ込み、首根っこをひょ
いと掴み上げた。そして細い腕からは想像できない力でずるずると佐助を廊下へと引き摺っていく。
ドアを閉めてギャラリーが居なくなったところで、小十郎はぽつりとつぶやいた。

「――――悪かったな」

佐助は顔を上げた。
小十郎は顔を逸らしたまま、むっつりと黙り込んでいる。覗き込もうとすると殴られた。佐助の顔はもう昨日から殴
られすぎて腫れ上がっている。今は赤いが腫れが引いたら青くなるだろう。
小十郎はしゃがみこみ、ポケットからハンカチを出して腫れた佐助のほおに押し当てた。

「悪かった」
「ごめん、色々ありすぎて何に謝られてるのか良く解らないンだけど」
「――――取り乱して」

悪かった、と言う。
小十郎は頭を下げてから、紙袋を佐助の膝にどんと置いた。

「畑で収穫してきた。夏野菜だ。食え」

紙袋の中には野菜が詰まっている。
小十郎はそれだけ言うと立ち上がった。「悪かった」はかすがに誤解をさせるような電話をしたことでも殴りつけた
ことでもセーラー服を脱ぎ捨てたことでもないらしい。それでも佐助はありがとう、と小十郎を見上げてへらりと笑
った。横暴なのに律儀なところがまたこの幼なじみの魅力的なところだと思う。
小十郎は佐助を見下ろし、にこりと笑い返した。
花の咲くように。

「猿飛」
「なあに?」
「俺が悪かったと思う。昨夜のことは」

小十郎は目を伏せて、眉を寄せながら言う。俺が悪かった。おまえの言うとおり、すこしおまえのしたことが怖かっ
たのは否めねェ。佐助は罪悪感で顔を歪めた。小十郎がいかに男前であろうとも、女の子であることに変わりはない。
すこし反省してほしかったとは言えやはりやりすぎだった。
佐助は「そんなことないよ」と言おうとして立ち上がった。
小十郎は今度は高いところに来た佐助の顔に、また笑いかける。

「だから今度はびびらねェようにするから、今日辺り、頼むぜ」
「――――はい?」
「折角おまえがやる気になったってェのに、昨夜は俺も阿呆だった。大丈夫だ、もううだうだ鬱陶しいことは言わねェ。
 おまえが襲いかかってきてもマグロになっててやるから好きなだけ来い」

小十郎は両手を広げて高らかに宣言した。
佐助は額を抑え、まったく通じない会話の展開に、「ああ俺は宇宙人を好きになっちゃったんだなあ」とうんざりと
嘆息し、そしてまた昨夜のようなことになるのかというかすかな「期待」を咄嗟に抱いてしまった自分の若さに心底
から絶望した。







おわり
       
 




haloさんちの魔法少女こじゅちゃんの設定で勝手にやりたい放題しました。す すいません。
でもなんていうか好きすぎて・・・!私のつまらん文ではまったく伝わらないんですが
こじゅちゃんは格好良くて可愛くて最高の魔法少女なんですよ・・・!!(拳握
あんだけ素敵なものをもらっておいて他人のネタを使うとかどんだけ・・・という感じですが愛の暴走の結果
として容認してくだされば幸い・・・・大好きですhaloさん!いつもありがとうございます!

空天
2008/07/13

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