そういえば、俺と片倉さんて名前で呼び合ったことないなぁ。
なんて佐助は不意に思ってそれから大きな壁に気付いた。
名前で呼んで
片倉小十郎、とメモ用紙にボールペンで書き付けて佐助は腕を組んで唸った。
片倉小十郎とは佐助の恋人の名前である。
名前から見て分かるように性別は男、しかも渋いヤクザ面をしていて年は佐助か
らしてみたらおっさんの領域に入っているというなんともいかんしがたい人だ。
そんな人と一回酔った弾みでやっちゃって翌朝やられ返されて付き合って別れて
またくっついてと至極面倒なあれこれを経て晴れて恋人同士となっている。
あれこれの間には佐助なりに様々な葛藤や発見や苦悩があったりもしたが、今現
在は好きなんだからまあいいよねと努めて大雑把に考えるようにした。
でなければ人に言っても到底信じてもらえはしないだろうが、根が生真面目な佐
助はくよくよと考え込み袋小路に入ってしまうために。
それで名前だ。
佐助は存外常識とか世間体とか諸々を気にする性格なので付き合ったらあれをし
なければならないこれをしなければならない的な固定観念をこっそりと持ってい
る。
その固定観念に従って行動をしたら一度目は上手くいかなかったので出来るだけ
考えないようにしていたのだがある日勤め先の保育園の廊下を一人ぽてぽてと歩
いていたら突然脳裏に浮かんでしまったのだ。
そういえば、俺と片倉さんて名前で呼び合ったことないなぁ。
と。
別に付き合ったら名前の呼び方を変えなければならない法律なんてない。
ないが、少しだけ引っかかる。
片倉さん、猿飛、では何時まで経っても仰々しくてよそよそしい感じがするので
はないだろうか。
試しに一回名前で呼んでみたらどうだろう。
それで嫌がられたら仕方ないから今の呼び方で、嫌がられなかったらそのまま定
着の方向で。
じゃあ今度試しに呼んでみよう。
そこまで考えてまたはたと佐助は気付いた。
俺、片倉さんの下の名前知らないかも。
不味い。
非常に不味い。
ただの同僚ならば下の名前を知らなくとも許されるだろうが、これが恋人となる
とそうはいかなくなる、と佐助は思い込んでいる。
だから名前を書き付けたメモ用紙を前にして腕組みうんうんと佐助は唸っていた
のだ。
果たして小十郎の読み方は
こじゅろう、なのか、はたまた、こじゅうろう、なのか。
ハムレットもかくやといわんばかりに佐助は悩んだ。
場所が保育園の職員室で他の同僚や当の片倉小十郎本人に見られていることも気
付かないくらい佐助は悩んだ。
あんまり悩んだせいで貴重な昼休みをろくに弁当も食べないまま潰してしまった
くらいに悩んだ。
そうして佐助が出した結論は。
本人の身近に居る人物に聞いてみるという本人にばれてしまう危険性が一番高い
けれど人選さえ間違えなければ確実な手段だった。
佐助が名前で呼ぼうと思い立った日からさほど離れていない日曜日、いつものよ
うに映画を見て夕飯は小十郎の家で食べることになった。
小十郎は野郎の一人暮らしにはつきものだとか何とか言って料理が相当上手いの
で最近の毎週日曜日は、佐助は彼の家に入り浸っている。
リビングで小十郎が作る料理に期待を寄せつつ佐助は食器やテーブルの準備を整
えていた。
今日はパスタで佐助の好物のカルボナーラとボロネーゼの二つらしい。
きちんと自分の好みが覚えられていたことに佐助はひっそりと小十郎の愛を勝手
に感じて上機嫌になる。
鼻歌交じりでグラスとフォークの位置を調節していたらふわふわと逆立てた頭に
おい、と低い声がかかった。
なに、と佐助は返して小十郎に向き直る。
小十郎はパスタを胴の長い鍋でくるくると茹でながら佐助と向かい見つめあい、
言う。
「お前、政宗様に俺の名前聞いたらしいな」
「あ…ぁ、うん、聞いた。でも当てになんなかった」
一瞬顔がぎくりとこわばったけれど其処は持ち前の誤魔化し演技力で如何にかし
て佐助はへらと緩く笑った。
佐助がとった手段、身近な人物に聞くの標的になったのは小十郎と一番近い場所
に居るであろう政宗で。
その時を思い出し佐助がちょっと遠い目になる。
「こじゅうろうはこじゅうろうだ、こじゅろうだろうがこじゅうろうだろうがし
ょうらいおれのよめになるおとこにかわりはねえ…とかなんとか」
愛されてるねぇ、と笑ったら、幼いから意味が未だよく分かっていらっしゃらな
いんだ、と酷く真顔で言い返された。
だよねー、と佐助はまた笑う。
笑って誤魔化して忘れさせようと、した。
だけど小十郎は佐助が思うより遥に手強かった。
「何でだ」
「は」
「何で政宗様に俺の名前を聞いた」
佐助は答えに窮して困ってしまう。
「えぇと、それはあのー」
意味のない場繋ぎの言葉しか口をついて出てこない。
うろうろと視線を泳がせ頬を掻いて佐助は困り果てた。
小十郎は作業の合間にも答えを求めているのかじっと佐助を見つめている。
佐助はちょっと言葉を切って息を吸い、覚悟を決めてへらと先ほどと同じように
笑った。
「婚姻届の妻の欄に片倉さんの名前を書いたはいいんだけどさぁ、あれって読み
仮名振らなきゃいけないでしょ?困っちゃって」
佐助はもう小十郎から視線が外せない。
浮かべた笑みも口端が引き攣って酷く不細工だ。
何か言えよ、と佐助は思って、通じたわけではないだろうけれど小十郎は猿飛、
と名を呼んで手招きした。
佐助は適当に相槌打ちつつ漸く沈黙が払拭されたことに安堵して気を抜いてキッ
チンの中に入り込み、小十郎に近寄る。
迂闊だった。
全く持って油断していた。
近寄った瞬間どす、と鈍くて重い音がして佐助の胃か鳩尾辺りが下から押し上げ
られる。
痛みと共に小十郎に強烈なパンチを貰ったのだと気付いた佐助の体はくの字に折
れて床に転がっていた。
うんうんと唸る佐助を容赦なく踏みつけ小十郎はくだらねぇことを言うんじゃね
ぇと言う。
「口で言って!相変わらずいい拳ですね!!」
「…もう一回殴ってやろうか」
「遠慮します」
ぺいっとまるで邪魔な障害物を退かすように足で押しやられながら思ったことが
胃に何も入ってなくてよかったな片倉さんの美味しいパスタ吐いたら勿体無い、
なのだから佐助は痛みで思考がずれてしまっている。
「んっ…ぅ…」
「…く…は…」
空腹も満たされ佐助が帰り際に買った酒瓶を二人で開けて酔いもいい感じに回っ
たとなればすることは一つ。とばかりに小十郎と佐助はベッドに雪崩れ込んでい
た。
別に二人ともそんなことは思っていないし、未だに男を抱く抱かれるという行為
に抵抗はある。
互いに欲情するか問われれば酒で泥酔しているかよっぽど激怒していないと無理
とはっきり答えるだろう。
ならば何故抱き合うのかと問われれば二人は顔を見合わせて首を傾げ思い思いに
好き勝手なことを述べるだろう。
寒いからとか、ちょっと溜まってたからとか、こいつが手を出してくるからとか、
ちょっと待ってアンタが先にとか。
佐助はベッドの上で二つか三つに畳まれた毛布や布団に寄りかかるように寝そべ
っていて、小十郎は佐助の上にのしかかっている。
佐助の両手は小十郎のものを包んで摩っていて、小十郎は片手で佐助のものを握
って扱いていた。
小十郎のナニは平均よりも随分高い身長に比例でもしているのかやたらと大きく
てとてもじゃないが佐助の片手では包みきれない。
その点平均より少し上くらいの身長の佐助のナニは小十郎の手がもう少し大きく
て佐助のナニがもう少し小さかったらすっぽり包まれてしまうくらいの大きさで。
その小十郎の親指がぐりぐりと佐助の先端を力強く腹で摩る。
「いっ…たい、よ、あんた、ひど…い」
「うるせ…ぇ…好きだろう、が」
思わず喉を反らせて不平をごちた佐助の厚くて柔い唇を小十郎のかさつく薄い唇
が食んで意地悪くそう言った。
佐助は少しカチンときて小十郎の唇を舌でこじ開けつつ同じ事をし返す。
結局男同士なのだから相手が自分にする触り方は相手がこうされたら弱いという
触り方で。
唇を塞がれているから声は出さなかったけれど小十郎は確かに変に息を呑んだ。
二人の手は互いのものが流す先走りの汁でべたべたに濡れている。
かきっこをするのは今夜の上下を決める勝負方法でもあるし、これでお互いすっ
きりして終われたらいいねという希望が含まれての事でもある。
上下の決め方はかきっこの他にもじゃんけんなどがあるのだがそれは佐助が断固
として拒否している。
今日も今日とて佐助がじゃんけんを拒んだからかきっこに落ち着いたのだ。
「……ぁ、ふ」
「ぅ……ぐ」
唇が離れて二人の間に伝う銀糸を適当に切って小十郎は佐助のむき出しの肩に額
を押付けた。
そうなると佐助も小十郎の肩に顎を押付けられてお互いの押し殺した喘ぎがやけ
に耳につく形になってしまう。
こうなると佐助は弱い。
元々耳が微妙に弱いのもあるが小十郎がこういうとき実に腰にくる声を出すのだ。
今日も例外なく小十郎の手の中で佐助は果ててしまいそうになるのを感じた。
だから、何にも考えなしに唇を開いてひゅうと喉を鳴らして。
小十郎みたいに低く掠れた声ではなく、後で自己嫌悪に陥るような上擦り引っ繰
り返って甲高くなった声で。
とっさに。
「こじゅ、う、ろ、さんっ」
と呼んでしまった。
「っ…!」
佐助の手の中で小十郎がぐんと熱さも質量も硬度も先走りの量も増す。
気付いて、佐助は何故そうなったのだか分からないままチャンスだと感じぐっと
唇を噛んだ。
これを堪えたら、小十郎がもうすぐさほど時間を経てないうちに果てる。
そうすれば今日は佐助の勝ちだ。
思って唇噛んだままへらと笑った佐助はしかし。
耳に濡れた音を立て口付けた小十郎に負ける。
「さすけ」
鼓膜を打ち脳まで響いた、腰にぞくぞくとした快感を与えるほど低く欲情に掠れ
た、声が自分の名前を呼んだから。
「へっ、ゃ、あ?まっ…!!」
「さす、け、さ、すけ、さすけ」
びくりと腰が大きく跳ねて勢いよく精液が自身から吹き出る。
自分の名前以外に言葉を知らぬわけでもあるまいし、と毒づいたところで熱っぽ
く繰り返し繰り返し名を呼ばれてしまえばどうでもよくなってしまう。
佐助が全て吐き出した後、間をおかず小十郎も佐助の両手の中に熱を放った。
「なんで、呼んだの。ばか」
ふ、ふ、と互いに忙しなく胸を上下させて酸素を奪い合うように呼吸を繰り返し
ている中、
佐助はかぱりと口を開いて赤い瞳を涙で滲ませながらふわふわとして頼りない声
で悪態を吐く。
小十郎は余韻もへったくれもない佐助の台詞に眉を寄せて、けれどすぐにそんな
甘ったるい関係が正しいのかと思い直して苦く顔を歪めた。
「お前が呼んだからだろうが、言っとくがな」
危ないところだったんだぜ、と小十郎に囁かれて佐助は少し考えた後顔を真っ赤
に染め上げる。
金魚のように音も出せず口を開閉させる佐助を見つめて何を思ったか小十郎は指
を二本ほどその中に突っ込んだ。
勿論指は佐助の放ったもので嫌な感じに濡れ光っていて、味だって正直いいもん
じゃない。
くぐもる声で抗議して押しやろうとした佐助の舌を逆に絡めとり、嫌がらせ目的
で性を塗りこみ小十郎はシニカルに笑う。
「ともかく、今夜は俺が上だな」
俺の恋人って男前、と普段はヤクザ面だの老け顔だのと散々に言う顔に浮かんだ
笑みに見惚れた佐助はしかししっかりと一つ心に決めたことがある。
もう絶対名前で呼ばない、呼び返されたら腰が砕けちゃうから。
…決して他人に対し明言できるようなものではなかったけれど。
おわり
|
昼めろたさまよりなんと!我が家の幼稚園のふたりでエロ小説ですすてき・・・!
うちのダメダメなふたりと違って、佐助はかわいく小十郎はちゃんと攻めてます。爪の垢でも煎じさせたいです。
めろたさま、ほんとうにありがとうございました!
空天
2007/02/20
プラウザバックよりお戻りください