おさびし山の頂上に人影が見えます。
おひさまはちょうど天辺を通り越したばかりで、人影は岩肌に濃く黒をこびり付かせています。
人影は上から下まで薄汚れた緑色で、三角の帽子が風に飛ばされそうになるのを大きな手が押え
つけました。帽子の下には赤毛がくすんでいて、顔の色はしろく、ふたつ並んだ目は髪とおんな
じくすんだ赤です。その目が天辺から下を見下ろし、細く笑みの形を象りました。
「―――春ですねえ」
眼下にひろがるのは、花と緑に溢れた谷の風景です。
猿飛佐助はへらりと笑い、帽子を取って靡く髪をかき上げました。
You are not dream
去年のことです。
佐助は生まれてきてから今に至るまでの間で、一番大きな事件を体験しました。
恋をしたのです。
相手は「ムーミン」でした。「ムーミン」というのはある谷にだけ住んでいる耳と尻尾を持って
いる生き物のことです。佐助は「ムーミン」の片倉小十郎に恋をしました。小十郎はムーミンで
野菜と家事と子育て―――正確には彼の子供ではありませんけれども―――が趣味で、佐助より
頭ひとつ分大きく、顔が驚くほど怖くて声がおそろしく通る、性別的に言うとまったく疑う余地
なく男でした。そして佐助も男でした。でも、もちろん恋愛にそんなことはまったく問題ではあ
りません。佐助は小十郎に恋をして、去年の冬に両想いになったのです。
でも、だからといって「ふたりはいつまでもしあわせに暮しました」とはいきませんでした。
佐助は旅人です。旅をしていることは佐助にとって息をするより当然のことで、ひとつのところ
に定住するなんて考えることさえできません。小十郎はそれとは反対で、彼は大事な大事なちい
さな子供たちや畑を置いてどこかに行くことなんて絶対にできないでしょう。
ムーミンたちは冬になると冬眠に入ります。
佐助は旅に出なくてはなりませんでした。
だから佐助は最後に小十郎に思いを告げて、―――びっくりすることに小十郎はそれに応えてく
れたのですが、それで思いが通じあったついでに体も通じ合わせたら、冬眠に入る寸前だった小
十郎はそのまま眠ってしまいました。だから佐助はそのまま旅に出てしまって、それ以来小十郎
とは会っていません。
山の頂上で佐助はほうと息を吐きました。
「片倉さん、元気かな」
思い出すだけで笑みがこぼれます。
仏頂面に眉間のしわ、大きなてのひらに髪を撫でられるのがぞっとするほど気持ちよく、普段怖
い顔は笑うとすこしだけやわらかくなるのですが、そのちいさなやわらかさがたまらなく優しい
のです。ああ、と佐助は思いました。ああ、早く会いたいなあ。
佐助は山を降りました。山々にも春は芽吹いていて、既に雪は残っていません。これならもうす
こし早い時期に帰ってきてもよかった、と佐助はすこしだけ後悔しました。ほんとうなら一刻だ
って早く小十郎に会いたかったのです。
水色の背高のっぽの家が見えてきたら、佐助の心臓はどくどくと高鳴ってきました。小十郎はも
う起きているでしょうか。それともまだ眠っているでしょうか。佐助は橋まで来たところで、懐
からハーモニカを取り出しました。初めて会ったとき、佐助はハーモニカを吹いていて、その音
で起きた小十郎が窓から降りてきたのです。おんなじ方法で再会するなんてなんだかロマンチッ
クで素敵じゃないですか。
ハーモニカを口に当てようとしたところで、後ろから頭を叩かれました。
「いて」
「何してるんだ、こんなところで」
「何って―――あれ、」
佐助は目を丸めました。
相変わらず仏頂面の小十郎が、収穫してきたらしい野菜を抱えて突っ立っています。佐助はしば
らく目を瞬かせてから思い切りへらりと笑いました。
「片倉さん」
小十郎は佐助の笑顔に、すこしだけ眉を上げました。
おや、と佐助は思いました。けれども、なにかしらの違和感を感じる前に小十郎の顔は普段通り
の、絶壁の岩山のような仏頂面に戻りました。星ひとつない夜の空のような黒い眼が伏せられて、
「いつ」と薄い唇が動きました。
「帰ってきた?」
「え、っと―――、ついさっき、かな」
「ふうん」
「もっと早く帰って来たかったんだけどさ、でも、」
会えて嬉しいよ。
佐助はそう言って、また笑いました。
小十郎は黙っています。しばらくしてから、「政宗様たちとはもう会ったのか?」と聞きました。
「まだ、だけど」
「そうか。今なら海に居る。会ってきたらどうだ」
「ああ、うん」
佐助は髪を掻いて、一応、頷きました。
あんたは、と聞くと小十郎は家に戻ると言います。じゃあ俺もと言おうとすると、その前に小十
郎はさっさと踵を返してムーミン屋敷のほうへ行ってしまいました。残された佐助は、ぼう、と
橋の上で立ち尽くします。
あれれ、とつぶやきます。
「おっかしいなぁ」
久々に会ったというのに、この感動のなさってどうなんでしょう。
仮にも佐助と小十郎は恋人同士ではないのでしょうか。だったら熱い抱擁と熱いキスがあってし
かるべき―――とはさすがに相手が相手なので佐助も高望みはしませんけれど、せめてかすかな
笑顔と「おかえり」の一言くらいあってもまったく構わないはずです。
小十郎の姿はもう、背高のっぽの家に吸い込まれて見えなくなっていました。佐助は首を傾げて
から、しかたがないので政宗たちが居るという海に行ってみることにしました。
春の海は、水が透明でうっすらと空と融合しています。やわい風のせいで、凪いでいました。そ
こで伊達政宗と真田幸村は水遊びをしていました。
佐助の姿を見ると、ふたりは海から上がり、駆け寄ってきました。
「佐助ッ」
「なんだよ、おまえ今更帰って来やがったのかよ」
「はいはい、“今更”舞い戻って参りましたよ」
政宗の言葉に薄目で答えながら、佐助はびしょ濡れの潮の香りがするこどもふたりの頭を撫でて
やりました。まだ夏に入ってもいないというのに、既にうっすらと褐色になっている肌は、触れ
るだけでかすかに熱を孕んでいます。
裾を引きながら、また会えるとは思わなかったでござる、と幸村は言いました。
「何も言わずに行ってしまうなんて、水くさいでござるよ」
「ああ、まあそりゃあ色々ございまして―――あれ?」
「どうかしたか?」
「いや、」
片倉さんから聞いてないの?と佐助は聞きました。
ふたりは顔を合わせ、それから同時に首を横に振りました。佐助は眉を寄せ、唇を尖らせます。
佐助は確かに、このふたりのこどもには何も言わずにムーミン谷を後にしましたが、そのあとに
きちんと小十郎に「来年もここに来るから」と言ったはずなのです。
どうして小十郎はそれをふたりに伝えてないんでしょう?
佐助はなんだか、不安になってきました。
政宗と幸村は、佐助にそこに居るように言ってまた海へと戻っていきました。佐助はやわらかな
春の日差しに燻られながら、砂浜に座り込み、つれない恋人のことを考えます。
「まさか、」
夢だったのかなあ。
佐助はつぶやいて、ほおづえを突きました。
佐助にははっきりと、小十郎に告白したことも、キスをしたことも、抱きしめたことも昨日のこ
とのように大事な記憶として残っているというのに、小十郎のほうはまるで佐助のことなどただ
の知り合いでしかないみたいな態度なのです。佐助はとても寂しくなりました。
折角のきれいな春の海の蒼も、灰色めいて見えます。
「かなしいなぁ」
佐助は切なげに息を吐きます。
こんなに会いたかったのは、自分だけだったんでしょうか。
さっき見た小十郎のつめたい仏頂面を思い出して、佐助はますます深く、溜息をつくのでした。
夕方になって、政宗と幸村は仲良くムーミン屋敷へと戻っていきます。
佐助も来るように言われましたが、すこし考えてからやめることにしました。この気分のままム
ーミン屋敷に行ってしまえば、きっとやっぱり何事もなかったように佐助に対応する小十郎にま
すます苦しくなるに決まっています。
佐助は、小十郎の畑に行ってみることにしました。
小十郎の畑は、ムーミン屋敷からすこし離れた場所にあります。佐助は去年ずうっと、この畑で
小十郎と一緒に野菜を育てていたのです。たのしかったなあ、と佐助は思い出しながらどんどん
切ない気持ちになりつつ、畑へと向かいました。春の夕空はやわやわと橙が空気に混じり込んで
いて、肌に移る太陽のひかりはぬるりと皮膚の表面を撫でていきます。
畑には背の高いとうもろこしが生い茂っていて、夏の予感が漂っていました。背の低い野菜はそ
れに隠れてしまうようで、それでもしっかりと太陽が当たるように計算されて設置されています。
顔や体にまったく似つかわしくありませけれど、そういう細かい心づかいをできるひとなのです。
佐助は思い出し、すこしだけへらりと笑みを浮かべ、それからすぐに眉を下げました。
「夢だったのかなあ」
またつぶやきます。
畑の廻りに張り巡らされた木の柵に体をもたれさせ、佐助は空を仰ぎました。
空にはしろい雲が切れぎれに浮かんでいます。それはするすると流れていきます。佐助はそれを
見ていたら、なんだかこのまままた旅に行ってしまいたくなりました。
だって佐助は小十郎に会いに来たのです。
小十郎が遊んでくれないなら、居る意味がありません。
ゆらゆらと空を右から左へと流れていく雲に視線を付いて行かせながら、佐助はほうと息を吐き
ました。もう行っちまおうかしら。
佐助は空に怒鳴るように言いました。
「何処へ行くって」
空から、返事が返ってきました。
佐助は目を瞬かせます。空が言葉を話すわけありません。それじゃあ、
「雲?」
「阿呆か」
帽子がひょいと取られました。
振り返ってみると、とうもろこしより背高のっぽの小十郎が目を細めて立っています。佐助はあ
わてて柵にすがりつき、小十郎を見上げました。
小十郎は佐助の帽子を柵に乗せ、ふん、と鼻を鳴らします。
「北か?南か?西か東か。何処だ?」
「え、いやあの、」
「何時だ」
矢継ぎ早に小十郎は聞きます。
佐助はその勢いに戸惑いながら、柵の上の帽子を摘みあげ、口元を隠すように両手で持ちました。
小十郎の顔がなんだかとても怖いことになっています。いつも大体怖い顔ですが、今日はいつも
に輪をかけて怖い顔です。佐助は恐る恐る、どうしたのさ、と聞きました。
「なんか、怒ってる?」
「誰が」
「いや、―――あんた、が?」
「俺が、怒る」
なんでだ、と小十郎はやっぱり怒った顔のまま言います。
佐助は帽子を抱えたまま、「顔が怖い」と答えました。小十郎の眉がひょいと上がります。元々
だ、と言いながら視線を逸らす小十郎は、すこし動揺しているように見えました。もちろんすこ
しです。一時間前の空と、今の空と、そのいろのちがいのようなすこしだけの違いです。
でも佐助には解るのです。
恋しているのですから。
「いつもと顔の怖さが違うよ」
「いつもの顔の怖さってなんだ。いつも顔が怖いみてェじゃねェか」
「お言葉ですけど正直いつも顔怖いですよ。大体、今あんた自分で元々顔怖いって言ったじゃん」
「言ってねェよ」
「言ったね。聞いたもん」
ふん、と佐助は小十郎の真似をして鼻を鳴らしました。
小十郎はますます顔を怖くして、舌打ちをして佐助から顔を逸らしました。阿呆らしい、と言い
ます。付き合ってられるか。佐助は急に苛立ってしまって、小十郎の逸らされた顔を両側からが
しりと掴み、乱暴に自分のほうを向かせました。
小十郎は目を見開いて、佐助を凝視します。
「なぁに、拗ねてンのさ」
佐助は目を細め、小十郎に怒鳴りました。
小十郎は驚いて固まっています。間抜けに口がちらりと開いています。薄い唇からちらりときれ
いな歯並びと、赤い舌が見えました。
佐助は一瞬、それに見とれてしまいました。慌てて首を振ります。
「なんで、怒ってンの?」
「―――怒ってねェよ」
「怒ってるじゃん。顔が怖いって言ってるでしょ」
「だから元々だって言ってんだろうが。第一、おまえにそんなこと解るか」
「解るね」
「何故」
「だって、」
佐助はすこしだけ迷いました。
それでも、視線を上げ、睨みつけるように小十郎を見上げて佐助は口を開きました。
「だって、俺、あんたのこと好きですから」
ずっと、
ずうっと、
旅に出てる間もあんたのこと考えてたんだから、
「解らないわけ、ないでしょ」
佐助はくしゃりと笑いました。
小十郎はまた眼を見開いています。佐助はそれを見ていて、また不安になってきました。あの冬
の、この谷を出る直前に小十郎が確かに佐助に言ってくれた言葉は、佐助が旅の間に見た都合の
良い夢だったんでしょうか。佐助はずっと、小十郎が待っていてくれると思って旅をしていたの
に、小十郎はほんとうはちっとも佐助のことなんか待っていなかったんでしょうか。
佐助はたまらなくかなしくなりました。
小十郎が何か言おうとしたのでしょうか、口を開きかけました。
「―――ッ」
佐助は咄嗟に、怖くなりました。
何か、かなしいことを言われたら。そう思うと胸が引きちぎられそうな感触で死んでしまいそうに
なります。佐助は小十郎の開きかけた口に、乱暴に自分の唇を重ねました。
こぼれかけていた言葉を吸い込んで、深くキスをします。
小十郎が息をのむのが解りました。
佐助は構わずぐい、と首を引き、キスを深くします。小十郎の舌に自分の舌を絡め、奥歯をそろ
りとなぞります。小十郎の肩がひくりと揺れました。くちゅりと唾液の混じる音がして、佐助は
耳の後ろがかあと熱くなるのが解りました。
「は、―――う、」
佐助の首に、小十郎の手がのろのろと添えられました。
佐助は驚いて目を見開きます。でもその前に、小十郎が自分から舌を絡めてきたので何かを考え
るよりもこのキスをするほうがずっと大事だということに佐助は気付きました。首の後ろに当た
る小十郎の手はひんやりとつめたいのに、絡まる舌のなんて熱いことでしょう。
佐助はうっとりと目を閉じます。
とうもろこしがさわさわと鳴り、それを合図にしたようにふたりは体を離しました。
小十郎は息を荒げて、目がかすかにとろりと溶けています。多分佐助もそんな顔をしているので
しょう。佐助はすとんと地面に座り込みました。なんだか立っていられなかったのです。
「なんだ」
と、佐助はしゃがみこみ、息を吐きます。
なんだ、やッぱり夢じゃあなかったんじゃないか。
小十郎はその言葉にすこし眉を上げました。何の話だ、と言います。佐助はへらりと笑って、帽
子をかぶりながら、「夢かと思っちまったよ」と答えます。
「だってあんたがあんまり素っ気ないもんだから」
「だから、なんだ」
「冬眠前のことは全部俺の冬に見た夢なのかもしれないってさ」
佐助はほおを膨らまして、紛らわしい、と拗ねる振りをしました。
ほんとうは久々の小十郎とのキスで佐助の気持ちは空に浮かぶ雲よりもふわふわと軽くなってい
たのですけれど、一応、不安になったのもほんとうのことなんですから、ちょっとくらい慰めて
もらおうと思ったのです。小十郎はしばらく黙りこみました。困ったように眉を寄せて。
それから、ちいさな声で、
「俺も、」
と言いました。
俺も、そう思った。
「どういう意味?」
「だから、おまえと一緒だ」
「俺と一緒?」
「―――夢かと、」
思った。
小十郎は佐助をまっすぐに見下ろして、そう言います。
俺はおまえを見送ってねェし、春に目ェ覚ましてもおまえは当然居るわけがねェ。
だから、
佐助は目を瞬かせました。
「夢」
佐助とのことが、夢だったのではないかと小十郎は言います。
それじゃあ、再開してからの小十郎がなんだかおかしかったのは、そのせいなんでしょうか。
小十郎を見上げます。いつもの仏頂面です。でもその顔は、さっきよりなんだか安心している
ような、すこしだけ緩んだ印象があるような気がします。佐助の気のせいかもしれません。
でも、小十郎は言うのです。
夢かと思った。
「夢じゃないでしょ」
なんて殺し文句だろう、と佐助はうっとりと思います。
佐助は顔を思いきりゆるませ、立ち上がって小十郎の手を握りました。
小十郎は仏頂面のまま、そうみてェだな、と言います。機嫌が悪いようにも聞こえる声です。
でも頭の天辺についた耳が揺れています。お尻の尻尾も揺れています。
嬉しいのです、小十郎は。いいえ、ちがいました。
小十郎も、嬉しいのです。
佐助は小十郎の手をぎゅっと握りしめました。
「会いたかったよ、片倉さん。冬の間ずうっとあんたのことばっかり考えてた」
ただいま。
佐助は柵越しに、小十郎を抱き寄せました。
小十郎は簡単に佐助の腕の中に納まります。正確に言うと納まるほどちいさくないのですけれ
ど、一応、抱きよせられはしました。首筋に顔を埋めるとかすかに汗のにおいがします。
小十郎のにおいです。佐助はうっとりと眼を細めました。
いつまでだってこのにおいに浸かっていたいような気がします。
でもすぐに、ぐい、と体は引き離されてしまいました。
「なんだよ」
佐助はほおを膨らませ、小十郎を睨み上げました。
小十郎は黙って佐助を見下ろしています。しばらくしてからゆるゆると手をあげ、それを佐助
のほおに当てました。そしてゆっくりと確かめるように佐助の輪郭をなぞります。
くすぐったい感触に、佐助はひょいと首を竦めました。
本物らしいな、と小十郎はぽつりとつぶやきます。
佐助は呆れて息を吐きました。
「本物だよ。それともあんたは夢でもあんなにやらしいキスするわけ?」
「黙れ、阿呆。大体おまえが悪ィんだぞ」
「なにさ、なんで俺が悪いのよ」
「おまえがヤリ逃げするからこういう面倒くせェことになるんだろうが」
「ヤリ逃げなんて下品なこと言わないでくれる。それにねえ、お言葉ですけどありゃあ、あん
たがすやすや勝手におねむりモードに入っちまったんだから俺様は悪くないよ」
「じゃあ俺が悪いってのか」
「そうじゃないよ、そういうことじゃないでしょ、」
佐助は小十郎のほおに両手を添えて、眉をよせます。
まだちょっと、俺様に言ってないことがあるんじゃあないの?
「どうなのそこんとこ」
「―――催促することでもねェ気がするんだがな」
「だってあんたがいつまで経っても言わねえからでしょ。ほらほら、どうなのさ」
「呆れたぜ」
小十郎はほうと息を吐き、
それからすこしだけ、ちらりと笑いました。佐助の大好きな、あのかすかな笑顔です。
そうして、
「帰って来るのが遅ェんだよ、阿呆」
と、言って、腰をかがめて佐助にキスを落としました。
佐助は目を瞬かせ、それからへらりと笑って離れていく唇を追い、キスを返します。素直にお
かえりくらい言いなさいよ、と言ってやると、小十郎は素知らぬ顔で空に視線を逸らしました。
佐助は笑い声を喉の奥で響かせながら、小十郎の尻尾をするりと手に絡めます。
「ただいま」
とまた、佐助は言います。
小十郎は「おかえり」とは言ってくれませんでした。
その代りに、手の中の尻尾が、きゅ、と指に絡んできたので、佐助は思いきり小十郎に抱きつ
いて、そのまま倒れ込んでとうもろこしを折ってしまって日が暮れるまで叱られたのでした。
おわり
|
10万打を踏んでくださった鴇さんへの「こじゅさす」
の
つもり
だったんですが、
・・・・・後日談でこじゅさするのでい、今は、今はコレで・・・っ!
一応オフ本の「Have Spring Dream」のその後、という設定でした。
空天
2008/8/01
プラウザバックよりお戻りください