前田慶次が久し振りに奥州を訪れてみたら、真田主従が居た。
真田幸村と伊達政宗は仲良く座敷の真ん中で大の字になって倒れている。ふたりとも体中が傷だらけで、慶次は見てす
ぐにああこいつらまた喧嘩をしたんだなあ、と思った。喧嘩。ふたりは決闘だとか言うかもしれないけれども、端から
見れば喧嘩となにも変わらない。伸びた主の傍らでは、それぞれの従者が所在なげに佇んでいた。
慶次は無遠慮に縁側に上がり込んで、大変だねえ、と声をかける。

「前田の小倅か」
「おやおや、風来坊さんじゃないか」

片倉小十郎がひどく面倒臭そうに応える。
横の猿飛佐助はへらへらと笑いながら手を振った。

「何か用か」
「用ってこたァないけどさ、ちょっと遊びに来たんだ」
「暇だな」
「暇だもん」

にこ、と笑うと小十郎がほうとこれ見よがしな息を吐いた。
仕様がねェから茶でも煎れてやるよ、と立ち上がる。慶次は笑いながらそれを見送った。仏頂面の伊達家の家老は、そ
れでも存外面倒見がいい。立ち寄れば必ずなにかしらの世話を焼いてくれる。悪いねえ、と慶次が言うと、だったら急
に来るな阿呆、と額をはたかれた。
小十郎の背中を見送る慶次に、佐助がけらけらと笑う。

「いやあ、相変わらずあのおひとは面倒見が良いね。顔はこえぇくせに」
「だよねえ。だからついつい俺も寄っちゃうんだ」
「解る解る。何処まで許してくれるか、試したくなる」

佐助はにいと目を細める。
そうするとまるで猫のようだった。慶次は首を傾げて、

「随分仲が良いんだね」

と問うた。
佐助はくるくると喉を鳴らす。
仲か、仲ね。まあ悪くはないんじゃないかな。どことなく含みのある言葉に慶次はまた首を傾げる。佐助はけらけらと
声を立てて笑いながら、矢張り猫のように目を細めたまま、まぁ色々あるんだよ、大人にはね、と訳知り顔で嘯く。
慶次は眉を寄せた。

「なんだいなんだい、変に大人ぶって気にくわねぇなあ」
「まあまあ、拗ねなさんなって、前田の坊や」
「佐助さんだって、そんなに年変わんねえだろう」
「ううん、そんなこたぁないよ」

佐助はへらり、と笑って、指を立てた。
左と右で、会わせて七本。慶次はなにそれ、と問う。俺の年だよ、と佐助は口角をあげた。

「二十と、七」
「嘘だぁ」
「嘘なんて吐いてどうすンだい」

首を竦めて佐助は肩を震わせる。

「見えねえなあ」
「良く言われる。童顔なんだよねえ、俺様」
「へえ、じゃあ片倉さんと二つしかちがわないじゃんか」
「そうなんだよ」

佐助はひどくたのしそうに慶次に相槌を打つ。
たのしそうだね、と慶次が言うと、たのしいさ、と佐助は返した。たのしいに決まってる。俺が二つしかちがわないっ
て言うと、あのおひとはそりゃぁ嫌そうな顔をするンだぜ。たまんないよねえ、まったくさ。
慶次は佐助の言葉を聞いて、しばらく黙ってからまた首を傾げた。

「なんか」
「うん」
「佐助さんって」
「なんだい」
「片倉さんに、恋してるみたいに見えるんですけど」

気のせいかな。
佐助は目を瞬かせて、へらりとまた笑う。

「いいや」
「え」
「間違ってないよ、風来坊さん」





「俺は確かに、あのおひとに随分と参ってるからね」





















               
                  解 く 必 要 の な い 謎 掛 け





                 


















どうにも猿飛佐助の話はよく慶次には理解出来ない。
佐助は小十郎を恋うている―――――――とは、言っていないけれども、すくなくとも慶次の言葉に同意した。つまり
一応は小十郎に恋をしていることに同意したということになる。伊達家の家老と、真田のしのび。随分と珍奇な組み合
わせもあったものだと思うが、慶次にしてみれば面白いという感想しか湧いてこない。
一晩待ったら政宗と幸村が意識を取り戻してきたので、早速話してみた。

「いいねえ、恋だねえ」
「Ah?おまえ久々に来たと思ったら、頭湧いたTalk始めンじゃねェよ」
「いやあ、独眼竜。あんたの右眼の話だぜ」
「俺の右眼だァ」
「そ、それはまさか」
「そのまさかだよ」

片倉小十郎のことだよ。
幸村の大きな目と、政宗の一つ目が幾度か瞬かれた後についと線になった。
直後、大きな笑い声が座敷に満ちる。今度は慶次が目を瞬かせた。政宗と幸村はひいひいと喉を枯らしながら、目から
は涙まで零しながら笑っている。おいおい、前田の。
おまえ暑さでどうかしちまったんじゃねェのか。

「小十郎が、恋」

有り得ねェ。
小十郎が恋。
あのどう考えても不感症でHeartが鉄で情緒のひとかけらもねェような俺の右眼が、恋。
そんなことあるかよ、と政宗は言った。あいつは俺がどんだけ誘いかけても一向に乗らねェんだぞ。慶次は目を細めて
そらァ俺だってあんたに誘われても乗らないよ独眼竜、と返した。
ひいひいと笑っている幸村に、慶次はびしりと指を突きつけた。

「あんたんとこのしのび」
「へ、さ、佐助のことでござるか」
「そいつだって、つーかそいつが、恋してンだぜ」
「佐助が」

ぱちぱちと幸村は目を瞬かせる。

「佐助が恋でござるか」
「ああ、おまえんとこのしのびは頭緩そうだからな。いつでも発情してそうだ」
「そうでござるなあ。佐助の交友関係までは其も存ぜぬが」
「確かいつだったか、上杉のしのびに懸想してるってェ噂は聞いたことがるが」
「な、なんとそうでござるか」

幸村は顔をうっすらと赤らめてこくこくと頷いている。
慶次はほう、と息を吐いた。話にならない。些っとも面白くない。
まだ傷だらけで体を起こせぬふたりを座敷に放って、慶次は佐助を探して米沢の城を彷徨った。佐助は何処にも居ない。
うんうん唸りながら、最後に小十郎が滅多なことが例えあっても絶対に近寄るなと言っていた参議の間に踏み入れた。
普段ならば政務をおこなう家臣で目一杯になっているそこは、珍しくしんと沈黙が落ちていた。誰も居ないのか、と慶
次はきょろきょろと辺りを見回しながら小十郎の定位置の政務机の前に腰を下ろし、襖に背をもたれさせる。
佐助の言った言葉が、くるくると目の前で旋回している。
俺はね、と佐助は言った。
俺はね、そりゃあ頑張ってンだぜ。

「あのおひとはね、笑っちまうくらいに、執着がねえんだ」

いろんなものに、と佐助は言う。
そうかな、と慶次は返した。彼の男ほど、世の中に執を持っている男も珍しいような気がしていた。小十郎は戦場でど
れだけ死地に立たされても決して怯むことなく、そして死を自ら選ぶこともない。貪欲なまでに生を求め、どれだけ惨
めったらしくとも主の横を誰に譲ることもしない。慶次にとって、片倉小十郎はそういう男だった。
そう言うと、佐助は可笑しそうに首を竦める。

「間違ってないよ、その通りだ」
「あの兄さん程世の中に執着持ってるひとも、居ねえんじゃないの」
「そりゃぁ前田の坊や。あんたの読みが浅いな」
「そうかなあ」
「片倉小十郎はね」

佐助は唄うようにその名を呼んだ。
かたくらこじゅうろうっておとこはねえ。

「この世に固執してるんじゃあない。
 ただただ、己の主に固執するだけ。他はどれも、どうだッていいんだ」

面倒なひとだよ。
佐助はうんざりと息を吐いた。
へえ、と慶次は声を漏らした。そんなものだろうか。慶次には忠という概念がない。それがどういうものなのかもよく
解らない。ましてそれにしか執着をしない男の心根など知りようもなかった。
だからこれは、俺の意地みてえなもんさ、と佐助は言う。

「あのおひとが独眼竜以外に執着するこたぁ、きっと永劫ねえでしょうよ。
 だからね、あのおひとの興味を惹くにゃあ、どこまでもこっちは好奇心をくすぐるしかねえのさ」
「好奇心」
「そう」
「それってどういうことになるわけ」

慶次が問うと、佐助は笑う。
笑って、自分で考えてみなよ恋のお好きな風来坊さん、と言った。































何時の間にか寝ていたらしい。
ぼんやりと霞がかかった頭のなかに、音が流れ込んでくる。
慶次はちいさく呻いた。かさりと衣擦れの音が鳴る。誰かが居るのだ、と思った。思うけれども、体がどうにも動かぬ。
まだ体のほうは寝ているのだろう。頭だけがゆるゆると覚醒に向かっている。

「止せ」

低い声が耳を貫く。
けらけらと笑い声がそれに続いた。

「いいじゃないか。寝てるよ」
「起きてようが寝てようが、いずれにせよ俺は人前でこんなことをする趣向は持ってねェ」
「可笑しいな。あんたはどんなところだってこういうことがお好きなおひとじゃあないか」
「ひとを色情魔のように言うな」
「変わらねえや」

笑い声はまだ続いている。
そのうちに声が止む。代わりに衣擦れの音が忙しくなる。息を飲む音と、それから吐き出す音もした。慶次の体はもう
とうに覚めていたけれども、なんとなく目を開くのがためらわれてそのまま寝たふりをすることにした。
どれくらい経ったかは知れない。
兎も角、衣擦れはやがて止んだ。
それじゃあね、と片方の声が言う。

「しばらくうちの旦那を頼むぜ。まぁ遅くとも明日の夜にゃあ戻ってきますけどね」
「いいのか」
「なにが」
「一応、敵国だが」
「今更何を仰るのやら」

また笑い声。
直ぐに消える。
後に沈黙が落ちた。慶次はようよう目を開いて、体を起こす。そこをぺしりとてのひらで叩かれた。

「いてッ」
「狸寝入りなんざするな、丸解りだ」

呆れた吐息が降ってくる。
慶次は叩かれた額を抑えながらのろのろと立ち上がった。小十郎は腕を組んで慶次を眺めている。何処から気付いてた
のさ、と問うと、最初からだ阿呆、と呆れかえった声が返ってきた。
慶次は頭を掻きながら、それで、と言葉を続ける。小十郎の首がかくりと傾げられる。それで。慶次はにこりと笑いな
がら言った。それで、さっきの相手だけどさ。

「佐助さん、だろ」
「そうだな」

小十郎はあっさり頷いた。
へえ、と慶次はたのしげに身を乗り出す。
接吻してなかったかい、と問うと矢張り小十郎はあっさりと首を縦に振った。慶次は益々愉快な心地になってきて、小
十郎の腕を引いて畳に無理矢理座らせ、さあさあ存分に話してもらうぜと長丁場の体を取る。小十郎の顔はひどく不愉
快げに歪められたが、どうにも慶次が腕を離さぬので、諦めてそれに従った。
何が聞きてェんだ、という声はひどく物憂げだった。

「あんたとあのひとの関係だよ。恋仲なのかい」
「さァな」
「さァなってこともないだろうに」
「知らねェよ」

小十郎は面倒で堪らない、というふうに応える。
慶次は眉を寄せて唇を尖らせた。そんなのってないよ、と言ってやる。

「接吻してんのに恋仲じゃないのかよ」
「青臭ェことを言うな、おまえも」

慶次の腕を振り払いながら小十郎はちいさく笑い声を立てた。

「そんなお目出度ェもんじゃねえさ。精々狸と狐の化かし合いがいいところだ」
「化かし合い」
「あァ」
「化かし」

合い。
慶次が繰り返すと、小十郎は眉を寄せる。
慶次はふうん、と間抜けた声を漏らした。化かし合い、という言葉がなんだかひどく不釣り合いな気がした。佐助の言
葉を聞いているだけなら、なんとなく化かされているのは小十郎だけであるような感を慶次は持っていた。
小十郎が興味をおのれから無くさぬように、佐助が必死でなにかしらしているのだろう、と慶次は思っていた。そして
それを小十郎は知らぬのだろう、と、

「あんたなんか知ってるのかい」

慶次は問うた。
小十郎は不思議そうに首を傾げる。

「なんかってなァ、何の話だ」
「なんていうか――――その、佐助さんのさ」
「あァ」
「知ってるのかい」
「知ってるが」

それがどうかしたか。
真顔で問い返されて、慶次は言葉に詰まる。
小十郎は何にも執着をしない、と佐助は言っていた。だから俺があのひとをつなぎ止めるのはねえ、好奇心だけってこ
とだ。好奇心とは、知りたいと思う心根であろう。知ってるってなにをさ、と慶次は更に問うた。
小十郎はすこし考えてから、あの男が“隠す”ことだろう、と言った。

「隠す」
「あァ」
「何を」
「てめェを、かね」

小十郎は首を傾げながら言う。

「思ってることも考えていることも、それから何があったかも、どれひとつ取ってもあの男は口の端にすら乗せやがら
 ねェ。敢えてそうしてんだろうさ」
「それって、なんで」
「なんでもかんでも、どう考えても」

俺の興味を惹く為だろう。
小十郎は真顔で言う。慶次は呆れた。

「些っとばかし、自信過剰過ぎないかいそりゃあ」

確かに佐助の言葉とも、小十郎の答えは符号するけれどもそれにしたって迷いも無く言い過ぎではないか。
小十郎は幾度か目を瞬かせて、そうか、と納得しかねるようにつぶやく。事実だがな、と続ける。慶次は更に呆れた。
それからおや、と思う。おやこれは。
では小十郎は全てきちんと知ったうえで、それでも佐助と恋仲なのだ。

「だから恋仲じゃねェよ」

小十郎が何か言ったが、気にせずに慶次は更に考える。
化かし合い、と小十郎は言った。つまり小十郎は知らない振りをしているのだ。佐助を知らぬ振りをして、それで佐助
にそう思わせたままにしている。それは一体、なんの為だろう。
顔をあげてそう問うと、小十郎はああ、と頷いた。

「そらァ、あの男がそうしねェと逃げるからな」
「はあ、逃げる」
「逃げるな」
「佐助さんが」
「あァ」
「なんでさ」
「怖ェんじゃねえか」
「怖いって」
「俺が由も無く、てめェの傍に居るのが」

怖いんだろう。
臆病者だからな、あれは。

「だったらなにもわざわざ怖がらすこともねェ」

それだけだ、と小十郎は結ぶ。
慶次は黙り込んだ。黙り込んで、それから首を傾げる。
それってさあ、と口を開いた。それってさあ、片倉さん。

「すげえ、恋だよね」

小十郎の顔が歪んだ。

「花咲いてるような目出度ェことは、てめェの国でだけ喋ってろ」
「ええ、だってさ、あきらかにそれって」
「煩ェ。俺は忙しい」

行くぞ、と小十郎は立ち上がって襖を開く。
慶次は慌てて小十郎の袴に追いすがった。おいおい、待てって。

「だってさ」

片倉さん。
あんた、相当。

「あんた相当、あのしのびに参ってんだろう」

小十郎の体の動きがぴたりと止まった。
前を向いていた顔が慶次にひたりと向けられる。切れ長の黒目がちな目が、すいと細くなった。薄い唇がゆるゆるとあ
がって、笑みの形になる。さァな、と小十郎は言った。
さァ、どうだろうな。








「てめェで考えな、前田の小倅」








かたん、と襖が閉まる。
残された慶次は、しばらく黙り込んでから、なんだ結局恋なんじゃないかとひとりつぶやいた。 












おわり       
 





なんということはない軽い話が書きたかったので。
地味にバカップルです。お互いに面倒臭ぇなあまったくよと思いつつじゃあ離れようとは思わない辺りバカップル。
ちなみに佐助がわざわざ慶次に喋ったり慶次の前でちゅっこらしたりしているのは、折角こじゅと二人っきりだった
のに邪魔した慶次に軽くいらっとしているからです。説明しないと解らない地味なじぇらしー。

空天
2007/09/04

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