茨姫と白雪姫という童話は似ている。
要するに悪い魔女に眠らされたお姫様が王子のキスで目覚める話である。眠り姫系の話だ。違いは白雪姫のほうは家庭
的な事情がプラスされてより現代に通じる怖さが底辺を漂っているあたりだろうか。もともと原作では魔女は実の母親
だったらしい。実に笑えない話だ。
 
べつに童話の現代的解釈をするつもりはない。
 
もうすこし自分の身の丈にあった、つまり卑近な話をしたい。小学校の教師だって、読書感想文とか作文は自分の身の
回りのことからはじめるといいですよと言っていたではないか。凡人は凡人らしく、そういうステレオタイプな解釈を
このふたつの童話にほどこしてみようと思う。
 
 
眠り姫は、王子のキスで目を覚ますまですやすや爆睡している。
茨姫はともかく白雪姫など自らが撒いた種で寝こけている。
 
 
だがこのお姫様どもには、一切自ら起きようという意思がないのである。






































                  村人Dは眠り姫にビンタをするか。


           
 


















 
 
 
 





 
 
 
 
 
ぼけ、と立ってるだけで何もかもが回っていく。
映画館に行けばチケットはとっくに先行予約で古泉の人差し指と中指の間に挟まれているし――余談だがキョンはこの
仕草が反吐が出るほどにきらいだ――ファーストフード店に入れば笑顔で「席を取っておいてくれると助かります」と
言われて、なぜかキョンの欲しいメニューまで運んできてくれる。雨の日になれば車線側に必ず立ち、教科書を借りに
いくと目当てのそれを必ず持ってる。この超能力者は毎日全教科を学校にえっさほいさと運んでいるのだろうか。それ
とも例の、某22世紀ロボットアニメに出てくる秀才なんだけどいまいち影の薄い美少年のように、僕は先生の話を聞
けばわかるからノートはとらないんだよーとでも言い出しやがるのか。
人間とはなんと不公平なのだろう。
 
「おまえむかつくな」
 
古泉はにこりと笑う。
キョンの突然の暴言にも、古泉一樹は一切ひるまない。
学校帰りに喫茶店に寄った。古泉がトイレに行っている間にぼんやりと色々考えてしまって、帰ってきたとたんに口か
ら自然と暴言が飛び出してしまった。まあいい。古泉は僕が居ない数十秒の間にあなたのなかで著しく僕への評価が下
がるようななにかが起きましたか、と聞いてくる。
ひょいと肩をすくめる。
 
「べつに」
「おや、ではなぜ」
「俺はもともとおまえにむかついている」
「それはあまり喜ばしくない現状ですね」
 
僕のなにがお気に召しませんか。
そう言いながらも、古泉はとっくに飲み終わってしまったキョンのガラスのグラスに、こぽこぽとお冷を注いでいる。
うんざりと息を吐いた。そういうところだ、そういうところ。
 
「なんかホストクラブに通うおばちゃんのよーな気分になる」
 
至れり尽くせりすぎてきもちわるい。
キョンは今までの16年間、とても雑に育ってきたのでこんなふうに優遇されると非常に息苦しい。ハルヒのような頓
珍漢に振り回されるのは、迷惑だがそこそこ落ち着くのだ。だって慣れてる。かなしい事実ではあるが。
が、こちらもきっと生来のものだと思われる笑みで古泉はうっとりと言う。
 
「謙虚ですね」
「そういう問題ではない」
「遠慮しなくていいんですよ」
「・・・おまえは俺の話を聞いとんのか?」
「もちろん聞いています」
 
一言一句逃さずにね、ととどめのように古泉はのたまう。
にこり、と首を傾けながら、無意味にきれいな顔が無意味にきれいに笑みを作り、これまた無意味に甘い声が一切聞く
価値のない無意味な言葉をつづる。はあ、とキョンは息を吐いた。
 
「ふつーにしろ。もうちょっとふつーのダチ同士みたいな対応が俺は望ましいのだ」
 
ファミレスで椅子を引いてもらったりしたくない。
古泉は困ったようにすこし眉を下げた。
 
「困りましたね」
 
僕がしたいんですが、と言う。
キョンはむっつりと黙り込んだ。
 
「そーゆーことを公共の場で言うな。公害だ」
「ではふたりきりなら構わない、と?」
「おまえはどうしてそう・・・ああもういい」
 
黙れ。
いつのまにか近づいてきていた古泉の顔を伝票の張り付いたちいさなバインダーで押しのけながら、キョンは大きくま
た息を吐く。古泉はやはりにこにことしながら、今日は僕の家でいいですか、と言う。金曜日である。明日は学校はな
い。ハルヒのせいで部活はあるわけだが。
キョンはどうするかな、と視線を氷がほとんど溶けかけたグラスに落とす。
 
(あほらし)
 
言ってから思った。
だってキョンの座っている椅子の下には、学生鞄のほかにあきらかになにか衣類が入っているであろうと思われるビニ
ール製のザックが押し込められている。それならまだ体操着袋代わりかと思えないこともないが、朝非常になげかわし
いことにキョンは古泉と会ってしまったのだ。
金曜日に体操着を持ってきて、当日に持って帰るあほは居ない。
随分深い墓穴を掘っていたことにキョンは気づいた。
 
「・・・いーけどな」
 
にこにこと古泉は笑っている。
居たたまれなかったので、自ら墓穴にダイブしてみた。
 
古泉はにこにこにこにこ、と。

馬鹿みたいにキョンにだけ視線を合わせながら、目を糸のようにして笑っている。































古泉とキョンは、結婚を前提にしようがないオツキアイをしている。

古泉に恋をするなどという異常事態はべつに起きていない。キョンが古泉とそういうことになってしまった要因は、分
析してみるに五割が青春のアヤマチで二割が若き日の元気な下半身で二割が同情である。あとの一割は不確定要素とい
うことにしておいてほしい。
古泉におなじ問いかけをするとコンマ二秒で、

「もちろんあなたがすきだからですよ」

という答えが返ってくる。
こうしてキョンの胸に二割の同情が沸き上がり、それから深く思うのだ。




(ああ、こいつ立ったまま爆睡してんな)































すこし時間をさかのぼる。

金曜日のSOS団の活動――実質的にそんなもんはありはしないんだが――が終わったあと、団長よりありがたくない
詔が発せられた。キョンは息を吐く。俺の週末が消えていく、という深い嘆きのため息である。
細い腰に手をあてて、仁王立ちをした涼宮ハルヒは言い放った。

「世の不思議を探すためにはフィールドワークを町内だけに限定するなんて全く馬鹿げてるわ!
 いつの世でも偉大な発見者たちは異国の地でこそ新事実を発見するものよ。コロンブスがアメリカ大陸に行かなきゃ
 地球が丸いことすら明らかにならないままだったし、レヴィ・ストロースはアフリカに行って構造主義を発明したわ
 けでしょう。みんなわかるわね?」
「まったくわからん」
「キョン、あんたは黙ってなさい!」

びしりと人差し指でさされる。
人を指さすのは非常に失礼なんだぞ。そう言ってもSOS団の団長には一切効果はない。もちろんそんなことはキョン
だって知りすぎるほどに知っている。まあいいさ、とキョンは言った。

「つまりどういうことだ」
「今度の土曜日のフィールドワークは今までとは違った場所でするってことよ」
「なるほど。で、場所はどこだ」
「隣町よ!」
「隣町かよ!」

ちかっ。
キョンの突っ込みがハルヒに届くことはない。
いいわねみくるちゃん。朝比奈みくるがおぼんを胸元に抱えたままこくこくと頷く。いいわね有希。本を膝に置いた長
門有希は何も言わずにぱらり、とページを一枚繰った。いいわね古泉くん。
にこり、と古泉一樹は笑う。

「素晴らしい提案かと」
「さすが古泉くんね!伊達に副団長やってないわ」

あんたも見習いなさいヒラ団員、とハルヒは罵倒してくる。
キョンはひょいと肩をすくめてはいはい、と適当に流した。この部活のなかで特別な役職を求める気は毛頭ない。ヒラ
団員けっこう。十分だ。
いつもの場所にいつもの集合時間が告げられる。遅刻したら例の罰ゲームも待っている。が、今回はキョンはまあ大丈
夫だ、と思った。言うのはとてつもなく躊躇われるけれど、金曜日は古泉の家に泊まるのでビリになることはないだろ
う。月末のさみしい財布がこれ以上さみしくなることはあるまい。
ハルヒが元気に、無意味に元気に解散の号令をかける。

「じゃあ土曜日ね!キョン、遅刻したらオゴリだから覚悟しときなさい!」

みくるを引っぱりながらハルヒは笑う。
眼を細めてそれを見送った。


ばたん、とドアが閉じる。


ちらりと視線を横にやると、古泉はまだ閉じたドアを見ていた。キョンの視線に気付いて、首をくるりと動かしてどう
しましたか、と笑う。
べつに。

キョンはパイプ椅子の上の学生鞄を持ち上げた。























金曜日の夜、適当な夕食を済ませたあと適当じゃないセックスをした。
朝起きたらトーストとスクランブルエッグがほかほかと出来上がってキョンを待ち受けている。食べ終わると早々にい
つもの待ち合わせ場所に向かい、古泉とキョンはビリだったけれどキョンひとりがビリということではなかったので、
何故か古泉とキョンの割り勘にはならず公平に割り勘になった。不公平だ。階級社会のゆがみだ。
隣町のフィールドワークはまあいつもとおんなじだ。収穫などない。みくるは目を輝かせながらあたりをきょろきょろ
と見渡し、長門はハルヒのおもちゃにされ、ハルヒは不思議なことがないとぼやきつつもみくると長門で遊んで楽しん
でいる。キョンはみくるで心を癒しつつ、長門とハルヒの保護につとめる。古泉は。


古泉は、























おまえは間違ってるんじゃないのか、と言いたくなる。
古泉はすきですよ、と言う。

「あなたがすきです」

キスをする。
セックスもする。

「すきです」

誰が。

「あなたが」

それは誰に言ってるんだと聞きたくてしかたない。
ほんとに俺か。キョンはキスをしながら、舌など絡めながら、手を繋いだりしちゃいながらいつもそう思う。自分の名
誉のために断じて言っておくけれど嫉妬などではない。
どちらかと言えば、友情のほうでそう思う。


(なあ、おまえ俺で合ってんの?)


古泉は何と言うだろう。
たぶん笑って、何を言ってるんですかもちろんあなたで合ってますよ、と言うのだろうと思う。突っ立ったままで目を
ぱっちりと開きながら寝言をのたまうのだ、あの男は。

古泉がハルヒをすきなのだと思うわけでもない。

すきではあるだろう。
けれどそれは、たぶん性欲とか恋愛感情とかが立ち入ることができない領域の「すき」だ。殉教者が神に忠誠を捧げる
ようなレベルの話で、すこし品のない言い方をすれば神父がイエスキリストが磔にされた十字架像をひとりえっちのネ
タにするやいなやということなのである。答えはノーだ。神父には奥さんが居て、神に祈りを捧げても夜はそっちとよ
ろしくやるのだ。それは不実ということにはならない。
古泉が性欲の対象として――古泉の言にしたがえば恋愛対象として――見ているのはキョンなのだろう。それを疑うわ
けではない。
ただ、思うのだ。
だってキョンにはちっともわからない。

(なあ古泉よ)



おまえは俺のどこがいいんだか。






























みくるがまだ買い物がしたい、ということで解散は現地でということになった。
ハルヒはみくるに付き合うらしい。長門は帰ると言う。キョンと古泉はすこし喫茶店でお茶をすることにした。

「たまには他の場所というのも新鮮でしたね」
「そうかー?疲れただけだがな、俺は」

嘘だ。
たのしかった。

「たのしかったですが、僕は」

古泉が心でも読んだように言う。
まあな、とキョンも頷く。異論はない。
メニューをぱらぱらと捲っていたら、なんだか視線を感じたのでぱたんと閉じて目をあげてみる。案の定こちらを眺め
ていた古泉とひたりと目が合った。にこり、と笑いかけられる。

「おまえさ」

コーヒーをふたつ頼んでからキョンは口を開いた。

「なんでしょうか」
「すっごく、俺を見るよな」
「そうですね。愛じゃないですか」
「俺と居るときはな」
「あなたが居ないときにあなたを見る方法があるというのならば、喜んでそうしたいと思いますが」
「そーゆーことじゃねえよ」

グラスの氷をかちゃんと揺らす。
古泉が不思議そうに首を傾げた。嫌味たらしいほどに整った顔を眺めながら、キョン息を吐く。



「ハルヒが居ないときは、おまえ俺を見るね」



とでも言ってやりたいのは山々だが、

「まあいいさ。腹減ったな。おまえなんか他に食ったりする?」

と聞くに止めた。
古泉はメニューを捲って、そうですね、と指を顎に当てる。サンドウィッチでも頂きましょうか。キョンはチーズケー
キにした。コーヒーを持ってきたウェイトレスに追加注文をする。
ウェイトレスが去った途端にまたキョンを眺めはじめる古泉に、沸き上がってくるのはやはり嫉妬ではない。

(かわいそうだな、このばかは)

二割の同情がこぽこぽと、溢れるように沸き上がる。
客観的に見て、あきらかに古泉がキョンに恋などするのはおかしい。男同士だとかそういうことも勿論あるけれど、古
泉ははっきりくっきり美形なのでそういうある意味で言えば耽美な――キョンと古泉のあいだにそんなものは存在しや
しないが――あれこれも似合うかもしれない。
が、キョンはちがう。
純度120%の凡人である。

ロールプレイングゲームなら、古泉は確実にプレイヤーキャラクターだがキョンは村人だ。

しかも重要な台詞とかを与えられるAやBではなく、「やあ今日もいい天気ですね」とか確実に必要ない台詞しか与え
られていない村人Dあたりが我ながら非常に似つかわしいと思う。かなしくはない。そういうものだ。
そうしたらハルヒは或いはヒロインとしての役割が与えられてしかるべきなのかもしれないが、無意識で世界を崩壊さ
せかねないヒロインなど聞いたことがない。それは主に大魔王の役目のはずだ。まあ百歩譲って勇者にしてやってもよ
いだろう。喋らない魔法使いと踊れない踊り子をセットでつけて居もしない大魔王征伐に向かうSOS団パーティはと
てつもなく想像のなかでしっくりくる。
それで古泉はおかしな夢を見ている。




呪いをかけられた。
ここが魔王ではなく勇者に、というあたりが斬新過ぎて眩暈がする。




キョンは黙ってコーヒーを飲む。
チーズケーキは三口で食べた。古泉は笑ってキョンを見る。唇の端についたケーキの欠片を細い指が拭おうとするのを
無表情のまま振り切って、キョンはガラス越しに外を眺めた。
夕日がビルの間に落っこちていく。

「なあ」

呼びかけてみた。
なんでしょう。古泉が首を傾げる。

「おまえは、さ」
「はい」
「誰がすきなんだ」
「おかしな質問ですね」

くすりと古泉が笑う。

「あなたに決まってますよ」
「そうかよ」
「どうしました」

今日はすこしおかしいですね。
古泉にそう言われて、キョンは視線を外に止めたままそうかよ、とまた気のない返事をした。
勘違いしたらしい古泉は更に笑みを深くして、そんな甘いことを聞かれると今日もあなたを家に招きたくなってしまい
ますねとほざいている。

甘い。
とんでもない。

温くなったコーヒーを喉に流し込みながら思う。

(ビンタなら起きるか)

村人のキスはたぶん効力はあるまい。
大体そんな面倒なことも本来だったらしたくない。夢遊病の眠り姫――あくまで便宜上の名称だ――に絡まれた村人は
すっかり困り果てている。わかりすぎるほどにわかる。


勇者に気に入られた村人に、お姫さまは寝ぼけて恋していると勘違いしているだけだ。


村人は勇者ではないので、セックスをしたって何の意味もない。
こうなったらもう、その白い頬を思い切りぶっ叩いてやるしか術はないのかもしれない。キョンは古泉に同情している。
あんまり誰かさんのことが特別過ぎて、それがあんまりあの男のなかで大きすぎて、逃げるようにキョンのほうへ寄り
かかるしかない同級生をかわいそうだと思う。

古泉が寝転けてると知っているのは自分だけだ。

だったら起こすのも必然的に自分ということになる。眠っている人間に眠っている自覚があるかと言えばおそらくは無
いわけで、だったら起こす為には外部からなんらかの刺激を与える必要がある。
が、出来ない。

「おまえはヒマラヤ山脈並のどでかい勘違いをしてるぞ」

と。
言えばいいのかもしれない。


言えばいいのだろう。


言わないのは一割の不確定要素のせいだ、ということもキョンは知っている。
有り体に言ってしまおう。



















(ああそうさ、俺はびびってるよ悪いかチクショー)


















すっかり暗くなった最寄りの駅で、古泉とキョンは別れる。
月は雲に隠れて見えない。星などもとから見えない。風は強いのでそのうち月ならのぞいてくるかもしれなかった。

「それでは、また月曜日」
「おー」
「自転車置き場まで送りますよ」
「送ってどーするよ。俺は男で、残念ながら変質者に襲われる可能性は限りなくゼロだ」
「僕ができるだけ長くあなたと一緒に居たい、というのは理由になりませんか」

笑いながら言う。
すこし黙ったあと、キョンは無言で踵を返して自転車置き場に向かう。
古泉は当然のように後ろからついてくる。かちゃんと鍵を外して振り返ると、やはり古泉はそこに立っていた。あたり
は誰も居なくて、車も通らない。音すらなかった。

「じゃーな」
「ええ」
「部室でな」
「ああ、そのまえに」

すい、と古泉が一歩寄る。
ひょいと頭を屈めて首が傾げられる。

「キス」
「・・・・・ああ?」
「キス、してもいいですか」
「おまえさあ」

天下の往来だぞ。
古泉が聞かないのをわかっていて言う。
案の定なにも聞かなかったとでも言うように古泉はまたひとつ笑って、おなじことを聞いてくる。はあ、と息を吐いた。
それはまあしてやらんこともないぞ、という合図だ。
ちゅ、と唇が重なる。

(たとえば言ったら)

ビンタで古泉が起きたとして。
どうなるんだろうか、こういうこととかは。
舌を絡めるようなそれではない。すぐに離れて、けれどまた重なってきた。軽いキスが口と、鼻と、それから瞼に降っ
てくるのを目をうっすらと開いて見ながら思う。

いやだなあ、と。
いやだなあこいつがいきなりただの他人に戻るのも、とか思ったりしてしまう。

セックスが出来なくなるからだろうか。
それとも、驚くべき事に自分は古泉に対して多少だとしても恋愛感情なるものを抱いているのだろうか。
どちらにしても、キョンは今日古泉に、おまえは俺なんか本当は1ミリだってすきなんかじゃなくて、つーかハルヒが
俺のことを多少なりとも特別だと思ってるとおまえが認識してるからおまえにとって俺は特別なんであって。

だから。





「ハルヒが居なくてもおまえはおんなじことを俺に言うって言えんのか」





などと不毛なことを言うつもりはない。

キスが終わった。古泉の顔が離れていく。それでは、と言うので自転車に乗り上げて、手だけ振って振り返らずに帰路
をはしる。風が顔に当たって、ぴらぴらとカッターシャツを揺らした。
いつか言うだろうか。

(かわいそーだとは、思うんだぜ?)

馬鹿みたいに笑って、すきですよと言う。
それを見てると胸ぐら掴んでちげーだろうが、と言ってやりたくなる。
言わないのはすべてキョンがセックスも含めて古泉との今の関係をまあとりあえず維持したいと思うからだ。要するに
自分の都合だ。きたない。まあ人間てそんなもんだ。そこまで思い詰めているわけでもない。寝てるのは古泉だ。

でもいつか起こしてやらねばなあ、と思う。

(いつかは知らんが)

古泉に対する感情の不確定要素が、ビビリからなにかに変わるなら言えるかもしれない。
たとえば自信とか、もしくは某頭痛薬の半分を占めているらしい成分だとかだ。そういうものが一割を占めたら言って
やろう。それで下半身のお供が居なくなったとしても嘆くまい。至れり尽くせりのホストも消えるがしょうがない。




寝転けている眠り姫に、いつかビンタを喰らわせてやろう、と。















自転車に乗った村人Dは、空を仰いで息を吐いた。









おわり


       
 





人に送った物とも思えない薄暗い話です。
伊丹さんの原稿のガソリンにでも、と思ったのにこれじゃむしろ消火活動です。わお。
夢見てるってことはよく知ってます。でも古泉がスリーピングビューティなんだぜというこの私のパッションだけ汲んでください。

空天
2007/04/24

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