猿飛佐助は暇だった。
最近武田には戦がない。戦がないのはいいことだろう。が、佐助は戦忍である。戦がなければ仕事がない。もちろん
だからといって職が無くなるわけではないが、暇だった。何故だか当然のようにこなしている真田幸村の世話も、
慣れてしまえば片手間で足りる。
繰り返すが、佐助は暇だった。
「んー」
くるりと振り返る。
佐助はじぃ、と姿見を見つめる。それからにこり、と笑った。
「俺様ったら美人じゃね?」
小人閑居して不善を為すと言う。
先人の言うことは、大抵において正しい。
狼 は 犬 科 だ け ど 犬 じ ゃ な い 。
佐助には最近、変な目標が出来た。
それはとても単純で、それでいて最高に達成困難な目標。
『片倉小十郎を動揺させる』(ただし伊達政宗関連を除く)
括弧のなかが重要だ。
片倉小十郎という男は、佐助から見たところ一に主二に主三四も主で五も主という感じの、いっそ清々しくなるくら
いの忠臣である。伊達政宗の小指に棘が刺さっただけでもあの男は狼狽えるだろう。そんな簡単なことを佐助はした
いのではない。
佐助は主のこと以外で動揺する片倉小十郎を見たことがないのだ。
べつにそれ以外に関して小十郎が無関心なわけでも、冷酷なわけでもない。情は深いのだろうし、面倒見もいいのだ
ろう。が、それはあくまであの男の余力の部分でやっているという感じがする。本気ではない。あの男の本気はずべ
からくどの感情も主のためにしか表されない。
佐助は小十郎のことがきらいではない。すきかと問われればわからないけれど、困った主を持つ者同士の共感くらい
は認めても良いだろうと思う。
だが気に入らぬ。
(あのすました顔をどーにしかしてやりたいんだよねぇ)
それはべつに、嗜虐心とかそういうものではなく。
これが忙しければ佐助もなにも感じない。べつにあーそうですかと放っておく。が、不幸にも佐助は暇だった。ほん
とうに暇だったのだ。
最初はちいさいことだった。ちょっと嫌がらせをしてみたりして、そうしたら当然のように小十郎は愛刀で応戦して
くるのだが、そのやりかたがまた余裕のある感じで気に入らない。眉一つ動かさず佐助に刀を向けてくる。たぶん油
断したら即刻殺されるだろう。容赦という文字はあの家老の中にはない。
だが佐助も諦めきれない。もうここまでくると単なる意地だ。捨て身の冗談で抱いて、とか抱かせて、とかそっちの
方向にも走ってみたが相変わらず小十郎は首元に刀身を押し当ててくるだけだ。なんてつまらない。その刀には主へ
の忠誠心が書かれていて(馬鹿じゃないのか!)佐助のつまらない気持ちは加速する。
ふふふふ、と丁度十回目の嫌がらせに失敗した佐助は不気味に笑う。
「俺様も、しのびの威信にかけて負けられねぇんだよ・・・!」
そんな威信なら棄ててしまえと突っ込んでくれる人間は、悲しいかな居なかった。
なぜならこの世界においてのほとんど唯一の突っ込みは、佐助自身だったからだ。
「最終手段使わせてもらうよ、片倉の旦那!」
佐助は笑った。
目がどこかに行ってしまっている。
こういう状況下における人間の精神状態で考え出されることというのは、えてしてとてつもなくどうしようもない。
小十郎はかきん、と首を鳴らした。
目の前にはとりあえず一段落した書状の山。筆を硯に置いて、立ち上がり縁側に進む。米沢の秋はすっかりとすべて
の景色に浸透して、政務室の正面にある中庭も黄色や赤にいろどられ、ひどく鮮やかだった。
筆を握りすぎて疲れた腕を軽く伸ばしたり縮めたりする。そしてすこし火照った顔を小十郎は井戸の水で洗いに行こ
うと縁側にある草履に足を遠そうとした。
そのとき。
「だ・れ・だ」
ふわん、と。
小十郎の背中に、なにかが覆い被さってきた。
背中を取られた不覚さに小十郎は舌打ちをしてその重みを振り払う。が、振り払う前にその重みは抜け出していて、
小十郎は座敷を見回したが誰も見つけられない。
「ここー」
楽しげな声がする。顔をあげた。
天井裏からひょこりと赤毛の顔がのぞいている。
「・・・・またてめぇか」
小十郎はため息をついた。
最近武田のしのびがいやにおのれに構ってくることを、さすがに小十郎も気づいていた。それは武田が今戦もなく暇
だからなのだろうし、猿飛佐助という男の琴線に良くも悪くも小十郎が触れているからなのだろう。
小十郎にも解る。
小十郎も、佐助が気に入らないと思うことがある。
(べつにきらいじゃねぇが)
同じく命をかけて主に仕えて、
それでいて仕え方がまるで違う。
同類嫌悪と共感がまぜこぜになって、何とも言えない感情になる。見ないで済まそうと思っていたものが、目の前に
そのまま存在しているのだ。きらいだと言ったらそれは逃げだ。が、好きにはなれぬ。
天井裏の赤毛に小十郎は冷たく言い放った。
「なにしに来やがった。茶は出さんぞ」
「いらないですーそんなん」
「・・・本当に、おまえ何しに来てるんだいつも」
謎だ。
小十郎があきれ果てた顔をすると、天井から顔を出している佐助はくすくすと笑う。
「旦那に会いにに決まってるじゃん」
「死ね、阿呆」
「ひでー」
笑う佐助に小十郎は、心の奥底から嫌な顔をする。
最近あらゆる嫌がらせを済ませたらしいしのびは、今度はあろうことかそちらの方面の嫌がらせに方針を変えたらし
い。迷惑この上ない。抱くのも抱かれるのも、相手が男なら同じくらいお断りだ。堅い男の体などなにが楽しいのと
いうのか。もちろん佐助もそうなのだろうと小十郎は思う。要するにあのしのびは、色々放ってまで小十郎になんと
か嫌がらせをしたいだけなのだ。
(武田ってなぁ、よっぽど暇なんだな)
面倒くさい。
そういう感情が一気に顔に出たらしい。ぴき、と佐助の顔が歪む。そしてすたん、と座敷に降りてきた。
そこで、小十郎はかすかに目を見開く。
驚きで、だ。
いつも見ている佐助と、目の前にいる佐助はどこか。
「・・・・・おまえ、猿飛、じゃ」
ないのか。
にやり、と佐助は笑った。
その唇は、かすかに赤い。
佐助はその唇は下弦に歪めながら、かちん、と顔の防具を外す。小十郎はまた目を見開いた。厳めしい防具の取り払
われた輪郭は、あまりにやわらかくて、あきらかに男のそれではない。
「誰だ、てめぇ」
思わず声がこぼれる。
佐助はその言葉にぱちくりと目を瞬かせ(睫が長い!)、それからけらけらと笑う。その声もよく聞いてみればいつ
もより高い気がした。
動揺する小十郎を後目に、佐助は知ってるでしょう、と言う。
言いながら、ふわりと上着を脱ぎ捨てた。
上着を脱ぎ去った後には、黒い鎖帷子。
あきらかに其処にはふたつのふくらみがあった。
驚く小十郎に楽しげに佐助はまた笑い、
「猿飛佐助、ご存じ武田のしのびに御座る」
とひょい、と頭を下げた。
嫌がらせは徹底的にやるのが信条だ。
佐助は神妙な顔で頭を下げながら、内心爆笑していた。
(あの顔!!俺様ってばほんと天才だね!!)
はじめて見た。
天下の片倉小十郎が、目をひんむいて驚くなんて!この上ない見せ物だ。
分身も変身もお手の物だと知っている癖に、ここまで驚くなんて存外、伊達の家老は純真なんだろうか。そういえば
浮いた話も聞かぬし、あれだけ政宗様政宗様言っていれば、そんな暇もないのかもしれない。
ーーーーーーーーーーならば余計に好都合。
にまりと佐助は心のなかで笑いながら顔をあげる。まだ小十郎の顔は驚きに歪んでいた。
佐助は笑い出しそうになる顔を必死で押しとどめながら小十郎にいっぽ、近寄る。
「かったくーらのだーんな」
「・・・」
小十郎は無言でいっぽ下がる。
佐助はまた歩み寄った。今度は小十郎動かない。
動揺しているのだと、佐助は思った。とうぜん、更に調子に乗る。
ここでやめておけばよかったと後に後悔することになるのだがそれはそれとして。
動かなくなった小十郎の、着物の袷の部分につぅと佐助は指を滑らす。
「案外、棄てたもんじゃないでしょ、俺様のこのかっこ」
軽く鎖骨に爪を立てながら、じゃらんと鎖帷子を揺らす。ん、と佐助はすこし眉を潜めた。
鎖帷子に下はいつもの迷彩のまま。
色気がない。
そんなもん無くていいと突っ込んでくれるひとはいない。
なので佐助は思った。
色気がないのは問題だ。だって何のためにこんな阿呆みたいな変身をしているのだ。全ては、そう。
(このおっさんを動揺させるため!)
今まではこれまでになくその目的を達成している。
ならば、と佐助は思う。戦場で大切なのは戦略である。真田幸村の主、武田信玄の好む孫子曰く、
激水の疾くして石を漂すに至る者は、勢なり。
と。
要するにだ。
大切なのは、勢いだ。
ならばここで止まるという選択肢は有り得ない。
佐助はしゅるり、と帯を解く。するとすとん、と山袴が落ちた。下にはまだ黒の肌着があるが、そこまで脱ぐのはさ
すがにやめる。すべったときにあまりに居たたまれない。
今この時点で、すでに佐助の冗談はかなり居たたまれないが本人は解っていない。
「ねーねー」
その格好のまま、佐助は小十郎にしなだれかかる。
ぴくん、と小十郎が揺れた。佐助はうきうきしながらおのれの体を押しつけるように更に密着する。それから小十郎
の袖をくいくいと引いて、顔をかしげながら問う。
「けっこう、いいからだしてると思わねぇ?」
にこりと笑って小十郎の首に手を回した。
小十郎は先ほどからずっと表情を動かしていない。じいと佐助を見たままだ。折角下まで脱いだのに反応がないので、
佐助は不満に唇をとがらせ文句を言おうとして、
「・・・・っ」
その唇をふさがれた。
いっしゅん、なにが起きたか解らずに動きを止めてしまった佐助に、小十郎は平然と行為を進める。唇を離すと、ど
ん、と佐助を畳の上に乱暴に倒し、上に被さる。
そこでようやく佐助は今の状況の危うさに気づいた。
鎖帷子を脱がそうとしてくる小十郎の手を必死で押しとどめる。
「ちょ、ちょ、片倉の旦那!?なにしてんの!?」
「あぁ?うるせぇしのびだな。ちょっと黙れ」
「黙れるかァ!!なに手突っ込んでのまさぐってんのぎゃあああああああっ!揉んでんじゃねぇえええ!」
「っち、色気がねぇな」
「あってたまるか!」
先ほどまでそれを追求していたことはすでに佐助の脳裏にはない。
それより問題なのは今の状況である。小十郎は先ほどまでの無表情のまま佐助の体をもぞもぞと探り回ってその行為
を止めようとしない。抵抗しようにも袴は脱いでしまって武器なども身につけていないのでおのれの力のみしか今佐
助にはなく、それも女の体ではとうてい小十郎に敵うわけもなく、
(やられる!!)
正しく貞操の危機だ。
いつのまにかぺろんと肌着は膝のところまで剥かれて、下半身が完全にあらわになっている。
「ほんとにねぇな」
小十郎が感心したように言った。
その間も帷子に突っ込んだ手は休ませない。
かさかさとした大きな手にいろいろなところを弄られて、佐助もすこし変な気分になってきた。変身を解くという手
もあるのだが、そうしたらこの無防備な状態で小十郎の前に放り出されるわけで、そうしたら確実に殺られる。そん
な気がした。
「・・・っていうかっ」
「あぁ?」
「なんであんたいきなりそんな乗り気なんだよ!今まで見向きもしなかったくせにっ」
佐助がここまで悪のりしたのだって、そのせいなのだ。
女の体で来たのだって、べつにそれで小十郎に抱いてもらいたいと思ったからでは勿論ない。嫌がらせの新しい趣向
にすぎない。佐助は男だ。女がすきだ。
そうしたら小十郎も佐助とまったくおなじことを言う。俺は女しか抱く趣味はない。
「え、俺様男なんですけど」
「体は女じゃねぇか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
思わず黙る。
それからまた、おそるおそる佐助は聞いた。
「・・・・・・・えーと」
「まだなんかあるのか」
「片倉の旦那は、中身がなんでも、女ならいいの?」
そんな無節操な。
佐助だって商売女を抱くことはあるが、それにしたって選ぶ基準というのがある。すくなくともその基準のなかに
「中身が男」というやつは確実に入らない。一番最初に除外する。
が、小十郎は事も無げに言った。
「挿れる穴がありゃ、べつ構わねぇよ」
「・・・・・・・いやだァアアアアアア!!!離せっこの獣めっ!」
じたばたと暴れ始めた佐助を鬱陶しげに小十郎は見下す。
「誘っといて随分な言い様だな」
「誘ったけど!でもそれはそういうんじゃねーでしょうが!!」
「ぎゃーぎゃーうるせぇしのびだ。あんまり面倒かけさせんじゃねぇよ」
「なにその最低な発言!大体あんたそういうキャラじゃねぇだろう!」
「そうか?」
「だってあんなに政宗様政宗様って蝶よ花よと大事にしてるくせに、なにこの雑な扱い!」
小十郎はあんまり佐助が暴れるので、先ほど佐助が脱ぎ捨てた帯をくるくると佐助の手首に巻き付けている。力任せ
に縛るので、佐助の手首に激痛がはしる。それを抗議する佐助に、小十郎はこくりと首を傾げて、言った。
「おまえは政宗様じゃねぇだろうが」
「え」
「なんで政宗様でもねぇ人間を、丁重に扱う理由がある」
小十郎はほんとうに、不思議そうに聞いた。
佐助がなにを言っているかわからない、というふうに。
サァァ、と佐助の背筋が寒くなる。なんてことだ。この男は主の為にのみ意識をして感情を動かさないのではない。
無意識なのだ。動かさないのではない、動かないのだ。
ーーーーーーー本気で主以外を、雑草かなんかと思ってるんじゃあ。
佐助が今更真実に呆然としていると、小十郎が静かに言う。
「悪いが」
「え」
「俺は据え膳は食う男なんでな」
すぽん。
と。
佐助の帷子が首から抜かれた。
「まぁ犬に噛まれたと思って、観念しろや」
無表情で宣告する小十郎に佐助はまた声をあげたが、それは小十郎の口に吸い込まれた。
犬なら兎も角、狼に噛まれた猿飛佐助がどうなったかは神のみぞ知る。
おわり
|
やっちゃったー。女体化佐助です。
ちなみに佐助は辛うじて貞操を守ったかと思われます。そのあたりのその後話も書きたいんですが、需要の低さが怖いな・・・笑。
うちの小十郎は伊達以外には 徹底して雑なのでこんなんがデフォルト。
(でも唯一その感情を乱すことができるのが伊達以外だと佐助がいいなぁとかごにょごにょ)
11/30追記
すいません。
貞 操 守 れ ま せ ん で し た。
空天
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