狼 は 愛 妻 家 。




佐助はへこんでいた。
それはもう、傍からみても分かる程度には、へこんでいた。

理由はもちろんたったひとつなわけで。

思い出して、ぎゃーと佐助は心の中で叫んだ。口に出さなかったあたりは立派だが、それと同時に幸村のためのおに ぎりを握りつぶしてしまったので、あまり意味はなかった。
ぐちゃりと無残な姿になった、かつておにぎりと呼ばれる物体であったはずの米粒の塊を、佐助はためいきをつきな がら捨てる。そして飯炊き場にうずくまって赤くなった顔を、誰に見られてるわけでもないが隠した。

(俺のばかー)

あの日以来ずっとだ。
なにが恥ずかしいって、結局致されてしまったこともそうだが、うっかり気持ちよくなってしまった自分がいっとう 恥ずかしい。佐助はしのびだ。房術の心得とてもちろんあるし、受け入れる側の経験も少なからずあるが、女に変化 して行為をしたのはこの間がはじめてだった。

はじめてでも女というのは、気持ちよくなれるらしい。

膝にうずめていた顔を佐助はさらにぐりぐりとそこへこすり付ける。ああそうさ認めよう。気持ちよかったよ悪いか ちくしょー。

(つか、片倉の旦那、無意味に上手いんだよ)

行為の導入部分からは考えられないほどに、小十郎は丁寧に佐助を扱った。
それはもちろん対佐助、というよりは対女性へのあの男の姿勢なのだろう。穴があれば誰でも、などと言いながらあ の男の行為はひどくやさしかった。慣れているのだ。
おかげで佐助は居たたまれない。
あんなふうに抱かれたら、なんだか小十郎が自分のことを大事に思っているみたいじゃないか。

「・・・・・ぎゃあ」

耐え切れなくてとうとう佐助はちいさく叫んだ。
あわてて周りを見渡す。誰もいない。佐助は安心して、息を吐いた。

誰もいなくて、助かった。












と、佐助は思っていた。












何日か経った。

佐助はいつものように幸村から命じられた任務をこなし、上田城へ鴉を使って帰宅した。すると、いやにものものし い集団が城門のところでわらわらと集まっている。首を傾げながら幸村のもとへ報告に向かう佐助のもとに、なぜだ か当の幸村のほうがだだだだだ、と駆け寄ってきた。
廊下のまんなかでがし、と幸村は佐助の肩を掴む。痛い。

「佐助」

幸村はなぜか泣いていた。
訳の分からない佐助はしきりに頭上にクエスチョンマークを出しながら、滝のように涙を垂れ流す目の前の主を見つ める。どうしたのだと問うても幸村はえぐえぐと泣くばかりで埒があかない。
とりあえずとふわふわの髪を撫でてやれば、幸村はまた涙を流す。一体なんだというのか。

「真田の旦那、どーしたのいったい」

誰かにいじめられた?と言うと幸村は首を振る。
首を振って、それから佐助の背をぐいぐいと押す。しかたなく押されるままになっているとある場所で幸村が力を加 えるのをやめた。客間のひとつだ。

「此処になんかあんの?」

問うと幸村がこくこくと頷く。
佐助はがらり、と襖を開いた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



佐助は固まった。

涙を流す幸村に連れられて通された客間には、あろうことかあの男がいたのだ。
誰かなど言うまでも無い、あの、






「・・・・・・なにしてんの、片倉の旦那」






「おおしのび」

小十郎は顔をあげると、何事もなかったかのように声をかけてきた。佐助はぴくりと額に青筋をたてる。
その声は、あまりに軽い。
佐助がこの間もんもんとしていたのとなんと対照的だろう。きっとこの男はあの行為のあともぐっすり眠ってすっき り忘れ去っていたに違いない。主に対して以外の小十郎の対応は笑ってしまうほどに雑だ。

(ほんと最低だな!)

じぶんから誘ったことなど忘れて佐助は思った。
ふつふつと湧き上がる苛立ちを隠さずに佐助は小十郎の前にどすんと乱暴に座った。本来ならば位の違いから考えて 、佐助などは小十郎の前では頭をあげることすら許されぬが、知ったことではない。
そっぽを向いて胡坐をかいた佐助を、小十郎はいやに真剣な顔でじぃ、と見つめる。それから横に居る幸村に視線を 移す。幸村はその視線にこくり、と頷いた。



佐助はここで気づくべきだった。



だが佐助は小十郎の顔を見ないようにと幸村からも視線を外していたので、意味深な視線のやりとりをした幸村と小 十郎に気づくことができるわけもなく。
ほんとうだったら何故幸村が先ほどから泣いているのかと、疑問に思うはずの佐助も小十郎への怒りと苛立ちのため に常の判断力を失っていた。

なので、小十郎がどん、と大きなふろしきを佐助の目の前につきだすまで、佐助はえんえんそっぽを向いたままだっ たのだ。

「なにこれ」

目の前のふろしきを指差して、佐助はぱちくりと瞬きをする。
小十郎は無表情のまま、くい、と首を動かした。あけてみろ、ということだろうか。佐助は腕を伸ばしてそのふろし きの結び目を解いた。

しゅるり




ごろごろごろ

ころん

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

佐助は目の前に転がってきたものを、しばらく無言で見つめた。
まるい。しかも異様に量が多い。山と積まれたその丸い物体はふろしきによる圧迫を無くしたとたん堰を切るように 転げ落ちてきた。色は橙、今の季節がいちばんの旬であるそれは、

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・みかん?」
「見ればわかるだろうが」
「いやわかるけど」

なんでみかん?
首を傾げながら小十郎を見れば、小十郎は目を伏せて、ちょうど一月か、と言う。一月、と口の中で復唱して佐助は 思わずあ、と声を出した。あの忘れたい日からそういえばもう一月も経つのだ。
だが重要なのはそんなことではない。
ーーーーーーーーーーーかたわらに幸村が居るというのに!
なんて無神経な男だと佐助が文句を言おうとするその前に、小十郎は視線を佐助に戻す。佐助は口を開くのをやめた 。とどめるには、あんまり小十郎の顔は神妙だった。
小十郎は静かに口を開いた。

「俺の姉も、今の時期がいちばん辛かったそうでな」
「・・・・・・ん?」

なんのはなしだ。
首を傾げる佐助にかまわず、小十郎は続ける。

「気色が悪くなって、飯もなかなか食べられなかった。事あるごとに苛ついちゃあ、家の者にあたっていたが、どう やらそういうもんらしいな」
「あの」
「義兄上もずいぶん苦労してたが、まさか俺がそういう立場に立たされるたぁ、世の中なにが起こるか分かったもん じゃねぇ」
「旦那?あの、ちょっと」

あわてて小十郎の言葉をとめる。
なんだ、と不満げに唇をとがらせる小十郎に、佐助は半笑いを浮かべながら首をかしげた。
ーーーーーーーーーーーーーなんだか、かなり、話がいやな方向に行っていないか?
おのれの疑問を誤魔化すように。

佐助は聞いた。

「なんの話してんの、あんた」

小十郎は何を今更、というように眉をひそめ、






「おまえの腹の子のことに決まってるじゃねぇか」





と言った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

佐助はまた、かちん、と固まる。
幸村がきらきらとした目で佐助を見つめている。

「佐助は子を身篭ることもできるのだな!しのびとはなんと奥の深い・・・!」
「俺もまさか男相手で孕ますことになるたァ、思ってなかったが、こうなった以上伊達家が家老片倉小十郎景綱、男 としてケジメはつけさせてもらう」

小十郎がそう言うと、幸村はくっ、と涙をこらえるように目をゆがませる。

「片倉殿、某貴殿のその態度に感服いたした!
 ・・・・・・佐助のこと、よろしく頼む!!」
「いや、此方こそ挨拶が遅れたことをお許しくだされ、真田殿。・・・この小十郎の不手際でこのような事態になっ たことも同時にお許しいただければ幸いですが」
「いや、仰られるな。元服を終えた男二人のあいだに起こったこと、たとえ家臣のことと言えどこの幸村が口を出せ ることではござらん。それに其がこのことお伝えしてからの片倉殿の迅速な行動は、誠実でござったよ」
「そう言って頂けると助かります」

目の前で交わされる、ひどく上品な会話を聞きながら佐助はようやく溶解した。
小十郎と幸村はちょうど固く手を握り合っているところだった。その結ばれた手を、思い切り佐助は振り払う。

「ばっっっっかじゃねぇえのっ!!!」

叫ぶ。
きょとん、と幸村が目を瞬かせた。

「佐助?どうしたのだ?」
「どうしたのだ、じゃねェエエエ!旦那、あんたまさか本気で言ってんじゃないよな!?」
「え、しかし」

幸村が佐助から視線を外し、小十郎へそれを移す。
小十郎は腕を組みながら、首を傾げる。

「おまえ悪阻なんだろうが」
「んなわけあるかいっ!」

肩で息をしながら言うと、小十郎と幸村は互いに顔を見合わせて首を傾げ合った。そして小十郎が幸村の耳元へこそ こそとなにかつぶやき、幸村が何度かそれに頷く。そしてまた、ふたりは佐助に向き直り、

「佐助、そなた二三日前に飯炊き場でうずくまっていたであろう?」
「・・・・見られてたわけ、うわぁ情けねーな」

時期は合ってるな、と幸村が言う。
なんでそんなことこの主は知っているのだ。


「二三日前ということは、丁度あれから一月くらいだろ」


小十郎が横から言う。
佐助は鬱陶しげにそれに頷いた。もはや抵抗するのも馬鹿馬鹿しい。
小十郎は頷く。幸村も頷き、

「佐助、よいのだ」

と微笑んだ。
佐助はその、慈愛に満ちあふれた笑顔にいっしゅん体を固まらせる。こんな顔で微笑まれる理由がどこにも見あたら ない。見あたらない筈だ。見あたらないでくれ。佐助のほとんど祈るような心中の懇願も空しく、幸村はその笑顔を 浮かべたままに佐助の肩をがしりと掴み、

「この真田幸村、家臣の恋路を邪魔するような野暮ではないつもりでござるよ」

と言った。
三度目の凝固をする佐助のかたわらで、小十郎がよかったな理解のある主殿でとか無表情のままのたまっている。ま あ出来てしまったものは、仕方がないなとか。

「責任はとってやるさ」

やはり静かに小十郎は言う。


そこに愛はあるのだろうか。


たぶんない。
というか確実にない。
佐助はがしりと小十郎の胸元を掴み上げた。

「つか出来るかァ!!俺様は、お・と・こだっつーの!!」
「あの時は女だっただろうが」
「一回でしょ!?普通できんわ!」
「そうか」

小十郎は胸ぐらを掴み上げられながら首を傾げ、言った。

「俺だぞ」

佐助は首を傾げた。
言葉の脈絡がつかめない。更に小十郎は続ける。



「一回やりゃあ十分だろ」



「なんの自信だ!!」

もはや佐助の叫びもむなしい。
小十郎はがくがくと前後に揺られながらも真顔で事実だと言うし、幸村はすっかり騙されてさすが片倉殿とか言って いる。なんてことだこの空間には馬鹿しか居ないのだろうか。
息を切らして動きを止めた佐助に、小十郎はぽん、とその頭をなでて落ち着け、と言う。なにを、と怪訝な顔で佐助 が見れば、小十郎は、

「あんまり興奮すると腹の子に悪い」

と言った。
背後では幸村が愛でござるな!と感動している。


佐助は。






(逃げられねェ・・・・!!!)





完全に外堀を埋められたのを、ようやく理解した。





















本丸陥落の日も、たぶんあんまり、遠くない。



おわり

 


にょたさすその後、やっちゃったバージョンです。
そこに愛はあるのか、と聞かれれば非常に微妙なところですが オンナノコならきっとこじゅは大事にしてくれます。
みかん持って婿入りするこじゅが書きたかっただけの話でした。えへ満足。

空天


2006/12/01
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