帯が胸を締め付けて苦しい。
猿飛佐助はほう、と息を吐いて、それからにこりと目の前の男に笑いかける。人だか獣だかも危ういような面相の男は
それにだらしなくほおを緩めて、佐助の細い指におのれの芋虫のような指を這わした。うげえ、と胸のうちで嘔吐をし
ながらも佐助は笑みを貼り付けたままそれに耐える。
喧噪は耳障りで、かおってくる香は不快でしかない。
くらりと眩暈がした。佐助は思わず立ち上がり、男にしばし待てと微笑んでから座敷を出た。動く度に、髪に挿さった
簪がしゃらりと金属音をたてる。からり、と襖を閉じたあとに、佐助は思い切り舌打ちをした。
「―――ひとりで盛り上がってろってんだ」
つぶやいてから振り返る。
辺りにひとが居ないのを確認してから、印を結んで呪を唱える。ぽう、と座敷がひかって、そのひかりが襖を通して暗
い廊下の板間にも漏れてくる。それを確認して、佐助は大きく伸びをした。
そのとき、かたんと背後で物音がした。
佐助はすこし慌てて振り返る。
そして目を丸めた。
相手も目を丸めている。
先に我を取り戻したのは相手のほうだった。なにを、と問われる。
「おまえ、こんな所で何してやがる」
聞き慣れた低い声が、ひどく不愉快そうな音を立てる。
佐助は髪に手を当てて、力なく笑った。島田に結った髪が重い。
奇遇だねえ、片倉の旦那。そう笑うと、小十郎は腕を組んで目を細め、舌打ちをして更に続けた。おまえこんな所で何
してやがる、しかも。
「―――女装趣味があるとは、知らなんだ」
小十郎は踵を返した。
慌てて佐助は裾を掴んで追いすがった。
三千世界の鴉を殺せば 身を滅ぼすは我が身なれ
無論任務だ。
最近異様に勢力を伸ばしている小国の謀報活動の一環で、その国主が贔屓にしているという廓にもう十日は泊まり込ん
でいる。くのいちを使えば事済むのだが、生憎と手駒として使える女衆が居なかった。何人か呼び戻すということも考
えたが、しかしこの謀報活動も言ってみれば佐助の独断である。
まだ真田幸村や武田信玄が命じた任務ではない。あくまで、佐助が疑問に思っているだけである。
「だったら幻術と変化でなンとかすっかなぁ、てこと」
佐助はひょいと肩を竦める。
しゃらんと簪が揺れる。正面で肘立てに寄りかかりながら杯を傾けている小十郎はふうんと鼻を鳴らした。
正規な集いの後であったのだろうか、正装の狩衣を纏っている。鮮やかな杜若色が夜に交じって浮き立っていた。あん
たはどうしたの、と問うと、小十郎はすこし顔をしかめる。
「敵情視察」
短く返事が返ってくる。
佐助はにいと口角をあげた。
「ってことは、俺様の目の付け所は悪くないってことだ。
伊達もこの国に関しちゃぁ、多少なりとも胡散臭ぇと思ってるわけだね」
「政宗様の下知じゃねェがな」
「ほほう」
空になった杯に酒を注ごうとすると手で押しのけられた。
佐助の手から徳利を掠め取った小十郎は、舌打ちと一緒に俺の独断だ、と言う。佐助はすこしの間黙ってから、帯で締
めつけられた胸に手を当ててけらけらと笑った。小十郎は空の杯を投げつける。佐助はそれを手で取って、ひいひいと
苦しげに息を吐いた。
「それで、御家老おんみずから、そんな正装でいらっしゃったわけだ。そりゃ傑作だぜ」
「てめェも一応長じゃねェのか」
「俺以外に幻術の得手者が居なくッてね。まあ仕様がないんだ」
「それでその形か」
呆れたように小十郎は言う。
佐助は首を傾げて、ああ、と笑った。佐助は遊び女とおなじ装いを纏い、髪は島田に結い上げて簪をじゃらじゃらと挿
している。それから耳元にはしろい牡丹を添えて、顔も白粉でより一層しろい。きれいじゃない、と戯けて身をくねら
せてみると、小十郎はばけものだな、とつぶやいた。
「装いだけか」
「まさか」
胸元に手をやる。
締め付けられていて息が苦しい。
「だッたらもうちょっと楽なんだけどね」
そんなことまで出来るのか、とすこし驚いたような小十郎の声に、佐助は笑う。
むしろ佐助にしてみれば、気付かぬ小十郎のほうが不思議だ。元より大柄なほうではないし、どちらかと言えば細身で
あるけれど、声はあきらかに高くなっているし顔からも角が取れて輪郭に丸みが加わっている。顔からは染料も落とし
て、化粧も相当塗っている。よく気付いたな、と言うと小十郎は眉を寄せて、解らいでか、と返した。
佐助はその答えに、すこしだけ笑った。
「くすぐったいことを仰る」
無論小十郎にそのつもりはない。
けれど、何だかどんな形をしていても佐助のことを目の前の男は見抜くのではないかという錯覚が襲ってきて、佐助は
慌てて笑うことでそれを紛らわした。小十郎は不思議そうに佐助を覗き込んでいる。
佐助は困ったように笑いながら、そういや旦那は女は買わないの、と問うた。小十郎はああ、とすこし笑う。
「ひとの金で女を買うのは、あんまり好かねェな」
「いいじゃん。お得だぜ」
「買うならてめェの金で買う」
「そんなもんかい」
「そんなものだ」
他国に来てまで女買う程、不便しちゃいねェしな。
何気なく続けられた言葉に、佐助はほおを膨らませる。それはそうであろう。いいねえ、片倉の旦那はもててさ、と返
すと、おまえと違ってな、とにこりともせずに小十郎は言った。佐助は目を細めながら、小十郎を眺める。
整った精悍な顔に、切れ長の涼やかな目元、薄い唇はともすれば冷酷な印象すらひとに与える。それを左のほおにはし
った縦傷が寒気がするほどの男のなかの熱を零れさせていて、見る度に佐助は背筋にふるえを感じざるを得ない。広い
肩幅も大きな背中も、胡座をかくのに不便なほどに長い足も、佐助にはおなじ男でありながら与えられなかったものば
かりだ。見る度に羨望と多少の嫉妬を覚える。
目の前の男にならば、金を払ってでも抱かれたいという女は居るだろう。
「あんたは高いわけだ」
なんとなくそう零すと、小十郎は首を傾げた。
「べつに」
「高そうだよな、でも」
「売り物じゃねェよ」
抱きたい女しか抱かないだけだ、と小十郎は言う。
佐助はへえ、と笑いながら、ぞくりと背筋に欲が走り抜けていくのを感じた。抱きたい女しか抱かないと綴るあの唇が
おのれのそれに重なってくるのを思い出す。
ねえ、と佐助は膝をすこし進めながら言った。
ふいと小十郎の視線が杯から佐助の顔へとあがる。どうした、と問うてくる声は静かだった。
冷たい夜の海を思わせるようなそれが、欲に濡れておのれを見据えることを想像する。杯を掴んでいるあの骨張った手
が急き立てられるように肌を撫でる感触が蘇ってきて、佐助の口角はあがった。ねえ、旦那。
佐助は笑いながら小十郎の肩に手をかけた。
「こんな格好してッとさ、女も抱けやしねえんだ」
「だろうな」
「溜まってンだけど」
「抱いて貰やァいい」
そういう場所だろう。
佐助は眉を寄せた。色親爺に抱かれるなんて真っ平だ。紅の乗った唇を、身を屈めてちいさく薄い唇に落とした。
ちゅ、と皮膚の擦れる音が耳に届く。顔をあげて、小十郎の目を覗き込みながら佐助は喉の奥で笑う。
「俺様は、抱かれたい男にしか抱かれねえんですよ」
小十郎の目が細く歪められる。
紅が気色悪い、と口元を手の甲で拭っている。佐助は笑いながらその長い指の先に舌を這わした。
くちゅりと唾液の立てる音がする。小十郎はすこし身を退いて、おのれの指を舐めている佐助を眺めている。ほんとう
に女みてェだな、とつぶやくのに佐助はにいと笑んだ。
「女だもの。今は爪の先から髪の一本までね」
膝に乗り上げて、首に腕を回す。
変化を解こうかとも思ったが、ここまでくればそれも興を削ぐだろう。見上げてくる顔に舌を這わせながら、佐助は耳
に添えてある牡丹を取って小十郎の耳に挿した。そこから花弁を一枚歯で噛み千切って、にいと笑む。
顔を近づけると、小十郎もその花弁に噛みついた。そこだけ顕わになった首に牡丹越しで舌を這わされると、ほうと息
が漏れる。ほおを小十郎の髪に埋もれさせて、襟から指を潜り込ませる。背中の骨をなでていると、このままで良いの
か、と小十郎が問うてきた。
佐助はすこし黙ってから、
「ぬしさまのお好きなようにしなさんし」
と笑った。
しくじった。
佐助はそう思った。仕舞った。
小十郎の髪を引っ張って体を離そうとするが、手に力が入らずにそれがかなわない。小袖は帯のところまで引きずり落
とされ、小十郎は胸元に顔を埋めて口付けを降らせている。ふくらみの先端を啄まれると、甘ったるい息が漏れた。
「ちょ、旦那ッ、そこは、いいって」
膝から力が抜けて、ますます体を寄せるような形になる。
小十郎は顔をあげて、不思議そうに首を傾げた。何で、と問われて佐助は眉を寄せる。
「そんな、ふうに丁寧にし、ねえ―――だろ、いつも」
「そうだったか」
「そうだ、よッ」
するりと大きなてのひらがふくらみを下から持ち上げた。
緩い動きに舌打ちをする。小十郎はそれを無視して、また胸元に舌を這わせ出す。気を抜くと声が漏れてきそうで、必
死で歯を食いしばった。裾が割られて、小十郎の手が腿のあたりをなぜている。かさついた手の感触が、いやらしく蠢
いているのがほおが赤らむほどに居たたまれない。
こんな風に抱かれたことなどない。
「旦那って、ば」
縋るように情けない声を出すが、小十郎は聞いてくれない。
髪に顔を埋めながら荒い息を吐いていると、腿をなぞっていた小十郎の指が急に離れた。ほう、と佐助は安堵の息を吐
こうと口を開いたが、次の瞬間に目を見開く。
歯を噛みしめる前に声が漏れた。
「―――ひ、ぁあっ」
くちゅりと水音がした。
長い指が佐助の秘部に入り込んで、入り口をくるりとなぞっている。熱い皮膚につめたい小十郎の指の感触が触れるの
が、殊更にその形を際だたせた。たまらず小十郎の顔を抱き締めた。すると、胸のふくらみに小十郎の顔が押しつけら
れてその感触にも息が漏れる。思わず手を放すと、力の入らなくなった肘のせいでぐらりと半身が傾いた。
それを小十郎が片手で受け止める。そしてそのままゆっくりと寝具に体が落とされた。
へたりと体から力を抜いて荒い息を吐いている佐助に、くつりと小十郎が笑う。
「女だと随分声が出る」
「は、は―――あんたが、ねちっこいンだ、よ」
「そうかね」
「俺、もう、終わりでいい感じなんだけど」
「俺はどうなる」
膝に手がかけられる。
裾が捲り上げられて、膝が割られた。ちゃんと腰巻きまで穿いてるのかと感心したような声がするので、佐助は目を閉
じて笑う。濡れた秘部に指が添えられた。ゆるゆると撫でる感触に、ひくりと体が震える。
すう、と体の上に乗りかかっていた小十郎の影が消えた。瞼を開くと、足の間に小十郎の頭が見えた。
「え、ちょ、かた―――ッ」
声になる前に、息が詰まった。
ぴちゃぴちゃと水を舐め取る音が、体を通して伝わってくる。佐助は首を反らして、小十郎の頭に手をかけた。天井が
見える。いやだ、と掠れた声がまるでおのれのそれではないかのように甘ったるく口から零れた。
「ゃ、やだ、って。や、あ、はぁ」
小十郎はすこし顔をあげて、それから構わずにそのまま佐助の秘部に舌を這わせる。どくどくと下半身が震えて、秘部
が濡れていくのが解った。小十郎の舌が滑って、陰核を抉るのに耐えきれずに意味を成さぬ声が出た。
やだやだと譫言のように繰り返すと、小十郎がくつくつと笑って顔をあげる。
「堪え性がねェな」
そう言って笑う声も常とは違ってどことなく甘い。
成る程、と佐助は思った。この男は、女を抱くときはこうなのだ。
それこそ爪の先から髪の毛の一本に至るまで愛撫して、骨の髄から蕩けさせる。ぞっとした。さあと体温が下がる。冗
談だろう、と佐助はひくりとほおを歪ませる。おいおい、そんなにされたら死んじまうよ。
小十郎の膝が股の間に入り込んでくる。佐助は慌てて体を起こした。
「ちょ、と、待てってッ」
「―――何だ」
不満げに小十郎がぼやく。
「あの、ええっと―――俺、さ」
「あァ」
「男に戻って、いいでしょうか」
「何を今更」
「なんか、も、色々限界」
力無く笑うと、小十郎の目が細くなった。
それから、ああ、と納得したように声を漏らす。ああ、感じ過ぎるのか。
佐助は言葉に詰まって舌打ちをした。そうだよ悪いかよ、と言うといや、と小十郎の首が傾いた。堅く結ばれた帯に小
十郎の手がかかって、するすると外された。襦袢だけの姿にされて息を吐くと、もういいぞ、と小十郎が言う。
「戻ればいい」
「はァ、じゃあまあ―――遠慮せずに」
印を結んで、変化を解いた。
ふわりと白い膜が佐助を纏う。小十郎が煙たげにそれを振り払った。
ほうと息を吐いていると、小十郎がくつくつと苦い笑みを浮かべて口元を覆っているのが目に入った。首を傾げるとひ
どい面だな、と言われる。ほおに指を這わしてみると白粉がこびりついた。
小十郎が懐紙を懐から取り出して、佐助の口に当てる。
「紅だけでも取れ。薄気味悪ィ」
「ひっどいこと言うなあ。男に戻った途端これだよ」
「女のままして欲しかったのか」
「御免だよ。あんたの女の抱き方はしつこくッていけない」
紅を取って、ついでに白粉も拭おうとしたら懐紙を小十郎に取り上げられた。
眉を寄せると、小十郎の顔が近づいてきてほおに舌を這わされる。ひくりと肩が揺れた。犬がするようにほおの白粉を
舌が拭っていくのがくすぐったくて佐助はちいさく笑い声を漏らす。
美味しい、と問うと不味いな、と短く返された。
指が再び秘部に伸びてきて、後孔をくすぐる。息を詰めると、小十郎の目が意外そうに見開かれた。もう濡れてるな、
と言われて佐助はすこし顔を赤らめる。
耳元で低い声がささやく。
「挿れるぜ」
「ん、いい、よ」
腰が引き寄せられて、膝に乗せられた。
ふわりと体が浮いて、後孔に熱いものが宛がわれる。深く息を吐いて体から力を抜いた。
ぐちゅ、と音を立てて小十郎の性器がなかに入ってくる。熱が体を突き刺してくる感触に、佐助は堪えきれずに思わず
小十郎の肩に爪を立てた。ぐん、と腰を下げられて、一気に小十郎のものが体のなかに収まった。
熱い感触に、息が漏れる。何度か呼吸を整える為に息を吐いて、目を開いて小十郎の顔を見下ろした。見上げてくる夜
色の目は熱っぽく濡れていて、佐助は笑みを浮かべる。瞼に口付けて、自ら腰を動かした。
「ん―――ぅ、あ」
ぐちゅぐちゅと耳障りな水音が響く。
小十郎が眉をひそめて、佐助の動きに息を漏らす。
おのれの動きで男が感じているのが解って、佐助は歓喜した。捏ねるように腰を動かしながら、まだすこしも乱れてい
ない小十郎の狩衣を強引に肩から剥がす。顕わになった肩から背中を撫で回すと小十郎が低く呻いた。
頭を掻き抱くように腕で包んで、まだ挿さっている牡丹に口づける。腰に掛かった小十郎の手が、上下に動いておのれ
を追い詰めていくのが心地よくて仕様がなかった。声を花弁を噛みしめることで堪えながら、佐助はうっとりと目を細
めて小十郎の耳の後ろを指でなぞる。ふ、と小十郎が息を漏らした。そこが弱いのだ。
急にたまらなくいとおしくなって、佐助は小十郎の名を呼んだ。
「片倉の、だん、な」
漏れた声は当然のように男のそれでしかない。
が、耳元で縋るように言うとなかに収まった小十郎が大きくなるのが解った。
佐助はけらけらと笑い声を立てながら、肩に手をかけて大きく仰け反る。そのままの体勢で上下に動くと、小十郎が忌
々しげに舌打ちをする。矢張り抱かれるなら男ではないとな、と佐助は思った。
翻弄なら普段からされているのだから、閨でくらい対等になりたい。
頭に霞がかかったように意識が飛んでいって、ふわふわと体が軽くなる。なかの凝りを小十郎が続けざまに貫いてきて、
笑いながらもはらはらと涙が零れた。どくりと下半身が重くなって、性器からとろとろと白い液体が漏れた。
手から力が抜けて、小十郎に縋り付く。
「ふ、あぁ、だん、な、ぁ」
「出す、退け」
「んん、や、だ―――ね」
首を振ってちいさく笑う。
それでも性器を抜こうとする小十郎を止める為に佐助はきつくなかを締め付けた。
「っく、ぁ」
小十郎が呻いた。
低い声が苦しげに歪むのがたのしくて仕様がない。なかに熱い精が叩きつけられるのに佐助も呻いて、それから笑う。
はあ、と小十郎が息を吐いた。ずるりと性器が抜かれる感触に佐助も息を漏らす。とろとろと白いものが後孔から漏れ
出していて、ひどく卑猥な眺めだった。
襦袢でそれを拭いながら、つかれた、と佐助はつぶやく。
小十郎は乱れた髪を掻き上げながら、腑抜けた面だな、と言う。
「疲れんなら、後処理しなけりゃならねェまぐあいなんざしなけりゃいい」
「あんたが出すから」
「出せっつったのはおまえだ」
「そうだけどさぁ」
「白粉取れ。それから簪もな」
気色悪い。
何のてらいもなく続けられた言葉に佐助はすこし笑った。
あんたの女は大変だな、と言う。小十郎は首を傾げた。佐助は簪を一本一本取り払いながら、一々こんなに凄ぇんじゃ
体が保たねえよ、と続ける。男と女の体のつくりの違いやもしれぬが、それにしてももうこんなのは御免だ。
溶けるかと思った、と言うと小十郎は目を細めて笑った。そりゃどうも、と言う。
「随分な褒め言葉だ」
「褒めてない。もう俺は御免だもの」
男で良かったよ、と言うと小十郎はまた首を傾げた。
そんなものかね、と言う。それはそうだろう。男としても女としてもひとに抱かれるなど、佐助でもなければ体験のし
ようがない。小十郎は肩に狩衣を引っかけたままの格好でしばらく黙り込んで、それから女ならそんなものだろう、と
言った。他の男でもそうだっただろう、と続けて問う。
今度は佐助が首を傾げた。
「知らねえよ」
小十郎の目がすこし見開かれる。
巫山戯るなよ、と言う。
「そんな形で、まさか抱かれてねェ訳じゃあるまい」
「あんたこそ巫山戯ンな。なぁにがたのしくッて、俺様が男なんかに抱かれなけりゃなんないのさ」
「その格好は」
「誘き寄せる為の餌だよ。
あとは術かけて自白すんのを部下に見張らせてるだけ」
佐助はほおを膨らませた。
「随分俺のこと安い男だと思ってらっしゃる」
むくれた佐助の顔を見ながら、小十郎は耳に挿さった牡丹を引き抜いた。
既に殆ど花弁の残らぬそれを手で弄りながら、そりゃ悪かったな、とすこしも申し訳なさげではない声が言う。解って
はいたことだが、片倉小十郎になにかを求めた佐助が愚かだった。襦袢を取り払って代わりに小袖を纏うと、佐助はぐ
しゃぐしゃに乱れた寝具を押し寄せて、屏風の影に隠れた押し入れから新しい寝具を一組畳に放る。
おまえは、と問われたのに佐助は口角をあげた。
「部下放って寝るわけにもいかねえよ」
「今の今まで楽しんでたのは、あれはいいのか」
「あれはあれ。それはそれ。さぁさ、ぬしさまはとっととお休みなさんし」
廓言葉で戯けると、小十郎もくつりと笑った。
狩衣を脱いで浴衣を纏う背中を眺めながら、佐助は明日も会おうぜ、と言った。小十郎が表から仕入れたこの国の情報
にも興味がある。代わりに俺はこっちで仕入れたのを寄越すからさ、と言うと小十郎は帯を締めながら頷いた。
布団を捲って、小十郎を待っていると、飾り窓から月が覗いているのが見えた。相当夜も更けている。随分と長い間ま
ぐわっていたのだと思うと多少気恥ずかしかった。気付くと小十郎も傍らでそれを眺めていて、まるいな、と月のこと
をひどく短く形容する声に佐助は笑った。
「それじゃあ、おやすみ」
佐助はそう言って、立ち上がる。
小十郎はそれに、ああまた明日、と返して寝具に潜り込んだ。
乱れた髪が一筋額にかかっているのが見える。切れ長の目がゆっくりと閉じられて、すうと口元が緩むのを眺めながら
佐助はすこしだけ足を止めた。屈み込んでしばらく小十郎の顔を凝視する。
ふ、と息を吐いてすこし笑う。
「また、あした」
小十郎の言葉を繰り返した。
そういえばこの平凡な言葉を、おのれは言ったことがない。
佐助は胡座をかいて、また窓の外へ視線をやった。月がまるい。雲はなかった。明日もまた、晴れるのであろう。いっ
そこのまま共寝をしてしまおうかとも思ったが、急に姿も気配も消した長に、部下たちはさぞや戸惑って居るであろう
からそろそろ帰らねばならない。
それにこれ以上は、あまり佐助にとって良くない。
片倉小十郎は程々にだな、とつぶやいてから佐助はくつりと笑った。
「困ったぬしさまじゃ」
廓言葉はおのれを隠すための物だと聞いたことがある。
つぶやいてから、佐助は小十郎の額にかかった髪をすいと持ち上げ口付けた。
それから、よきゆめをみなさんし、とうっとりと笑った。
おわり
|
廓言葉の成立は正式には江戸時代からなのですが、ほら、BASARAだから(魔法の言葉)。
ええと、こじゅさすエローと念じながら頑張ったのですが・・・おおう、いつもながらに玉砕。
小十郎は女相手だと凄い上手だけど佐助相手だと割と適当とかどうしようもない結論。い、いやがらせじゃないんです。
あんな良い物貰っといて返すのがこれかと思わないでもないですが、もしよろしければお納めください・・・。
空天
2007/06/03
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