つまるところこの男に必要なのは片倉小十郎という個人ではなくて、自分の座右の銘を書き付けて おく紙切れのようなものなのだ。それを見て確認をできればそれでいいのだから、そんなものは掛 け軸にでも書き付けて、どこかに掛けておけばいいだけの話だ。 小十郎は苛立たしげに佐助の忍装束に手をかけながら、舌打ちをした。 佐助は満足げに小十郎を見上げている。赤い目を覗き込むとそこには自分の顔が映り込んでいた。 小十郎は不快感に嘔吐きそうになった。赤いびいどろのようなそこに映っている自分の顔には、確 かな欲のいろを見留めることができたのである。小十郎はそれを見ないために、いっそこの男の眼 球を刳り抜いていやろうかとすら思った。 おそろしく馬鹿げている、と小十郎は思った。 この男を抱くということは、要するに自分が掛け軸であるということに甘んじるということだ。 袴の帯を引き抜いてやって、平らな腹にてのひらを押し当てる。ぬるい温度が皮膚を伝ってこちら へ移る。息苦しいほどの不快が腹に満ちた。 「抱いてくれンの?」 笑い声を含ませながら、佐助が問う。 小十郎は眉を寄せて、だらしなく開いた口を閉じさせるために細い顎を掴み上げる。 「黙れ、このまま顎を砕かれてェか」 「嗚呼、あんた相手ならそれも素敵だ」 佐助は嬉しそうに笑う。 どうしようもない。小十郎は顔を歪め、手の力を緩めた。佐助の顔が残念そうに歪む。蝋でも流し 込んで、このよく動く顔の筋をあまねく固めてしまいたい。 こんな男のどこがいいんだと自分に問うてみたかった。 愚かで情けない、臆病な卑怯者だ。そうしてひどく我が儘である。 ぜんたい、どこがいいんだ。 小十郎は佐助の下帯を解きながら唸った。 そもそも男を相手にする趣向はない。相手が佐助ならなおさらである。此奴はどうしようもない下 衆だ、と小十郎はまた思った。下郎だ。屑だ。 何をされてもいいと言う癖に、好意だけは拒みやがる。 「俺はおまえが嫌いだ」 小十郎は佐助の首に手をかけ、地を這うような声音で吐いた。 「おまえのような男が、俺の性欲処理なんぞになってたまるか。阿呆が。あんたがいい?調子に乗 るんじゃねェ。おまえに選択権があるとでも思っているのか」 ぐ、と力を込めると、佐助の細い眉が苦しげに寄った。 小十郎は自分の首には何もかかっていないにも関わらず、相手とおんなじか、それ以上に息がしに くくなったかのような錯覚に襲われた。首はてのひらで覆い、すこし力を込めるとすぐに骨の感触 がする。佐助の骨の感触はひどく不愉快だった。そんなものを感じたいとはまるで小十郎には想え ず、実際に今てのひらのなかにある脆い骨の感触は予想通りの胸糞悪いものでしかなかった。 けれども体の下にある佐助の顔は歪みながらもひどく満足げである。 どうしようもない、と小十郎はまた思った。 厚い唇が目に入る。それは苦しいからか、軽く開かれている。そこからは赤い舌がのぞいている。 これに自分のそれを重ねて、あの舌を吸いたいという焦げるような欲を小十郎は感じたが、そうす ることがこの場合にどのような意味を示すのかは火を見るよりもあきらかだった。佐助はきっと、 驚いたように目を丸め、それから困ったように言うだろう。 そんなことはしなくってもいいのに、―――ああ、ねえ、ほら! あんたがしたいように、すきにして頂戴な。 嗚呼、腹が立つ。 そう言いながらもこの男は、小十郎がしたいことなど何一つ受け入れはしないのだ。 「俺は、おまえが嫌いだ」 小十郎は繰り返し唸った。 ゆっくりと首から手を離し、赤い髪を掴み上げる。 「興が乗ったから抱いてやるが、呉々も勘違いするんじゃねェ。俺はおまえが、嫌いだ」 繰り返せば繰り返すほど、言葉は薄っぺらく、軽くなっていくようだった。 自分の舌に乗せたとも思えないほど中身のない言葉である。遠くで誰かが叫んでいるようにすら聞 こえる。きゃんきゃん吠える馬鹿な野良犬のようだ。誰も聞いていやしないのに、延々何かを訴え て吠えている愚かな畜生である。 呆けた顔をしていた佐助がうっとりと笑みを浮かべた。 小十郎は嗚呼、と顔を歪めた。 矢っ張りだ。 「もちろん、―――嗚呼、もちろんそれでいいよ、あんたが」 あんたがすきなように! 腕に縋るように佐助が小十郎に撓垂れかかる。 小十郎は吐き気を抑えながら佐助を強かに突き倒し、胸に膝を突いて最上級の侮蔑を込めて体の下 にある愚かな男の笑い顔を見下した。 誰でもいいものであることを容認した由などひとつきりしかない。 誰でもいいのであれば、今この瞬間にでも目の前の男が自分以外を選ぶ可能性があり、そしてその 可能性を消すためには、つまるところ自分がそのものになるほか、方法がないのである。 特別なことを考えたわけではなかった。 ただ抱くのであれば、相応に相手を慈しむ程度の情を、極一般的なひとの常として小十郎は持ち合 わせているに過ぎなかった。心底からの慕情が必要だなどと、甘ったるいことを考えているわけで はない。ただすくなくとも痛みを得るために抱くのではない。ならば相手に痛みを与えるために抱 くわけでもないだろう。 そう思うだけである。 そう思うだけなのだ。 「いいよ、そんなことしなくッて」 秘部に指を一本差し込み、慣らすために入り口でそれをくゆらせていると、四つん這いになってい た佐助が振り返り、圧迫感で声を擦れさせながらもへらりと笑みを浮かべる。 そんなこともなにも、本来ものを入れるべきではない場所である。 慣さなくては辛いのはお互い様だ。 小十郎は舌打ちで応えた。 「入らねェだろうが」 「そ、んなこともない―――ンじゃね?なんとかなる、でしょ」 「なるか、此方が痛ェ」 「そう、か」 じゃあ仕様がないね。 佐助は息を吐き、再び板間に額を擦りつけるようにして半身を屈める。小十郎は顔を思い切り歪め かけたが、歯を噛み締めてその不快を体の内側に留めた。 しろい腰の皮膚を撫でるようにてのひらを動かし、指を二本に増やす。 ちょうど触れていた部分がひくりと跳ねて、息苦しそうにそこが震えるのが解った。小十郎は腰に 置いた手を前へ伸ばし、佐助の萎えた性器の根本にそれを添える。ゆっくりと上下にてのひらを動 かすと、力が抜けたのか小十郎の指を締め付けている秘部が緩んだ。板間に突いていた佐助の肘が がくりと崩れる。深く長い息が佐助の口から漏れた。 秘部に入れ込んだ指と性器を擦るてのひらを、同時にゆっくりと動かしていく。佐助の体がもどか しげに震える。 時折殺しきれない高い声があがった。 「あ、―――は、ぅ、う」 普段は剽げた声が、切羽詰まっているのを聞くのは悪いものではなかった。 小十郎は佐助の腹に腕を回し、ぐいと引き寄せると自分の膝の上に乗せた。不思議そうに首を此方 へ向ける佐助を無視して、手の動きを早める。 そのうちてのひらに濡れた感触がするようになった。 佐助の性器の先端から、しろい精液がこぼれ落ち、指を伝って手首を濡らす。 鼻先で揺れていた赤い頭が、弱々しげに左右に振られた。 「ふ、ぅあ、あ、も、いい―――よ、」 「何が」 「挿れ、られンでしょ、もう」 前のめりになって、小十郎を避けるように頭を振る。 小十郎は舌打ちをして、返事をしないまま更に性器を擦り上げてやった。逃げるように体を倒して いた佐助を無理矢理羽交い締めにして、強く指先を性器の先端に押しつける。熱が指先にかかる感 触と、抱き寄せていた体が痙攣するように震える感触が同時に体越しに伝わってきた。 腕の力を緩めてやると、ふらりと佐助の体が前に倒れ込む。 肩を押して体を反転させてやると、不満げな顔とぶつかった。 「なんだ」 「いや、―――逆のほうが、挿れやすいンじゃないかと思いまして」 佐助は逐一煩い。 小十郎は忌々しげに眉をひそめ、そこらに散らばっていた忍装束を丸めて佐助の腰の下に入れ込ん だ。寝返りを打って体を反転させようとしている肩を強く板間に押さえつけ、足を腹に付くほど折 り曲げてやるとさすがに佐助も動かなくなった。 帯を解き、自分の下帯を寛げていると佐助の手が伸びてくる。 何かと思って目を細めると、その手が小十郎の性器に触れた。 「手、使う?」 「―――黙ってろ、阿呆」 「や、でも」 言い募ろうとする佐助の口を、小十郎はてのひらで塞いだ。 「逐一ひとの気を削ぎやがるな、おまえは」 すでに熱を持った性器を秘部にあてがうと、すこしぎょっとしたように佐助の目が見開かれる。実 に不快な反応だ。自分の体の下で寝転がっているこの赤毛は、まさか小十郎が石か何かで出来た無 機物だとでも思っているのだろうか。 信じられないとでも言いたげに見上げてくる赤い目が鬱陶しい。 何か言いたげなふうに薄く開かれた口を、自分の口で塞いでやりたい衝動にかられたが、小十郎は 寸でのところでその衝動を抑え込んだ。代りにぐっと腰を進め、自分の熱を佐助のなか深くへと押 し込む。悲鳴のような声をあげて佐助が首を反らす。 固くきつい感触に、悦より多くの痛みが下腹に伝ってくる。 小十郎は軽く顔を歪めた。 佐助は青い顔をして、目を瞑った。 痛いか、と問う。すると首が振られる。態とらしい笑みと一緒にぜんぜん平気だと佐助が言う。そ れが嘘であることは一目瞭然で、小十郎はひとつ息を吐き、萎えた佐助の性器をゆるゆると擦り上 げた。しろい額に張り付いた赤毛を指先で拾い、撫で上げる。不思議そうに佐助が目を開き、首を 傾げて小十郎を見上げてくるので、どうかしたかと言う代りに首を傾げてやると、言葉の代りに例 の態とらしい笑みが返って来た。 「いいよ」 と、佐助はまた言う。 「も、大丈夫ですから」 気を遣わなくても。 小十郎は髪を弄っていた手の動きを止めた。 佐助の顔は相変わらず青く、軽く開かれた唇からこぼれる吐息は浅い。震える体が悦のためでない ことは見れば解ることであり、額の汗は熱ではなく痛みからくる冷や汗である。 そんな顔で笑われたところで、滑稽で醜悪でしかない。 心底からうんざりしてしまったが、それでも佐助のなかにある自分の熱は冷えなかった。 「黙って寝転がっていろ、阿呆が」 熟々、難儀な相手に捕まった。 小十郎は舌打ちと一緒に、性器を擦る手と連動するように、ゆっくりと腰を動かし出した。 煙管から立ち上る紫煙をぼうと眺めていたら、何時の間にか目を覚ましたらしい佐助が掛け布団から 亀のように顔を出して此方を見ているのが視界に映り込んだが、小十郎は強いてそちらへ視線を動か すことはしなかった。盆に灰を落とし、かん、と音を立てる。 飾り窓を見れば、すでに空が橙に染まっている。 雪はいつの間にやら止んだらしい。 馬鹿げたことに随分と刻を遣ってしまったことに、小十郎は顔を歪めた。 「酷い顔をなさるね、右目の旦那」 佐助が笑いながらようやっと声をかけてきた。 小十郎は歪んだ顔のまま佐助へ視線をやり、何も言わないまま煙草を煙管に詰めて、火鉢から火を移 し、吸い口を咥える。蚯蚓か何かのように佐助が這いつくばり、小十郎の膝に顎を乗せた。 「有り難うね、なんか」 と言う。 小十郎は煙管を口から離し、佐助の顔に煙を吹きかけた。 「なにがだ、阿呆」 「げほっ、うえ―――、や、なんかいろいろ」 「いろいろ?」 「えらく好くしてもらっちまいまして」 煙を手で払いながら佐助が笑う。 「よかったのに、べつに、俺が好いかどうかなんてあんたが考えなくてもさ」 眉を下げて、さも申し訳ないと主張する哀れがましい顔で佐助は言う。 小十郎はあんまり不快が腹に満ちすぎて、思わず膝に乗った顔をそのまま床に擦り付けてやろうかと 思ったが、黙ったままにまたひとつ煙を吐いた。橙が差し込む座敷にしろい煙が上る。佐助がそれを ぼんやりと見上げている。何かを纏っているときには解りにくい、よく鍛え上げられた肩が目映いほ どにしろく、小十郎はそれから目を逸らすように自分も煙の行方を追ったが、すでに天井に吸い込ま れた後だった。 「おまえは」 何を言うでもなく、口が開いた。 もう消えた煙をまだ見ていた佐助が、小十郎へと視線を移す。 「嫌いだろう」 「俺が?なんだって?」 「好くされるのが」 「はあ」 「だから、だ」 煙管を放って、肩にかけていただけだった羽織に腕を通す。 「誰がおまえの望む通りになんぞ抱いてやるか、阿呆」 立ち上がり、障子を開く。 積もった雪が橙に照らされている。ほおを刺す冷気が体を包み込むが、それよりも小十郎は佐助と おんなじ空間にこれ以上居られるような気がしなかった。不愉快なほどの後悔が体中に満ち溢れ、 今にもどこかの隙間からとろとろと漏れてきそうなほどだ。 小十郎は障子の桟に手をかけたまま、座敷のなかを振り返った。 佐助が間の抜けた顔で此方を見ている。赤毛が橙に照らされて、一層にいろを濃くしていた。その くせびいどろのような丸い目は相も変わらず薄いいろで、あの目があんなにいろが薄いのはきっと あの男の中身を透かしているからなのではないかと小十郎は疑った。 薄い男だ、と思う。 見ているとかなしくなるほど、薄っぺらい男だ。 小十郎は佐助が薄い由を知らない。この男がその薄さを懸命に守ろうとする由も知らない。きっと これからもずうっと知らないままだろうという未来を思い、そしてそれは間違いのない事実だろう と思う。小十郎が佐助について知るのは、恋だの愛だの、男の口から泡のように溢れる軽い言葉た ちだけである。嘘ではないだろうその言葉は、もちろん真実ではない。 その奥に、なにかあるような感触はある。 けれども佐助はそれを決して小十郎には知らせぬだろう。 「どこか、行くの」 佐助が急に問うてきた。 小十郎が黙ったまま後ろ手に障子を閉じてやろうとすると、手首を掴まれ、それを阻まれた。知ら ぬ間にすぐ後ろに佐助が居る。いつ着換えたのか、すでに忍装束を纏っていた。 「もう些っとお話ししたっていいじゃない、ね、行かないでよ」 へらりと笑う顔を見ていると、腹の辺りに奇妙な感覚が溜まり込む。 それを誤魔化すように小十郎は佐助の手を振り払い、再び座敷に戻り胡座を掻いた。 「おまえさんと話すことなんてねェよ」 滑稽だ、と小十郎は出来るなら自分を殴りつけたくなった。 そんなことを言いながら座敷に戻っている自分はあまりにも矛盾していて、端から誰か正常な者が 見て居ればきっと腹を抱えて笑うだろうことは簡単に予想できた。ただ幸か不幸かそこに居るのは 小十郎と佐助だけで、佐助は小十郎が愚かであるのと同程度に矢張り愚かであったので、ただ嬉し そうに隣に腰を下ろしてくるだけだった。 胸が軋むほど不快な笑みを浮かべて、佐助は小十郎の膝に手を這わす。そして言う。ねえ、右目の 旦那、またこれからもときどきは来ていいかなあ。小十郎は黙ったまま佐助の手を払い、胡座を掻 いていた足を崩して膝を立てた。 「あんたがしたいなら、またいくらでもしていいよ」 媚びるような佐助の口調が不愉快だった。 「俺はね、ただあんたと話したいンだ。あんたの目で睨まれるのが、解るかなあ、ほんとうにすき なんだよ。この一年、―――もっと言えば、二年かなあ、あんたがあんたらしくなくッてさ、大 層辛かったンだぜ。でもようやく、」 あんたらしく戻ってくれたね、と言う。 佐助ははしゃいでいるようだった。小十郎が以前のように自分を罵るからそれがお気に召している のだ。小十郎は佐助の笑顔をひねり潰してやりたくなったが止めた。きっと佐助はそうしてやれば また大喜びするだろう。そしてその笑顔は益々自分を不快にするだろう。 「ねえ、右目の旦那」 あんたがそういう目で居てくれれば、俺はそれで満足なんだ。 佐助はひどく幸福そうな顔でそう言うと、飛び切り素晴らしい提案をするかのように声音を高め、 だからあんたは俺をすきなように扱っていいンだよ、とうっとりと小十郎の唇に自分のそれを一瞬 だけ重ねた。男にしては厚いその感触に、忌々しいことに肌が微かに熱を孕んだ。 恋なんだよと佐助は言う。 恋なものかと小十郎は思う。 そんなものが恋であってたまるか。 「嗚呼、ほんとうにあんたがすきで堪らないんだ」 陶然とした甘い声が耳に注がれるのを、小十郎は吐き気を堪えるような顔をして耐えた。息苦しい 程に佐助の嘘くさい言葉が堪えがたく、しかしそれが耐え難い由を考えるとさらに息がし辛くなっ た。そんな不快に敢えて耐えている由など考えたくもなかった。 小十郎はうんざりと息を吐き、噛み付くように佐助に口付けた。 「黙れ」 一瞬だけ口を離し、低く唸るように吐き捨てる。 「おまえの声を聞いていると、吐き気がする」 そう言うと、驚いたように丸くなっていた佐助の目がうっとりと細くなった。小十郎はまた腹が立 ったので佐助の口を自分のそれで塞いだ。すぐさま舌が絡まってくる。自分の舌をそれに絡め、吸 いつくすように口の中を荒らしていると思考回路がどろどろと溶けていくのが解った。 小十郎はひとまず、考えることを止した。 いくら考えたところで、矢張り答えはひとつきりしかないのであり、その答えなど小十郎にはすで にとうの昔に解り切っていることに過ぎない。つまるところこの恋が終わらなければ、自分は腕の 中の臆病者を突き放すことも、反対に慈しむことも出来ないのだ。小十郎は佐助の背中を強く引き 寄せた。燃え盛る程に火が消えるのが早まるように、面倒極まりないこの不毛な恋を一刻も早くい っとう高いところまで放り投げてしまいたかった。 頂点まで持っていけば、あとは落ちるだけだ。 落ちきったらもう佐助の望みに応える必要もない。 乱暴に忍装束を剥ぎ取って、再び佐助を組み敷きながら小十郎はそのときのことを思い、辛うじて 腹に満ちた不快を堰き止めた。熱が冷めて、そうしたらきっと佐助の臆病と卑怯と滑稽を小十郎は 笑ってやられるようになるだろう。彼が身勝手に自分に幻滅して去っていくことを、哀れな男が居 たものだと笑って見送ってやることも適うはずである。 その日が来たら、と小十郎は思う。 その、最後の日が来たら、 そうしたら自分は、 「右目の旦那?」 知らず、肌を滑る手が止っていたらしい。 不思議そうに見上げてくる佐助の赤い目に、小十郎はすこしだけ口元を歪めてから、なんでもねェ よと唸るように笑い声を喉にこもらせた。 おわり 臆病者共の吹き溜まり |