武田信玄のもとに使者として赴いた片倉小十郎は、物のついでにと上田城に寄った。 主の伊達政宗はどうせ帰れば虎の若子の近況を尋ねるであろうし、ならば適当なことをそのときに答えるよりは今きち んと会って、目で見たことを伝えるほうがよい。真田幸村は小十郎を歓迎した。座敷に引き入れ「どうぞご存分にゆっ くりなさってくだされ」と言う。 小十郎はひとつ頭を下げてから、ふと首を傾げた。 「真田」 「なんでござるか」 「おまえ」 いやにぼろぼろだな。 小十郎はどうした、と問う。 幸村は目を二度ばかり瞬かせて、それから今気付いたと言うように腕をあげて目を丸めた。幸村の腕や顔や、兎も角体 のそこかしこには傷が刻まれていてまるで今戦から帰ってきたと言わんばかりである。申し訳ないこんなところを、と 幸村が慌てるのを小十郎は構わないと手で制して、それで、と促す。 それでどうした。 幸村は快活に笑う。 「修行中なのでござる」 「修行」 「うむ」 力強く頷いて、幸村は身を乗り出した。 開け放たれた障子のほうを指さし、あれをご覧あれ、と言う。小十郎は視線を幸村の指に添わして顔を上げた。垣根の 向こうに、一軒のなにか大きな寺のような建物が見える。 道場でござる、と幸村は言う。 「あそこで其、最近は毎日修行をしているでござるよ」 「ほう」 「そこで天狐仮面と申すしのびと戦っているのでござるが」 なかなかどうして。 手強い、剛の者。 さすがは佐助の知古でござる。 「今日もあとすこしというところで負かされて―――――不甲斐ない限り」 「ふうん、しのびの仲間か」 「佐助とおなじ技を使いこなしましてな」 「へェ」 「同郷ござろうか」 「そうかもな」 ふと何かが頭を掠めたけれども、そのまま頷いた。 そういえば佐助が居りませぬな、と幸村が首を傾げる。真田のしのびの猿飛佐助は、常であれば主のすぐ傍に控えてい るのだけれども、今日はその姿が無い。探して参りましょうかと立ち上がろうとする幸村に、べつにいい、と小十郎は 首を振った。特に話すことがあるわけでもないし、第一あの男は放っておいてもどうせ一月に一度は奥州に来る。 その道場ではなにをするんだ、と小十郎は幸村に問うた。幸村は興奮しながら身を乗り出し、其処で何がおこなわれて いるかを小十郎に伝えようとするのだけれども、どうにも要領を得ない。熱が篭もっているのは解るけれども、なにを 言ってるのかいまひとつ伝わらない。 解りましたか、と問われたので小十郎は何も解らねェよ阿呆、と言ってやった。 そのうちに焦れたのか、幸村はそうだ、と声をあげ、 「片倉殿も、一度行ってみてはいかがですか」 「その道場にか」 「腕試しにいかがでござるか」 「成る程、ね」 小十郎は顎に手を置いて、ふうんと鼻を鳴らす。 武田で一体虎の若子がどのような修行をしているのか、というのは政宗への良い土産話になるかもしれない。そこまで 日程が厳しいというわけでもないし、すこし見て行くのも悪くはない、と小十郎は思った。佐助とおなじ術を使うとい うその“天狐仮面”にも興味があった。武田にはあれだけの手練がふたりも居るとなると、またそれに対する対応策も 練らなければならないし―――――――面倒だな、と小十郎は思った。 出来るなら今回のこれでその“天狐仮面”を消してしまうのがいっとう上策、とも思った。 部外者でもいいのか、と問う。無論でござると幸村が答える。小十郎はすこし考えてから、口角をにいとあげて「それ じゃァ、一遍手合わせ願うかね」と畳から立ち上がった。 仮 面 越 し に 口 付 け を 上田城のすぐ傍にその武田道場はある。 小十郎は刀を構え、その戸を叩いた。二三度叩くと、怠そうな声が、 「どうぞぉ」 と戸の向こうから返ってくる。 小十郎はふと戸を叩く手を止め、しばしその場で立ち止まった。 眉を寄せ、顎に手を置いて首を傾げる。低いくせにどこか甲高い、鼻にかかるような、耳の奥にこびりつくようなあれ は―――――――何処かで聞き覚えがある。 何処だったかな、と小十郎が考えているうちに今度はすこし呆れたように「どうぞ」とまた声がした。小十郎は顎に置 いた手を戸にかけ、からりと引いた。 暗さに慣れぬ目に、道場のなかは一瞬完璧に闇だった。 「またやるのか、懲りないねえ―――――――まあ、お相手致しましょう」 そのなかで、影がひょいと頭を下げる。 小十郎は目を細めた。男のようだ。更に細める。髪が赤い。 我が武田道場へようこそ、と男は続ける。男の顔が上がる。成る程、その名の通り狐を象った仮面を被っていた。 小十郎は一瞬だけ目を丸くして、それから思い切り細めた。 顔を上げた仮面の男が、ぴたりとその場で固まる。 「おまえ」 小十郎はぽつりとつぶやいた。 おのれで出したとも思えぬほどに、憐れみの篭もった声だった。 狐の仮面の男は、小十郎の声にひくりと身を竦ませる。それから急にその場に座り込み、「うわああ」と呻きだした。 小十郎はそれを何も言わずに放っておいてやる。 首を振って、息を吐く。 大変だな、とちいさく言うと、仮面の男は更に大きく頭を振って呻き出す。 しばらくの間、待ってやる。 小十郎は口を開いた。 「さると」 「あああああ、あ」 「さる」 「聞こえない聞こえない聞こえない」 「さ」 「はい、修行開始ッ」 仮面の男は―――――――要するにどの角度から見ても単に狐の面を被っただけの猿飛佐助であるその男は、かきんと 腰に備えてある大振りの手裏剣を手に構え、まだ確とは戦闘の構えをしていなかった小十郎に急に飛びかかってきた。 小十郎は慌てて刀を構え、それを弾く。弾かれた佐助はひょいと飛び退いて、それから手裏剣を思い切り投げつけてき た。寸でのところでその刃から逃れて、小十郎は舌打ちをした。 「てめェ、ばれたからって真剣に殺る気か」 「あはははは、ばれたって、何の話ですかさっぱりだなあ!」 俺は天狐仮面です。 猿飛佐助は友達です。 佐助はそう言いながら小十郎を思いきり蹴りつける。丁度具足が脇腹に入って、篭もった息が口から強制的に吐き出さ れる。小十郎は息を整える前に、そのまま足を掴んで板間に叩きつけてやったが、佐助はひょいと手をそこに突いて飛 びあがり、小十郎との間合いを空ける。 「ていうか何であんたが此処に居ンだよ可笑しいでしょうがあッ」 「てめェの主に言え、そういうことは」 「―――――――ああああ、有り得ない。あのひとほんっとに有り得ない」 「おっと、余所見は禁物だぜ」 「え、あ、うわ」 小十郎はにいと口角をあげて、佐助の足を払う。 佐助の体がそのまま板間に叩きつけられる。小十郎は倒れ込んだ佐助の腹を思い切り膝で押さえつけ、怯んだところで 刀の切っ先を喉元に突きつけてやった。 佐助の喉が、ひくりと震える。 小十郎は満足げに口角を上げた。 そこまで、と腹の底に響くような武田信玄の声が道場に響き渡る。 『流石は龍の右眼よ。見事、見事』 「御自らのお褒めの言葉か。こいつァ光栄だな」 「良かったね」 つめたい声が、足の下からする。 どけ、と言う。小十郎はすこし考えてから、ぐいぐいと更に腹を押し込んでやった。ぐええ、と馬で蛙を挽き潰したと きのような音がそこだけ顕わになった口から漏れる。観念したか猿飛、と言うと、息も絶え絶えにあおい顔をしている 佐助は、性懲りもなく「俺は猿飛佐助じゃありません」と吐き捨てた。 小十郎は舌打ちをして、それから立ち上がる。 そして、佐助の首根っこを引っつかんだ。 「信玄公」 『おお、なんだ』 「申し訳ないが、ちとこれをお借りしてもよろしいか」 「え、なにそれ、意味解ンないんですけど、大将大将、大将助けてッ」 『うむ、許そう』 「えええええ、嘘だろぉおッ」 『敗者に口なしじゃ。精進せい』 「忝ない」 では。 遠慮無く。 ぐいと小十郎は佐助を引きずり、道場の外までずるずる引き摺る。 佐助はその間「うらんでやる」と呪詛を呻きながら、それでも小十郎によって付けられた傷がそこかしこで痛むのか、 ほとんど抵抗はしないままに矢張りずるずると引き摺られていった。 ぽい、と道場からすこし離れた木陰に佐助を放り出す。 「ぶ」と潰れた音を立てて土の上に放り出された佐助は、恨めしげに―――――――多分だ、なにしろ目が見えないの で測りようがない―――――――小十郎を振り返り様に睨み付ける。小十郎は目を細め、佐助の被っている仮面を佐助 ごとげしりと蹴りつけた。 そして言い放つ。 「取れ、その巫山戯た仮面」 何が苛立ったのかと言われると良く解らない。 ただ取り敢えず、その被っている仮面が気に食わない。 狐を模った仮面のせいで、佐助の顔が口しか見えなくなっている。普段はくるくると良く動く目も眉もまるきり見えな いので、それでもどう見ても佐助ではあるのだけれども、なんとなくしっくり来ない。 取れ、と小十郎はまた言った。 足の下で、佐助が呻く。 「まずその足をどけやがれ、畜生」 と、尤もなことを怒鳴った。 小十郎は成る程と思って足を退けてやる。 佐助は仮面の表面にべっとりと塗りたくられた泥を拭いながら、取れません、と言う。小十郎は無言で足を再びあげる。 佐助は慌てて飛び退いて、一本の大木にべたりとイモリのように張り付いた。 取れるか馬鹿、と叫ぶ。 小十郎は舌打ちをした。 「もうどう考えてもばれてんだから、観念してその仮面剥ぎやがれ」 「な、なんの話かなあ、解らないなあ」 「猿飛」 「誰ですか、それ」 ひとちがいです。 かえってください、マジで。 「俺様は天狐仮面です」 どうにも面倒くさい。 小十郎は目を細めて、息を吐いてから首を振った。 さくりと足を一歩踏み出す。佐助は訝しげに首をすこし傾ける。小十郎は手をにゅ、と伸ばして佐助の仮面に手をかけ た。ひい、と叫び声があがる。 ぐいと仮面を引いたが、取れない。 留め金で額当てに固定されているらしい。 「そこまでするか」 小十郎は呆れた。 佐助は額当てそのものが外れぬように押さえながら、ふふん、と鼻で小十郎を笑う。 小十郎は眉を寄せて、もう一度佐助の額当てに手を伸ばそうとしてから―――――――ふと、それを止めた。 代わりに、さるとび、と佐助を呼ぶ。 佐助は呻く。 「ちがいますってば」 「ふうん」 「俺様は天狐仮面だっての」 「へェ」 「もう帰ってくれってば」 「おまえ」 「何」 「猿飛じゃ、ねェわけか」 腕を組んで、首を傾げる。 佐助はふてくされたような声で、そうだよ、と吐き捨てる。 ふうん、と小十郎はまた鼻を鳴らす。それから手を伸ばして、くるりと腰骨の辺りを親指で抉ってやった。 「―――――――ッ」 息を飲み込む声が漏れる。 小十郎は目を細めたまま、観念しやがれ、と吐き捨てた。 「猿飛」 「ち、がうって言ってンでしょ」 佐助は小十郎の手に、おのれのそれをかけて、引き離そうとする。 それをひょいと避けて、小十郎は今度は手を背中に回し、つうと筋を辿る。は、と佐助が息を漏らした。 佐助の手がだらりと緩んだのを見計らって、するりと腰紐を引き抜く。袴のなかに手を突っ込んで、直接臍の辺りをゆ るゆると撫でると、佐助の手がすこし震えながら肩を掴んでくる。 小十郎は首を傾げた。 「可笑しいな」 これは、ある男が弱い場所なんだが。 どうしておまえが震えてんだ。 「可笑しいな」 「せ、いかく、悪すぎ、だろ」 「おまえは往生際が悪ィ」 「死んでも」 取るもんかい。 佐助は息も絶え絶えに吐き捨てる。 小十郎はひょいと眉を上げて、「そうか」と頷いた。 袴を降ろして、腰帯を解き、まだ萎えている性器をぐいと握ってやる。佐助はひいと声を殺しながら呻いた。有り得な い、と言う。有り得ない、意味が解らない。 あんた一体、なにがしたいんだ。 小十郎は首を傾げた。 「さァ」 実のところ、おのれでも良く解らない。 取り敢えず目を見たいのかもしれないな、と思った。小十郎はそれで、そう言ってみた。 「目」 「は、ァ」 「目、見せろ」 見てェ。 佐助が呆けた。 まじまじと仮面越しに小十郎を凝視して、すると口が歪んで、かすかに見える部分の肌がかあと赤くなる。意味が、と 言う。それ以上は繋がらなかった。抵抗が一気に無くなったので、小十郎はゆるゆると性器を撫で上げる。 次第に勃ちあがっていくそれに、小十郎は感心した。 良くこの状況で勃つものだ。くちゅ、と水音が立つ。 唇を噛みしめているらしく、佐助は声を出さない。先端を抉ってやっても、吐息すら漏れない。さきほど肩にかかって いた手は、何時仮面を取られそうになっても抵抗が出来るようになのか仮面を押しつけるように押さえていて、一切の 抵抗が止んでいる。小十郎は片方の手を後ろへ伸ばして、秘部をくるりと撫ぜた。 ぐいと指を一本潜らせると、佐助の首がぶんぶんと振られる。 「どうした」 「まさか、最後までする、気、かよッ」 「さァ―――――――おまえ次第だな、それも」 そう盛っているわけでもないだけれども、 「最悪、だ、もう」 佐助はうんざりと呻く。 小十郎は無視して、二本目の指を秘部にゆるゆると差し込んだ。 なかの壁を揉んでみれば、流石に耐えられなくなったのか吐息の延長のような細い息がこぼれる。耳にぬるりと舌を差 し容れて、わざと音を立てるようにして嬲ってやれば、呻くばかりだった声がねだるようないろを含み初めて、結局の ところ抵抗もそこそこで、要するに佐助のほうも満更ではない。もしやしたら仮面を付けて、顔をさらさないですると いうこの状況にその実、興を覚えているのやもしれない。 好き者だな、と思った。 「あ、ぁ、あぅ、は―――――――ァあ、ッ」 小十郎はくつりと笑った。 無論、此方もひとのことは言えない。 秘部の奥、ちょうど下腹の性器の付け根の辺りを抉ってやればとろとろと液体が零れ出す。ほとんど後一擦りで零れて きそうな性器の根本をぐいと掴み、佐助の体を反転させ、手を木の表皮に突かせた。 最後に一度、確認する。 「猿飛」 「は、あ、ァあ―――――――ち、が、ちがうっ、て」 「阿呆か」 手早く腰紐を抜き払う。 あらわになったおのれの性器を擦って勃たせる。ひくりひくりと蠢く窄まりにそれを押し当てると、ひう、と息を飲む 声がひとつ、それで抵抗は無い。肯定と受け取って、そのままずくりと性器を押し込んだ。 佐助の体が水揚げされた魚のように跳ねて、かたかたと、震えて木の表皮に仮面が擦れて音が鳴る。 小十郎は奥まで性器を押し込んで、渦巻くようにそれを締めつけてくる肉の感触にほうと息をひとつ吐く。空を仰ぐと 驚くほど蒼く、こんなところで何やってんだか、とおのれに呆れてすこし笑みがこぼれた。拍子にそれの振動が伝わっ たのか、痛みに堪えるような低い呻き声がこぼれ―――――――それに思いのほか、そそられた。 ずくんと下腹が重くなり、佐助のなかに埋まった性器が疼く。 木に突いてある佐助の手に、おのれのそれを重ねた。 「さる―――――――いや」 天狐仮面か。 小十郎は笑みを含んで、つぶやいた。 「狐野郎、動かすぞ」 「は、なに、それ、ァ」 「てめェの名だ。そうだろう」 猿飛じゃ、ねェんだろう。 天狐仮面ってのも言いにくい。狐野郎で十二分。 小十郎は唄うように口上してから、ずるりと一旦性器を抜いた。 佐助の口から息がこぼれるその前に、またずくりと突き刺すと、悲鳴じみた声があがり、ぎりぎりと未だ手甲がはまっ た手が木の表皮を剥いでいく。その様が獣じみていて、正に狐のようだった。 奥を二三度深く突いて、それから引き抜いて入り口を掻き混ぜる。 きつね、と耳元で言うと、佐助の首が振られた。 ちがう、と言う。 「ち、が」 「へェ、じゃあ、何て呼べってのかね」 「ァ、あ、ちく、しょう」 悪態を吐いてから佐助は背を反らせた。 小十郎は態と奥まで性器を押し込まないままで、ゆるゆると入り口付近ばかり擦ってやって、それで耳元に口を近付け どう呼べば良い、と問う。するりとしのび装束のなかに手を入れて、するすると背中を撫でる。佐助は口を噤んで、顔 を真っ赤にして耐えているけれども、それも何時まで保つかは解らない。汗がひたひたと額からこぼれて、小十郎とし てもこのままの状況は相当につらいのだけれども、 「どう、呼べって」 三度問うた。 これはもう、意地だ。 佐助は舌打ちをした。息を吐き出して、首をかくりと落とす。 既にぽたりぽたりと性器の先端からは液体がこぼれていて、地面にまあるくそれの溜まりを作っている。一度くらいは 達したのやもしれないけれども、いずれにせよ佐助の性器はまだ勃ってる。 何か、ちいさな声で佐助がつぶやいた。 小十郎は眉を寄せ、体を倒して佐助の顔に寄る。 体を倒した拍子にすこし深く性器が入り込んだのか、呻き声があがった。 「ェ、はぁ、あ―――――――ぁ」 「何だって、聞こえ、ねェよ」 「け、さす、ァ、あ」 「うん」 「さす、け」 「あァ」 小十郎は目を細め、口元を歪める。 腰を掴んで、秘部のいっとう奥まで性器を突き入れた。 さすけ、と言ってやる。佐助。途端に背が反り返り、腰がゆらゆらと揺れる。小十郎はくつりと笑って、幾度か律動を 繰り返してから、体を倒し、突き入れるのとおんなじに、 「佐助」 と笑みを含んで言った。 か細い声があがって、かくんと佐助の膝が落ちる。 引き絞るような締めつけに、小十郎は低く呻いてから、性器を抜いておのれも下半身の緊張を解いた。 力の抜けた佐助の背を、木にもたれさせる。 小刻みな息を吐きながら呼吸を整えようとしている佐助の前に座り込んで、小十郎は手を伸ばして濃い赤い髪をくしゃ りと掻き混ぜる。それからかちりと留め金を外して、狐の仮面を外した。ゆらゆらと揺れている赤い目と、真っ赤な顔 があらわになる。それが思い切り歪んで、ひどく滑稽なものになった。 さいあく、と言う。 「なんなんだよもう―――――――やられて、顔も見られてじゃ、俺様ばっかり損じゃねえか」 「良かったんだから別に良いだろうが」 「ああもうほんとにあんたの発言には配慮が足りない、最低だ」 「どうしておまえに配慮をするんだ。益も何にもねェじゃねェか」 「益とか、そういう、ああ、も、いいですよ」 ひょいと狐の面を放って、また取る。 なかなか丈夫に造られている。良く見るとそれなりに装飾も立派だ。 しげしげとそれを眺める小十郎に向かって、飛び切り不機嫌な顔で佐助は「結局何したかったのよ」と問うた。 「盛ってるってわけでもねえでしょうに」 「べつに、おまえ相手に盛るほど俺も涸れてねェ」 「うっわ、あんだけ好き放題やってその言い様。何様だ、あんた」 「そうだな」 小十郎は首を傾げて、佐助に向き直る。 顎に指を這わせて、くいと顔を上げさせた。 訝しげに目が細められる。まだ濡れている目をじいと覗き込んでから、小十郎は満足げに頷いた。顎から手を離して、 腰紐を正し、立ち上がる。胸元から手拭いを出してやって、佐助の上にはらりと落とした。 拭いとけ、と言う。汚ェぞ、顔が、相当。 佐助は座ったまま小十郎の足を蹴った。 「つうか返して、ソレ」 「どれだ」 「仮面」 「あァ」 「俺様の仕事道具なんですけど」 「どうするかな」 仮面を裏返し、額にかつんとそれを当てる。 「あんまり好きじゃねェな、こういうのを使ってするのは」 「誰がしろっつったよ。誰も言ってねえよ、呆け」 「おまえは好きだろ」 「何が」 「こういうの」 「―――――――何を、根拠に」 間を置いてから呻いた佐助に、小十郎は首を傾げた。 それからすこし考えて、「反応」と答える。佐助は更に呻いた。馬鹿野郎、と言う。次はこれ被ったままあんたのと ころに襲いかかってやるよ、馬鹿。小十郎は目を丸めた。 それから目を細めて、成る程、と言う。 「そっちも、あるか」 「はあ」 「これ」 「それが、なに」 「うん」 仮面を顔にかぱりと嵌め込む。 佐助の目がくるりと丸くなった。小十郎は幾度か仮面の角度を調節してから、きちりと嵌るのを確認して、へェなか なか付けても違和感が無ェんだな、きちんと前も見えるしふうん、優れものじゃねェか、などとひとりつぶやいてか ら、佐助に向き直り、 「付けながらするってのは、俺は未だ試したことがねェんだが」 どんな具合かね、と首を傾げてやる。 佐助はうんざりと息を吐いて、知らねえよ、と言う。 小十郎は仮面を被ったままそうか、と頷いて、上田の城下町にでも行って試してみるかなとつぶやくと、ぐいと裾が 引かれたので下を見ると、佐助が地面を睨み付けながら陣羽織を引いている。 どうした、と問うと、顔が上がって赤い目に思い切り睨み付けられた。 その目のまま厚い唇がにいと上がって、それ俺のだから、と散々鳴いたせいで掠れた声が言葉を綴る。俺の仮面使っ あんたの個人的な愉しみに貢献するなんて、真っ平御免だよ。第一どうすんだい。終わった後に、戻しに来るのか。 そいつぁどうも、随分間抜けじゃないか。 仕様がねえから、と佐助は言う。 「仕様がねえから―――――――試すなら、俺にしなよ」 更にぐいと引かれる。 小十郎は大人しくそれに従って、座り込んで仮面を付けたまま佐助にひとつ、口付けた。 おわり |