・・・巷説BASARA百物語・・・









京極夏彦先生の「巷説百物語」シリーズより。
・又市=佐助
・百介=小十郎
というえ?どこがだよ。というキャスティングで参りたいと思います。
知らない方の為に簡易説明をしておきますと、又市は簡単に言うと必殺仕事人的なことをしている人で(違)
口八丁の詐欺師ヤローで無宿人です。百介は金持ちのぼんぼんの物書きです。ふたりはひょんなことで知り合い、それ以来なんとな く付き合いを続けていますが、又市は常に百介に一線を引いています。













廓のなかは、雑然としていた。
香と白粉のにおいが片倉小十郎にまとわりついてくる。小十郎はかすかに眉をひそめる。廊下の奥からのその そと遣り手婆が現れ、小十郎の姿を見てその顔をくしゃりと歪めて、店はまだだよ、と吐き捨てるように言った。
「ーーーーいや」

店に来たわけではない。
小十郎がそう言うと、婆はよりいっそうその顔を醜悪に歪める。冷やかしなら帰れと言われて、小十郎はさて どうしたものかと顎に手をやった。此処まで来て帰るのはばからしいが、かといって廓に来て男を探している とも如何なものだろうと思う。
考えているうちにも婆は小十郎を追い出そうとすり寄ってくる。意を決して小十郎は探し人の名を口にするた めに、その薄い唇を開こうとして、


「おやあ?こりゃあ、物書きの先生じゃないの」


二階から降ってきた声にそれを阻まれた。
婆と小十郎は同時に顔をあげる。ふわりと揺れる薄汚れた白い布がふたりの目に飛び込んできた。片倉の旦那 と廓とはこれまた珍奇な組み合わせだねぇ、とけらけらと笑う声が廓に響く。

声の主は、小十郎の探し人の猿飛佐助そのひとだった。

婆が不機嫌そのものの声で、ナニサあんたの知り合いかいーーーと言う。
佐助は四つんばいになって部屋から顔だけ出し、そうだよ、と頷く。その後ろからわらわらと遊び女たちが佐 助に群がる。目に痛いような小袖を着た女たちは、小十郎の姿を見て黄色い声をてんでにあげた。

「なんだィ、随分いい男の知り合いが居るじゃないかァ」
「そうサ、折角なんだから紹介おしよ佐助サン」

女達にせがまれて、佐助はそれを振り払いながら馬鹿お言い、と小十郎を見下ろす。
赤い目にいきなり見据えられて、小十郎はかすかに戸惑った。こんな場所で見ると、今までどこか現実離れし た存在として認識していた猿飛佐助という男が、いやに生々しくて直視しづらい。
佐助は小十郎を見ながら、楽しげに遊び女たちに口上し出す。

「小十郎さんにおまえらみたいなの近寄らせて堪りますか。
 ーーーーーさぁさぁ、片倉の旦那。そんなところに突っ立ってると、そこの妖怪婆に取って食われちまいますぜ」

佐助のことばに婆がこの小股くぐりが、と吐き捨てる。
小股くぐりというのは佐助の通り名で、意味はあまりいいものではない。簡単に言えば嘘つきということだ。 が、佐助は言われ慣れているので気にもせず、手で小十郎を二階へと招く。
小十郎はそれに従って狭い階段をのぼり、女たちの間を縫って佐助の前に立つ。遊び女らはきゃあきゃあと小 十郎に群がろうとしたが、佐助に止められてそれはかなわない。
女のひとりが、拗ねたように唇をとがらせて、

「なんだィ、こんだけいい女が居て、サテなんで靡かぬと思うたら、
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー佐助サンはこっちの人かィ」

と笑った。
すでに佐助に誘われ、座敷へと入り込んでいた小十郎はそのことばに目を見開く。が、佐助はにやにやと笑っ たまま。襖を閉めながら女達に覗かないでね、と言い捨てた。
かたん、と襖が閉まる。
女達の奇声がかすかに聞こえた。

「おい」

小十郎は難しい顔をして佐助を睨み付ける。
佐助はやはり笑ったまま、なあに、と首を傾げた。誤解されるだろうと言えば、俺にその気はありませんよと ただ白い御行の衣装をまとった男は笑う。

「からかってんのさ。あんたみたいな堅物は、まァこういう場所とは縁がないからねえ」
「・・・おまえもか」
「そうだな。まァ、あんたのことは面白いおひとだとは思ってるけどね」

畳のうえには花札が散らかっている。
佐助はそのうちの一枚を手に取り、しげしげと見つめている。小十郎には視線を向けず、それで俺様になんの ご用です、と発せられたことばに小十郎はわざわざ吉原にまで足を向けた理由をようやっと思い出した。

「小股くぐりに用がある」

小十郎がそう言うと、佐助は視線を札から小十郎へと移した。
そう、と首を傾げ、それはまた珍奇な、と笑いながら佐助は持っていた札をとんと畳に置いた。





「片倉の旦那の頼みなら、例え火の中水の中。
 いつどこなりとてお引き受けいたしますがねえーーーーーさて」





お仕事は一体なんでしょう。
佐助は小十郎の目を見据えつつ、にい、と唇を下弦に歪めた。










「飛閻魔」より。
佐助は遊女に囲まれてわいわいやってるのとか似合うと思います。
このシーンは巷説至上最大のもえシーンだと信じて疑いません。











りん、と鈴の音がした。
和綴を繰っていた片倉小十郎の手が止まる。
ぱたん、と文机にそれを閉じ、立ち上がった小十郎はしばし迷う。それから意を決して障子窓をからりと開いた。

「やあ、片倉の旦那」

へらりと笑うのは猿飛佐助である。
小十郎は息を吐いて、久しいな、と言う。それに佐助はちいさく頭を下げて、お仕事があってねえ、と返した。聞けば信州のほうで の仕掛けだったのだと言う。それは遠いな、と相づちを打ちながら、小十郎はその仕掛けにおのれが参加していないことへの不満を 奥へと押し込んだ。
佐助は窓の桟に寄りかかりながら佐助はうっとりと目を細め、小十郎を眺める。

「なんか」
「なんだ」
「片倉の旦那見るとさあ、あー江戸に帰ってきたなぁって思うんだよね」

だから帰ってすぐに来ちゃった、と笑う。
佐助に笑いかけられて、小十郎は戸惑いながら眉に皺を寄せた。佐助は小股潜りである。偽りを吐いて人を騙すのが生業である。そ ういう男の言うことを真に受けるのは、あまりに滑稽だ。
だが、とも小十郎は思う。
小十郎は蝋燭問屋の若旦那ではあるけれど、もうすでに隠居の身であり店を継ぐことはない。そんな人間を騙したところで佐助には 一文の得もありはしないだろう。単純な好意を向けられているとも思わぬが、しかしただ利用されるほどはおのれも愚かではないと も思う。

小十郎の中で、ある意味で佐助との関係は賭だった。

勝つか負けるか、そもそもなにを賭けているのかも定かではない。言い訳か、と小十郎は思わず苦く笑う。巻き込まれるように仕掛 けに参加し始めてだらだらと続くこの関係を、どうしておのれが続けているのか、という問いに対する正当化だ。
佐助が不思議そうに首を傾げた。

「どしたの、旦那」
「あぁ?」
「なんか眉間の皺深い」
「・・・うるせェ」

吐き捨てながら、小十郎はぶるりと体を震わせた。
時は睦月。単衣で窓を開け放つにはまだ早い季節である。
佐助は小十郎を見て、かすかに顔を歪めた。そしてごめんね、と言って窓の桟から体を離す。咄嗟に小十郎は離れていく佐助の腕を 取った。そしてその後にすぐ後悔した。佐助がひどく驚いた顔でこちらを凝視している。
しまった、と思うがもう遅い。

「片倉の旦那」

戸惑ったような佐助の声が鬱陶しい。
小十郎は握りしめた佐助の腕をとん、と突き放し、それから数秒黙り込む。そしてちいさく帰るのか、と問うた。佐助がへらりと笑 う。

「あんた寒いの苦手でしょう。俺はそろそろ退散いたしますよ」
「客を庭先で帰したとあっちゃ、こっちの後味が悪ィ」
「俺みたいな卑賤のもんがこんな大店に入って、あまつさえ若旦那がそれの知古だなんて話になっちゃ、あんた困るだろ」
「俺は隠居だ。店の評判なんぞ知らん」

茶でも飲んでいけ、と言うと佐助は困ったように笑う。その笑いはひどく小十郎を苛立たせた。いつも佐助はこういう顔をして全て を誤魔化そうとする。癪だ。
ぐいぐいと佐助の腕を引く。小柄な体が宙に浮きかけたあたりで、佐助は慌てて入りますよ、と言った。ぱ、と手を離す。ぼた、と 佐助の体が落ちた。

「乱暴なおひとだよまったく」

佐助は崩れた衣服を直しながら、それじゃお邪魔するよ、と言う佐助の顔はやはりどこか戸惑っている。が、小十郎はそれを見て見 ぬふりをした。
佐助の姿が庭先から消え、かたん、と離れと店を繋ぐ渡り廊下のあたりから物音がする。

小十郎はその音を聞いて、ずっと詰めていた息をようやく吐いた。







「狐者異」より。
百介さんが小十郎になるだけでこんなにバイオレンスに。








佐助はしげしげとおのれの手を見つめた。
なんの変哲もない、いつものおのれの手である。指は長めで佐助の器用さを伺わせ、口先で生きてきた小股潜りにふさわしくその手 は下手な女のそれよりすべらかでしろい。船の舳先で水平線をうしろにしながら、佐助はぽつりとつぶやく。

「なんでかなあ」

咄嗟に。
咄嗟に掴んでしまった。
こたびの仕掛けは船幽霊を模したもので、佐助をはじめ仕掛けに関わった者はみなこの世の者ではないと少なくとも相手側は思った だろう。だから小十郎は、ほんとうならあちら側に居るべきだった。そうしてこの世の者としてお得意の知識を披露するのが常の小 十郎の役目である。
いつもそうやって小十郎との間に一線を引いてきたのは他ならぬ佐助で、だというのに岸辺でひとり佐助たちを見上げる小十郎を見 て、佐助は。

佐助はなぜだか、その手を掴んで船へと引き上げた。

仕掛けとしても、小十郎の地位や立場を考えても、どちらにせよ益のないことをしたと思う。

「どういうつもりだ」

と、かすがにも言われた。
金色の髪の人形廻しは、思いのほかあの物書きを気に入っている。あの女も好んで入ったこの世界ではない。表の世界で生きるあの 男に憧憬めいたものを抱いているのだとしても佐助はそれを笑おうとは思わなかった。
ぼんやりと波が白く泡立つのを見ていたら、きしりと船が軋む音が背後から近づいてきた。
振り返ると、小十郎が立っている。

「おや、旦那。おはやいお目覚めで」
「船ってなァ、慣れねェな。眠れん」
「まあねえ。そりゃあ此方は船幽霊、酒や芸子にの屋形船たァいかないさ」

佐助はへらりと笑う。
潮風に髪が靡くのをうっとうしげに抑えながら、小十郎は佐助の横に並んだ。纏っている旅装束はすっかり薄汚れている。本来なら ば小十郎を引き込むはずではなかった仕掛けに巻き込まれたが為に、随分と過酷な環境へと放り込んでしまった。佐助は眉を寄せた 。かすがに言われたことばが耳によみがえる。

ーーーーーー死んでいたかも、しれないんだぞ。
ぞくり、と。
背筋になにかが走る感触に佐助は身を震わせた。小十郎がそれを見て、寒いのか、と言う。佐助はあいまいに笑って小十郎のことば を流す。それからじいと小十郎を見る。薄汚れた物書きは、それでもやはり生まれであろうか育ちであろうか、朝陽に照らされてど こか荘厳な空気をまとっている。

(このおひとが、しぬ)

それは正しく恐怖だった。 ひとり黙り込んだ佐助を不審に思った小十郎が、さるとび、と声をかける。佐助はふいと頭を上げた。小十郎が苛立ったような顔で こちらを見ている。

「・・・聞いてんのか、てめェ」
「え、あ、ごめん。ぜんぜん聞いてなかった」
「様子がちげェな、っつってんだよ」
「様子?俺の?」
「ああ」

頷いてから、小十郎はすうと目を細めて言う。

「後悔してんだろ」

佐助はそのことばの意味をいっしゅん計りかねて、小十郎を眺めた。それからこの船に小十郎を乗り入れさせたことを言っているの だと判って、ああ、とつぶやき、それからちいさく頷いた。小十郎が不満げに鼻を鳴らす。佐助はそれにけらけらと笑った。

「なんだい、ご不満かよ」
「・・・べつに、除け者にされるのはいつものことだからな」
「除け者だなんて滅相もない」
「事実じゃねェか」

小十郎は佐助を睨み付ける。
夜に似たその目に射すくめられながらも、佐助はなおも笑った。笑いながら、なんてこのひとは怖ろしいのだろう、と思う。

(誰の為に除け者にしてると思う)

小十郎の為だ。
だから佐助はもうだめだ、と思った。もうだめだ。だって佐助は小十郎を巻き込んだ。危うい目に合わせ、挙句まるで小十郎までこ の世ならぬ者であるかのように扱った。それはすべて、小十郎の為であるはずもなく、

(俺の欲だ)

そのうち、きっと遠くない先に。
佐助は小十郎を除け者にすることが出来なくなることを、半ば確信して絶望する。小十郎はそうなったら拒むまい。それがさらに佐 助にとっては怖ろしかった。



きえよう、と佐助は思う。







その日が来るまでに、佐助は小十郎の前から消えなくてはいけない。













「船幽霊」より。 かすが=おぎんさんで。さすかすとこじゅかすでもえてみましょう。







その話を聞いたとき、佐助は心の臓が止まるかと思った。

「なんでも物書きの旅人がひとり、あの島について嗅ぎまわっていたらしい」

こいつア、あの先生のことじゃねえのか。
佐助の長屋へと情報を持ってきた長曾我部元親は眉を寄せながらそう言う。佐助はしばし呆然とした。それから、それは確かか、と元 親が首を振るのではないかという、とてもかすかな希望を込めて問うた。元親はさあな、と肩をすくめる。

「妖怪話探す物好きな旅人なんざァ、俺にはあの先生しか思いあたらねェがな」
「・・・なんてこった。俺もだよ!」

佐助は手元の商売道具である札をぐしゃぐしゃと握りつぶす。落ち着けよ、と元親に諌められて佐助は驚いた。

「落ち着けって、誰に言ってんのさ」
「おまえだ。馬鹿」
「俺が?落ち着いてないとでも?」
「あきらかに動揺してるだろうが」

呆れたように元親が息を吐く。
佐助は憮然とした顔で元親から視線を外す。あの島。仕事で調べたあまりに禍々しいその島の情報が佐助の頭を巡った。潮の流れで 一定期間しかその島へと行くことはできず、強引に行こうとすれば波に飲まれて船は転覆する。運がよければその島へと流れ着くこ とも出来るがーーーそれも運がいいと言っていいかは分からぬ。
島では流れ着いたものは供物として、要するに物として見なされる。絶対的な主が居て漂流物はその主の所有物となる。そんな狂っ た規律が芯まで染み渡っている。
異常な孤島である。


そこに、小十郎が行った。


「・・・あの馬鹿!」

知らず佐助は怒鳴った。
元親があわれむような目で、まだ救いはある、とらしくもない気休めめいたことを言う。かの孤島では流れ着いた者は物であるが、 みずから辿り着いた者は客となる。小十郎が漂流していなければ、あるいは。
佐助はすく、と立ち上がった。

「鬼の旦那」
「おお」
「行くぜ。もたもたしてる時間はねーみたいだわ」

かの島への道が開けるのは三月に一度。
それはもう、すぐそこへと迫っている。逃せば小十郎を助けるのが三月延びる。三月延びて、其処に居る小十郎が佐助の知る小十郎 である確率は恐ろしいほどに低い気がした。
御行包みをまとい、鈴を手にする。

長屋を出ると、風があざ笑うように佐助を包んだ。






月が気色悪いほどにひかっている夜だった。
その島へと辿り着いた佐助と元親は、崖にかすかにある道を上って上を目指す。ともすれば滑り落ちていきそうな急な坂道である。 ふいに元親が佐助の袖を引いた。なんだと問うと、元親は唇に指を当て、

「・・・誰か来る」

と言う。
佐助は木の陰に体を隠しながら耳を済ませた。成る程足音が近づいてくるのが聞こえる。しかも、あまり穏やかではない。あきらか に走っている音である。気づかれたかとも思ったが、そうであったとしても佐助たちはこの島の規律に照らせば「客」である。命は 取られまい。
佐助は元親に耳打ちをする。

「・・・島のもんかね」
「・・・さぁな。が、俺たちは客だ。そう焦る必要もねェ」
「だーよね」

足音はどんどん近くなる。
佐助は闇の中、目を凝らした。足音の主がかすかに見える。ずいぶんと長身の男のようであった。身一つで、そこまで暑い季節でも ないのに襦袢しかまとっていない。起きたままの姿で出てきたという風である。
あ、と言ったのは元親が早かったか佐助が早かったか。
同時だったやもしれぬ。

「・・・っちょっと待った!」

飛び出したのは佐助だった。
佐助たちの横をそのまま走り抜けていきそうだった男の足が止まる。長い距離を駆けてきただろうに、息ひとつ切らさずに男はただ 、ああ、とだけ呟く。佐助は思わず肩を落とした。

男は片倉小十郎であった。

襦袢がかすかに乱れている。小十郎はそれを直しながら、佐助のうしろの元親に軽く頭を下げた。

「久しいな」
「お、おお」
「・・・・片倉の旦那」

佐助はふるふると震える肩を抑えることもせずに小十郎を睨み付ける。小十郎は特に表情を変えることなくそれを受け入れた。その ことで佐助は逆におのれの醜態を悟る。小股潜りがなんて様だろう。
佐助は目を閉じ、それから開く。
そして笑った。

「こいつは奇遇だねえ、小十郎さん。
 まさかあんたがこんな島に居るなんざ思いもよらなかったよ」
「ああ・・・少々しくじった」
「本当にね!あんたってひとはとことん予想外で面白い。面白すぎて」

死んでしまいそうだ。
佐助はことばを飲み込んで、小十郎から視線を外した。小十郎は元親から島のことを聞いている。それが終わると次に小十郎が島で のことをふたりに話し出した。幸いにも小十郎は客として島に辿り着いたらしく、それを聞いたとき佐助は崩れ落ちるほどに安堵し た。
とりあえず屋敷に戻ろうということになって、さんにんは歩き出す。小十郎の隣を歩きながら、佐助はちいさく問うた。

「あんたさ」
「あぁ?」
「なんで走ってたの」
「ああ・・・あんまり気色悪ィもんだから耐えられなくなった」
「そんで?」
「泳いで帰ってやろうと思ってな」

小十郎の答えに佐助は笑う。

「無理だし」
「冗談に決まってるだろうが」
「なんだよ・・・ほんとはじゃあ、なんで」

迷いのない走り方だった。
片倉小十郎という男がそういう男だと言ってしまえば、それまでだが。小十郎はちらりと佐助を見た。
それから、息を吐きながら言う。

「・・・来るかと思った。そろそろ」
「は」
「阿呆だと思う。てめェでもな」
「なんの、はなし?」

佐助は首をかしげる。
小十郎は困ったように眉を寄せた。

「おまえが」


来るかと思ったんだよ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は」

たっぷり間をおいてから、ようやく佐助の口から出たのは意味を成さぬ声でしかなかった。小十郎は言ったことを後悔しているかの ように口元に手をやっている。佐助はほうけた。意味が分からなかった。
分かるのが怖かった。

(このひとはなんてことを)

小股潜りになにを期待しているのか。
小十郎がこの島に佐助の仕事が絡んでいたことなど知るわけもない。ならば仕事が絡んでおらずとも佐助はおのれを助けに来るとで も思っていたのだろうか。なんという思い上がりだと佐助は思った。愚かしいとすら思った。
なので、そういうことを言ってやった。

「そうだな」

小十郎も頷く。
が、そのあとでにやりと口角をあげて、言う。

「が、おまえさん来たじゃねぇか」

佐助は黙った。
黙ってから、偶然てのは怖いね、とちいさく笑った。







「赤えいの魚」より。 小十郎はひとりで脱出出来る気がします。








拍手ぷらす日記でちょこちょこ書いたもの。
もえ設定っていうか巷説物語にもえてるのが見え見えです。



2007/02/06
空天

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