目を覚ましたのは小十郎のほうが早かった。 まだ外は暗い。時計を見ると深夜の二時で、小十郎は深く息を吐く。そして体の上の佐助をどさりとソファから落とした。佐助 はすこし呻いたが、そのまままたすうすうと寝息をたてはじめる。 小十郎はやすらかなその寝顔を忌々しげに足で二三度踏みつける。 重しかなにかをつけられたかのように腰が痛い。 「・・・・糞が」 それを必死で抑えつけて立ち上がる。 その拍子につう、と後ろからなにかが流れ出る感触に小十郎は目を見開いた。それからあらためて佐助の寝顔を睨み付ける。も ちろん佐助はそれに気づくわけもなく、間抜けた顔で眠っている。よく見てみると上半身にもすでに乾いてはいるが昨夜の名残 がこびりついていて、小十郎は低く呻いた。 ところどころに白い痕の残るセーターを脱ぎ捨てる。明日ーーー時間から言えばすでに今日だけれどーーーのことを考えれば、 きちんとバスルームへ持っていくべきだろうが小十郎も疲れ切っていた。ソファに衣服を脱ぎ捨てて、下着だけ新しいものを寝 室で取り替えてベッドに沈み込む。 目を閉じたら、佐助のことを思い出した。 まだソファの下であれは寝ている。 暖房はつけたままにしているから凍死することはないだろうが、それでもフローリングの床で寝たら翌日の体の痛みは避けられ ない。いい気味だ、と思った。柔らかいベッドのスプリングは逆に腰の痛みを増幅させる。この痛みに比べたらそれくらいの痛 みは、あの男に降りかかってしかるべきであろう。 小十郎は目を閉じる。 寝よう。 「・・・・・・」 寝返りをする。 十回目の寝返りのあと、小十郎はソファの下の佐助を寝室へと運び込んだ。 上等な言い逃れ this morning 佐助はベッドの上で正座をしている。 目の前では腕を組んだ小十郎が荒んだ目をして佐助を睨み付けている。佐助はだらだらと汗を流しながら視線をじぶんの足に落 としたまま動かさない、いや、動かせなかった。 昨夜あったらしいことについては、佐助はなにも覚えていない。 覚えていないが、正直佐助はとてもすっきりしていた。 たぶんやっちゃったんだろうなあと思う。 小十郎はそんな冗談を言うタイプではない。佐助が覚えているのは居酒屋で時計を見て、終電が近いけれど片倉さんちに泊まれ ばいーやーと思ったところまでだ。裁判をしたら確実に負けるだろう、たぶんこんなこと小十郎は訴えないだろうが。 「・・・とてつもなく申し訳ございませんでした」 佐助は視線を落としたまま言う。 その声はおそらく秋になって命尽きんとする蚊のそれよりかぼそい。小十郎はぴくりと眉を動かし、それから腕を伸ばして佐助 の顎をがしりと掴んだ。ひい、と身を竦ませる佐助に小十郎は地響きのような低音でゆっくりと言った。 「それが、ひとに、謝る、態度、か?」 「ひいいい、ごめんなさいっ」 「目ェ見て謝るのが、せめてのもの誠意の示し方ってェもんじゃねェのか・・・・?あァ?」 静かな声で凄む小十郎ははっきりと悪人面だった。 佐助は恐怖に身を竦ませながら、どうしてこんな顔のひとに昨日のじぶんは欲情したのだろうと思った。今やれと言われたらた ぶんコンマ二秒で首を横に振ること間違いなしだ。小十郎は怯えきった佐助の様子に満足したのか、いちどその頭をげんこつで 殴って、ベッドからするりと下りる。 激痛にのたうち回る佐助を見下ろして、小十郎は静かに言った。 「無かったことにしてやる」 「・・・へ?」 「昨夜のことは無かったことにしてやるっつってんだよ。俺も忘れてェし、おまえさんも男犯したことなんぞァ、表沙汰にゃあ したくねェだろ。・・・あとはいつか酒でも奢りゃ忘れてやるさ」 「え、でも」 寝室から出て行こうとする小十郎の背中に佐助は言う。 「いいの、それ、俺に都合良すぎやしない」 小十郎はちらりと佐助に視線を向ける。 それから、悪いと思ってんなら良い酒奢れ、と言って寝室のドアを閉めた。 残された佐助はぼう、と締められたドアを見つめる。 「・・・・・えーっと」 まだすこし頭が混乱していた。 整理しよう、と目を閉じる。 ・ゆうべ、どうやら佐助は年上の同僚を同意のうえではなくやっちゃったらしい。 ・しかもその後始末をすべて小十郎に押しつけて寝こけていたらしい。 うわ、と佐助は思う。 起きて早々小十郎に獣呼ばわりされたときはなんのことだと思ったが、これはそう言われても仕方がない最悪ぶりだ。そう考え ると、驚くほど小十郎の対応は良心的と言える。殴られた頭はひどく痛むけれど。 佐助は毛布を体に巻き付けてそろそろとベッドから滑り降りる。ぺたぺたとフローリングの床の冷たさに耐えながらリビングへ と向かう途中に、じゅうじゅうというフライパンの焦げる音とベーコンのかぐわしい香りが佐助を包みこんだ。 (・・・あ、あさごはん) リビングのドアを開くと、すでに小十郎は服を着ていた。 フライパンに卵を流し込んでいる小十郎を横目に、佐助はソファにこそこそと寄る。散乱している洋服を掴み上げて佐助は思わ ず眉をひそめた。どの服も白い痕がついていて、とてもではないが再び着ようという気にはなれない。 かつて服であったものたちと睨めっこをする佐助に、キッチンの小十郎があきれて声をかけた。 「・・・寝室のベッドに向かって左のタンス」 「へ」 「まだおろしてねェ下着と、ワイシャツが入ってる」 着な、と言いながら小十郎はフライパンを揺らす。 佐助はちいさく頷いて、ふたたび寝室に向かい下着とワイシャツを着る。ついでにズボンも借りようと思ったが、残酷なことに 股下がはるかに長かった。捲ればいいがそれも癪なのでワイシャツ一枚でリビングに戻る。ワイシャツのサイズも佐助のそれに 比べてふたつほど上で、そのまま着ても膝下まで隠れるのでかまうまい。 リビングに戻ると、テーブルにはすでにふたりぶんのオムレツが乗った皿が置いてあった。 キッチンから小十郎が佐助に声をかける。 佐助は思わず姿勢を正した。 「コーヒーと紅茶、どっちにする」 「え・・・っと、じゃ、コーヒーで」 「ミルクは」 「・・・・ブラックでお願いします」 「解った」 キッチンの奥に消えていく小十郎の背中を、佐助はすこし考えてから追う。 棚の上からコーヒー豆を取り出していた小十郎は、広いとは言えないキッチンに現れた侵入者に眉をひそめた。その険しい顔に 佐助はすこしひるんだが、意を決して口を開く。 「かたっ・・・くらさん」 「なんだ」 「あのー・・・です、ね」 「・・・早く言え」 小十郎は佐助を見ないで言い捨てる。 がりがりと豆を挽きだした小十郎の背中に、佐助はつっかえながらことばを続ける。 「・・・から、だとか・・・・つらくない?」 小十郎の背中がぴくりと揺れる。 豆を挽く音も止まった。が、しばらくするとまたがりがりという音がキッチンに響きだす。心なしか乱暴になったように思える その音に佐助はくじけそうになりながら、それでも出来うる限りの誠意を込めた声を出した。 「俺さ、全然覚えてねーんだけど」 「だろうな」 「なんか何から何までやらせちゃった・・・んだよね」 「おめェはそれは安らかに眠りこけていやがったよ」 「・・・普段そこまで酔うこととか、あんまないんだけどっ」 「そらァ、俺はよっぽど運が悪ィってことだな」 「・・・・・」 「・・・・・」 がりがりと。 コーヒー豆を挽く音だけがキッチンに満ちる。 佐助はその沈黙に逃げ出したくなった。が、ここで逃げたらさらに小十郎にたいして不誠実さを重ねることになる。小十郎はあ きらかに最低な佐助に対して、破格とも言える対応をしているのだ。佐助もそれに相応する誠意を示さねば、明日からの仕事に 差し支える。 佐助は手を一度挙げ、それから下げる。 とりあえずこの場の雰囲気をなんとかしたかった。佐助はシリアスな雰囲気がすきではない。そういうものとは関わらず人生ふ らふらと終わりに出来たらそれに勝るものはないと佐助は思う。なので佐助はとりあえず笑った。 「でも、さ!」 そしてぽんぽんと小十郎の背中を叩きながら、 たぶん佐助はこの場合もっとも言ってはいけないことを、言った。 「酔っぱらってやったことなんて、やったうちに入らないよね!」 小十郎は、今度は体を固めたりはしなかった。 がりがりと豆を挽いている。そして挽き終わったらしいその粉を、コーヒーメィカーに落とし、お湯をヤカンからたぷたぷと注 いで、くるりと佐助に向き直った。特に眉間にしわを寄せるでもなく、額に青筋をたてるでもなく、普段と変わらない無表情だ ったので、佐助はへらりと小十郎に笑いかけた。 小十郎もそれににこりと笑い返す。 「そうだな」 そして佐助の肩をぽん、と叩く。 「覚えてねェことをあったと思うのは、そらァ難しいだろう」 「え」 「大体おめェはいれる側で、痛くも痒くもなかっただろうしなァ」 「え、あの、片倉さん?」 「抜かずの二発をやられた俺の気持ちなんぞァ、かけらも覚えちゃいねェのも無理はねェやな」 「おおおおおおお怒ってますかァア!?」 「いや?」 小十郎は相変わらず笑っている。 だが佐助には、眉間に皺を寄せているよりはるかに恐ろしい顔に見えた。 ずる、と一歩後ずさる。 小十郎も同じように一歩佐助に寄る。佐助はさらに一歩後ずさろうとしたが、シンクに阻まれてそれは叶わなかった。だん、と 小十郎は佐助を閉じこめるように両手をシンクの縁についた。 そして言う。 「酔ってるか」 「・・・へ」 「今、おまえ、酔ってるか?」 佐助はふるふると首を振る。 そうか、と小十郎は頷く。佐助はなんだろう、と首を傾げた。 「・・・・んっ!?」 そして目を見開く。 佐助はそのままこちんと固まる。事態を把握するのに、丸々三十秒かかった。 傾けた顔に、小十郎のそれが重なっている。 なんだこれは、と佐助は思った。 小十郎の唇はかさかさと固い。だが潜り込んできた舌はあつかった。それがひとつの生き物のように、佐助の口の中をうごめい ている。下唇をなぞられると背筋がふるえた。思わず佐助はシンクに肘をつく。かくんと下がった佐助の首を追いかけるように 小十郎はさらに深く口づけた。 「・・・っふ」 鼻から出てくる甘ったるい声が我ながら気色悪い。 小十郎は佐助の肘ががくがくと震えだしたのを見計らって唇を離す。ふたりの唇の間に唾液が糸をひいて、それから切れた。ほ うけた顔をする佐助に、小十郎は口元を拭いながら無表情のまま、おまえほどじゃないが、と言う。 「俺もキスには自信があってな」 「・・・は?」 「で、まァ男は初めてだが」 ぐ、と小十郎の手が佐助の下着にかかる。 佐助が抵抗する隙もなくそれはずるりと下ろされた。小十郎の目がすこし開かれる。あ、と佐助も声をもらした。下着のしたの 佐助の性器はゆるゆると立ち上がっていて、思わずふたりは顔を見合わせる。 小十郎は目を細め、さるとび、と佐助の名前を呼んだ。佐助はそれにゆっくりと頷く。かなり危険な状況になってきているよう な気がしたが、なにぶん昨日のことがあるので中々抵抗らしい抵抗ができない。それに小十郎の腕は太く、がっしりと閉じこめ られた佐助は抵抗のしようがない。 「覚えてねェんだな」 「え」 「昨日のこと」 「え、あぁ、はい・・・すいません」 「・・・じゃァ、改めて」 一緒に気持ちよくなろうじゃねぇか。 小十郎はやはり無表情のまま、言った。 シンクについた腕が痛い。 (腕だけじゃねー・・・っ) 佐助は思った。とりあえず尻の穴が痛い。 本来の用途ではない使われ方をしているその場所は、今もあわれにも明らかに容量オーバーな物質を出し入れされてめりめりと 悲鳴をあげている。ごま油の匂いがする。佐助は痛みでかすむ思考のなか思った。小十郎が挿入の際に使った潤滑油代わりのそ れは今シンクの片隅に蓋が開いたまま放置されている。 「・・・っ、く、いっ、てェっ」 あまりの痛みに悲鳴をあげる。 が、佐助に覆い被さっている小十郎はなにも応えない。ただ無言で腰を動かしている。 へたくそ、と佐助は荒い息のなか呟いた。全然きもちよくない。小十郎はそのことばにぴくりと眉を上げ、それからきもちよく なりてェのか、と聞いてくる。 佐助はすこし迷ってから頷いた。 もう貞操は失われたのだから、どうせならきもちいいほうが良いに決まっている。 「言って、おく、がな」 更に屈辱だぞ。 小十郎はそう言ったが、佐助には聞こえない。 じぶんの体の下でひいひい言っている佐助に、小十郎は目を細めて息を吐く。それから探るように幾度か性器を出し入れした。 「・・・ん」 こり、と佐助の中にしこりに小十郎の性器が触れる。 佐助の膝ががくんと下がった。そのまま崩れ落ちそうになる佐助を、小十郎は腰を持ち上げシンクに乗せる。そしてさっき見つ けたしこりをまた突いた。へたりとシンクにぶら下がっていた佐助の体が打ち上げられた魚のようにびくびくと跳ねる。 「・・・っ、ひぃ、も、いいっ」 「お、れが、まだいけね、ェ」 「お、れっは!げ、んかいなんですけどっ」 「・・・ち、情け、ねェ野郎だ・・・・ぜっ」 俺はもうちょっと保った、と小十郎は言う。 どうでもいいわそんなこと、と佐助は揺さぶられながら思った。脳から足の指先まで、常に感電しているような気分だ。きもち いいとかわるいとかのレベルはとっくに超している。過ぎた快感はいっそ苦痛だった。 耳元で小十郎の荒い息づかいが聞こえる。それがまた刺激になって、佐助はぽろぽろと涙をこぼした。 「・・・っぁ、くっ」 小十郎がひときわ奥を抉る。 佐助は堪えきれず精を解放した。 小十郎もしばらく出し入れをしたあと、佐助の中から性器を取り出して精を放つ。シンクからずるずると崩れ落ちた佐助のうし ろで、小十郎もどさりとフローリングに座り込む。 「・・・・・・・・」 「・・・・・・・・」 しいん、と。 キッチンに再び痛い沈黙がながれる。 が、今度は痛いのは佐助だけではないようで、ちらりと振り返ったさきにある小十郎の顔は青い。ものすごい後悔している顔だ なあとひりひり痛むいろいろに耐えながら佐助は思った。 ねえ。佐助は小十郎に言う。 「あんたさあ」 「・・・なんだ」 「すっげーやんなきゃよかったって思ってるでしょ」 「・・・」 「やられたこっちにしてみりゃ、とんでもねーんですけど?」 これで昨夜のことはチャラだ。 佐助はそう思った。なので多少偉そうに続ける。 「あーあーいってぇなあ」 「・・・元はと言やァ」 「は?」 「元はと言やァ、おめェが昨日したことが原因だろうがっ」 「はあ?だからってふつーそれをそのまま返すか!?ありえねーだろ!」 「ありえねェのは昨日のおめェだ!」 「だから覚えてないって言ってんじゃん!謝ったじゃん!」 「謝って済んだら警察はいらねェんだよ!」 「あんたうちの園児か!」 どんどん会話が低レベルになっていく。 大体、と小十郎は佐助のワイシャツの襟を掴み上げて言う。 「おまえ責任取るっつったろう!」 佐助はぱちくりと目をまばたかせる。 「はあ?責任?」 「そうだ」 「知らねーですってば!つーか責任て言うならねェ!俺だってもう同じ立場なんだから責任取ってもらう権利はあるんだよ!」 「あァ?おまえのほうが先だろう」 「じゃー俺が責任取ったらあんたも取るわけ!?」 「上等だぜ・・・責任だろうが相撲だろうが取ってろうじゃねェか!」 「言ったね!俺今聞いたからね!」 責任取るんだね!と佐助が怒鳴る。 取ってやろうじゃねェか、と小十郎が頷く。 ふたりがそもそも責任てどうやって取るんだと気づくまであと三十秒。 |