片倉小十郎はその朝、電車で幼稚園に向かった。 愛車は園の駐車場で一夜を明かし、きっと今頃へそを曲げてる。 恋 に な る ま で 6 職員室に入ると、既にそこには猿飛佐助が居た。 よう、と言えばびくりとその体が震える。小十郎は首を傾げた。佐助はいやに神妙な顔でこちらを見ている。 どうかしたかと聞くと、かたんと席を立って佐助は小十郎の前までやって来た。そして言う。手、出して。 「手?」 「いいから」 言われるままにてのひらを佐助に向けた。 ひたり、と佐助の手がそれに重なる。小十郎は思わず一歩後ずさった。しかし佐助の手は離れずに、そのままついてくる。 佐助の手は温い。じわりと伝わってくる温度に、柄にもなく小十郎はすこし動揺した。だが佐助はそんな同僚の様子を見よ うともせずに、重なった手だけをじいと穴が空くのではないかというほどに凝視している。 職員室の時計が動く音が、やけに大きく感じられる。 「・・・やっぱりかあ」 程なくして佐助の手が離れていった。 そして佐助は息を吐く。うんざりと言う。ああなんてこった。 「おっさんなのに」 「・・・あァ?」 「360度どの角度から見ても、おっさんなのに」 赤い目が細められ、首が振られる。 小十郎は眉を寄せた。よくわからないが、たぶん自分は馬鹿にされているのではなかろうか。問いただそうと肩に手を置い たら、今度は佐助が後ずさった。しかも、職員室の端まで一目散に、それはもはや後ずさるというよりは、逃げた。同僚の 奇行にぱちくりと小十郎は、手を浮かせながら目を瞬かせる。 べたりと窓に張り付いている佐助は顔を赤くしながら、へらりと笑った。 「ごめん」 「なんだおまえさっきから」 「いやこれには色々と複雑な・・・複雑でもないけどとにかく様々な諸事情がございまして」 「・・・はあ?」 「とにかくですね、とりあえずですね、片倉さんはコートを脱いでロッカーに掛けにいけばいいんじゃないでしょうか。 そろそろ他の先生方もいらっしゃいますし、生徒さんたちも登園なさる時間ですし、俺如きに関わって貴重なお時間をお 使いになるのは如何なものかと思ったり思わなかったりなわけで」 何故か敬語で佐助はまくし立てる。 意味が分からない小十郎は、ぺたりと一歩佐助に寄った。 おい、と声をかけると佐助は更にいもりのように窓にへばりつき、 「来んな!」 と怒鳴った。 怒鳴られた小十郎は、かちりと固まる。 来るな。小十郎は今言われたことを頭で復唱する。来るな。 くるな、と猿飛佐助が片倉小十郎に言った。 小十郎は黙り込む。 あ、と佐助が声を漏らす。そして謝罪のことばを口にしようとしたが、それより先にひゅーんと飛んできたなにかが顔にぶ つかってきたのでそれはかなわなかった。ばご、という音と佐助の呻き声が職員室に響く。 職員机の上にあったビデオテープを投げつけた小十郎は、すたすたと佐助に近寄り、 「・・・てめェ、誰に向かって口聞いてんだ。あァ?」 と冷たく笑いつつ、崩れ落ちている佐助を踏みつけた。 ぎゃーという情けない声が佐助の口から出る。小十郎は構わず背中をげしげしと蹴りつける。ぐらぐらと腹のあたりが煮え るようだった。先に驚かしてきたのは相手なのに、なんで『来るな』などと言われなくてはいけないのか。さっきまで重な っていた手の温度が、小十郎の手をまだ離れていかない。 煩わしくて、苛立たしい。 それを振り払うように、佐助を更に強く踏みつける。 佐助は小十郎を避けているらしい。 朝の一件から、煮えくりかえる腹を抱えつつその日一日過ごした感想だった。小十郎は苛々とマグカップの中のココアをか き混ぜる。粉が底の方でどろどろとした固まりになっていた。かき混ぜてもかき混ぜても、それは溶けることなくそこに留 まっている。諦めてスプーンを小十郎は離した。 (俺が何をした) なにもしていない。 が、佐助は事実小十郎を避けている。顔を見ようとしないし、会えば出来るだけすぐにどこかへ行こうとするし、さっきト イレで鉢合わせた時などなんと佐助は走って逃げ出した。露骨だ。嫌がらせか。なんだか最近佐助からそういう嫌がらせじ みた行為を受けることが多いような気がする。 別れる別れないの、変なことがあったからだろうか。 小十郎は天井を仰いでぼんやりと思う。面倒だ。普通にしろ普通に。腹のあたりを撫でながら、が、と小十郎は思った。が。 更に面倒なのは、たぶん。 「・・・腹の具合が悪ィ」 ぽつりと呟く。 くるくるとなにかが溜まっている。前もこんなことがあったな、と思う。たしかそれは、佐助が能面のような顔をして笑わ なかったときではなかっただろうか。眉間にしわを寄せる。面倒だ。 あの男に感情を乱されているらしい、自分がひどく面倒だった。 ぎしり、と音を立てて小十郎は伸びをした。そして目の前のパソコンに向き直る。いくら気持ち悪くても、仕事は去ってい かないし、そして何より小十郎は今日とっとと帰ってしまいたかった。そろそろ外での雑用を済ませた佐助が職員室に戻っ てくる。今職員室には小十郎しか居ないわけで、そうしたらふたりきりだ。また避けられるのは不愉快だった。 かたかたとキーボードを打つ音だけが職員室に響く。 父兄用のプリントを作り終え、データを保存する。あとは印刷するだけだが、ちらりと見た時計は既に七時を過ぎていた。 いつ佐助が職員室のドアを開いてもおかしくない時間だ。むしろ遅すぎるほどで、 「・・・ち」 小十郎は舌打ちをする。 避けているのだ。佐助は。小十郎が帰るのを待っている。 上等じゃねェかと呟きつつ、小十郎はノートパソコンを鞄に詰めて立ち上がる。べつに印刷は明日でもいい。佐助が帰れと 言うなら帰ってやろう。今顔を見て避けられたら、きっと本気で殺意が芽生える。 むしろ明日にでも殺ってやろうかと思いながら、コートを羽織って鞄を掴み、職員室を出ようとドアを開く。 がらり、とドアは音を立てる。 そこに佐助が居た。 ドアの前で、あきらかにそこで待機していた姿勢で、佐助が立っていた。 小十郎は眉を寄せる。佐助の顔に怯えが浮かんだので、おそらく自分は今ひどく凶悪な顔をしているのだろう。今日は一日 目の前の赤毛のせいで機嫌が悪かったので、園児に二回も泣かれてしまった。返す返すも憎い。 怯えつつも佐助は、へらりと笑って、もう帰るの、と言う。小十郎はそのことばを無視して佐助の横を通り抜け、昇降口へ と向かおうとした。が、鞄を掴まれて立ち止まる。 鞄を掴んでいる佐助の顔は、滑稽なほどに必死だった。 「離せ」 「やだ」 「俺は帰る」 「だめ」 「てめェ何様だ」 「・・・俺様?」 「死ね」 ぱこんと佐助の頭を殴って小十郎は鞄を引っ張る。 が、相当強く殴ったはずなのに佐助は鞄を離さない。それでも強く引っ張ると、ずりずりと佐助の体のほうが引きずられて 動き出した。重い。あほらしくなって小十郎は息を吐き、この場から去るのを諦める。佐助も安堵したように息を吐く。 一体なんなんだと問えば、佐助はやはり神妙な顔で小十郎を見上げて、 「話が、あるんだけど」 と言う。 俺はねェよと小十郎は返した。佐助は苦く笑う。いいじゃない話くらい、聞いて。 佐助はそう言うと、小十郎の腕を掴んでそのまままた職員室へと入っていこうとする。小十郎はそれに黙って従った。言い なりになるのは癪だけれど、無視されているよりはいくらか気持ちの収まりがつくような気がした。佐助は小十郎を引きず って給湯室まで連れて行き、その入り口に立ちふさがる。呆れて息を吐いた。逃げねェよと言うのに、佐助は疑わしげな目 をやめない。 「逃げねェっつってんだろうが」 「・・・ほんとだろうね」 「二度も言わすな。阿呆」 腕を組んで冷蔵庫に寄りかかる。 佐助は、すこし迷うように視線を泳がせて、それからまたひたりと小十郎の黒い目に視線を合わせた。今まで見たことがな いような真剣な目に、小十郎は軽く眉をあげる。佐助はゆっくりと、噛みしめるようにことばを発する。 あんたにさ、と佐助は言う。 「沖縄、行くって聞いたとき」 「・・・あァ?」 「いろいろ、思った。俺が思うことじゃないってのはさ、承知の上で。 ・・・で、なんかもう、ほんと馬鹿みてーだと自分でも思うんだけどさあ」 笑う。 その顔はすこし泣きそうだった。ごめんね、と佐助は言う。 ごめんね。 「もう一回、俺の恋人になって」 冷蔵庫の稼働音が鼓膜を揺らす。 小十郎は佐助のことばに返すことばを頭の中で選んだ。佐助は神妙な顔で小十郎を待っている。口を開いて、また閉じる。 まだ頭の中で佐助のことばが消化しきれいていない。視線をすこし泳がせて、シンクを見る。きらきらひかる銀色を眺めな がら小十郎はとりあえず、 「意味が分からん」 と言った。 佐助の肩がぴくりと揺れる。 小十郎はそれを見ながら、誤解するな、と言った。言葉が足らないのは小十郎の癖だ。べつに拒否をしているわけじゃあな い、と言うと佐助はすこし安堵したように肩を下げた。 「おまえの言いたいことは、まあ、なんとなく解る。ような気がする」 「なんとなくかよ」 「それに返すのは後にしてだ。とりあえず、話の脈絡が掴めん」 首を傾げる小十郎に、佐助も首を傾げた。 「話の脈絡って・・・これ以上ないくらい明確じゃん」 「もう一度言え」 「も・・・う、いちど?ちょ、あんたどんだけ俺を痛めつければ気が済むのさ。今日はあんたに蹴られるわ殴られるわで体 のほうがぼろぼろなんだから、せめて精神的にはもうちょっと優しくてよ」 「知るか」 言い捨てれば佐助は遠い目で、なんで俺こんなのに惚れたんだろう・・・と呟く。 小十郎は口元を手で押さえ、眉間にしわを寄せる。なんだかよく解らない。なぜいきなり佐助はこんなことを言い出すのだ ろうか。戸惑っている自分が鬱陶しくて、小十郎の顔はどんどん凶悪になっていく。それを怒っていると勘違いしたのか佐 助はあわててまた口を開いた。 「だから」 「早く言え」 「・・・沖縄行くって聞いて、そしたらそっちでまた新しい同僚とか友だちとか恋人とか作るわけでしょ」 佐助は足下を見ながら言う。 小十郎は自分に向けられた佐助のつむじを見下ろしつつ耳を澄ませた。 「そんで、俺はよく考えたらあんたの友だちですらなくてさ、たぶんお別れしたらそれでおしまいじゃん。 電話もしねーだろうし、あんたメール返さないし、同僚じゃなくなったらほんとにもう二度と会わないかもしれなくて、 そんであんたはきっと政宗のことは覚えてても俺のことは忘れちゃうでしょ」 いやなんだそれが、と佐助は言う。 「俺さ」 くい、と佐助の顔あがる。 つむじの代わりにいきなり丸い目が視界に入ってきて、小十郎はすこし目を細めた。俺ね、と佐助は言う。べつにやっぱり あんたを抱きたいとか、抱かれたいとか、そういうことは思わないけど。 「あんたの隣に俺以外が居るのが、いやだ」 ごめんね、勝手だね。 佐助は泣きそうな顔で笑う。小十郎は黙ってそれを見下ろした。 しばらく黙っていたら、佐助のことばがじわじわと頭に染みこんできた。ああ。小十郎は理解する。たしかにとてつもなく 佐助の言い分は勝手だった。だが、すとん、とそのことばは胸に落ちてくる。 なんだかそれは、とても自然なことのような気がした。 そうか、と頷くと、ごめんね、とまた佐助は謝る。謝ることじゃないだろうと言いながら、しかし小十郎は首を傾げた。や はりよく解らない。 なので聞いてみた。 「おまえ俺に惚れてるのか」 「・・・・ぅあ。ま、あ、世間的に言うとそういうことにならなくもない、かなーみたいな」 「それと沖縄となんの関係がある」 「は?」 「おまえが俺に惚れていることと、沖縄となんの関係があるんだっつってんだよ」 「え、だって行くんでしょ」 「誰が」 「あんたが」 「何処へ」 「沖縄」 小十郎は首を傾げた。 そして言う。 「沖縄へ行くのは、輝宗様だが」 佐助はこちんと固まった。 てるむねさま。てるむねさまって誰よ、と佐助は言う。政宗の父だと説明したら、佐助はそのまま床に崩れ落ちた。しゃが みこんで様子をうかがうと、顔を真っ赤にして佐助はぶつぶつなにか呟いている。俺の一月を返せとか、そういうオチかと か聞こえる。よく解らないが、なにか勘違いをしていたらしい。輝宗は沖縄の支部でいくつか抗争があったので、それを押 さえに直々に沖縄へと赴く。その間の政宗の世話は小十郎に任された。言われずとももちろんそのつもりであったし、抗争 は相当激しいものだと言うけれど、輝宗ならばすぐに収めて帰ってこれるだろう。 「俺が沖縄に行くとでも思ったか」 聞くと、芋虫のように丸まった佐助がちいさく頷く。 小十郎は苦く笑った。 「音楽会はどうすんだよ」 「・・・でないのかと思った」 「出るに決まってるだろう。俺がどれだけ気合い入れてると思ってやがる」 「知らないしそんなん・・・・うあああああ、恥ずかしいー」 ふるふると頭を振る佐助を、小十郎はほおづえをつきつつ眺めた。 それから行かねェよ、とまた言う。佐助がゆっくりと顔を上げた。熟れたトマトのようにその顔は赤い。ぽんぽん、とふわ ふわ立っている髪を叩いた。行かねェよ。佐助がへらりと笑う。そうかあ。 「行かねーんだ・・・色々考えて損した」 「色々?」 「いや、沖縄にさ、行くのにお金貯めなきゃとか。携帯はソ●トバンクにしたらラブ定額がとか」 「よく解らんがなんだかそれは、俺とおまえがまた恋人同士になるのが前提になってねェか」 「え、あんた断る気」 俺がこんなに必死になってるのに、と佐助はひどく意外そうに言う。 小十郎は呆れた。この男はとことん読めない。だってどっちでもいいって言ったじゃん、と言う佐助に、それは別れる前だ ったからだろうと返す。 「もう一度付き合うとなりゃあ、それは一からだ」 「え、まじで」 「当たり前だろう」 大体やはり抱きたくも抱かれたくもないなら、振り出しではないか。 抱きたくねェんだろ、と聞いたら、佐助は頷く。じゃあどうしようもない。小十郎にも相変わらずそんな感情はなかった。 うんうん悩み出した佐助に、呆れて小十郎は立ち上がろうとすると、 がしり、と。 佐助に足を掴まれた。 見下ろすと佐助がコアラのように足にすがりついている。 「片倉さん」 「なんだ」 「俺やっぱあんたのこと抱きたくもないし、抱かれたくもないけど」 「ほう」 ぐい、と引っ張られたのでおとなしくそのまま床に座る。 佐助は小十郎の肩を掴んで、真剣な顔で言った。 「俺、努力するから」 待ってて、と言う。 努力ってなんの努力だ、と問うと、あんたを抱きたくなる努力、と真面目な顔で言う。小十郎は黙った。 黙って、それからぶ、と思い切り吹き出した。 佐助がひどく心外そうに眉を寄せる。 「真剣なんですけどお」 「・・・そらァ、悪い」 くつくつ笑いながら、小十郎はちらりと佐助を見る。 不満げに膨らんでいる同僚のほおを、ぐい、と掴んで引っ張った。 「いたたたたた」 「大体な」 俺だっておまえに抱かれたくねぇし抱きたくもねぇんだぞ、と言うと今気づいたように目を丸める。あ、そっかーと感心し ている目の前の男は、ほんとうに小十郎がすきなのだろうか。謎だ。 どうすんだよ、と聞いたら、佐助はどうしよう、と逆に聞き返してくる。知るか、といつものように返そうと思って、小十 郎は開きかけた口を、ふいにつぐむ。佐助は不思議そうに首を傾げた。その顔を手の甲で、ぺしぺしと叩きながら小十郎は にいと口角を上げ、 「空けといてやる」 と言った。 空ける、と佐助が問う。そう。小十郎は笑った。 「俺がてめェに抱かれたくてたまらねェようになるまで、隣は空けておく」 惚れさせてみろよ、と言うと佐助はいっしゅん黙る。 そして次の瞬間に、ぽん、と真っ赤になった。トマトみてェだな、と小十郎はしげしげとそれを見つめる。しろい佐助のほ おが染まると、ひどくやわらかい色になって、小十郎は思わず手を伸ばしかけた。が、それを実行すると目の前の同僚はパ ンクしてしまいそうだったので浮きかけた手を途中で下ろす。 真っ赤になったまま固まっている佐助をしばらく小十郎は眺めていたが、一向に動き出す気配がないのでそのまま放置して 帰ることにする。立ち上がって、鞄を掴んで給湯室を出た。暖房が熱くて顔が火照る。すこし考えたが、暖房は佐助が消す だろう。そのままにして職員室を出る。 靴を履き、外へ出ると夜の空にまんまるの月が浮かんでいる。 月のひかりが強すぎて、他の星はその存在すら覚束ない。 それをぼんやりと見上げていたら、ようやく意識を取り戻したらしい佐助の足音が後ろから聞こえてきた。 振り返ると、昇降口に赤い頭が見える。夜にまだ目が馴染んでいなくて、佐助の顔はよく見えない。立ち止まったままそこ を眺めていると、佐助が昇降口から大声で小十郎を呼んだ。なんだ、と小十郎も届くように声を出す。 佐助は思い切り声を張り上げて、 「ぜってーあんたに、泣いて『抱いて』って言わせてやるからねー」 と言い放った。 小十郎は足下に転がっていたサッカーボールを思い切り投げつける。佐助はそれを両手で掴んで、片倉さんの愛げっとーと 笑っている。鬱陶しい。鬱陶しいが、闇に慣れた目に飛び込んできた満面の笑みのせいで、言うか阿呆、ということばはす こし弱くなった。すう、と風が体を吹き抜けていくような感触がする。 これが恋かは、わからない。 わかっているのは、佐助が笑っていたほうが小十郎は楽だということだけだ。 駆け寄ってくる赤い頭を見ながら、小十郎は今夜も愛車には駐車場で一夜を明かしてもらおう、と決める。 隣に来た佐助の、月に照らされてまっしろになっている顔を見下ろして、小十郎は言った。 「見たい映画があるんだが」 付き合え、と言ったら佐助はまたへらりと笑う。 それがあんまりしあわせそうな笑みだったので、小十郎はまた思った。これは、なんだろう。 恋ではまだないような気がする。 けれどたぶんこれは、恋になる。 恋になるまで。 この感情をなんと呼ぼうかと小十郎は空を仰いだ。 おわり |