猿飛佐助は深く息をつく。 そして天井を仰ぎながら、とっとと定時帰宅した恋人(予定)を思い出して舌打ちをした。 簡 単 な 不 等 号 金曜日だった。 なので片倉小十郎は普段の五倍の速度で仕事を終え、いつもならば背負い込まされる雑務をそのまま全部同僚の猿飛佐助の肩にあず けて、定時をきっちりと職員机で待って長針が十二を指すや否やものすごい速さで昇降口から外へと去っていった。佐助はもはやそ れを諦めきった顔で見送る。毎週のことだ。伊達政宗の父である伊達輝宗が沖縄へと旅立ってから、更にその速度は増したがそれ以 外は今にはじまったことではない。馬鹿、と佐助は吐き捨てる。さみしいじゃないかひとりで残業。 (つーか奇跡的なくらいなんも変わんねーんですけど) 佐助が小十郎に恥ずかしい勘違いのすえ告白してから二月。 年度が変わり、ひとつずつ学年が変わり、冷たかった風もあたたかくなって、だというのに年上の同僚から佐助に対する風当たりは 一向に冬のそれのまま変わらない。告白したときの感触ではこれは両思いになるのも遠い未来ではないなと佐助は勝手に思っていた のだけれど、どうも見込み違いだったらしい。小十郎は相変わらず佐助の顔を見れば殴るし冗談はスルーするしすこしでも「恋人」 らしき行動を佐助がしようとすれば、 「まだ惚れてねェ」 と一太刀で切り捨てる。 週末の映画鑑賞だけは復活したが、それ以外はまるで「振り出しに戻る」だ。中学生のようなおつきあいをしつつ、けれど佐助は立 派に成人男子なのでそれはもう様々な方面に鬱憤が溜まっている。主に下半身とかそのあたりに、特に。なんで毎週のようにデート に出かける相手は居るのにひとりで処理しなければならないのか。 佐助の悩みは深い。 律儀な同僚が気合いを込めまくったおかげでいつもよりは減っている書類整理を目の前にしながら、当然のように帰宅の準備にとり かかっている女性保育士らをぼんやりと眺める。たしかこの中には佐助に惚れてるひとも小十郎に惚れてるひとも居るはずなのだけ れど、それと残業を手伝うとかは別らしい。小十郎が居ないので今日は佐助はたったひとりで残業である。 べつにあのひとが居ても黙々と隣で作業するだけだからなにも変わらねーけどな・・・と佐助が遠い目をしかけたしゅんかん。 「ああっ」 と。 甲高い叫びと共になにかが崩れ落ちる音がした。 佐助の向かい側のいっとう左の席ーーー元・いちご組の担任織田市先生の席からその音は発せられたらしかった。現在のいちご組の 担任は小十郎で、市は今は一歳から三歳までの幼児を預かるぶどう組の担任をしている。わるいひとではない、と思う。ただ佐助は ちょっと、いやかなり、この美貌の女性保育士が苦手だった。 だが生憎職員室には佐助と市しか居ない。おそるおそる、多少引きつった笑みを浮かべながら佐助は市に話しかける。 「ええっと、市先生どうしたの」 「・・・ううん、なんでもないの・・・これも全部市のせい・・・」 ふ、と市は儚げに微笑んだ。 佐助はそのことばに三歩ほど後ずさる。怖い。なんか取り憑かれそうだ。 しかしこの同僚は放っておくととことんまでどうしようもない状況になってから、ごめんなさい市のせいで、の一言で済ませようと するものだから、その前に誰かが救済措置をしなくてはならない。もちろんそんな面倒くさいことに首を突っ込みたくなければ放っ ておくのもひとつの手だ。大抵のことは市自身の問題であり、大きいとしても市の担当クラスの問題だ。佐助に直接関わってくるこ とは万に一つもあるまい。 佐助は天井を仰ぎ、息を吐く。それからしゃがみこんで市の肩をぽん、と叩いた。 「どうしたの、俺暇だからさ。お力必要なら、助太刀いたしますよん?」 にこりと笑うと、市の目からぽろぽろと涙が流れた。 佐助は苦く笑いつつ、ポケットから出したハンカチでそれを拭う。 結局佐助が部屋に帰れたのは八時を過ぎた頃だった。 市のやってしまったミスは大したことではなかったけれど、とりあえず締め切りが明日までなのと量が三十人分というあたりが面倒 だった。ふたりでこなしたので多少は楽だった。が、やはりそれでも残業時間は延びて八時だ。リビングに入った佐助は、習慣でリ モコンでテレビの電源を付けたが、そのままチャンネルを回すことすら放棄してベッドに沈み込む。佐助のマンションは1LDKな のでベッドはリビングに置いてある。 聞き慣れた司会者の声を感じながら、佐助はコートも脱がないでうつらうつらと意識を浮かせた。疲れた。週末なので一週間分の疲 れが一気に体にかかってくるような感じがする。 「・・・つかれたー」 呟く声は部屋の中で響くことなく消えていく。 心地よい疲労感に包まれながら、佐助は目を閉じた。 どれくらい眠っていたかは解らない。 たぶんそれほど長い時間ではない。 まだ半分夢の中に足を突っ込んだまま、佐助はかちゃりとドアが開く音を聞いた。なんでドアが開くんだろう、とぼんやりと思う。 泥棒さんかなあとも思ったが、泥棒ならドアノブがあんなふうに行儀良く回らないだろう。じゃあ泥棒ではない。なら大丈夫だと疲 労でとろとろに溶けている佐助の脳は判断した。 足音が近づいてくる。 すたすた。すたん。 ぽふ、と佐助が倒れ込んでいるベッドのスプリングが揺れた。 佐助は眉を寄せて、ちらりと目を開く。正面のDVDデッキの前にしゃがみ込んでいるでかい影が見える。さすがに佐助もすこし驚 いて体を起こしかけたが、くるりと振り返ったその影に見覚えがあったので、そのままぽすんと枕に頭を落としてへらりと笑う。か たくらさん、とその影の名前を呼んだ。影は長い手を伸ばして佐助の頭を二三度ぽんぽんと叩く。その振動が心地よかったので佐助 はまた目を閉じて意識を浮かばせた。 (かたくらさんがいる) うつろになりながら思う。 いつだったか小十郎に合い鍵を渡したことがあった。その時は確か渡した瞬間に遠くへ放り投げられたように思うが、なんだかんだ で持っていてくれたんだろうか。だとしたら相変わらずあの男の好意は解りづらい。消える魔球か。取れねえよ。 ぼやぼやと眠りながらまたスプリングが揺れるのが解った。小十郎がベッドに腰掛けたのだろう。ぴ、と音がしてDVDが稼働する。 佐助は目を閉じているので何が液晶画面に映し出されているのかは見えない。なにみてるの、と聞いたら、小十郎は入ってたやつ、 と返す。ふうん、と佐助は目を瞑りながら頷いた。 昨日何見たかな、とふと考えて、 「・・・・・・・・・・・っ!!!」 がばりと体を起こした。 小十郎は足を組んでじいとテレビを見ている。佐助はその手からリモコンを奪い取った。液晶画面には金髪の白人女性と隆々とした 黒人男性がからみあっては嬌声をあげている様が映っている。佐助はあわててそれを消した。 しいんと部屋に沈黙が流れる。 小十郎がぽつりと言った。 「おまえ洋モノ派か」 俺は和モノのほうが好きだが。 佐助はふたたびベッドに沈み込みつつ、そういう問題じゃねーと呻く。小十郎がこの部屋に来たのははじめてなのだ。よりによって そのはじめての会話がAVの好みの話だなんて有り得ない。しかも好みは合わないそうだ。どうでもいいけどさ! スプリングを揺らしながら撃沈している佐助を小十郎はしばらく眺め、それからぺしりと頭をはたいた。 「揺れる。鬱陶しい」 「・・・ひどい。俺は色々プランを立ててたんだよ。あんたの俺んち初訪問プラン」 「知るか。来てやっただけ有り難いと思え」 台所借りるぞ、と言って小十郎はリビングを出て行く。 佐助は身を起こし、ベッドに座り込みながらその背中を見送った。深く息を吐く。今日はついていない日らしい。小十郎は帰ってし まうし、市のミスの手伝いはさせられるし、挙げ句の果てに恋人にひとりえっちのネタを見られた。いやまだ恋人じゃないけれど。 なにもかも忘れて寝こけたくなる。もう小十郎のことも無かったことにして眠ってしまいたい、と佐助が思い始めた頃に、湯気のた つマグカップを二つ持って、小十郎がまたリビングに戻ってきた。 差し出されたカップを慎重に受け取る。 「なにこれ」 「ココア」 「ふうん。ありがと」 口に含むと、そのチョコレィト色の液体はじわりと甘かった。 佐助はあまり甘いものが得意ではないけれど、疲れているのかその甘みは体に染み渡るようで、心地いい。ふう、と息を吐いたら疲 れてるときは甘いものだろう、とベッドに寄りかかってフローリングに座り込んだ小十郎が言う。 「色々あったんだってな」 市先生から電話があった、と言う。 佐助は困ったように笑った。 「なんだ、知ってたの」 「政宗様を寝かしつけたあたりで携帯が鳴るから、何かと思えばあの声だ。一瞬幽霊かと思った」 「まあその時間にあのひとの声聞いたらそう思うわな」 「大変だったらしいじゃねェか」 「うんまあねえ」 大したことないよ、と佐助は言った。事実ミスは大したことではないし、佐助が進んで手伝いを言い出したのだから、ここで愚痴る ようなことでもない。小十郎が今日こうやって佐助の部屋まで来たのはもしかしたら自分が先に帰ったことについて罪悪感を感じて いるからかもしれない。全然平気だよ、と佐助はまた言った。小十郎は律儀だ。だから佐助はへらりと笑い、すぐ終わったからさ、 と言ってやる。そうか、と小十郎は頷いて、テーブルの上にマグカップを置いた。 ふい、と手が伸びてきて、頭を撫でられる。 「お疲れ様」 すこし下にある小十郎の顔がふわりと緩んだ。 佐助もおなじように顔を緩ませる。頭を撫でているその手に顔を擦りつけた。殴られるかと思ったが、小十郎は何もしないでそのま ま頭を撫で続けている。佐助はベッドサイドにマグカップを置いて、ころんとベッドに横になる。 小十郎の顔がすぐそばに来た。佐助は小十郎の腕を掴んだまま、寝転がる。 「片倉さん」 「ん」 「ありがと。来てくれて」 「べつに何もしてねェ」 「いーよ。あんたみたいな面倒くさがりやが、此処に来てくれただけでも奇跡だもん」 へらへらと笑うと、小十郎の眉がひょいと上がる。 すこし困っているような顔だった。あまり見たことがない顔だなあと思っていると、小十郎は膝立ちになって佐助を覗き込んでくる。 室内灯が小十郎に遮られて、佐助の寝転がっているところが影になる。 暗いな、と思った。 その次のしゅんかんに、佐助の唇は小十郎のそれでふさがれた。 かさかさした唇の感触がする。 佐助は目を見開いたままそんなことをぼんやりと思う。荒れてるんだ、と思って自分の舌で小十郎の下唇を撫でてみるとすこし血の 味がした。割れているらしい。ちいさく小十郎の呻き声がした。染みたのだろう。佐助は手を伸ばして、小十郎の首に回した。ぐい、 と引き寄せると、小十郎の体が倒れ込んでくる。佐助は体を起こして、くるりとお互いの位置を反転させた。 どさりと小十郎の体重でスプリングが揺れる。目を閉じている小十郎は、手を佐助の耳元に置いて、口を開いた。佐助はその中に舌 を潜り込ませながら、小十郎の整えられた髪に手を突っ込んでぐしゃぐしゃと乱す。小十郎の舌が佐助のそれに絡みついてきて、佐 助はぞくりと背筋になにかが走るのを感じた。夢中で舌を絡め返す。 唇を離すと、くちゅりと水音が零れた。荒い息を整えようともせずに、佐助は眉を寄せる。小十郎は佐助の体の下でいつもと憎らし いほどに変わらない涼しげな顔をして、乱れた髪を直すように撫でつけている。 「・・・なんの真似よ、これ」 佐助は苦しげに呻いた。 ぽすんと小十郎の胸に頭を落とす。小十郎はさあな、と佐助の髪をぽんぽん叩いている。佐助は更に呻いた。「努力」の甲斐あって 佐助はこの二月の間にすっかり小十郎でも欲情できるようになっているのだ。が、記憶の無いあの夜のように、小十郎にその気がな いのに襲いかかってしまっては元の木阿弥である。張り詰める下半身を押さえながら、佐助は小十郎の体の上から身をひこうとした。 が、そこを小十郎に阻まれる。がしりと腕を掴まれた。 「おい」 「な、なに」 「何処行く」 「・・トイレだけど」 「何故」 首を傾げる小十郎に、佐助は目を細めて笑う。残念だけどね、と小十郎の耳元にささやいてやった。俺はあんたみたいなおっさん相 手でも勃っちゃう変態なんだよ。顔を上げて小十郎の顔を覗き込むと、小十郎はぱちくりと瞬きをしていた。だから、と言う。だか らなんでそれでトイレだ。 佐助は呆れて、また小十郎に口づけた。小十郎は目を閉じずにそれを受け入れる。 「ん」 小十郎の鼻先から、低い声が漏れる。 それを聞きながら佐助は脳が沸騰するような感覚が全身を覆うのが解った。小十郎が目を閉じないので、意地のように佐助も目を開 いたままそれを続けるが、眉に力が入って険しい表情になる。小十郎がかすかに笑うのが感触で解った。唇を離して、やっちゃうよ と吐き捨てる。小十郎は無表情のままぽつりと言う。 「ここまでお膳立てしてやってんのに、まだ不服か」 「はあ?」 「うん?ああ・・・そういやァ」 「へ・・・ぅ、わっ」 ぐい、と首に腕がかけられ、引き寄せられる。 佐助の顔がぽすんとベッドに沈んだ。すぐ横に小十郎の顔がある。それが、言った。 「泣いて『抱いて』って言われねェとその気にならんか」 誘うような声というわけではない。 大体小十郎の声は低くて、男前で、媚びるような色など欠片もない。発せられたその言葉も、呆れた色こそあれ他の色などどこにも 存在しないような無機質な音でしかなかった。佐助はぼんやりとそれを聞いて、は、とほうけた声を出した。小十郎は自分の言った ことの重大さとは裏腹ないつもと変わらない顔をしている。聞き間違いかな、と佐助は首を傾げた。あんまり毎晩そのことばっか考 えてたから変な幻聴でも聞こえたんじゃねーの、俺。 「片倉さん、今なんか言った?」 「言った」 「なにを」 「二度も言えるか、阿呆」 「え、ちょ、聞き逃したからもう一度お願いします」 「・・・、面倒くせェ」 顔をしかめた小十郎は、ごろりと佐助の体を自分の体の下に敷いた。 転がされた佐助が呆然としているところに、やっちまうぞと低い声で凄む。 「どっちがいいんだ、てめェは。あァ?」 「へ?え、え、どういう意味」 「どういう意味もこういう意味もあるか。ああ面倒くせェ。やっぱり俺がやる」 深く息を吐いて、小十郎が佐助のベルトに手をかける。 慌てて身を起こし、佐助はそれを止めた。小十郎は舌打ちをする。この雰囲気でそれはどうだろうかと佐助は思いつつ、さっき言わ れた言葉を必死で思い出す。どっちがいい、と言われた。どっちってなんのどっちだろう。小十郎の言葉は主語が抜けていてちゃん と補わないとよくわからない。 佐助は小十郎の下でたっぷり三十秒ほど悩み、 「・・・・・・・・・・・・・あー」 ぱ、と顔を上げた。 小十郎はもう飽きたのか佐助の上からどいてベッドに腰掛けている。佐助があわあわしだしたので、ちらりと視線を寄越してやる気 失せたから帰る、と言い捨てて立ち上がった。佐助は慌てて小十郎の腕を掴み、またベッドに引き寄せる。 「ごめん、わかった」 「・・・俺はもうやる気ねェぞ」 「ごめんごめん、俺がこれから出させてあげるからもうちょい待って」 佐助が眉を下げてそう言うと、小十郎は息を吐いてちらりと笑った。 酔ってねェと面倒だな、と言う。佐助も笑った。一度目のセックスを佐助は覚えていない。が、聞くところによると随分性急に行為 に及んでしまったらしいので、それに比べれば今回のこの経緯はひどく滑稽で、色気がないのだろう。色気ねーなーと佐助が言うと、 小十郎はそんなもんいらねェよと言いながら着ているジャケットを脱いだ。 佐助のコートに手を掛けて、小十郎はにやりと笑う。 「その気にさせてくれんだろ?」 なら早くしな、と言う。 佐助は頭に血が上るのを感じながら、やはりにやりと笑ってお望みのままに、と言ってやった。 ベッドでするのは初めてだな、と小十郎が言うので佐助は思わず笑ってしまった。 小十郎のワイシャツを脱がしながら、首元に軽く口づける。くっきりと浮き出た鎖骨を舌でなぞったら髪を引っ張って止められたが 構わずにそれを続ける。かちゃかちゃと音を立ててベルトを引き抜くと、佐助のそれもぐい、と強引に引っ張られた。顔を上げて乱 暴だなと抗議すればふん、と鼻を鳴らされる。 「あんたにはムードとかそういうのは無いわけー?」 「んなもん男同士であってどうする」 「うっわ。つまんねーなあ。俺はムード欲しいんですー」 ジーンズのジッパーを下げて、下着の上から小十郎の性器に触れる。ぴくりと小十郎の眉が寄った。佐助はけらけらと笑いながら下 着の隙間から指を潜り込ませ、まだやわらかいそれをゆるゆると握り込む。は、と短く小十郎が息を吐いた。それが悔しかったのか 小十郎は手を伸ばし、また強引に佐助のパーカーのジッパーを下ろして中に手を差し込んで、Tシャツ越しに指を這わせた。硬い指 の感触がくすぐったくて、佐助はちいさく笑う。 手を上下に揺らすと、小十郎の性器はすこしずつ勃ち上がっていく。辛そうに目を閉じた小十郎にちいさく佐助は口づけた。ちゅ、 と軽い音をたてて唇を離すと、反対に小十郎からまた口づけてくる。佐助はそれを受け止めながら、やべーなと思った。 やべーな、俺めちゃくちゃ興奮してる。 (相手おっさんなのになあ) いつかに想像したように、小十郎はどこまでも大人の男だ。 唇は乾いてるし、やっぱりどこもかしこも硬くてごつごつしている。大体自分とおなじものがついてる時点でかなりNGな筈なわけ で、だというのに佐助は今自分の手の中で硬くなりつつある小十郎の性器にかけらも嫌悪感を感じない。きっとこれを口に入れろと 言われてもいける気がする。あえてしようとは思わないけれど。 くちゅくちゅと手の中の性器が水音をたてはじめる。佐助は重ねていた唇を名残惜しげに離して、息を吐いた。小十郎の息はかなり あがっている。それをうすく笑って、佐助は小十郎をベッドに押し倒した。ぽすん、と音を立ててスプリングが弾む。 「片倉さんさ」 小十郎の顔に、手を添えて言う。 俺に惚れちゃった?と聞いたらげし、と腹のあたりに膝打ちが入った。死ねと小十郎は吐き捨てる。痛む腹を押さえつつ必死で体勢 を保とうとする佐助に、小十郎は、 「てめェの阿呆さ加減には驚かされる」 と息を吐く。 佐助はむ、と目を細めた。なにがだよ、と言いながら小十郎の性器の先端を擦ってやると、とろとろとそこがとろけ出す。低く小十 郎が呻いた。更に手を動かす速度を上げると、ぴゅ、と白濁の液体が佐助の手にかかる。 「・・・ぅ、あ」 なお絞り出すように握り込むと、小十郎がちいさく悲鳴をあげた。 佐助はにやにやと手の中のその白い液体を小十郎に見せつけた。舌打ちをする小十郎は、それでも一度達した倦怠感で佐助を殴ると ころ体力まではないようで、短い息を繰り返しながらベッドに沈み込んでいる。 ずるりと小十郎の下着を更に下ろし、秘部まで露出させる。濡れた人差し指をひたりとそこに寄せると、小十郎の体がひくりと揺れ た。くい、と中に指を入れ込むと、拒むようにそこは強く佐助の指を締め付ける。思わず指を引き抜きそうになるほどそこは熱かっ た。熱い、とぽつりと呟くと、小十郎がかすかに笑う。その振動がまた指に伝わってきて、佐助は顔が赤くなるのを感じた。 「・・・いーの?」 「あ、あァ?」 「俺が、やっちゃって」 聞くと、小十郎はまたちいさく笑う。 肘で体を支え、半身だけ起こす。そして佐助の髪を撫でながら、口角をくい、と上げた。 「おまえ、今日、大変だったんだろ」 「え、ああ、うん」 「だからこりゃあ、その褒美だ」 有り難く受け取れ。 更に小十郎は今後はまた別だからなやられてばっかなんぞ冗談じゃねェとかなにやら恐ろしいことを言っていたような気がするが、 佐助は幸いそれを聞き終わる前にまた小十郎をベッドに沈めてキスでその口を塞いでしまったので、それはよく聞き取れなかった。 小十郎の腕が佐助の背中に回り、パーカー越しに爪を立てる。佐助は指を二本に増やして小十郎の中を探った。重ねた唇から苦しげ な吐息を感じるが、熱い感触に指を引き抜くことができない。更に奥へと進めると、こり、となにか凝りのようなものに指が当たっ た。それと同時に、小十郎の背中が弓なりに反り返る。 「・・・ぃっ」 「・・・だいじょぶ?」 「そ、こはやめろ・・・っ」 小十郎が首を振る。 佐助はすこし考えて、指を引き抜いた。そして下着を下ろして性器を取り出し、小十郎の秘部に押し当てる。 ぐ、と腰を進めると、めり、と本来の用途とは反対の圧量に小十郎の秘部が悲鳴を上げる。小十郎は息を飲み、佐助の背中に更に強 く爪を立てた。ちり、とはしる痛みに佐助はかすかに眉を寄せ、それからへらりと笑う。明日になればきっと背中にこの痕が残って いるのだと思ったら、じわじわと嬉しくて顔が緩む。 苦労は買ってでもしろってほんとだなあ、と言いながら自分の性器をゆっくりと小十郎に沈めていく。二度目なので慣れているのか、 小十郎は短い息をしながら体の力を抜いて、佐助を受け入れた。完全にそれを沈めこんで、佐助はちらりと小十郎を見た。額に汗が 浮かんでいて、とてもではないが快感を感じているようには見えない。 「か、たくらさん、きつい?」 「・・・は、聞かんでも、解るだろうが、あほ」 小十郎は眉を寄せながらも、くつりと笑う。 おまえは、と聞かれたので、佐助はごめんきもちいい、と笑った。小十郎のなかは指で探ったとき以上に熱くて狭くて、おそろしく 気持ちいい。すこし退くような動作をすると、するりと絡みついてきて達しそうになる。さっき指で探り当てた凝りを探そうと腰を 回してみると、小十郎がすこし高い声をあげてまた背中に爪を立ててくる。佐助は呻いた。うわあ、と思った。どうしておっさんの 声にこんなに反応するのか。きっと声がいけないんだ、と佐助は首を振って止まっていた行為を再開する。小十郎の声は卑怯だ。あ んな声で鳴かれたら、誰の脳みそだって溶けてしまうに違いない。 ぐい、と奥の方を抉ると、小十郎が目を見開いて首を反らせた。 「・・・ぁ、はぁっ」 「・・・ここ?」 「だっ、からっ!そこはいい、っつってんだろー・・・っがっ」 「なんでよ。きもちいいんでしょ?」 同じ場所を突いてやる。 小十郎はまたちいさく高い声を出した。それはひどく小十郎のプライドを傷つけるものらしく、出す度に自分に向かってなのか佐助 に対してなのか悪態をついている。それがおかしくて、佐助は何度も何度もそこを擦ってやると、ふたりの間で萎えていた小十郎の 性器が持ち上がってきて、とろとろとまたとろけ出す。あんた後ろだけできもちよくなれるんだね、と言ったら小十郎に髪を引っ張 られた。佐助はもう喋るのはやめよう、と思う。セックスの度にこんなことをしていたらはげてしまう。 ぐちゅぐちゅと接合部分が音をたてる。腰を揺らす度に、ゆるゆるとちいさく小十郎の腰も一緒に揺れていて、佐助は行為もなにも 放り出して抱きつきたい気持ちになった。飴と鞭で言えば鞭しか与えられたことがなかったので、こんなふうにされると嬉しすぎて 興奮よりも先に笑いたくなる。あの片倉小十郎が、自分の下で腰を揺らしているなんてどんな奇跡だろう。 小十郎を揺さぶりながら、佐助はちいさく言う。 「・・・っまじ、もったいねーわ」 「あ、あ?」 「一回目、なんで、俺、忘れてんだろ」 佐助は一度目のセックスをすこしも覚えていない。 でもきっと、こんなふうに物凄く気持ちよかったに違いないのだ。もったいない、とまた呟いたら小十郎が呆れたように佐助の髪を また引っ張った。そして言う。 阿呆。 「百回やりゃァ、一回目忘れて、たって、大したことじゃねェ、だろう」 阿呆言ってる暇があったらとっとといっちまえ。 佐助は目をぱちくりと瞬かせて、それからくしゃりと笑った。どうしよう、と思った。この男はとことん佐助の好みから外れている くせに、そのくせどんどん佐助を夢中にさせる。 わかりましたよ、と思い切り奥を抉ると、小十郎は目を閉じて息を吐く。は、というその音にさえ佐助は脳をとろかされるようで、 先に達するのは癪なので小十郎の既にとろけかけた性器を手で擦った。前と後ろの両方を刺激されて、小十郎の息はどんどんあがっ ていく。先端を親指で押しつぶすのと、中の凝りを思い切り抉るのとを同時にすると、小十郎が一声高く鳴いて果てた。 佐助のパーカーに白い液がかかる。安堵の息を漏らし、佐助は達したばかりの小十郎の中をまた抉る。達したばかりの小十郎の中の 締め付けはよりきつくて、佐助はそれに逆らうことなく中へ精を放った。その感触に小十郎がまた呻く。 どさりと佐助は小十郎の上に体を沈めた。 息を整えながら、ぎゅ、と小十郎の背中に腕を差し入れる。 「は、あ」 「・・・てめェ」 が、小十郎の声は低い。 佐助の髪を引っ張って、ぽいと壁に投げつける。 「いだだだだだだ、はげるっ」 「はげちまえ」 「なにすんのっ」 「中に出すな、処理が面倒なんだよ」 「あ、ごめ・・・いやでももうすこし余韻とかあるだろふつー。いきなり駄目出しとか無いでしょ」 「男同士で普通もへったくれもあるか。つーかとっとと出せ」 「・・・かわいくねーひとだこと」 「俺が可愛かったら相当気色悪ィと思うが」 出せ、と小十郎はまた言う。 佐助はしぶしぶその言葉に従おうとして、ふと首を傾げた。そしてにい、と笑う。 「かーたくーらさーん」 「・・・なんだ」 「あんたまだ勃ってるよ?」 ゆるゆると小十郎の性器を指で撫でる。 小十郎は眉をひそめた。さっき小十郎は達した後にまた佐助に中を抉られたので、それでまた反応してしまったらしい。佐助はにや にやとまた小十郎に被さって、小十郎の唇をぺろりと舐める。 「もーっかい」 「・・・御免だ」 「百回やらせてくれんでしょ」 「誰もそんなこと言ってねェ」 「言ったね。俺聞いたもん」 もう一度その気にさせてあげるよ、とへらりと佐助は笑う。 小十郎はしかめっ面でそれを見て、それから深く息を吐く。 「・・・しょうがねェ野郎だ」 中に出すなよ、という小十郎の言葉に佐助は思い切り笑ってまたキスをした。 |