林檎が診療所にやって来たのは、偶然小十郎と再会してから五日後の金曜日の午後だった。 青いヘアバンドと黄緑色のロングスカートをつけた林檎がひょこりとドアの向こうから顔を出した時、佐助は今日の林 檎は青林檎なのだなあと思った。髪は黒い。足を引きずっているので、ふわふわと巻かれた髪がそのたびに揺れる。 「動かせないわけじゃあないんだね」 足は火傷で爛れていた。 骨に異常があるわけではないので、動くのに支障があるわけではないらしいが引き攣れて痛むらしい。包帯と添え木で 固定したあとに、一応松葉杖を貸し出した。塗り薬と飲み薬を処方したあとに、今日はひとりなの、と佐助は笑う。 「お迎えは」 「あるよ」 林檎の目は大きなアーモンド形をしていた。 笑うとくるりとそのなかの光彩がきらめく。声は低めだった。耳に心地いい音だと佐助は思う。 「今日はあのひと仕事あるはずじゃないの。まさか早引けでお迎えに来てくれるわけですか」 「ううん。この隣の喫茶店で待ち合わせ」 「ひとりで帰れないこともないと思いますがねえ」 松葉杖を使えば十分歩ける程度の怪我だ。 林檎はそうだねと笑って、でも来てくれるって言うから甘えちゃうんだ、と小首を傾げる。佐助はひょいと肩をすくめ た。かつての隣人は、どうやら随分とこのカラフルな少女を甘やかしているらしい。知らず口元が緩んだ。林檎が不思 議そうに眉を寄せる。 「いや、あんたらがどうやって出来上がったのか、下世話ながら気になっただけ」 処方箋を手渡して、佐助は笑う。 「もし良かったら今度三人で食事でもどうでしょ。 いやじゃなかったら、片倉さんとの馴れ初めとか是非聞きたいんだけどね」 「いいね、それ」 林檎も笑う。 小十郎さんいやがるだろうなあ。そうやってたのしそうに笑う少女と目を合わせて、佐助もにいと口角をあげた。いや がるだろうねえ。声を潜めて笑いあい、ぱん、と手を合わせる。 名刺を胸ポケットから取り出して、裏にメールアドレスを書き付ける。 「連絡くださいよ。片倉さんのスケジュールで良さそうなとこあったら教えて」 「おっけ。任せて」 「お酒はいける年だよな。よし、俺がいい店探しとく」 ボールペンをくるりと回して、佐助は笑った。 林檎は名刺を人差し指と中指で挟んで、たのしみにしてるよ、とやはり笑った。中性的な喋り方をする女だな、と思っ た。年齢は二十二だったが、少女、という印象をひとに与える。小十郎と並んで歩けばさぞ見物だろうと佐助はこっそ り笑いを堪えた。 ひょこひょことドアに向かって歩き出した林檎が、振り返ってそういえば、と言う。 「小十郎さんと猿飛先生って」 「うん」 「どうしてお友達なの」 「どうしてってのも変な質問だねえ」 「タイプ、すごい違うよね」 松葉杖に寄りかかりながら林檎が聞く。 佐助はすこし黙って、カルテをファイルに閉じこんでからへらりと笑い、 「ちがうから、っていう話もある」 と答えた。 朝起きて、最初にしたことはとりあえず笑うことだった。 てのひらを顔に押し付けて、佐助はくつくつと体を震わせた。開け放していたカーテンから差し込んでくるひかりが空 のワインボトルとグラスを照らしている。ひとしきり笑ってから佐助はがばりと体を起こした。横を見ると、切れ長の 目にぶつかった。 と、それが逸らされる。 「片倉さん」 佐助は笑いながらぎしりとベッドを軋ませて、小十郎の顔を覗き込む。 ち、と舌打ちの音が聞こえた。 「どういうことだろうね、これ」 「・・・知るか」 「思ったわ」 「何を」 「やっぱシングルよりダブルのほうが良かった」 小十郎が半身を起こす。 それから枕を思い切り佐助の顔に押し付けた。 「ぶ」 狭いスペースから体がずり落ちそうになるのを必死で堪える。 なにすんのさ。眉をひそめて小十郎のほうを見ると、軽蔑しきったような顔をして隣人の男は佐助を凝視していた。お まえ。掠れた低い声が佐助の鼓膜を揺らす。おまえ、馬鹿だろう。 「馬鹿じゃないよ。要領がいいって言ってほしいね」 佐助は笑いながら伸びをした。 だってさ、もうやっちゃったものはしかたないじゃない。 「今更シリアスになったところで、お互い男とセックスした未曾有の経験は無くなっちゃくれないよ」 「・・・しあわせな野郎だな」 「しあわせになるには、動物に近いほうがいいって言ったひとが居たなあ。ねえ、知ってる」 「知らん」 小十郎はそう言って、それからすこし笑った。 笑うしかない。そうだろう。佐助も笑いながら狭いベッドに倒れこんで、体を横にした。仰向けになるほどのスペース はない。小十郎と目を合わせる。夜色の目が真直ぐに佐助の目を見ていた。 へらりと佐助は笑った。まさかこのベッドの開通式をあんたとやっちゃうとはなあ。同意のうえ、と言っていいのかは わからないが、特にどちらかが強制した行為というわけでもなかった。寝室で飲もうと言ったのが間違いだったのかも しれないし、あるいは三本もワインを買ってしまったのが間違っていたのかもしれない。ただ、酔った勢いだったとし ても佐助は全部はっきりと意識していた。小十郎もそうだろうと思う。 小十郎も苦々しくだが笑った。笑えねェ、と言いながら笑う。 「そうでもないさ」 佐助は腕を伸ばして小十郎の乱れた髪を撫で付けた。 「あんたはどうだったかな」 「なにが」 「俺はねえ」 佐助は体を小十郎に摺り寄せながらうっすらと笑う。 至近距離で小十郎の目を覗き込むと、そのなかに自分の姿が映りこんでいるのが見えた。そのまま顔を近づけて、昨夜 ―――時間で言えばすでに今日だったけれど―――幾度も口付けた薄い唇にまた自分のそれを重ねた。ちゅ、と音を立 ててすぐに離し、それからにいと口角を上げる。 「よかったんだけどね。今までで一番」 小十郎の眉がひょいと上がった。 くつくつと笑いながらまた口付ける。舌を絡めると大きなてのひらで押し返された。 「もういい」 「あら残念」 「・・・おまえ、嫁に逃げられた男は一月くらいじっとしてるもんだ」 「何処基準だよそれ」 小十郎は佐助を押しのけてベッドから降りる。 脱ぎ散らかされたワイシャツを羽織って、下着をつける広い背中を見ながら佐助はねえ、と呼びかけた。ねえ、あんた はきもちよくなかったのかよ。小十郎はそれには答えず、黙々と衣服をまとっていく。それからくるりと振り返って、 フローリングに落ちていたらしい佐助の下着を投げつけた。 「とっとと下隠せ、阿呆」 「ちぇ。俺しかよくなかったってこともないと思うんだけどねえ」 「黙れ」 「あんたさえよけりゃさ」 下着を穿きながら佐助は首を傾げる。 それから笑って言った。俺今女性恐怖症だから。 「あんたに俺の下半身とお付き合いしてもらってもいいかと思ったんだけどな」 小十郎は何も言わずに腕を組んで佐助を見下ろす。 それから死ね、と静かに吐き捨てた。女性恐怖症だと笑わせやがるそんな繊細なタマか。佐助は下着をつけて、胡坐を かいて笑った。ひどい言い様だまったくもう。ずりずりとベッドを這って、小十郎のワイシャツの裾を引く。見下ろし てくる小十郎に首を傾げてから、ねえいいじゃん、とうっすらと笑った。 「さみしーんだもの」 「・・・あァ?」 「肋が居なくなっちまって、肺のあたりがすうすうしてしょうがねえ」 「俺はてめェの肋じゃねェ」 「知ってる」 小十郎は男だ。 肋骨から作られるのは女だ。それに、男とセックスをするのは初めてだったが、あれは佐助の求めているものとは全然 ちがう。佐助が欲しいのはぴったりと無くなっていたものが自分のなかに嵌め込まれる一体感で、女のなかに入り込む といつもそれを感じる。ひとつになって溶け合えるような感触がして、セックスをするといつもこの相手が自分の肋な のではないかしらと佐助は思う。 それで、小十郎とするセックスは全くべつのものだった。 不自然だった。 決してひとつにはなれないと思った。体のそこかしこが軋んで、器官の全部が全部この行為を全力で拒否しているよう な気がした。それを無理矢理に押しつけて体を重ねて、佐助はひどく驚いた。不揃いなでこぼこが、ぶつかりあうよう に擦れ合って痛い程に全身が震えて、恐怖に似たものを覚えた。 求めていた感覚とはちがう。 それでも目の醒めるようなそれは一度で終わらせるにはあまりに、 「惜しいと思わない」 佐助はほおづえを突いて言った。 さみしいんだよ。また佐助は言った。嘘ではない。 独り寝はさみしい季節だ。寒いじゃないかと唇を尖らせたら、小十郎はおまえ体温高ェだろうがと呆れて返す。羽織ら れただけのワイシャツの隙間から指を潜り込ませて、ひたりと小十郎の腹にてのひらを当てて佐助は視線を上げた。 「あんたは冷たい」 「だからなんだ」 「俺は体温高いほうなんだ、あんたが言うようにね。 丁度良いと思わない、あんたは寒がりで俺はさみしくッて今しょうがない」 肋じゃなくてもいいさ。 佐助は首を傾げながら笑った。 「セックスフレンドってのも、そう悪くないと思いますがね。 お互い孕ませる心配もないしさ、変な気使う必要もないわけだろう」 「そんな理由で男とやれるか」 「やれたじゃん、昨日は」 「ありゃ事故だ」 小十郎は佐助の腕を掴んで、剥がそうとする。 そこを更にもう一方の手で掴んで、佐助は体を起こして小十郎と視線を合わせた。さみしいだろ、とまた言った。小十 郎は眉を寄せる。そりゃあ、と低い声が苛立ったように言葉を綴る。 そりゃあ誰のことを言ってる。 「さあ」 佐助は笑いながら小十郎の腰に腕を回した。 「どっちでもいいんじゃねえの、そんなことはさ」 口付ける。 小十郎は避けなかった。 深く口付けようかとも思ったけれど、すぐに離して代わりに額をくっつける。眉間に寄った皺を眺めながら、理由が欲 しいならいろいろあるよ、と笑ってやる。俺は体温高いから冬の湯たんぽ代わりだと思えばいいし、あんたに他に大事 なひとが出来たらすぐにでも別れればいいじゃないか。俺だって新しい肋を見つけたらそっちを愛してやらなきゃいけ ないからあんたとは友達になるしかないよね。 そこまで一息に言うと、小十郎が呆れたように目を細めた。 「愛してやる」 笑う。 吐息が顔にかかった。 「大層なご身分だな」 「俺今、おかしいこと言ったかね」 「おかしいのは言ったことじゃねェ」 おまえだ、と小十郎は言う。 佐助は目を瞬かせて、首を傾げる。どこがおかしいって。小十郎は佐助の体をとん、と押してベッドに倒す。それから 佐助の赤い髪をぽん、と叩いていいか、と言い聞かせるように言った。佐助は子供のように頷いた。学校の先生に怒ら れているような気分だ。 小十郎は佐助の頭に手を置いたまま言った。 「おまえ、肋探してるっつったな」 「言いましたねえ」 「それを聞いた時の俺の正直な感想を言ってやろうか」 佐助は小十郎の言葉に、すこし黙ってから頷いた。 今まで、セックスをしてきた相手には全員聞いてきた。 小十郎は絶対に佐助の肋骨ではないけれど、それでももう約束事のようなものだから聞いておくのもいいかと思った。 教えてよと言うと小十郎はやはり軽蔑の視線を向けたまま、すこしだけ視線を逸らしてから口を開く。 「下らねェな」 「へ」 「なにをほざいてるんだ、この阿呆はいい年こいて」 「ちょっとなにそれ」 「そんなこと言ってるから嫁にも逃げられるんだろうよ」 「かーたーくーらーさーんー」 頭に乗っている手を振り払って、睨み付ける。 小十郎は振り払われた手をひらひらと振って、ふん、と鼻を鳴らした。それからフローリングに転がっているグラスと 皿を重ねて、足で寝室のドアを開けて出て行く。佐助はベッドから身を乗り出してズボンとベルトを拾い上げて、適当 に身につけてからそれを追った。 ひょいとリビングに顔を出すと、小十郎はキッチンに居た。 「なにしてんの」 「皿洗ってる。見りゃ分かるだろう」 「ふうん。じゃ、手伝う」 横に並んで、小十郎が洗い終わった皿を布巾で拭く。 小十郎はちらりと視線を寄越して、それからすぐにまた皿に戻した。佐助はかちゃかちゃと食器を重ねながら、ねえ怒 ってんの、と聞いてみた。小十郎は泡立ったスポンジをグラスに突っ込む。きゅ、とグラスを一回転させて、それから 息を吐いた。 「呆れてる」 洗い終わったグラスが佐助に手渡される。 濡れたそれを手に持って、佐助はそう、と言った。そうかもな、と思った。自分でも男とセックスをすることにここま で嫌悪感がないのは不思議だった。小十郎はどこをどう見ても男でしかなくて、今横に立っているところを見てもすこ しだって佐助の劣情に触れるものはない。ワイシャツが捲り上げられて、食器を洗う度にきれいに動く腕を見ながらそ うだねえと佐助は首を傾げた。どうしてあんたとのセックスはあんなにきもちよかったんだろう。 「あんたはちっとも、俺の欲しいものに似てないのにね」 悪かったなと小十郎が苦々しく言う。 佐助は最後の一枚の皿を拭いて、小十郎の顔を覗き込んだ。 「べつに片倉さんのこときらいとか言ってるわけじゃねえよ」 「誰もそんなこたァ言ってねェよ」 「いや、傷ついたかなと思って」 「余計なお世話だ」 タオルで手を拭いて、小十郎はキッチンから出て行こうとした。 佐助は腕を伸ばしてそれを止める。振り返った小十郎は呆れた顔をしていた。 「言っておくが」 セックスフレンドは御免だ。 てめェの肋の中継ぎもおんなじだ。 続けざまに言われて佐助は眉を下げた。そんなまくし立てんなよと言いながら、佐助は考えた。おしいなあと思う。小 十郎とするセックスはきもちがよすぎて、一度だけで終わりにするのはあんまりもったいない。小十郎もきっとそれは おなじ筈で、それでも隣人はひどく真面目だからセックスだけの関係がお気に召さないのだろう。 佐助はすこし黙ってから、じゃあ恋人でいいや、と言った。 小十郎が目を見開く。構わず佐助は続けた。恋人ならいいんだろ。 「そうしたら、俺と一緒に居てくれるんだろ」 掴んでいた腕を離して、へらりと笑う。 小十郎はすこしだけ黙ってから、恋なんかしてねェだろうがと言った。佐助は首を傾げて、恋なんてしたことないなと 言う。あんたはあるの、と聞くと小十郎は黙った。 さみしいねと佐助は続ける。 さみしい。 「一緒に居ようよ。さみしいじゃない」 冬はきらいだ。 隙間のあいた体が、風が通ってひどく寒い。 でこぼこで不揃いな体でもいいから、寄り添うなにかがほしいと思った。 小十郎から電話がかかってきて佐助はひどく驚いた。 思わずつけていたテレビを消して、ソファから立ち上がる。どうしたのさと聞くと、受話器の向こうで小十郎がすこし 笑った。まだそこに住んでるんだなと言う。窓まで歩きながら佐助はまあねと頷いた。 「で、どうしたの」 用件は例の食事のことらしかった。 林檎が早速言ったのだろう。よく喋る女だ。佐助はうっすらと笑いを浮かべながら、なんだか意外だったなと言った。 あんたは物静かな子がすきなんだとなんとなく思ってた。 小十郎は苦く笑いながらそりゃ随分な勘違いだと返す。 『俺が物静かな女と一緒に居たら、なんの会話もねェだろう』 「成る程。そりゃたしかに」 小十郎は基本的に寡黙な男だ。 すっかり忘れていた。佐助はよく喋るので、一緒に居るときの小十郎は自然とそれなりに口数が多くなっていた。それ でも他の人間に比べればはるかにすくないのだけれど、佐助は自分のおしゃべりをいやがる小十郎のイメージが強くて きっと小十郎はあまり喋らない人間がすきなんだろうと思っていた。 林檎ちゃんはじゃあ、あんたの好みの子なんだねえと佐助は笑う。 「一緒にごはんしましょうよ。是非あんたが援助交際してる理由が知りたい」 『人聞きが悪ィんだよ』 「ほんとじゃん。あんな高校生みてえな女の子捕まえてさ、まったく羨ましいったらないね」 『おまえは本当に仕様がねェな』 呆れたように小十郎は笑った。 佐助もそれに笑い返して、いつにしようか、と聞く。 「もちろん林檎ちゃんとのごはんも楽しみだけど、俺としちゃああんたと飲みたいってのもあるんだけどね」 小十郎と会ったのは三年ぶりだった。 その間連絡をしたことは一度もない。それまでは隣に住んでいたのでほとんど毎日のように顔を合わせて会話をしてい たというのに、それでも三年間あの男は佐助の前に存在しなかった。受話器の向こうからすこしだけ音が無くなって、 笑いを含んだ声が悪くないな、と返してくる。佐助はへらりと笑った。 「あんたの予定に合わせますよ。今月は大きい手術も入ってないし、結構夜なら都合がきくんだ」 『そうか。じゃあ、来週の金曜は』 「全然大丈夫。じゃあ八時にいつもの―――って、忘れてるか」 佐助は苦く笑う。 受話器の向こうで小十郎も笑った。 『あそこだろう』 「え、覚えてんの」 『まだ惚けちゃいねェんでな。「laMp」だろ』 「うわあ・・・ほんとに覚えてるよ」 馬鹿にするなと小十郎が不機嫌な声で言った。 佐助はごめんと返しながら、カーテンを軽く握りしめた。まさか本当に覚えているとは思っていなかった。三年は短い 時間ではない。こつん、と窓に額をひっつけて佐助は笑った。 「なんか嬉しいね」 『あァ?』 「また片倉さんとさ、遊んだり出来るようになるとは思ってなかったから」 俺様結構感動してるみたい。 そう口に出してから、佐助はああそうなんだと思った。佐助は感動しているのだ。 三年間、いろんなものが目まぐるしく変わっていくなかで、もう無くなったと思っていた繋がりがふいに現れたことは 佐助のなかで、もうほとんど奇跡にだって似ていた。小十郎は別れたあの日から、笑ってしまうほどすこしも変わらな いで佐助と今電話をしている。 馬鹿にされるかと思ったが、小十郎もそうだなと返してきた。 『腐れ縁もここまで来ると、怖いものがある』 「ひどいな。運命かもしれないじゃん」 『ほざけ』 「なんだよ、嬉しくないのかよ」 『なにが』 「片倉さんは、また俺と会えて嬉しくねえの」 俺は嬉しいよすごくね、と佐助は言う。 小十郎は黙ってから、それなりにな、と返した。 佐助はへらりと笑って、よかった、と零す。 電話が切れた後も、佐助はいい気分だった。 小十郎はひどく面白い男で、佐助の交友関係のなかでも大切にしたい繋がりだ。それがこうやってまた会えるようにな ることが嬉しくないわけがない。小十郎も嬉しそうだった。わかりにくい男だけれど、お世辞は言わない男だ、言って いる言葉は三割り増しオーバーに受け取っておけばいい。 ソファに沈んで、天井を眺めながら金曜日かあと佐助はつぶやいた。 「たのしみ」 意識をしないで笑みがこぼれた。 目を閉じたら仏頂面の友人が出てきて、佐助は声をたてて笑ってしまった。 次 |