離婚が正式に決まった夜、佐助は小十郎の部屋に居た。
そもそも話し合う余地すらないほどに非は向こう側にあったので、佐助は結局あの日から一度も妻に会わなかった。弁
護士からの電話を切った後、キッチンに居た小十郎に佐助は笑ってこれでじゆうのみ、と言った。
ぶらぶらと携帯を揺らしながら笑う。
「ねえ、これでもう不倫じゃないよ」
かたん、とパスタの乗った皿がテーブルに置かれた。
冗談のつもりで言った言葉に返事がないので、佐助はすこし眉を寄せた。小十郎は佐助のほうを見もしないで、椅子に
腰掛けてコーヒーを飲んでいる。ソファに携帯を放り出して、佐助も椅子に着いた。
フォークでパスタを絡め取りながら、正面の隣人をこっそりと眺める。眉間に皺が寄って、ひどく不愉快そうな顔に見
えた。首を傾げる。そんなにおかしなことを言っただろうか、と思った。
小十郎とセックスした夜からもう一ヶ月が経つ。
その間、佐助と小十郎はセックスどころか指一本触れあっていない。
小十郎は、佐助を避けようとはしなかった。
今までと一切変わらない付き合いを、ほんとうに何もなかったように続ける男に佐助は殆ど感心した。佐助がそういう
種類の誘いをかけても、顔をしかめることすらせずに笑って受け流す。部屋を訪れる佐助を当然のように通して、食事
をして話をして、外で会えば小十郎から話しかけてくることだってあった。
存外器用な男だ。そう思った。
「俺はあの夜が忘れられないのになあ」
そう言うと小十郎はすこししかめっ面になる。
それが楽しくて佐助は何度もそれを言った。もう抱き合ってはくれないらしい。触れさせてもくれないし、あの薄い唇
に自分のそれを重ねることもないのだろう。つまらないな、とすこし思ったけれど、小十郎がそれでも今まで通りの付
き合いを続けているのはいやではなかった。もし、と思う。
もし小十郎が佐助を避けたら、きっとさみしくて死んでしまう。
「そんなタマか」
「俺はうさぎさんなんだよ」
「月に帰れ」
小十郎はそう言って頭をはたく。
佐助はそうされるのもすきで、だから何度もそうやって冗談を言った。小十郎はそれを上手に避けて、上手に佐助を喜
ばせた。冬で、寒くて、胸のあたりはすうすうしたけれど佐助は肋を探すのがすっかり面倒になってしまった。よくな
いかもしれないな、と思った。そしてよかった、とも思った。
セックスもしないのにここまで小十郎は心地よくて、きっと抱き合えるようになったら佐助は肋のことなど忘れてしま
う。それはだめだ。だって胸はすうすうする。この欠けた感覚が佐助は吐き気がするほどに怖い。それを埋めてくれる
誰かを、いつかは探さなくてはいけない。
そしてそれは、小十郎ではない。
「ねえ」
かちゃんとフォークを皿に置いて、佐助は聞いた。
「なんか、片倉さん怒ってません」
「何にだ」
「そんなこと俺が知るかよ。どう見ても、ご機嫌斜めに見えるんですがね」
皮肉げに笑うと、小十郎の顔がふいと上がった。
おや、と佐助は首を傾げる。小十郎は困ったような顔をしていた。困ったような、と言うとおかしいかもしれない。た
だ、迷っているように見えた。何かを言いたいのに、それを表す方法を知らないというような、そういう顔に見えた。
もう殆ど残っていないコーヒーを無理矢理喉に流し込んで、小十郎は静かに言う。
どんなきもちだ、と言った。
佐助は眉を寄せて、それからああ、と笑う。
「離婚のこと」
「まァ、そうだな」
「そうだねえ、うん、こんなにあっさりしてンだなあって」
病めるときも健やかなるときも。
結婚式のときに聞いた神父の言葉が頭をくるりと回った。汝この女を妻とし、永久に愛することを誓いますか。佐助は
最後の一巻きのパスタを口に放り込んで、おや、と首を傾げる。たぶん言ったのだろうと思うが、自分は誓いますと言
ったのだろうか。
だとしたら誓いという行為の、なんという薄っぺらいことだ。
「指輪は」
「うん」
「しているのか、このまま」
小十郎に言われて気付いた。
佐助の左手の薬指には、まだ銀色の輪っかが嵌っている。佐助はすぽんとそれを外して、しばらく考えてから小十郎の
方へひょいと放った。小十郎が片手でそれを掴む。あげようか、と笑うと、小十郎は嫌そうな顔をして握っていた手を
緩めて、ころんと輪っかをテーブルの上に転がした。
どうしたのさ、と佐助は首を傾げる。
「片倉さん、今日はなんだかおかしいぜ」
そう言うと、小十郎はてのひらを口に押し当てて、視線を逸らした。
椅子を立って、小十郎の隣にしゃがみこむ。見上げるとひたりと目が合った。切れ長の目が、すう、と細められる。
どうしたのかとまた聞くと、小十郎はどこか痛むような顔をしてから今日は、とちいさな声で言った。
「今日は、おまえ」
「俺が、なに」
「―――帰る、のか」
ひどくちいさな声だった。
佐助は最初、聞き違えたのだと思った。
なんていった。そうやって聞き返すと、小十郎は視線をあげて椅子から立ち上がる。そしてなんでもないと言い捨てて
キッチンへ入っていこうとした。佐助も立ち上がって、皿を重ねようとしている腕を握った。
目を合わせると小十郎は舌打ちをする。佐助は苦く笑った。
「ここで舌打ちかよ」
「離せ。食器洗うんだよ」
「手伝いますよ、ああでも」
ぐい、と腕を引いた。
「明日の朝だってべつにいいよね」
小十郎の顔がひどく近い。
夜を切り取ったような目が細められる。それを直視しながら、佐助はくつくつと笑った。あんたが誘ったんだぜ、とさ
さやいてやると、小十郎はふ、とちいさく息を漏らした。
そして口角をあげて言う。
「そうだな」
かちゃん、と持ち上げていた食器をテーブルに戻す。
思わず佐助の目が見開かれる。小十郎は掴まれていた腕を振り解いて、ネクタイをしゅるりと解いた。突っ立っている
佐助の横を通り抜けながら、セックスフレンドでいい、と言う。
「俺も冬はすきじゃねェ」
ネクタイがフローリングに落とされた。
佐助はそれを目で追って、そのまま小十郎を見上げる。ワイシャツのボタンが二つ目まで外れているのが目に入って、
佐助はさむくない、と聞いた。小十郎は無表情で、さむいな、と答える。
一歩足を踏み出すと、ネクタイが指に絡みついてきた。小十郎はソファに寄り添うように立って、佐助のほうを見てい
る。ソファに両手をついて、小十郎を見上げた。湯たんぽがほしくなったの、とすこし笑うと、小十郎も笑った。
あァ、と言う。
あァ、寒くてしょうがない。
「寄越せ」
最後の声が空気を震わすまえに、佐助は小十郎を抱き締めた。
店内に入ったとき、佐助は目を二三度瞬かせた。
声をかけようかどうかで一瞬だけ迷った。が、そのまえに広い背中が振り返る。
「早かったな」
俺も今来た、と小十郎が言う。
佐助は照明で橙に染まった白いジャケットを脱いで、腕にかけながらへらりと笑った。相変わらずあんたは早いなあと
言いながら小十郎の正面に腰掛ける。
「これでも急いで来たんだけどね」
「まだ五分前だ。十分だろう」
「ちょっと迷うかとも思ったんだけど」
意外と覚えてるもんだね、と言うと小十郎も頷いた。
「まァ、ほぼ三日に一度くらいか。相当来てたからな」
「懐かしいねえ。俺も、あんたが引っ越しちまってからは全然来てねえや」
「そうなのか」
意外そうに小十郎が言う。
佐助はウェイターにカクテルを頼んで、それから困ったように笑った。ひとりで来るにはさみしいでしょう、と言うと
女と来ればいいだろう、と小十郎は言い、すこし視線を彷徨わせてから、
「肋は、見つかったか」
と皮肉げに口角をあげる。
佐助は唇を尖らせて、嫌味だな、と言った。小十郎が肩を震わせる。まだか、と言われたのでまだですよ、と返した。
小十郎が引っ越してから三年間、佐助は四人と付き合ったがもう誰の名前も覚えていない。佐助は目を細めて、身を乗
り出してにいと笑った。
「あんたは」
「俺か」
「あんたは、いつから林檎ちゃんと付き合ってんのさ」
「一年前」
「へえ」
佐助は眉をあげた。
長いな、と思った。佐助が覚えている限りの片倉小十郎は、あまり特定の人間と特定の関係を築いたりはしなかったと
思うのだけれど、変わったのだろうか。三年は長い。ひとが変わるには十分だ。笑ってしまうほどに佐助自身はすこし
も変わっていないけれど、きっと世間はそうではない。
いやちがうか、と佐助は思い直す。
「そんなにすきなの、あの子」
大きな目と、ちいさな唇が浮かんできた。
或いはあの少女が目の前の男を変えたのかもしれない。小十郎はからん、と氷を鳴らしてミントの入ったカクテルを傾
けながら首を傾げた。さあな、と言う。
「どうだか」
「照れんなよ、惚気も聞くよ」
「そんなもんねェよ」
「じゃあ質問を変えよう。どうやって付き合いだしたのさ」
小十郎は忙しい勤め人で、林檎は女子大生だ。
そもそも出会う機会がない。そう言うと小十郎は苦く笑った。
「ろくでもねェぞ」
「なに、あ、分かった。あんたがナンパしたんだ」
「阿呆」
コースターを投げつけられた。
それが目に当たる直前で掴んで、くるくると回しながら佐助はじゃあなんだよと聞く。小十郎は黙って、それから観念
したように息を吐いた。間違えられた、と不機嫌な声が言う。
佐助は首を傾げた。
「まちがえ」
「あァ」
「何、と」
「・・・痴漢、だ」
「ちかん」
言ってから、佐助は吹き出した。
「うっそぉ」
素っ頓狂な声を出すと、小十郎の眉間に皺が寄った。
どうしてこんな阿呆な嘘吐くんだ、と言われて佐助は口を開けたまま呆ける。腹の底のほうからふつふつと笑いがこみ
上げてきて、油断すると笑い転げてしまいそうだったけれど、静かな店内の雰囲気を考えて堪えた。そりゃあ。それで
も言葉の端々がふるえた。そりゃあ、災難だ。
小十郎は舌打ちをして、ちっとも思ってねェだろうと言った。
「まァいい。笑いたきゃ笑え」
「拗ねないでよ。えぇ、でも面白すぎるその馴れ初め」
「俺だって笑えりゃ笑う」
「他人事だとたのしいけど、自分だったら笑えねえわな、そりゃ」
気を抜くと緩みそうになる口元を、ウェイターが運んできたカクテルで隠す。
随分たのしそうだなァ、と小十郎が凶悪な顔で笑った。佐助はへらりと笑って、片倉さんと話せるからじゃねえの、と
言っておく。小十郎はすう、と目を細めて息を吐いた。
「そういう阿呆なところも相変わらずか」
苦々しい声は、それでも笑いを含んでいた。
細かく砕かれた氷をしゃりしゃりと掻き混ぜながら、佐助は口角をあげる。
「そう簡単にゃ変わりませんよ。まぁ、生活が変わらないからねえ」
「今もあそこで一人で暮らしか」
「あんたみたいに、女子大生とお付き合いするなんてたのしいイベントもないしなあ・・・ああ」
また眉を寄せる小十郎を笑いながら、佐助は思いついたように声を漏らした。
困ったように顔を笑みに歪めながら、そういえば元妻の妹が面倒だなあとこぼす。小十郎は首を傾げた。
「子栗鼠か」
「そう、それ」
「面倒ってのは、どういう意味だ」
もう関係ないだろう。
そう言う小十郎に佐助はうんざりと頷く。そうなんだけどねえ。弱々しい表情と、折れてしまいそうなほど細い体が頭
を過ぎった。子栗鼠は、佐助が結婚したばかりの頃はまだ高校生だった。今とおなじように常になにかに怯えているよ
うな影の薄い少女だったという印象しかない。
四年ぶりに電話をかけてきた黒髪の女は、同然のように妹を頼む、と言った。
「あの子ね、あなたがすきなのよ」
初恋の人なんですって、と笑われた。
切れた後の受話器を持って、佐助は途方に暮れた。
子栗鼠と会うのは二年ぶりになる。
二年前、突然部屋にやって来た子栗鼠は泣きながら佐助に謝った。
ごめんなさい、と何度も繰り返しながら、謝った。訳の分からない佐助に、秋の蚊だってもうすこし力強いような声で、
ねえさんが、と言う。
「結婚、しちゃ、た」
ぽろぽろと、大きな目が溶けてしまいそうだと思った。
佐助はそっちのほうが気になって、かつて肋だと思った女が他の男とあらためて誓いを交わしたことは聞いてはいたけ
れど、あまり頭の中には入ってこなかった。佐助のベッドで抱き合っていた男とはちがうらしい。それもまた、とても
どうでもいいことだ。
子栗鼠は義兄さん、と佐助を呼ぶ。
「ごめんなさい、義兄さん」
佐助は困ってしまった。
もう他人で、顔も覚えていない女のことでそんなふうに謝られても困惑するしかない。目の前で崩れ落ちる栗毛の少女
のことも、佐助は随分前から義妹とは思っていなかった。血のつながりは無い。戸籍のつながりも消えてしまって、で
は他人以外の何者でもない。
大丈夫だよと笑ってやったのだと思う。子栗鼠は何度も何度も謝りながら、真っ赤になった大きな目をただ真っ直ぐに
佐助に向けては顔を歪めた。いやだなあと思った。純粋な、きれいな目はすきじゃない。すこしくらい濁っていないと、
隙間だらけの体を見透かされるような気がした。はやくかえりな、と言うと子栗鼠はようやく出て行った。ドアを閉め
たあと、佐助は深く長い息を吐いた。圧迫されていたものから解放されたような感触だった。
また子栗鼠と会うのはひどく憂鬱だった。
義兄さんと相変わらず呼びかけられて苦い笑みがこぼれた。もう義兄ではないと言っても子栗鼠はうっすらと笑うだけ
で変えようとしない。一人暮らしは初めてだと言うかつての義妹に、佐助は愛想笑いをしながらなにかこまったことは
あるかな、と聞いた。子栗鼠は首を振る。
「でも」
さみしいのだ、と言う。
まだこちらには知り合いが居なくて、週末ひとりで居ると泣きたくなる。だから毎週でなくとも構わないから、たまに
でいいから、短い時間でいいから。
「会って、くれませんか」
高い声だ。
耳障りではないけれど、つんと背中が寒くなる。
佐助は首を傾げて、俺と、と聞いた。子栗鼠は頷く。佐助はとりあえず笑っておいた。お安いご用ですけどねと言いな
がらほんとうはひどく戸惑っていた。会いたくない。切実にそう思った。
俺と一緒に居たってつまんないよ。笑いながらそう言うと、子栗鼠は首を振った。わたしが、と言う。
「居たいんです」
「俺と、ね」
「迷惑じゃなければ―――考えて、くれませんか」
強い目だった。
佐助は驚いた。さっきまで泣きそうな顔をしていたのに、随分大きな声も出るのだと感心した。それで思わず、時間が
あるときだけならと言ってしまった。後悔している。肋骨じゃない女と、あまり付き合いたいとは思わなかった。
そこまで言うと、小十郎は不思議そうに首を傾げた。
「肋骨じゃあ、ねェのか」
子栗鼠は。
佐助は笑う。
「元奥さんの妹、だぜ。世の中やっていいことと悪いことがあるでしょ」
「てめェの口からそんな殊勝な言葉聞くとはな」
「失敬な。俺ァ、いつだって殊勝で謙虚で慎ましいよ」
「言えば言っただけ、胡散臭ェ」
笑いながら小十郎はカクテルの氷を揺らす。
「悪くない、と思うがね」
「何の話だよ」
「明らかに今でも、惚れられてんだろ」
真っ直ぐな目と、赤く染まったほおを思い出して佐助は眉をひそめた。
面倒な女はきらいなんだよと言うと、小十郎はそういうところがてめェは阿呆なんだと呆れて返す。面倒なこと言って
んのはおまえのほうだろう。佐助が首を傾げると、あばらだ、と小十郎は言った。
欲しいんだろう、自分の肋が。
「ほしいね」
今更何を言うのだろうと思った。
あんたその話きらいじゃん、と言う。小十郎は眉一つ動かさずにきらいだな、と言った。下らない、と言う。何度も言
われたそれに、佐助は苦く笑って足を組み替えた。わかってる。下らない。自分でもそんなことは承知の上だ。
佐助はうっすらと笑みを浮かべたままで、あんたはほんとうに大人だねえとこぼす。
「俺はさみしいと、それを埋めたくなっちまうからさ」
年齢が上がっても、指しゃぶりを止められない子供が居る。
それは足りないなにかを埋めようとする行為なのだと何かで読んだ。それに佐助は似ていると思う。なにか、足りない
からそれを埋めようと必死になっている。滑稽だなあと自分でも笑いたくなる。
小十郎はふん、と鼻を鳴らしてそんなに変わらんよとすこしだけ笑った。
どうしようもないのは、お互い様だろうがと言う。
佐助は笑った。
「そうだね」
小十郎は、理性的な大人に見える。
事実付き合ってみれば真面目だけれど融通がきいて、寡黙だが退屈ではない。理性が服を着て歩いているようだと思っ
たのは知り合ってから一年経った頃だっただろうか、ひどい誤解だったと佐助は思う。逆だ。
小十郎は普段、理性を纏って歩いている。
佐助はほおづえを突いて、首を傾げながら笑った。
「あんたも相当、どうしようもないひとだ」
「今更だ」
「林檎ちゃんとは、でも、ふつうに頑張ってんでしょう」
「下世話だな」
「性分なんで」
「俺のことはいい」
おまえのことだと小十郎は言う。
佐助は困ったように笑みを浮かべながら、子栗鼠を思い浮かべた。弱々しくてあんまり透明で、俺みたいな男にはちょ
っと可哀想だよと言う。小十郎はそうは思わない、と言った。余計なお世話だが、と前置きをして笑う。
「おまえは、世話焼きだからな」
あっちのほうが合ってるんじゃねェか。
佐助はすこし呻いた。余計なこと言わないでよ、と言う。小十郎の言葉は重くて、なんだかそれが真実のような気がし
てきてしまって困る。橙の照明に照らされたほおを笑みに歪ませたまま、小十郎はすこしだけ残っていたカクテルを飲
み干した。そういえば食事の注文をしていないことに佐助は気付いて、ウェイターを呼ぶ。
いつも頼んでいたメニューを小十郎の分まで注文してから向き直ると、小十郎はやはり笑っていた。
「おまえはそういうのが合ってる」
「えぇ、世話焼きってことかよ」
「あァ。出来た女より、手ェ掛かる女のほうが長く続くと思うがね」
まあすきにしな。てめえのあばらだ。
小十郎はそうやって締めた。佐助は黙って視線をグラスに落とす。しばらく黙ってから、あんたはほんとうにおれをあ
まやかすね、と言った。小十郎はそんなつもりはねェよと言う。
あまやかすよと佐助は繰り返す。
「まあ参考にしとく」
ウェイターが運んできた皿をかたん、と小十郎のほうへ押しやりながら言った。
そうかい、と小十郎はグラスを置いて、ワイシャツをすこしだけ巻くってフォークに手を伸ばした。手首がちらりと覗
いて、佐助はじいとそこを眺める。骨と血管の浮き出た、男の手だ。
ぞくりと背筋になにかがはしるのを感じる。
まずいなあ、と佐助は思った。
獣みたいだ、と思う。
人が変わる、という言い方では足りない気がした。生命体として他のなにかになっているような、それくらい言わなく
ては片倉小十郎という男には不足だと佐助は確信する。真夏でも長袖を着て涼しい顔をする男が、普段は奥が見えない
黒い目をわかりやすい欲に濡らしてこちらを見てくるのは薄ら寒いほどに心地よかった。
そう言うと、小十郎は笑う。
「獣はてめェだ」
佐助は目を瞬かせる。
それから笑った。成る程、と思った。
衝動が抑えられないなんて考えたこともなかったというのに、目の前で横たわっている男は簡単に佐助の理性を引っ剥
がしていく。びっくりだな、と佐助はつぶやいた。あんたのからだからはなんかでてるんじゃないの。小十郎は呆れて、
へばりついてくる佐助を引き離しながらやはりそれはおまえだろうと言う。
「あんたもじゃあ、我慢できなくなったりするの」
「我慢か」
「そう」
小十郎はすこし黙って、必要があるならする、と言う。
佐助はにい、と笑って引き剥がされた腕をまた小十郎の首にかける。
「無いね」
「無いな」
「もういっかいしよっか」
キスをすると、小十郎は鬱陶しげに顔を振る。
明日は、と言う。佐助は首を竦めて、
「明日考えるよ」
と答える。
小十郎は息を吐いた。それも含めて佐助は口づけてやる。
鼻に掛かった声が漏れる。仕返しのように小十郎の手が髪を掻き混ぜてきた。笑いながらベッドに倒れ込んで、小十郎
のてのひらをシーツに縫いつけながらあんたが俺の肋でもいいような気がしてきた、と言う。
ぴたりと小十郎の動きが止まった。
目が開かれて、細められる。
「御免だ」
くつりと笑う。
「そんなちいせェ骨っころになってたまるか」
「例えだよたとえ。あんたとことん詰まんないひとだね」
「それで結構だ」
「ふうん」
そこまで言われたらしょうがない。
まあ肋じゃなくても寒いからもういっかい。そう言って口づける。
舌が差し込まれたのでああこれでいいんだと思った。
次
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オリキャラ出張ってて申し訳ない。オリキャラっていうかBLCDのキャラを女の子にしただけですが。
えろい雰囲気にしたいんですが玉砕している感じでいっぱいです。げふん。
空天
2007/05/08
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