佐助のしたことはそう多くはない。 まず月曜日に会った子栗鼠が珍しく自分からどこかに行きたいと言い出したので、いいね、と言った。林檎の提案して きたのはどれもそれなりに流行っているレストランだった。レストランの候補は、三つあった。 水曜日に小十郎に会った。もうすぐ付き合って一年だという話を林檎から聞いていたので、どこか連れてってあげなよ 男の甲斐性だぜ、と突っついてやった。まァな、と小十郎は言った。だがあまり人の多い場所は好かねェ。佐助はそれ なら夜にちょっといいところでごはんにすりゃあいいじゃないか、と言ってやる。成る程なと小十郎は頷いた。 子栗鼠から渡されたレストランの情報誌が、鞄の中に入っているのを思い出した。 「これ、見てみる」 「なんだこりゃ」 「情報誌。なんかねぇ、これと、これと―――あとこれ。が、流行ってるらしい」 「ほう」 小十郎はしばらく眺めてから、ここは美味そうだなと一つのレストランを指さした。 シンプルな内装と、創作料理という題目に惹かれたらしい。あんたらしいねと笑いながら、佐助は情報誌をしまった。 金曜日に林檎が、今度の日曜日に小十郎さんがレストランに行こうって珍しく誘ってくれたんだよと嬉しそうに言うの で、そりゃあよかったねえと笑ってやった。仕事が終わって子栗鼠に電話をした。どこがいいでしょうと聞かれて、ど こでもいいけどそっちがすきなのを選んだらいいよ、と言うと子栗鼠が向こう側であわあわと困ってしまったので、 「それじゃあ」 選んだ。 それだけだ。 きっと法廷に出ても、心の奥底から法の神に誓えるだろう。 佐助に罪の意識は一粒の雨滴ほどもなかった。 偶然だねと言われて佐助はにいと口角をあげる。 小十郎は顔色一つ変えなかった。子栗鼠が不思議そうに見上げてくるので、お隣さんと援助交際してる女子大生だよと 言ってやる。すぐにナプキンを丸めたものが飛んできた。 「死ね」 「わぉ、相変わらず地獄耳ぃ」 手で掴んで、横を通ったウェイターが持つトレイの上に置く。 四人がけのテーブルに坐っている林檎と小十郎のほうへ寄って、迷うことなく椅子をひいた。入り口のほうで固まって いる子栗鼠をひょいひょいと手で招く。林檎が耳元に口を寄せてきた。 「あれ、猿飛先生の恋人だったりするわけ」 「さすが、ご名答」 「かーわいい」 ねえ小十郎さん、と言われて小十郎は初めて視線を入り口のほうへやる。 それからああ子栗鼠な、と短く言った。相変わらずちいさくて茶色い。 「それだけ」 呆れたような恋人の声にも、小十郎は首を傾げるだけだった。 佐助は体を折り曲げてくつくつと笑いながら、諦めなよと言う。このひとはこういうひとなんだよと言うとすこしだけ 焦れたように林檎が知ってる、と返してきた。すこし驚いた。小十郎も驚いたような顔をしている。林檎も目を丸めて、 気まずそうに細めた。しん、と場が静まったところでようやく子栗鼠がちょこちょことやってきたので、佐助は椅子を ひいてやった。にこりと林檎がほほえむ。 「はじめまして」 「は、はじめま、して」 林檎と子栗鼠が挨拶し合うのを横目に、小十郎に視線をやる。 もう注文はしたのかと聞くとまだだと返ってきた。レシピを開いて適当に選んで、小十郎に渡すとすぐにそれは林檎と 子栗鼠の間に回された。はやいなあと林檎が呆れる。片倉小十郎という男は、いろいろなことに関して迷いのすくない かわいげのない男だ。佐助はくつりとひとつ笑った。 小十郎は子栗鼠を見るでもなく店内を見るでもなく、ただグラスの水を喉に流し込んでいる。かたん、と椅子をすこし ずらして、耳元に口を寄せてみた。 「片倉さん」 「ん」 「林檎ちゃんは毎回着てる服の色がちがう気がすんだけど、気のせいでしょうか」 「そうだな」 「うん」 「たぶん」 今度は小十郎が佐助の耳元に口を寄せる。 「俺も一年前から思ってるから、合ってる」 佐助は思わず黒い石のテーブルに顔を伏せた。 肩がふるえる。林檎がどうしたのと聞いてきたが手をひらひらと振ってかわした。小十郎は顔を伏せたままにあげられ た佐助の手をぺしぺしと叩く。佐助はひいひいと荒い息のまま顔をあげて、小十郎の肩に顔を埋めた。 ふわりと整髪料のにおいが佐助を包みこむ。 「あんたたまにすっげぇ面白いから、困るわ」 「おまえの笑い所はよくわからん」 「そうだねえ、わりとあんたの言動は全部が全部笑い所だと思ってますよ」 かたんと席を立って佐助は笑う。 どうしたと聞かれたので胸ポケットから煙草を取り出す。林檎が顔をしかめた。佐助は眉をすこし下げてから、だから ちょっとあっちで吸ってきますよと店内に設けられた喫煙スペースを指さした。 俺も行こうと小十郎も立ち上がったので佐助はすこし驚いた。 「俺が居ないほうが、男共を話の種にしやすいだろう」 ちいさく笑って、林檎の髪をぽんと撫でる。 林檎は首を傾げながら、じゃあなんでも話していいわけだと笑う。すきにしろと小十郎は言って席を離れた。ぼんやり と突っ立っていた佐助は小十郎が横を通り抜けたので、ようやくまた足を喫煙スペースのほうへと進める。ちいさなそ のスペースは窓のすぐ傍にある。夜景が見えた。安っぽいビーズをばらまいたような、きらきらとした色が散らばって いる。佐助は窓に背をもたれさせて、ライターに火を付けた。 「吸い始めたのか」 おなじように窓に体重をかけている小十郎が言った。 煙を吸い込んで、吐き出しながら笑う。 「口寂しくッてね。二年くらい前かな」 「塞いでくれる相手が居なかったわけでもねェだろう」 「まあね、四人だっけ三人だっけ、そんくらいは居たよ。でもねえ」 ちらりと視線をあげた。 小十郎はそれに気付いたのか、窓の外にやっていた視線を佐助に下ろした。店内の薄暗い照明のなかで見ると、常から 真っ暗な切れ長の目は、ひかりさえどこかに追いやってしまってほんとうに夜の色になる。それを覗き込んで、佐助は 目を笑みの形に歪めた。女は口紅がつくからキスするのが面倒だよと言う。 「あんたのはよかったな。かさかさしててさ」 どういう顔をするだろう、と思った。 再会してからそういういろを含んだ会話をしたことはなかった。冗談に紛れていつか言ってしまわなければいけないと ずっと思っていた。言ってしまわないと、なんだかそれがひどく大層なことのようで、佐助が意識してしまってしょう がない。小十郎はすこしだけ黙った。 それから、冬は乾燥するからな、と淡々と言う。 「かさついた唇が好みなら、子栗鼠に言え。喜んでそうしてくれるだろうよ」 「あの子の唇からは薬用リップクリームの味がするんだ」 「健康的じゃねェか」 「洗濯糊食ってるような気分になるぜ」 「食ったことあんのか」 「あるわけがない」 ふう、と煙を吐き出す。 ふわふわと浮かぶ白いそれを見て、小十郎はぽつりとつぶやいた。 もし、と言う。 もしもだが。 「今おまえとキスをしたら」 佐助は危うく煙草を落としそうになった。 小十郎は佐助を見ていない。顔を上げて腕を組んで、随分離れた場所に厨房を隠すように置いてある大きな花飾りを眺 めながら、そうしたら煙草の味がするわけだ、と言う。 佐助は落としかけた煙草を持ち直した。 「そ―――そう、なるだろうね」 「何をどもってる」 「あんたが突拍子もないこと言うからだ」 うんざりと言った。 それからすぐにすこし笑って、試してみる、と言ってやったが、小十郎は相変わらずの姿勢であいつは気管支が弱いか ら煙草は吸えん、と返してきた。佐助はふうんと詰まらなそうに鼻を鳴らして、まだ半分も灰になっていない煙草を灰 皿に擦り付けた。軽く咳き込む。やたらに喉がひりついた。 「風邪か」 首を振ると、すこし間が開いてから胸ポケットの煙草がすいと抜き取られた。 「ちょっと」 「没収だ」 睨み付けるが無視された。 理不尽だなと眉を寄せると、小十郎はちいさく笑った。 「飯が不味くなる」 「もう慣れたちまったから、どれも一緒だよ。返してくださいな」 「そんなに吸ってやがるのか」 「一箱ぽっきり」 吸い過ぎだと小十郎は顔をしかめる。 さみしいんだよと佐助はまた言った。煙草を吸い始めたのは小十郎が行ってしまってから丁度一年が過ぎた頃で、ひと り目の恋人と別れた夜に、その女が置いていったそれを吸い始めたのが最初だった。息が苦しくなって、涙が滲んだけ れど、頭がぼうと霞がかったようになるのが心地よかった。吸い始めてからの一ヶ月は、吸っている間は苦しくて、そ のことしか考えられなくなるのが都合がよかったので吸い続けていた。そのうち煙草の煙が体に馴染んでしまってから は、惰性で続けている。 小十郎は医者の不摂生だと呆れて息を吐いた。 「ヤニ臭ェ」 おきらいですかと戯けると、おこのみじゃあねェなと笑われる。 佐助はしばらく黙って、じゃあやめる、と肩をすくめた。 「片倉さんうるせえから」 「別に俺ァ、おまえが肺癌になろうと気管支癌になろうと知ったこっちゃねェよ」 「またまた。俺が死んだらさみしいくせに」 笑いながらぽん、と小十郎の肩を叩いた。 小十郎の視線がすいと落ちてきて、肩の佐助の指で止まった。おおきなてのひらがそれを掴んでするりと肩から下ろす。 切れ長の目が細められて、口角が皮肉げにあがった。 「そうだな」 さみしいかもな。 佐助は目を瞬かせる。え、という音が声になる前に小十郎はすいと喫煙スペースを出て、それから視線を林檎と子栗鼠 の坐るテーブルのほうへやった。倣って目をやると、もう注文した料理の皿が並んでいる。 大股で三歩歩いて、小十郎のスーツの裾を掴んだ。 小十郎が振り返る。 「どうした」 「どうした、て―――片倉さん、なんだか今日おかしくないか」 「そうか。気のせいじゃねェか」 小十郎は首を傾げて、それから思い出したようにそういえば、と言った。 「あれはもう、止めか」 「あれって」 「『小十郎さん』」 ぱん、と裾が払われる。 小十郎はちいさく笑った。おまえにそう呼ばれるのも、と言う。 「そう、悪くはないと思ったんだが」 飯が冷めるぜ、行くぞ。 くるりと踵を返して佐助から離れていく広い背中を、佐助はぼうと眺めた。 あれ、と思った。おかしいな、と思う。からかって、いろめいたことを言って、そうして冗談にしてしまうつもりだっ たのではなかっただろうか。喉がひりひりと痛む。風邪ではない。ただ単純に、乾いている。 のろのろと席に着いて、グラスの水を一気に喉に流し込んだ。 子栗鼠と林檎は仲良くなったらしい。 子栗鼠は随分明るくなった。仕事もたのしいらしい。いいことだなと佐助は思う。 そう言うとそれは佐助さんのおかげですと栗毛の髪を揺らしながら子栗鼠は笑う。それはちがうと思うけれど、子栗鼠 がそう言うのならば子栗鼠の世界ではそうなのだろう。きっと佐助はもっと立派で大層な人間で、絶対に自分以外を見 たりしない誠実な男なのだ。いいなあと思う。そうあれたら、どれだけいいだろう。 子栗鼠を抱き締めるとへにゃりとちいさな体がしなって、腕の中にすとんと収まる。丁度いいおおきさだな、と抱き締 めるたびに感心する。セックスをすれば、きっと他の女とおんなじように佐助の一部に溶けこんでくれるだろうと容易 に想像できた。眉を寄せて、体を離す。 そうするとすこしだけ不安げな顔になるので、笑いながら頭を撫でてやる。 どうすりゃいいかね、と佐助は途方に暮れる。 佐助の体には隙間が空いていて、そこからはいつも風がすうすうと吹き込んでいて夏であろうと昼間であろうと寒くて しょうがない。子栗鼠を抱けばそれはとりあえず埋まるだろうと分かっているのに、どうしてもまだこのちいさな義妹 とひとつになる気になれなかった。 喉がひりついている。 水を飲んで治るものではないらしい。 それでも一生懸命子栗鼠とセックスをしようとした佐助の決心をくじいたのは無粋なインターフォンの音だった。 ほんとうになんの音もない空間で改めてあの音を聞くと、随分と間が抜けた音だ。無意味に高くてかつ間延びしている。 佐助はぽすんとソファに頭を埋めた。三秒ほどその体勢のまま固まってから、がばりと起きてへらりと笑う。 体の下の子栗鼠はかたかたと震えていた。 「こりゃ日が悪いや」 カレンダーを見ると仏滅だった。 しょうがない。よいしょと体を起こして、ソファから飛び降りる。 監視カメラのボタンを押すと、玄関先の邪魔者の映像が映る。あ、と佐助は思わず声をもらした。 小十郎だった。 見覚えのある頭の形に、佐助は呆れて息を吐く。なにしにきたんだあのおとこは、とつぶやきながらベルトを締めた。 ソファを覗き込むと、ワンピースのボタンを三つ外したままで子栗鼠が真っ赤になって固まっている。ぱさりと脱ぎ散 らかしたワイシャツを顔に被せてやると、ぷう、と息が布を持ち上げる音がした。 子栗鼠の顔からワイシャツを取り上げて、ボタンをつけないまま羽織って玄関のドアを開ける。 「おいこら、なに帰ろうとしてんだ」 小十郎は既にエレベーターのほうへ歩き出していた。 呼びかけるとかつかつという足音がぴたりと止まり、すこしだけ首が曲げられる。そして低い声が、なんだ露出狂、と 淡々と言った。佐助は目を細めて、うるせえよと吐き捨てる。 「これ以上、元お隣さんの評判を落としたくないならとっとと戻ってきてください」 「おまえがそのボタン四つ程嵌めたほうが早い気がするが」 そう言いながら小十郎は戻ってきた。 玄関先で大きな革靴のつま先が止まるのと同時に、佐助の視界の端に白いパンプスが入り込んできた。振り返ると、こ ちらはきちんとボタンを嵌めた子栗鼠がバッグと黄緑のショールを持って立っている。佐助はドアから腕を離し、代わ りに足で固定しながらどうしたの、と聞いた。 帰りますと子栗鼠は弱々しく笑った。 「そう」 横の小十郎はすこしだけ驚いたように目を丸めていた。 勿論。佐助は思う。佐助は、きちんと小十郎を追い返して子栗鼠を引き戻し、そしてもういちど―――今度はソファで なくベッドでもいいけれど―――性行為に励むべきなのだろう。ただしく生産的だ。 佐助は子栗鼠の顔を見て、すこし皺になったワンピースの裾を見て、玄関先の白いパンプスと黒い革靴を見て、それか ら裸足の自分の足の指を見た。顔をあげて小十郎の顔を最後に見た。 そうして、小十郎の顔に視線を合わせたまま言った。 「とっても残念だけど、しょうがないな」 くるりと振り返って、足を下ろす。 体をずらして通り抜けるスペースを空けて、にこりと子栗鼠に笑いかけた。 「おやすみ、また今度」 「―――おい」 「小十郎さん、どいたげて」 何かを言いたそうな小十郎を、手でどかす。 子栗鼠は小走りでドアを潜り、ちょこんとお辞儀をしてエレベーターのほうへ駆けていった。かっかっかっか、という パンプスとコンクリートがぶつかる音がすこしずつ遠くなっていって、エレベーターの前から子栗鼠が消えたら聞こえ なくなった。小十郎がぽつりと邪魔だったな、と言うのがおかしくて佐助はドアに額をつける。 「いいんだ、今日は仏滅だから」 手を振って、はいりなよと言う。 小十郎はすこし迷ってから、革靴の先っぽを玄関先に潜り込ませた。 ワイシャツのボタンを嵌めながらリビングのドアを開く。小十郎はすこしきょろきょろと部屋のなかを見回して、あん まり変わってねェな、と言う。脱ぎ散らかしてあるジャケットとネクタイを拾い上げながら、インテリアには興味がな くてねと佐助は答えた。 小十郎はソファではなく、対面式のキッチンに隣接してあるテーブルのほうで立ち止まった。買ってきて、冷蔵庫に入 れ忘れていたビニール袋が置いてある。コーヒーを煎れていたら、がさごそと小十郎がそのなかを物色しているのが目 の端に入ってきた。たいしたもんははいってませんよ、と笑う。 かたんとコーヒーカップをテーブルに置いて、どうしたのと聞いた。 「忘れ物を届けに来た」 近くまで来たからな、と言いながら小十郎はちゃらりとネックレスをテーブルに置いた。 佐助は首を傾げる。金色のチェーンに薄い桃色の猫がぶらさがっているそれは、あきらかに女物だった。小十郎はすこ し困ったように眉を寄せて、子栗鼠のだ、と言う。 ああ、と佐助は納得した。林檎の家に忘れていったのだろう。 「今度会うときにでも渡しておいてくれ」 「りょーかい。しっかしあんたも凄いタイミングで来るねぇ」 テーブルに置いてあった煙草を一本取り出しながら佐助は笑った。 すこしだけ苛立っていた。邪魔をされたことそのものというよりは、邪魔をしたのが他の誰でもなく片倉小十郎であっ たというその事実がちりちりと胸のあたりを突いてくる。 小十郎は悪気はねェから許せと淡々と言った。 「悪気もなかったでしょうけど、謝る気も一切ないなあ」 「終わったことはしょうがねェだろう」 「そらァそうですけど、ね」 ライターを探していたらその手をぺしりと叩かれた。 「止めたんじゃねェのか」 思いのほか強く睨まれて、佐助はひょいと肩をすくめた。 子栗鼠に塞いでもらえ。小十郎はいつかのようにそう言ってから、首を傾げた。そうして、苦く笑ってからテーブルの 隅のほうにあったらしいライターを佐助のほうへ放った。 なんだよ、と聞くと俺のせいで帰しちまったからなと小十郎は笑う。 「今日は特別だ」 「俺はいつからあんたに許可もらわねえと煙草吸えない身分になっちゃったのかしら」 「おまえの可愛い肋も、心配してるぜ」 「なーんであんたが」 言いかけて佐助はああ林檎ちゃんねと言い直す。 「減らして欲しいってよ。言えんらしいが」 「ううん。キスの味がお気に召さなかったのかなあ」 「違ェだろ」 小十郎は呆れて息を吐く。 佐助が首を傾げると、ほおづえを突いてこりゃァあの子も苦労するなと言われた。 「心配、っつたろう」 「しんぱい」 「健康の話だ、藪医者」 「誰の」 「てめェ以外に誰が居る」 「誰がさ」 「子栗鼠の話をしてる」 「それじゃあ」 かたん、とテーブルにライターを置く。 咥えていた煙草は指に挟んで、小十郎の向こうにあるゴミ箱に放った。 「それじゃあ、あんたが俺に煙草を止めろって言うのもおンなじ理由ってことでいいんだね」 ほおづえを突いた小十郎は、特に表情を変えなかった。 しばらくしてから、だったらなんだ、と言う。佐助はへらりと笑い、テーブルに肘を突いて身を乗り出した。首を傾け て小十郎の顔に自分の顔を近づけながら、整髪料のかおりがするなあとちらりと思う。 生憎あんたのせいで塞ぐもんが帰っちまったんだ、と笑う。 「代わりに、あんたが塞いでおくれよ」 小十郎は目を見開いている。 驚いたのだろう。佐助も驚いていた。なんだこれ、と思った。 冗談なのか、冗談に紛れて零れたほんとうなのか、自分でもすこしも見当が付かなかった。 次 |