あ く の こ ど も 。 昔、もう随分昔の話ですが、あるところに悪逆非道の王国がありまして、その頂点には いまだ齢十六の王子様が君臨しておりました。豪華絢爛な調度品に囲まれ、何不自由な く王子様はお育ちになり、傍らにはいつも彼専用の召使いが仕えているほど。王国のな かで、王子様の思い通りにならないことなど、ただのひとつもないのでした。 王子様は大層かわいらしい少年で、大臣も兵士も、民衆たちも、彼ににこりと微笑まれ てしまうと、もうなんだって許してしまえるような気持ちになるのです。 だから王子様に逆らう人間は、王国にはただひとりだって居ないのでした。 王子様はお菓子が大好きでしたので、国中のお菓子屋さんからお菓子をかき集めました。 あんまりたくさん集めたので、国のお菓子はぜんぶお城へ行ってしまって、国のこども たちはとてもとても悲しみましたが、王子様の耳にはそんなちいさな泣き声なんて届く わけがありません。 王子様は戦うことも大好きで、勇名な剣士や格闘家が居るとお城に呼んでは自分と対戦 させました。王子様はとてもお強い方でしたので、誰も敵う人間は居ませんでした。だ からお城へ連れていかれた男たちは誰ひとり戻ってくることはありませんでした。男た ちの家族は嘆き悲しみましたが、王子様は自分の強さにうっとりとなさっていて、そん な声が聞こえたってまるで気にしたりはしないのです。 でもときどき王子様に逆らう人間も居ました。 お菓子を渡さなかったり、お城へ行かなかったりするような人間も居たのです。 そういう報告を聞くと、王子様はとても不思議そうに首を傾げて―――その仕草のあい らしさと言ったら、まるで天使のようでした―――、そんなはずはない、 「其の言う通りにならぬような者が、この国に居るのか?」 と、ほんとうに、まるで簡単な謎々を解くように仰るのです。 その言葉を聞いた兵士たちは、王子の言葉を聞かない人間をただちに粛清しました。だ って王子の言う通り、そんな人間はこの国に居てはいけないからです。 王子様は毎日とてもたのしそうに過ごしていました。 そして王子様がたのしそうならたのしそうなだけ、王国の人々の嘆き悲しむ声はますま す高く、ますます深くなっていくのでした。 あるとき、王子様は遙かに遠い青の国に、自分とおんなじくらい強い王子が居ることを 耳に挟み、居ても立ってもいられなくなりました。 ああ、どうしてもその王子と戦ってみたい。 王子様は手紙を書いて、青の国の王子に決闘を申し込みました。 「是非一度、其と剣を交えてくだされ」 けれども青の王子はその申し出をきっぱりと断りました。 「俺にはあんたと遊んでる暇なんてねェんだよ」 青の王子は、もうじきに青の国の王様になるのです。 その戴冠式のために、青の王子は大層忙しくて、とてもではありませんが、長い道のり を経て王子様の元まで来ることなんてできるわけがなかったのです。それでも王子様は どうしても諦められず、何度も何度も手紙を送りました。青の王子は何度も何度も断り の手紙を送り返してきました。 何度目かの手紙で、青の王子は王子様に言いました。 「俺には約束があるんだよ。緑の国に居るヤツと、立派な王様になる約束をしてる」 だから王子様の言うことは聞けないと言うのです。 王子様は大変に歎き悲しみました。今まで一度だって思い通りにならなかったことなん てないというのに、何度頼んでも、何度手紙を出しても、青の王子はまるで王子様のこ とを相手にしてはくれないのです。 王子様は悩み、沈み込みました。 それと一緒に王国も大きな悲しみに包まれました。 そんな日が続いてしばらくの頃、王子様はふと思い立って、ほんとうに久しぶりにその あいらしい笑顔を見せ、召使いを呼びつけ、言いました。 「緑の国がなければ、あの御方はきっと其と戦ってくれような」 召使いはすこしのあいだ黙ってから、笑みを浮かべて頷きました。 緑の国が滅ばされるのに、それから十日もかかりはしませんでした。城は崩され田畑は 焼かれ、人々は根刮ぎ殺されました。 けれども王子様はそんなことは知りません。 自分がそんなことを言ったことも、きっともう覚えてはいなかったでしょう。青の王子 は緑の国を滅ぼした王子様に、もう二度と手紙を返してはくれませんでした。王子様は それがなぜなのかよく解りませんでした。でもそのうちに青の王子のことも忘れてしま いました。王子様は物事に飽きるのも、とても早い方だったのです。 それから一年ほど経った頃、王国に他国からの兵が雪崩れ込んできました。 青の国の王子に紫の国の王子が助力し、二国揃って王国に攻め込んできたのです。青の 王子は緑の国を滅ぼされたことを許してはいませんでした。 王国の兵士たちも二国に攻め入られてはとても耐えられません。青と紫の国の兵士たち は城に攻め込み、兵士たちをみな倒して、とうとう王子様の部屋まで辿り着きました。 もうその頃には家臣たちもみんな逃げ出していて、部屋には王子様ひとりしか残ってい ません。王子様は青の王子を見ると、にこりと笑顔を浮かべました。 「やっと其との決闘、受けてたっていただけるのでござるな」 青の王子は剣を抜くと、黙って王子様に斬りかかりました。 ふたりは長い間斬り合っていましたが、最後には青の王子の剣の切っ先に王子様の槍は 弾かれ、壁際に追い詰められた王子様は諦めたようにしゃがみ込みました。でも王子様 はまったく悔しそうでも哀しそうでもなく、むしろどことなく満足したような顔をして、 青の王子を見上げました。 王子様はこうして捕えられたのです。 処刑は翌日の午後三時におこなわれました。 辺りには教会の鐘が高らかに鳴り響いていました。 処刑台に上った王子様はやはりすこしも取り乱すことなく、集まった民衆を眺めました。 ギロチンに首をかけた王子様は一瞬だけ目を閉じ、それから大きな目を殊更に開きまし た。まるでなにかに驚いたように、目を丸めたのです。 でもそれは一瞬の出来事でした。 王子様はすぐに、いつものようににっこりと、あいらしく笑い、 ジャキン。 首を落とされて死にました。 次 |