片眼の王子の話。


     


 








青の国の王子には、なによりも大切なひとが居ました。
自分より随分年上の召使いで、王子が産まれたときからずっと一緒に居てくれた、ただ
ひとりのひとでした。王子は片目がなかったので、お母さんから大事にしてもらえなか
ったのです。でも召使いは誰よりも王子を大切にしてくれました。召使いの左側のほお
には、王子を庇ってついた大きな傷さえあったのです。
王子は召使いとずっと一緒に居たいと思っていましたし、ずっと一緒に居れることを、
疑ったことさえありませんでした。まるで息をするように、召使いが後ろに居ることは
王子にとって当然のことだったのです。



















けれどもある日、突然召使いが国から出て行ってしまいました。
王子は驚き、悲しむよりも前に怒りました。自分になにも言わないで消えてしまった召
使いに、裏切られたと思ったのです。王子は兵士たちを使い、国中を探索させました。
でも国のどこを探しても、召使いは見つかりませんでした。
そんななか、王子の元に召使いから手紙が届きました。
手紙には、急に居なくなったこと、何も言わずに出て行ったことの謝罪が書いてありま
した。そして今召使いは緑の国に居ること、けれども決して訪ねてきてはいけないとい
うことに続き、どうして急に王子の傍から離れていったのかが書いてあったのです。

「自分が居ては、あなたはきっと立派な王様にはなれないでしょう」

立派な王様になられたあとに、またお会いいたしましょう。
理由はそれだけしか書いてありませんでした。もちろん王子はまったく納得できません。
どうして一緒に居ては立派な王様になれないのか、召使いはまるで説明していないので
す。王子はすぐにでも緑の国に出掛けて行こうとしました。そして召使いの首に縄でも
かけて、引きずってでも青の国に連れ戻そうと思いました。
でも王子は、もう一度手紙を読み返して思いとどまりました。
召使いが今まで一度だって王子のためにならないことをしたことがあったでしょうか。
召使いはいつだって王子のことを考えてくれてしました。
今回だってきっと、王子のことを考え抜いてのうえの行動にちがいないのです。
王子は緑の国に行くことを止めました。召使いのことを連れ戻すことも諦めました。自
分が誰よりも立派な王様になれば、きっと召使いは自分で帰ってきてくれるにちがいな
いと思ったのです。そのときは一発だけ顔を殴ってやって、それでおしまいにしよう。
王子はそう考え、毎日立派な王様になるように努力を続けました。
王子は戦うことが大好きな方でしたが、決闘だって我慢しました。戦争だって必要なも
の以外は決してしませんでした。他の国の王子から手紙で何度も何度も決闘を申し込ま
れましたが、それだってほんとうは受けてたちたいのを必死で我慢して、何度も何度も
断りました。それもぜんぶがぜんぶ、召使いとの約束を守るため。
王子はたくさん努力しました。
努力して努力して努力して、とうとう戴冠式の日取りまで決まった、ちょうどその頃の
ことでした。とある噂が王子の耳に入ってきました。王子はその噂を最初、信じません
でした。けれども調査のために派遣された兵士たちは、その噂が紛れもく真実であるこ
とを王子に伝えたのです。

緑の国が、攻め滅ぼされたのでした。





















王子は緑の国に向かいました。
もう緑の国はただの荒れ野になっていました。うつくしい町も、平和なひとびともどこ
にも残っていません。王子は必死に召使いの行方を捜しました。けれども召使いどころ
か、ひとりの生きている人間だって見つけることはできませんでした。
王子は今度もやはり、悲しむよりも前に怒りました。
緑の国を滅ぼしたのは、王子に何度も何度も手紙を送っていた国の王子様でした。王子
は友達である紫の国の王子に協力してもらい、その王国に攻め込むことに決めました。
青の国の王子は、王子様は直接自分の手で倒そうと決めていました。だから城に攻め込
むときも誰よりも先頭に立ち、王子様の部屋まで駆けていきました。誰よりも大切なひ
とを失った痛みも悲しみも怒りも、誰かにぶつけないではどうしたって消えようがない
と思ったのです。
部屋には王子様しか残っていませんでした。
王子様は青の国の王子を見ると、にこりと笑みを浮かべ、槍を鼻先に突き付けました。

「やっと其との決闘、受けてたっていただけるのでござるな」

王子は体中が熱で焼け切れそうになるのを感じ、黙って剣を抜きました。
王子様と戦いながら、王子は何度も何度も涙を流しそうになりました。そんなことのた
めに、それだけの理由で自分の一番大事なものは奪われてしまったというのでしょうか。
そんなことのためにもう二度と召使いの顔を見ることはできないというのでしょうか。
気が付くと目の前で王子様がうずくまっていました。
王子は決闘に勝ったのです。
王子様はゆっくりと顔を上げました。
青の国の王子はその顔を見て、またかあっと体中に熱が回るのを感じました。王子様は
笑っていたのです。どこか満足げな顔で、にっこりと。青の国の王子は王子様の顔に殴
りかかろうとしました。けれども後からやってきた紫の国の王子がそれを止めました。
どのみち王子様は処刑される運命なのだから、と言うのです。
処刑の時間は、翌日の午後三時に決まりました。
王子は処刑台が設置されるのを見ながら、それでもまるで収らない痛みに顔をしかめま
す。王子様が死んでしまえばぜんぶ収ると思ったのに、怒りは増すばかり痛みは深まる
ばかり、悲しみはまるで泉のように沸き出るばかりなのです。
王子様を殺したって、召使いは戻ってこない。
そう考えると、ちいさい頃のように涙が出そうにすらなりました。けれども王子は泣き
ませんでした。そんなことをしては、召使いに笑われてしまいます。立派な王様になら
なくては、そうしなければ召使いと別れた理由も、ずっと会えずに我慢していた意味も、
ぜんぶぜんぶなくなってしまいます。そんなことはあってはいけません。召使いがした
ことに間違いなどないのですから。
王子は泣きませんでした。
翌日、処刑は何事もなくおこなわれました。
王子様は最後まで笑顔を浮かべて首を切られました。




















王子は青の国に戻りました。
そして以前とおんなじように、立派な王様になるように努力を続けました。戴冠式を終
えて王様になったあとも、すこしでも国がよくなるように毎日毎日努めました。青の国
はますます栄え、繁栄していきました。その噂は世界中に広まり、素晴らしい青の国の
立派な王様のことを知らない人間など誰も居なくなるほどになりました。

そしてある日、城にひとりの男が訪れます。

そこで王様になった王子は、ほんとうに久しぶりに涙を流すことができたのです。




 
 
 
 
 
 
 







空天

2010/01/26


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