口付けを深くしても、恐らく小十郎は拒まなかっただろうと思う。
佐助はそれでもすぐに体を離して、へらりと笑って小十郎の襟を掴んだ。小十郎の表情は憎らしい程にちらとも動かな
い。佐助は小十郎の襟首をぎり、と捻って、おのれの体から目一杯引き離した。
そうして、口を開く。

「俺はね」

もう知ってると思うけど。
小十郎は首を傾げた。佐助は眉を寄せる。

「あんたに惚れてる。そりゃぁもう、心底からね。てめえでも嫌になるくらいに、あんたがすきですよ」

吐き捨てて、襟から手を離した。
小十郎は乱れた襟を正し出す。それからついと顔を上げて、佐助の顔をじいと凝視する。知ってたろう、と問うと、さ
あどうだろうなと返された。良く解らなかった、と言う。
おまえがなにをしてェのか。

「嘘泣きでしか、泣けん阿呆かとも思っていた」
「そら酷ぇや。そこまで俺も不器用じゃない」
「惚れてたのか」

ふうん、と小十郎は鼻を鳴らした。
餓鬼だな、と馬鹿にしたような声で言う。泣いて頭を撫でられるだけで満足していたわけか。佐助は肩をひょいとあげ
た。そうじゃあないけどね、でも、まあ、そうかもしれない。
確かに小十郎を手に入れたいと思ったことがないわけではない。
ただ、佐助は今ひとつ欲しがり方が良く解らない。小十郎を手に入れようとしたら、どうすればいいのかが解らない。
ねえ。佐助は小十郎に問うた。ねえ、あんた俺があんたを抱きたいって言ったら抱かせてくれるかい。
小十郎はすこしの間黙り込んだ。

「それとも抱きたいとか思ったりする」
「それはねェな」
「そうか、そうだろうね」

小十郎が佐助に見ているのは、幼い頃の主だ。
それに劣情を抱くことはないだろう。

「おまえは俺と、そういうことがしてェのか」
「さあ、どうだろうな」
「そうすれば」

泣くのは止すのか、と小十郎は言う。
佐助は笑って、だから嘘だって言ってるじゃないかと吐き捨てた。

「もう泣かないよ。そもそも、あんたに触れて貰う為だけに泣いてたンだ」

もう泣かないよ。
そう言う間にも涙は溢れている。
小十郎は呆れかえったというふうに息を吐く。
おおきなてのひらが伸びてくる。髪をゆるゆると撫でられる。俺が抱かれれば良いのか、と小十郎は静かに問う。そう
すりゃあ、おまえさんはどうにかなるのか。
佐助はすこし考えてから首を振った。
それはきっと、何にもならない。

「俺は」

涙が止まって。
そうして、それでも小十郎が横に居てくれればすこしはこの渦巻きは消えるのだろうか。
良く解らない。小十郎は泣き止めと、そう言ってくれるけれども、佐助にはそれがほんとうにはどうしても聞こえない。
泣き止んでしまえば、佐助は小十郎にとって梵天丸の欠片でさえなくなる。
そうすればきっと小十郎にとって佐助は何でもなくなる。

「大事にされたままで、お別れにしてえな」

へらりと笑って、小十郎のてのひらを髪から降ろした。

「さっきも言ったけど、あんたがとてもすきですよ。
 泣かせてくれて凄く助かったし、頭撫でられるのも凄く嬉しかったよ。ただねえ」

これ以上はちょっと駄目だね、と佐助は言った。
小十郎の眉が寄る。べつに泣きたけりゃまた来ればいい、と言うのを遮って、これ以上は駄目だよと佐助はまた言った。
きれいな恋だったのだ。ひどくひどく、今まで感じたことがないくらいにきれいな感情だった。それこそ五つの童が抱
くような、馬鹿げたお伽噺のような恋だ。抱きたいとは思わない。抱かれたいとも思わない。
ただ一緒に居るだけで良いというような、陳腐な想いだった。

「俺は多分、そろそろあんたが欲しくなっちゃうと思うンだよね」

想いたくないんだ、と佐助は笑った。
口付けたときに小十郎が避けてくれれば、おそらくはもうすこしは平気だったけれども、小十郎は避ける素振りさえ見
せずに佐助のそれを受け入れた。求めればきっと、その先も得ることができる。そう思った。
得たところでどうにもならないものを、それでも佐助は欲しいとそのうちに思うようになる。
嫉妬するようになるよ。佐助は目を細めて、おのれの右眼を抑えた。それできっと、どうしたらあんたが俺のことを見
てくれるようになるか考えるようになる。まだ思ってはいない。まだ佐助は、触れられればそれで満足している。
それでもきっと、いつか思うようになる。



他人の欠片ではなく、俺を!



どろどろどろどろ、澱んだ感情できれいなものが覆い尽くされる。
いやだいやだと佐助は首を振る。耐えられぬ程に不快だ。

「この目を刳り抜いて、そうすりゃあんたは俺のことを見てくれるのかなとかさ」
「―――――――――巫山戯てるのか」
「巫山戯てるよ。今はね」

けらけらと笑い声を立てて、佐助は両手を拡げた。

「今は、だ。そんなにこれを俺が本気で考えるのも遠い日じゃあない」
「本気でしたとしても、俺はべつに変わらんぞ」
「そうだろうとも。あんたは右眼が無いからって、俺をあのひとと一緒に扱っちゃくれねえさ」

うんざりして。
鬱陶しく思って。
そうして俺を厭うでしょうよ。

「それがいやなんですよ。
 今のうちに、“阿呆なしのび”くらいでお別れさせておくれよ、片倉の旦那」

あんたにきらわれるのは、切なくっていけないよ。
泣いてしまうよ。そう言うと小十郎の顔が歪んだ。それは、と言う。それは、俺のせいか。
佐助はすこし考えて、へらりと笑ってから首を振り、俺のせいだよと答える。俺がいけねえんだろう。俺は欲張りで、
どうしようもないくらいに、餓鬼だから。
欲しがる限度を知らねえのさ。

「そういうことだ。だから、あんたが気に病むことはないよ」
「猿飛」
「なあに」
「俺が」
「うん」
「俺が、おまえを心配するのはそんなに可笑しいか」

信じられない程か。
小十郎は静かに問うた。
佐助は目をくるりと丸めて、それから困ったように笑う。


「無理だね。片倉の旦那、あんたは嘘が大層下手なおひとだ」


やさしい男なのだ。
佐助をどうにか慰めようとする。
それでもその嘘は、痛みしか佐助に寄越さない。
さよならにしようよ、と佐助は言った。それがいっとう良いと思うんだ。ごめんね、勝手に泣いて勝手に惚れて、それ
でまるであんたが悪者のようなことを吐いてそれでさよならってんじゃあんまりだけど。
でも俺がもう耐えられねえや。
小十郎は痛ましげな顔をしている。
それをおのれがさせていると思うと、歓喜がすこし湧いた。
佐助は慌てて身を退いて、とん、と廊下に立つ。ひょいと頭を下げて、首を傾げてへらりと笑う。止めないでね、と言
った。あんたに止められたら、俺はきっと逆らえねえからさ。
ああ、ほんとうにすきなんだよ。

「ありがとう、俺には勿体ねえくらいのお伽噺だった」

頭を撫でられて。
しょうがねえなと笑われて。
涙を拭われるのがあんなに尊いとは思ったことがなかった。
小十郎はひどくて、そしてやさしい。全ての行為は梵天丸にしていたことを思い出すような、そういう小十郎自身の、
自己満足でしかない。それに佐助を利用した。佐助の人格など一切構わずに、ただおのれがもう決して手に入れること
は出来ぬものの代用にした。ひどい男だ。
ひどい男なら、ひどい男だけで居てくれればよかったのだ。
気まぐれで佐助を労るようなことをするから、おかしな勘違いをした。
さよなら、と佐助はまた言った。小十郎の足が一歩踏み出そうとしているのが見えたので、それが畳に届く前にするり
と体を消した。さるとび、と小十郎が佐助を呼ぶのが聞こえた。嘘吐きめ、と佐助は屋根の上で笑う。あんたが引き留
めたいのは俺じゃないでしょう。
今もずっと傍に居て、かつての影すら欲しいと願う。
なんて強欲な男だと思った。

「ひどい男に惚れたもんだな」

つぶやいてみても、涙は出ない。
こうなってもまだあの男に撫でられたいと思っているのかと思うと、おのれの体が厭わしくて嘔吐きそうだった。






































季節は旋回するように変わっていく。
月は丸くなって削られていって、そのうち溶けるように消える。それを繰り返す。

発作は相変わらず起こらない。もう起こらないのだろう。
それはとても良いことのような気がしていた。恥ずかしい発作が消えたのだと思った。ただそれほど簡単なことではな
かったようで、佐助は元々泣くようなことは無い男であったから、まるで堰き止められたように涙を一切零さなくなっ
てしまった。かなしいと思っても、苦しいと思っても、痛いと思ってすら涙は出ない。
困ったな、と一応佐助は思った。
壊れてしまったのかもしれない。
小十郎の為に泣きすぎて、きっと正常な機能が壊れたのだ。
だとすればこれから佐助は泣くことはない。もう泣かぬのだろう。何があっても、誰が死んでも、おのれが死ぬときで
さえきっと目は乾いているのだ。まあいいか、と思った。思い直してみればそう困ることでもない。第一涙を流すしの
びなど、物笑いの種にしかならぬ。それに、と佐助は時折思い返して笑う。
それに十二分にあのときに泣いた。
幼子のようにあやされた。
幼子のときも、そんなふうにされたことはない。
あれはきっと、ひどくしあわせなことだったのだ。
思い出すとそれだけでしあわせな―――――――――多分これはしあわせなのだと思う。じわりと滲むような温さが何
処か、奥から湧き出てくる。ほおが緩む。良かったなあ、と思う。ああやって、あのときにきちんと別れておけてほん
とうに良かったと思う。そうしたからこそ、今も小十郎を思い出すと佐助はこんなにぬるまったい心地で居られる。
そういうものがあるというのは、さいわいだ。
もう絶対に会ってはいけない、と佐助は強く戒める。もう一度会えば、どうしたって湧き出るぬるさの代わりに波のよ
うな妬心と欲が満ちる。それはいらないのだ。佐助はきれいな記憶だけでいい、と思う。
てのひらの感触と、つめたい指の温度と、困ったような小十郎の顔だけでいい。
中途半端なあの嘘だけが時折痛みを寄越してくる。

「俺がおまえを心配するのは、そんなに可笑しいか」

思い出すと今でも笑える。
可笑しいか。可笑しいか―――――――――可笑しいに決まってるとも!
それでもあれがほんとうだったらと思うと、枯れ果てた筈の眼球から水が零れそうになる。あんまり阿呆らしいのです
ぐに考えるのを止めるので、結局佐助の目は乾いたままになる。堰き止められた水は何処に行くのだろうと佐助はちら
りと思った。願わくば消えてしまえばいっとう好ましい。
堪っているのだとしたら震える程におそろしい。
佐助は結局考えるのを止めた。




































久し振りにその姿を見たのは、もう冬に入るかどうかという頃だった。
甲斐の山々はしろく雪が塗されて、厚くつくろった遊女の肌のようになっている。木々の緑も、大地の土色も、どれも
これもが全てのいろをしろにする。世界が均一になって、おのれが何処に居るのかも良く解らなくなる。

そういう世界のなかで、小十郎はそこに染みこんだ墨のようだった。

小十郎は、伊達政宗の使いとして躑躅ヶ崎館に訪れた。
武田信玄に書状を渡し、口上を述べて、そうして恭しく下がる。
家老直々の訪れに、誰も彼もが一体何があったのだと騒ぎ立てた。佐助は遠くから小十郎を眺めた。小十郎は直垂をま
とい、見事な紗の羽織をつけて、武田信玄の前に居ても微動だにせずに堂々とした低い声で口上をする。思わず笑って
しまった。憎らしいほどの男ぶりだ、と思った。
小十郎は与えられた座敷に下がってから、真田幸村のもとに訪れた。
はて、と佐助は思う。それほど親交のあるふたりではない。幸村はそれでも小十郎を歓迎した。引き入れて向かい合わ
せに座して、一体、と問う。一体また御家老直々にいらっしゃるとはどういったご用件だったのでござるか。
小十郎はすこし困ったように視線を浮かす。傍らに置いてある火鉢がばちりと音を立てる。赤がゆらゆらと揺れている。
まだ昼の日のひかりが庭に差し込んで、しろい雪をきらきらと移している。まだ氷りきっていない池の水に、雪が零れて
としゃんと音が鳴る。小十郎はそういうものに一通り視線をやってから、ほう、とひとつ息を吐いた。

「少々、私事なので言い辛ェな」
「わたくしごと、でござるか」
「あァ」

ちらりと笑う。
おまえの、と言う。

「おまえのしのびは、健勝か」
「其の―――――おお、佐助のことでござるか」
「あァ」
「これといった変わりはござらんよ。相変わらず佐助は佐助でござる」
「そうか」

小十郎はそう言って、すこし黙った。
そうして無表情のママ頷いた。そうか、ならいい。
佐助になにかありましたか、と幸村はすこし訝しげに小十郎の顔を見返した。小十郎は静かに首を二度振った。いや、
と言う。いや、べつになにもねェよ。ただ俺が気になっただけだ、と言う。
随分ともうご無沙汰だからな。

「変わりがねェなら何よりだ」
「政宗殿にもお変わりはございませんか」
「あァ。おまえとまた見えたいと仰っている」
「雪が溶けたら、とお伝えくだされ」

幸村が言うと、小十郎はすこしだけ肩を震わせて笑った。
言っておこう、と言う。あまりはしゃぎすぎるなよと言うと幸村は口を大きく開けて笑った。
しばらくの間世間話のようなことを話して、四半刻程経ってから小十郎は立ち上がった。邪魔をしたなとひとつ礼をし
て退がる。からりと障子が開く。足音が遠ざかっていく。
佐助、と下から幸村が呼びかけてきた。

「片倉殿と何かあったでござるか」

佐助は屋根裏から、さあね、と答えた。

「とんと心当たりがねえな」
「ふうん。どうしたのだろうな」
「さあねえ、あのおひとは」
「うん」
「難儀な、おひとだから」

どうでもいいことを。
そらあもうどうでもいいことをさあ。

「気になったんでしょうよ。律儀で堅くて、まあ大変なおひとだことだ」

そんなものかと幸村は首を傾げている。
そんなところだろうさと佐助は屋根裏に座り込んだまま答えた。
そんなところだ。小十郎は律儀で、真っ直ぐで、あんなにひどいくせに、こんなにぬるまったい。泣いていないかとで
も思われたのだろうか。あんまり馬鹿にしてるや。難儀なおひとだ。佐助はまたつぶやいた。
胸の下の辺りがきつく締めつけられるような感触がした。
佐助、と幸村がまた呼びかける。すたんと佐助は座敷に降りた。
真っ直ぐな黒い目が不思議そうにくるりと回る。

「会いに行けば良いではないか」
「どうしてさ」
「片倉殿は」

そなたに。

「会いに来たのではないのか」

首を傾げて幸村は言う。
それは、と佐助は言葉を詰まらせた。それは。

「ちがいますよ」
「何がでござるか」
「俺に、あのおひとが」

佐助はけらけらと笑って、有り得ねえ、と吐き捨てる。
ないよ。有り得ない。さあさ、旦那はあったかくして静かにしてらっしゃいな。屏風に掛かっていた羽織をひょいと取
りあげて、佐助はそれを幸村の肩に掛けた。幸村はそれをしばらく眺めてから、要らぬ、と佐助に突っ返した。
佐助は首を傾げて目を瞬かせた。幸村は立ち上がって、其は御館様のところに行くでござる、と言う。

「此処へはしばらく戻らぬ」
「あ、そう」
「だから」
「うん」

くるりと幸村は振り返って、障子のほうを向いた。
そうして、片倉殿、と呼びかける。

「お入り下され」

からりと障子が開いた。
かさ、と衣擦れの音が立つ。また障子を閉じる。

かたん。

片倉殿。
幸村が言う。

「この座敷は好きにお使い下され」
「お気遣い、痛み入る」
「なんの。大したことではござらんよ」

からりと笑って、幸村はすいと佐助の横を通って座敷を出た。
佐助は固まっている。目の前の小十郎は、幸村を見送ってから佐助に視線をやった。よう、と言う。よう、久しいな。
それからちらりと笑って、今日は泣かねェんだな、と言う。
すこし黙ってからご冗談をと佐助は笑った。

「主が居る時に泣く程、俺も墜ちちゃあいない」
「そらァ上々だ」
「あんた」
「うん」
「何しに来た」

低い声で問う。
小十郎はひょいと肩を上げた。そして舌打ちをする。

「面倒になった」
「―――――――は」
「面倒だ」
「なにが」
「おまえがだ、阿呆」

手が伸びて、腕を取られた。
ひくりと肩が震えそうになるのを抑える。必死で笑いを浮かべて、どういう意味だよ、と吐き捨てる。小十郎は苦々し
い仏頂面で、佐助の腕をきつく握り締める。そうしてにいと口角をあげて、もうすこし可愛げはねェものかねと嘲るよ
うに言った。惚れてるなら惚れてるで、そういう態度をしたらどうだ。
勝手に泣いて、勝手に惚れたと吐き捨てて。

「左様ならたァ、どういう料簡だかな」
「悪かった、て、言ったろう」
「それを承知するかどうかは、俺の問題だ」
「どう」
「あァ」
「どう、してえのさ」

佐助は掠れた声で問うた。
小十郎が触れているところから溶けていきそうだった。
小十郎は何も言わずに佐助をじいと凝視するだけで、問いに答えない。沈黙が雪のように座敷に降ってくる。いやに火
鉢の炭が弾ける音が大きい。止しておくれよ、と佐助は声を絞り出した。
小十郎の手がするりと解けた。
相変わらず何も言わない。

「どうしてなにも言わねえンだよ」

耐えきれず問うと、小十郎は薄く笑った。

「俺が何を言っても、おまえは勝手に嘘にしちまうだろうが」

言い損だ。
もう良い。
諦めたような声で、小十郎は笑う。

「もう何も言わん」

すいと小十郎は一歩退いた。
もう一歩退くと、座敷の外に出る。
背中がひやりとした。ぞっとした。佐助は息を飲み込んで、口を薄く開く。呼吸の仕方が何処かに行って見えなくなっ
た。ひゅう、と喉が可笑しな音を立てて空気を外側へ吐き出す。
行ってしまうと思ったら、心の臓が縮むような痛みが全身を伝った。
ひくりと右手が上がろうとして動くのを左手で止めようとして、

「―――――――――ッ」

それを握られた。
ひどく近くで小十郎がくつりと笑った。
先刻までの顔が嘘のような、愉快げな顔で笑う。
阿呆。低い、地を這うような、それでも静かな声がたのしげに言う。阿呆が。顔が近付く。逃げる間もなく、唇が重な
った。かさついた感触がして、次いで熱が痛い程に体中を巡る。重なるだけの口付けは、それでもひどく長く、火鉢は
二度爆ぜて屋根から雪の固まりが一度どさりと落ちてきた。
ようよう唇が離れた後もなにをされたか良く解らなかった。
もう何も言わん、と小十郎は繰り返す。

どうせ何を言っても、おまえは俺を信じねえんだろう。

「だったら俺は、勝手にする」
「なに、を」
「抱かせろ」
「は」
「だから」



「俺におまえを抱かせろ、猿飛佐助」





















       
 





「佐助をしあわせにしてください」コールが多数あったので(有り難すぎる)続けてみます。
最初は小十郎視点から書いていたのですが、そうしたらちっともしあわせにならなかったので佐助視点でれっつごう。
世の中には知らないほうがいいこともある(台無し あと一話です。

空天
2007/09/28

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