先に惚れたほうが負けだとか、誰が言った?






















                  薄 紅 色 の 憂 鬱




















なんか見られてる。

佐助はしのびである。気配には敏感だ。見られてるということはすぐに解った。ただ佐助はしのびではあるが透視能力
はないので、その視線の意味まではわからない。なので、首を傾げた。
俺なんかしたっけ、と頭を掻く。
目の前では主の真田幸村と伊達政宗が、相も変わらずの決闘を繰り広げている。どっちが勝っても佐助にとってはどう
でもいい決闘だ。幸村は勝てばうるさいし、負けてもうるさい。伊達政宗は負けたほうが静かだが、負けると今横に居
るでかい家老がうるさい、というよりは怖いのでやはりどっちでもいい。

「片倉の旦那」

佐助はその、怖い家老に声を掛けた。
片倉小十郎は、ちらりと視線を落としてなんだ、と返す。

「俺の顔、なんかついてる?」
「べつに」
「そうだよねえ」
「敢えて言えば口と鼻と目がついてる」
「そうかー敢えて言わなくてもぜんっぜんよかったな、それ」

仏頂面でへんなことを言う小十郎を眼を細めて見つつ、佐助は息を吐いた。
じゃあさ。

「じゃあ、なんであんた俺の顔見てんの」

見られてる。
片倉小十郎に。

(こえーよ)

なにかしただろうか、佐助は。
小十郎は怖いし強いし、できればあまり敵に回したい男ではない。馴れ合うつもりは毛頭ないが、無闇にひとと対立す
るのは佐助の好むところではない。だからそれなりに佐助と小十郎の仲は友好的なはずだった。会えば挨拶くらいはす
るし、主達が戦っている間は世間話をすることもある。

「おまえの顔?」

小十郎は訝しげに眉を寄せた。
佐助はそれを見て、小十郎のその行為が無意識であったことを知る。それでますます佐助の首は傾いた。小十郎はべつ
に、なにか含むことがあって佐助の顔を凝視しているわけではないらしい。じゃあなんでだよ、と思う。そんなに眺め
ていてたのしい顔をしているつもりはない。自分で言うのもなんだが、佐助は美形ではない。卑下するほどみにくい顔
とも思わぬが、同性に凝視されるほどではないことは一番おのれが知っている。そしてそれで特に不都合を感じたこと
はなかった。男に見られて喜ぶ趣味はない。
小十郎がそういう趣味の持ち主というなら話はべつだが、そんな話は聞いたことがない。

(気のせいか)

ちらりと小十郎を見る。
ひた、と目があった。と、すいと逸らされる。ああ、と佐助は確信した。
やはり小十郎は、佐助を見ている。

「・・・だからなんで」

ぽつりと呟いた佐助の声は、主同士の決闘の轟音によってかき消された。
轟音のもとへと駆け寄ってみると、幸村のほうが大の字に倒れている。佐助は眼を細めて首を振る。近くではこれまた
大の字に倒れた政宗が、しかしこちらは意識はあるようで肩が荒い息で揺れていた。佐助の横を小十郎がすいと走り抜
けて政宗の傍らにしゃがみこむ。

「政宗様」
「Ah・・・小十郎。どうだ、Winnerは俺だぜ?」
「お見事でございますが、それよりお怪我は」
「Ha!ねェよ・・って掴むな!いてェ!」

ほほえましい主従の様子を見ながら佐助はとてとてとおのれの主に近寄る。見事に伸びていた。ぺしぺしと二三度ほお
を叩いてみるが、呻くばかりで無意味におおきい目は開こうとしない。ほおづえをついて佐助は息を吐いた。意識のな
い大の男を抱えて甲斐まで帰るのはひどく骨が折れるだろう。
ぺたりと地面に腰を下ろして、佐助は政宗に呼びかけた。

「龍の旦那ー、ぎりぎり意識飛ばさないくらいで止めといてほしーんだけどー」
「Shout up!んな器用なことできっか!」
「やーれやれ、今夜は米沢のどっかで泊まるっきゃねーな、こりゃ」

水を被せたら起きるだろうか。
主のほおをつつきながらそんなことをぼんやりと考えていたら、佐助の下の地面が急に暗くなった。顔をあげると、政
宗を背負った小十郎が佐助を見下ろしている。

「それ」
「は」
「それ、どうするつもりだ」
「ああ・・・それってこれ?」

幸村をつつく。
小十郎は頷いた。

「抱えて帰るわけにもいかんだろう」
「そうですねえ・・・気絶してる人間て、重いんだよねえ」

お手上げ、というふうに首を振る佐助に、政宗が小十郎の耳元でなにかを呟いた。切れ長の目がいっしゅん丸くなった
が、小十郎はすこし考えるように黙り込んだあと頷いた。
政宗が言う。

「おい、しのび」
「はいはい、なんでしょう」
「その赤いの、今夜だけならうちの城で介抱してやってもいーぜ」

捨て置いて、死なれても困るしな。
政宗はそうやって笑う。佐助は目をぱちくりとさせた。

「へ、いいの」
「二度も言わせんな、OKだっつってんだろーが」
「えーそりゃあ、願ったり叶ったりだけどさあ」
「てめェ、政宗様のご厚意を無にするつもりか」

小十郎がすごむ。
佐助はこわいよ、と言いながらすこし考えた。まさに願ったり叶ったり、渡りに船、棚からぼた餅だ。味方ではないに
せよ伊達政宗が卑怯な手で主を殺すことは確実にありえぬと確信できるし、重い主を抱えて甲斐まで帰っても、ここで
休んでそれから帰ったとしても、そんなにかかる時間は変わらぬであろう。
じゃあ遠慮無く。佐助はへらりと笑った。

「ごこーいに甘えて、ほんじゃま。お邪魔いたしちゃいますぜ?」

幸村を背負って、立ち上がる。
小十郎と目が合ったので、ありがとう、と笑いかけた。夜色の目が何度か瞬かれる。それから眉が寄った。
すこし困惑するように。
おや、と佐助は思った。

「来るのか」

ぽつりと小十郎が呟く。
佐助はそれに、まあお邪魔だろーけど一日かそこらだから我慢してくださいな、と笑ってやる。が、小十郎のしかめっ
面は益々ひどくなっていくばかりで、佐助はおそるおそるそんなにいやかよ、と問うてみた。
不思議そうに小十郎は答えた。

「なんでそんなことを聞く」
「なんでって」
「政宗様が決めたことだ。俺に否やがあるわけがない」

打てば響くように返事が返ってくる。
はあそうですか。と、そう言うしかない。
あれだけ微妙な顔をしておいて、こちらの問いに問い返してくるとは思わなかった。わかってないのかな、自分の顔と
かしてることとか。佐助は眉を寄せる。なんとなく違和感を感じた。目の前を主を抱えてすたすたと進んでいく大きな
背中を見ながら、佐助は今日何度目になるかわからない首を、また傾げた。


















客間からは桜が見えた。
殆どは散って、葉桜になっている。幸村を寝具に横たえて、一息をついた佐助は障子窓から見えるそれをぼんやりと眺
めた。夜の闇のなかで、白がちらちらと舞っている。すこし眉をしかめる。
桜はすきだけれど、葉桜はきらいだ。

(なんか、女々しい)

もう花の盛りは過ぎている。
美しい時期も、魅せるべき彩もとうに終わっているのに未だ未練がましく枝に纏わり付いている花はもはや美しくはな
い。とっとと散ってしまえよ、と思う。どこかおのれに似ているような気もした。だからこそこんなに厭わしいのかも
しれない。女々しくて見苦しくて、未練がましくって滑稽だ。
幸村を見下ろす。すうすうと寝息をたてて伸びている主の顔は、すこやかでやわらかい。それを眺めながらうっすらと
笑っていると、からりと襖が開いた。
顔をあげる。
小十郎が立っていた。

「様子は」
「んー、きれーに伸びてるけどねえ。ま、明日になりゃあ起きるでしょー」

そうか、と頷く。
見ると小十郎は膳を抱えていた。かたん、とそれが佐助の前に置かれる。佐助はすこし目を丸くした。

「女房に任せてくれりゃあよかったのに」
「何刻だと思っている。女房は明日だって早い」
「はぁ、まあ」

そういえばそうか。
家老自ら運んできた膳のまえで佐助はしばらく固まったが、まあいいや、と箸を取った。ぽい、と里芋をひとつ口に放
りこむ。北国の料理は味が濃いと聞いていたが、煮染めの野菜はうっすらと出汁の味がするだけで佐助の舌にも心地よ
い。佐助は顔をあげて、おいしい、と言った。

「そりゃァ、よかったな」

興味が無さそうに小十郎は返す。
ぱくぱくと料理を口に放り込みながら、佐助は視線を桜に移している小十郎を眺める。ふつうだ。至って。先の主同士
の決闘のときに見たような、おかしな違和感はない。もともと片倉小十郎という男は、主の伊達政宗以外にはこうやっ
てまるで空気に接するようにする男だ。

(自意識過剰かー)

そう思えばすこし恥ずかしくさえあった。
小十郎は相変わらず桜を眺めている。横顔が月明かりに照らされてしらじらと白い。汁物を啜りながら佐助がそれをじ
いと見つめていたら、ふいに小十郎がこちらへ顔を向けてきたのであわてて視線を落とした。

「そういやァ、おまえ」

葉桜がきらいだったな、と言う。
佐助はぽかん、と口を開けた。

「・・・へ」
「違ったか」
「え、いや、そうだけど。なんであんたが知ってんの」
「前に言ってただろうが、てめェで」

覚えていなかった。
言っただろうか。世間話のついでかなにかで言ったのかもしれなかった。そうだっけ、と首を傾げると、まあ覚えてね
ぇだろうな、と小十郎はひらひらと落ちてくる桜の花弁を一枚手にとって言う。それから、俺は覚えてるが、と付け加
えた。

「同じか、と思った」

俺も葉桜は嫌いでな。
そうやってうっすらと笑う小十郎の顔は、ひどくやわらかい。しばらくそれを眺めてから佐助はかたん、と膳に箸を置
いて、そのままその手を口元に持っていった。
どうしよう、とちいさくつぶやく。
小十郎が首を傾げてどうした、と聞いてくるのに無言で首を横に振った。恐るべき事実に頭ががんがんと痛んだ。ほお
を両手で包み込みながら、佐助はおのれがしのびであることに心の奥底から後悔する。

佐助はしのびだ。
透視能力は無い。
が、残念なことに人の心を読むのもしのびの十八番だ。

知らなくても一切困らぬことを、むしろ知ったほうが困ることを気付いてしまった事実にぶるりと背筋が震えた。後悔
するがもう遅い。どうしよう。胸のなかで、佐助はまたつぶやいた。


どうしよう、このひと。
















(このひと、俺のことすきじゃん)













       
 





日記連載に加筆修正したものです。
未だかつてないほどに、家老が、あほです。大丈夫なひとだけかもんべいべ。
私は楽しくてしかたないです。


空天
2007/04/14

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