小 松 菜 か ら こ ん に ち は 奥州から使いが来た。 使い、と言ったのはひどく良心的だったと佐助は思う。ただしく言えば唐突に上田城に乱入してきた伊達軍に応戦して いたら、なんと総大将であるはずの伊達政宗がそのなかに居て、流石に佐助ひとりでは対抗できずに捕らえられた。主 の真田幸村も、最初は参戦してくれていた筈なのに何時の間にか向こう側に居た。 「なんでッ!?」 政宗と共に突っ込んでくる主に叫ぶと、顔を真っ赤にした幸村は、 「佐助ェッ、おのれのしたことの責任は取るでござるよッ!」 「はァ!?なに言ってんのォ!?」 「Sout up!ぐだぐだ言ってねェでとっとと奥州来いっつってんだよォ!!」 「意味わかんねえよ!」 独眼竜と虎の若子にひとりで応戦出来る者が居るなら是非会ってみたい。 代わってやるよと佐助は思った。最高に希有な体験だ。最高に体験したくないけど。 縄で括られて枝に吊されて、ぶらぶら揺すられながら奥州へ行くのは今まで体験したことのある拷問のなかでも中々上 位に位置するものだった。しかも横で主が監視している。降りていいかなぁ、と問うても幸村は首を振るばかりで、し かも往生際が悪いぞ佐助、と睨み付けてさえくる。 「―――俺が一体なにしたっつーの」 ぼやくと、どどどどどど、という轟音が前方から近づいてきた。 かと思うと、集団の先頭に居た筈の伊達政宗が馬を走らせてきていた。ひい、と佐助は身を竦ませる。戦場でも見たこ とがないというような形相が物凄い勢いで近づいてくるのは、ただしく恐怖だった。 砂煙を巻き上げてききぃ、と馬を佐助の横につけた政宗は、引き攣った顔で笑みを浮かべる。 「なにをした、っつったか、しのび」 怖ぇ。 とても短く佐助は思った。 くくくくくく、と政宗は笑う。笑顔がこんなに邪悪な男を佐助は初めて見た。 「そうやって逆さづりになりながら、てめェの胸に手ェ当ててよく考えてろ」 「龍の旦那。そうしたいのは山々なンだけど、腕が括られてっから無理です」 「まァ精々考えてろ―――――Timeは十分にある」 「あれ?聞いてない?おーい」 「おら野郎どもォ!!夜になるまでに帰っぞ!Hurry up and Go!!」 押忍ッ! 野太い声が応える。うるさい。 佐助は胸に手を当てることは出来なかったが、ゆらゆら揺れながらいろいろ考えてみた。何をしただろう。奥州にはよ く行くが、特に悪さをした覚えはない。最近は甲斐とも特に戦はないし、佐助が奥州に行ったのも個人的な用事に過ぎ ない。 片倉の旦那助けてくんないかなあ。 佐助は個人的な用事の相手を思い浮かべたが、すぐに乾いた笑い声を立てる。無理だ。ぜってー無理だ。伊達家の家老、 片倉小十郎は一に主二に主、三四も主で五も主な男である。佐助など百まで数えてもあの男の優先順位には名を連ねる ことはないだろう。 頭に血が上る感覚にくらくらと眩暈を感じながら、佐助はほうと息を吐いた。 捕らわれたまま米沢城の門を潜ると、片倉小十郎が出迎えた。 小十郎は逆さづりの佐助にちらりと視線をやったが、すぐにおのれの主にそれを戻す。おいおい。佐助は思った。もう ちょっと反応があってもいいんじゃねえの。 「如何致しました、政宗様」 「あァ。認知させるためにとっつかまえてきた」 「認知ぃ?」 首を傾げる。 ぱ、と佐助が括り付けられていた枝が手放された。地面に背中が叩きつけられる前に身を翻してすとんと着地する。縄 をしゅるりと解いて、佐助は腕を組んだ。 「認知って、なんの話よ」 「うるせェ!!Be Silent!」 「あのねェ、こちとら延々逆さづりで揺られてきてんだぜ? 説明くらいは受ける権利があると思うンですがねえ」 「成る程な」 政宗の代わりに小十郎が応えた。 ふと見ると小十郎の腕のなかにはなにかが居るようだった。両腕に、ひとつずつ。布で包まれている。大きさは雪駄ほ どだろうか。ねえ片倉の旦那。佐助はなんとはなしに問うた。 「それ、なに」 佐助の問いにも小十郎は特に表情を変えなかった。 これか。短く言う。そして顎で佐助をちょいちょいと招いた。佐助が招かれるがままに小十郎の傍に寄ると、家老はす こし腰を屈めて腕のなかの布包みを佐助に見せた。 佐助はしばらくそれを眺めて、それから言った。 「赤ちゃんだね」 小十郎は頷いた。 そうだな。 「赤ん坊だ」 「しかも産まれたばっかだ」 「そうだな」 「あんたの子?」 「あァ」 へえ、と佐助は眉をあげる。 それから笑った。双子かあ。赤ん坊はまだ布で包まれていて、顔しか見えない。佐助にはそのふたつの生命体は蛙かな にかのように見えた。ひとではないようだ。 まあ兎に角おめでとう、と佐助は言った。 「もう名前は決めたの」 「いや」 「それでてめェを呼んだンだ」 政宗が横から割り込んできた。 「このBabysのNameを決める。とっととしやがれ。そして帰れ」 「ええ、俺がぁ?」 「今決めろ。すぐ決めろ」 「え、俺でいいの?」 小十郎の顔を見る。 小十郎はすこしだけ首を傾げ、 「まあ親にはその権利があるんじゃねェか」 と言った。 親。 「おや?」 「あァ」 「誰が」 「おまえが」 「―――誰の?」 小十郎はひょいと腕を上げる。 そして矢張り、片倉小十郎の常でひどく短く、 「こいつらの」 と言った。 次 |