佐助は十秒ほど黙ってから、笑った。 小十郎の肩をどんどんと叩いて、けらけらと殊更に声をたてる。 「俺、片倉の旦那が冗談言うの初めて聞いたよ」 「冗談か」 「いやーびっくりした。何の話かと思った」 「冗談だと思うか」 「そりゃあ」 「そうか」 まァいい。 小十郎の声は静かで淡々としている。佐助は冗談なら冗談らしく、ばれたらもうちょっと愛想良くすりゃあいいのに と思った。けれど笑ってる片倉小十郎など想像もつかないので、まあこういうおひとだねと思い直す。 ごお。 背後で音がした。 振り返るとなにか黒いものを背負った伊達政宗が居る。 「冗談―――だと」 じゃきん。 六爪が構えられた。 沈みかけている夕日に白刃がぎらりときらめく。 「え」 佐助は思わず声を漏らした。 え、俺なんかしたっけ。 「ちょ、龍の旦那?落ち着こ。落ち着いてください」 「これが落ち着いてられるかァ!!てめェふざけるンじゃねェぞッ、こんな、こんな―――ッ」 がしりと首もとを掴み上げられる。 そして政宗はもう片方の手で小十郎が抱いているふたりの赤ん坊の髪を覆っていた布をがばりと剥がす。佐助は目を 細めた。それから見開いた。 赤ん坊の髪は赤かった。 「―――片倉の旦那」 「なんだ」 「奥さん、髪の色俺とおんなじなの」 「そんな馬鹿なことがあるか」 「小十郎の正室は黒髪だ」 政宗が憮然として言う。 佐助はすこしずつ背筋がつめたくなっていくのを感じた。え、うそ。いやそんな馬鹿な。しかし小十郎の腕のなかの 赤ん坊の髪は何度見てもくすんだ赤だった。見覚えのある色だ。 そりゃそうだ俺の髪の色だもん。 佐助は恐る恐る小十郎の顔を見た。 小十郎はひとつ頷いて、安心しろ、と言う。 「俺ひとりで育てる」 「小十郎ォオオオオオ!!!」 「か、片倉殿・・・ッ、なんと健気な・・・っ」 「え、ちょっと待って。俺今すっげぇ悪者?」 「しのびィ!てめェ責任取りやがれ!」 「そうでござる!認知するでござる!!」 「え、だって認知って!つーかそれどっから出てきたの!?片倉の旦那が産んだの!?」 「阿呆」 小十郎は呆れたように言った。 そんなわけあるか。佐助は安堵の息を漏らす。だよね。そんなわけないよね。 小十郎は頷いて、 「俺の畑の小松菜から出てきた」 「おンなじくらいありえねえ!」 小松菜!? 佐助が叫ぶと小十郎は肩を竦める。美味いぞ。佐助は頭を抱えた。 頭を抱えて蹲っている佐助に、小十郎は歩み寄って声をかける。安心しろ。また言う。 「名だけ付けて帰ればいい」 「ちょ、それは俺が最悪な男になるじゃねえかよ」 「別にいいだろ。俺の畑に出来たんだから俺の子だ。子種はおまえかもしれんが」 「子種とか―――もうちょっと綺麗な言い方をしてくださいよ」 「言ってることは変わらん。で」 名はどうする。 小十郎は真っ直ぐに佐助を見ている。後ろを振り向くと、憎しみで人を殺せそうな顔をしている政宗と佐助を心の奥 底から軽蔑している顔の幸村が立っている。顔を戻した。小十郎とふたりの赤ん坊が居る。 ふいにそのうちのひとりが泣き出した。 「う、わ」 佐助が慌てて身を退くと、小十郎が立ち上がってあやし始める。 しかし両腕であやすのは当然だが難しいらしく、もう片方の赤ん坊もぐずり始めた。小十郎は眉を寄せて、おい、と 地面に尻を付いている佐助に声をかける。へ、と佐助が間の抜けた声を出すと、立て、と言う。 首を傾げながら立ち上がると、ひょいと何かを手渡された。 「ちょ」 腕のなかでやわらかくて暖かいものが蠢いている。 「ひとつ持ってろ」 「ひとつって、あんた物じゃねえんだから!」 「似たようなものだ」 「無理だよ、俺赤ん坊なんて扱えねえよ!」 「適当に揺らせ」 ひどく大雑把な指示に、佐助はとりあえず言われた通りに腕を揺らした。 ぐずっていた赤ん坊の泣き声がすこしずつちいさくなっていく。真っ赤だった顔が次第にしろくなっていき、醜く歪 んでいた口元と目がきれいな形を取り戻す。怖いほどにちいさな手が、ゆるゆるとあがって佐助の忍装束を握った。 すう、とちいさな息がちいさな口から漏れる。 「上手いな」 小十郎が覗き込んで、感心したように言った。 髪の赤い赤ん坊は、体をよじって佐助に身を寄せている。佐助は慌てて顔をあげ、助けを求めるように小十郎を見た が家老は平気な顔をして、 「矢張り親が解るのかね」 と言った。 後ろのほうで佐助いい親になるでござるよと幸村が言っているのが遠く聞こえた。政宗がどこぞに走っていってしま った音も聞こえたが、佐助は腕のなかの生き物がすうすうと寝息をたてている音のほうが大きく聞こえるような気が した。 次 |