やさしいことは、難しい。 や さ し さ に 向 か な い 。 重ねるだけの口づけをゆるゆると続ける。大きなてのひらが肩を滑り首に届き、それは襟からするりと肌へと侵入してくる。 片倉小十郎は口をすこしだけ離して、ほう、と息を吐いた。暴かれる微かな怖れと、それに被さる期待に体が震えているのが 解る。あさましいことだとは思わない。男の手が巧みなことは、小十郎のせいではないからだ。 男にしては細い指がするすると襦袢を落としていくのを、肩に顔を埋めながら感じ入っていると、ふと、その動きが止んだ。 「どうかしたか、猿飛」 顔を上げて、男の名を呼ぶ。 男は、猿飛佐助は小十郎を見ないで、小十郎の体を見ているようだった。珍しく常はゆるんだ顔をしかめ面に歪めている。し ばらくそうしていたかと思うと、急に息を吐いて首を振り、小十郎の体をぐいと引き離す。そして呆れ返ったという顔をして、 おさなごにするように、落ちた襦袢を小十郎に着せ直し始めた。小十郎はぼんやりとそのなすがままにされるしかない。 きゅ、と襟を絞め、それから佐助は自分の髪を掻き毟った。 「―――無駄かもしれませんがね」 佐助の手が小十郎の右腕に落ちてくる。するりとちょうど節の部分を撫でられ、小十郎は眉をひそめた。佐助は呆れている。 あんたはほんとうに、と言う。その先には何も続かない。小十郎は佐助の手を払い、左手をその部分に重ねた。ちょうど、先 の戦で傷を負ったところである。触れると痛む。まだ皮膚が露出しているのだ。 佐助は目を半ば閉じて、痛かったかよ、と問うた。 小十郎は顔をしかめた。 「当たり前だろうが。解ってんなら触るんじゃねェよ」 「こいつは失敬。ですがね、怪我してんならそう仰いよ。だったらこんなことしやしないのに」 「しねェのか」 「しませんよ」 すこしだけ憤りを含んだ声で、佐助は言う。 その為だけに来てるわけじゃないんだから、と言う。そして小十郎を引き寄せて、そのまま布団へ引き倒す。佐助の男にして は厚い唇が額に降ってきた。それから掛け布団が被さってくる。ひんやりとした布の感触にすこし目を細めると、佐助が喉を 鳴らして、横に潜り込んできた。 背中に腕が回り、引き寄せられる。途端、ふわりとぬるい感触が小十郎を包んだ。首を竦める。くすぐったいの、と笑みを含 んだ声が問うてくる。ぬくい、と答えると、嬉しそうに佐助はへらりと笑った。 ひどく近くで向き合ったまま、佐助が口を開いてちいさく声を漏らし出す。 「怪我」 「うん」 「痛む?」 「そうでもねェ」 「無理は禁物だよ。利き腕じゃないったってさ、気をつけねえと」 「言われんでもそれくらいは承知だ」 小十郎は鼻で笑ってやった。 「すぐ治る。もうほとんど痛みもねェ。だからべつに」 「べつに、なに」 佐助の目が不思議そうにくるりと回った。 小十郎は黙った。佐助の目は夜に見るとその色素を無くし、ただの黒になる。時折月や星のひかりが注ぐときにだけ昼のいろ を取り戻し、それがぎょっとするほど赤い。ひとの体にあるべきではないようないろである。小十郎はそれを見るのが、多分 すきなのだと思う。無闇やたらに、視線がいく。 けれども、小十郎はそこから視線を外し、舌打ちをした。 「べつに、なんでもねェよ」 佐助の足を蹴ってやる。 情けない声があがる。いい気味だと思った。佐助の手は小十郎の背を撫でている。それはいろを含んだ触り方ではない。単に 慈しむようにその手は動く。けれども、つい先刻まで、それは確実に小十郎を高ぶらせる為に動いていたのだ。そう思うと忌 々しい。壊れ物のように小十郎を扱うこの馬鹿な男も、怪我も、―――欲に正直過ぎるおのれの体もすべてだ。 佐助は、しばらくなにも解っていないような顔で小十郎を眺めていたが、途中で気付いたのかにんまりと丸い目を上弦に細め、 耳元に口を寄せてきた。小十郎さん、と呼ぶ。声にならぬような、息めいた声で呼ぶ。ただでさえ粘つく蜜のようなとろりと した声が、ますますそのいろを増して小十郎の耳に這入り込んでくる。思わず、体が震えた。 佐助は笑いながら、小十郎の耳の下に指を添え、するすると撫で始めた。 「してほしかった?」 「誰が、阿呆か」 「俺はしたかったな」 「じゃァ、すりゃァいい」 「そうはいかない」 「なんで」 「あんたは怪我人。俺様はあんたと一月ぶり」 「だから」 「無理させちゃうでしょ、絶対」 佐助は小十郎を引き寄せて、頭を抱え込む。佐助のしろい肌が目の前一杯に広がった。いつ見ても、滑らかな肌である。男に は不必要ななめらかさと透明感がある。女である自分の傷だらけの肌とはまるでちがう。小十郎はそれに鼻先を擦り寄せた。 つるりとしている。剥きたての木の実のように、瑞々しい。 吸えば果実の味がするような気がして、小十郎は佐助の肌を吸ってみた。 「うわ、」 もちろん果実の味などしなかった。塩辛い、肌の味がする。代りに佐助が悲鳴を上げて体を引き離してきた。小十郎は急に 強引に体を押され、目を丸める。負けず劣らず、佐助も目を丸めていた。 なにすんだよ、と呆れた声で佐助が吐き出した。 「美味いかと思ったんだ」 正直に言うと、おそろしく深いため息が返ってくる。 佐助は髪を掻き、体を起こす。小十郎はそれを見上げた。丸い目が細くなり、顔全体に不機嫌が満ちている。どうかしたかと 問うと、またひとつ息を吐き、佐助は立ち上がって単衣を脱いで枕元に乱雑に放ってあった彼の忍装束を身に纏いだした。 帰る、と言う。 「今から?」 既に丑の刻も過ぎている。 佐助は朝になって小十郎が登城する頃に帰るのが常である。できるだけ長く一緒に居たいからと、いつもぬるまったい笑みと 一緒に言う。今からだよ、とその声とおんなじ声で、佐助はつめたく吐き捨てた。 小十郎は佐助の分だけ空いた布団の空間を掛け布団で埋めて、丸まった。空いた分だけやたらに寒い。そうなると一気に佐助 が憎たらしくなってくる。元来、気紛れな男なのだ。最初から気紛れに小十郎に近寄ってきて、いつも小十郎には理解しかね る事柄で勝手にひとり憤り、かなしんで、そうしてこうやって何処かへ行ってしまう。 ひどく身勝手だ。 「阿呆が」 丸まったまま、小十郎は吐き捨てた。 忍装束を纏い終えた佐助が、くるりと振り返り小十郎を見下ろす。小十郎はきつく佐助を睨み上げた。 「帰るならとっとと帰りやがれ。俺はもう寝る」 「ああそうですか、まあ帰りますけどね、」 佐助はしゃがみ込んで、小十郎の額にてのひらを押し当てた。手甲のひんやりとした感触に目を細める。佐助はほうと、悩ま しげな息を吐き出して首を振った。そして言う。 あんたはもっと、やさしくなるべきだよ。 「やさしく」 小十郎は佐助の言葉を繰り返した。 佐助は目を上弦に細めて、そう、と頷いた。 「もう些ッと、やさしくなって。そうしたら俺だって帰らなくて済むんだから」 そんなにむくれた顔するなよ、と佐助は笑いながら小十郎の額にてのひらの代りに唇を落とし、またねと告げてそうして消えた。 小十郎は額を手で拭って、それからまた顔を仏頂面にして益々布団の中で丸くなる。普段は独り寝に慣れているというのに、 あの男が居なくなったという事実が先に付くだけでどうしてこうも寒々しくなるのか自分の体ながらに理解に苦しむ。 佐助は気紛れな男で、言っている事がいつも小十郎にはほとんど理解できない。まったく異なる生き物であるような気がする。 佐助は小十郎をいとおしいと思っているらしい。そこから解らない。小十郎を抱きに奥州に来る。それも解らない。小十郎は女 としては欠陥品で、男の紛い物で、ひととして不足している。何が愉しくてこんなものに会いに来るのか、小十郎ならば小十郎 を愛そうとは天地がひっくり返っても思えないので、常に不思議で仕様がない。 けれども小十郎は、佐助に抱かれるのが嫌いではない。佐助は笑っていたほうがいいと思うし、粘ついた声も白い肌も赤い眼も 心地の良いものであるというふうに思う。 だから小十郎は、佐助を解れたらいいと思う。 自分に解る部分だけでも、あの男のことを解りたいと思う。 佐助は小十郎にやさしくなれと言う。布団の中で小十郎は考えてみた。それは当然の要求であるような気がした。小十郎にはこ の世で主しか大事なものがない。それ以外を慈しむ術を小十郎は一切持っていない。そして持とうとも思っていない。佐助はそ れでもいいと言った。それでもいいから、俺があんたを大事にするのを許しておくれ。 小十郎には佐助を大事にすることはできない。 「やさしく、か」 つぶやいてみる。 佐助は小十郎を際限なく甘やかしている。小十郎は佐助にやれるものがなにひとつない。 やさしく。 それくらいならしてやってもいいかもしれない、と眠りに誘われながら、小十郎はぼんやりと思った。 思ったものの、「やさしく」が具体的にどういったことなのかの見当がまったく付かない。 小十郎は女だてらに鬼小十郎の異名を持つ武士である。生まれてこの方、そんなやわらかな形容をされるような事をした覚え がない。小十郎は兵の鍛錬中に、しかめ面で佐助の言う「やさしく」について考えてみた。聞いておくんだった、と思う。驚 くほど、欠片も思い当たる節がない。 鍛錬が終わり、城に戻ると主に呼び止められた。 「Hey、小十郎。おまえ、どうかしたか」 「は、どうか、とは」 「いや、下っ端がおまえの機嫌がえらく悪ィって騒いでやがるからよ」 「―――、それは」 小十郎は眉を寄せた。 「やさしく」について考えていたら怖がられていたらしい。ほうと息を吐く。急激に馬鹿馬鹿しくなってしまった。きっと 自分は「やさしく」に向いていないに違いない、と小十郎は思った。政宗は不思議そうに目を伏せた小十郎を覗き込んでいる。 どうかしたかと再び問われ、小十郎は首を振った。主に言うような事ではない。 そうか、と納得しかねるような微妙な顔で政宗は一応、身を引いた。そして思い出したように、ところで、と話を変える。 「明後日からの上田への使いだが、ほんとうにおまえが行くのか」 「今更いかがいたしましたか。政宗様が命じた事でございましょうに」 「いや、そうなんだが―――But、些っと、気になる事があってな」 「気になる事」 「この間の戦の残党が、街道近くで出るってェ話だが」 「あァ、」 その話なら小十郎の耳にも入っている。小十郎は思わず笑ってしまった。 「残党如き、いかなものでしょう。お気遣いなさいますな」 「供を増やすか」 「無用でございます。あなたの右目をあまり侮られませぬよう」 残党処理も兼ねるなら、尚のこと小十郎が行くほうが都合が良い。伊達軍では頭領の政宗を除けば女ではあるけれども小十郎 が一の剣の使い手である。小十郎はそう考えて、考えた事をそのままに告げた。最後に一応、お気遣い痛み入ります、と付け 加えておく。しかしそれは、主の為には欠片も意味を持つ事ではなかったらしく、政宗の顔は見る見る不機嫌に染まっていく。 「Ah,―――そうかよ」 舌打ちをして髪を掻く主を見ながら、小十郎はうんざりした。主にではない。最近いやに回りを苛つかせているらしい自分の 言動について、小十郎はうんざりした。しかもその由が知れないのが益々面倒である。政宗も佐助ほどではないけれども、時 折小十郎にとっては謎になってしまう。誰よりいとおしい主を解り切れないのはおそろしく苦痛だが、半端な生き物である小 十郎には解らなくても当然なのかもしれない。 政宗は未だ仏頂面をしている。小十郎は諦めることにした。 「政宗様、そろそろ昼餉に致しましょう。座敷までお運びいたしますので、お先にお戻りください」 そう言うと、政宗はほうと息を吐いた。 諦めるような、呆れるような、困ったような顔をしている。 「おまえはさ」 「は」 「もう些っと、どうにかなんねェのかね」 「何の話でしょうか」 「さァな」 政宗は首を竦め、居室へと向かう為に踵を返してしまった。小十郎はしばらくぼうと主の背中を眺め、それから咄嗟に名を呼 んで引き留めてしまった。 政宗が振り返る。 小十郎は後悔した。 「どうかしたか」 「いえ、―――政宗様」 「What?」 「小十郎は、」 やさしくありませんか。 知らず口が動き、そういう言葉を紡いでいた。政宗の独つ目が真ん丸く見開かれる。小十郎は海よりも広く深く後悔した。馬鹿 げたことを聞いて居る。なんでもありませんと打ち消したが、政宗はもう既に聞いていない。驚いたままの顔で、じいと小十郎 を眺めている。 「やさしい?」 問い返されてもどう仕様もないので、小十郎は黙った。 政宗もしばらく黙って何か考えていたが、そのうちに急に機嫌を変えて愉しげに笑い出した。成程、と言う。成程、やさしくか。 なにが成程なのか小十郎にはまるで解らない。 政宗は笑いながら、そうだな、と頷いた。 「確かにおまえは、やさしくねェな」 「左様でございますか」 政宗の言葉に頷きながら、多少なりとも息がし辛くなる自分に小十郎は気付いたが、顔には出さぬようにした。けれども聡い主 には解ったようで、そんな顔をするなと困ったように笑う。 「おまえは俺にはやさしいどころの騒ぎじゃねェだろうが。どろっどろに甘ェ癖に、どうしてそういう顔をするんだか」 「小十郎がどう思うかと、あなたがどう思うかは、また別の話でございますれば」 「おまえはやさしいぜ」 「さっきと仰ることが違いますが」 「そうだな。おまえはやさしくない」 「政宗様」 小十郎は顔をしかめ、頓知は御免でございます、と言ってやった。政宗は愉しそうに両手を挙げ、すまんと言って居室へと足を 進める。どういう意味ですかとまたその背中に問いかけたが、今度は主は振り返ってはくれなかった。 ただ片手を挙げ、 「上田に行った折に、あの馬鹿なしのびにでも聞いてみろよ」 とだけ言った。 益々小十郎の顔は険しくなって、益々周りが怖がっている。 しのびどころか主にまで「やさしくない」と言われて、しかもふたりともまるで要領の得ないことしか言わない。馬鹿にされ ているのかもしれない、と上田への途上、騎乗のままに小十郎は考えた。辺りは秋に染まっていて、街道添いの銀杏からは鼻 をつんと刺すギンナンの独特な匂いが漂ってくる。あと半日ほど馬に揺られれば上田である。佐助は居るだろうか、と小十郎 は考えた。もし居たら、この鬱憤をすべて元凶であるあの男にぶつけてやりたい。 路の傍らには、秋桜が群れをなしてさわさわと揺れている。 「見事ですね」 供の兵が背後でそうつぶやいた。 小十郎はそう言われて初めて、眼下に揺れる取り取りのいろの花に意識を留めた。薄紅色に朱色、花粉が鮮やかに黄色く、延 々と路沿いに並んでいる。春に大輪に咲き誇る花とはまるでちがう、秋の中でその薄いいろをほんのりと揺らす花はいかにも 可憐だった。小十郎はそれを眺めながら、これを摘んでいこうか、とちらりと考えた。 これを摘んでいってやろうか、あの男に。 喜ぶかもしれない。佐助は男のくせに夢見がちで、こういうものを好みそうな男である。小十郎は花を見てもなんとも思わな い。それは花で、花以上のものではなく、花以下のものでもない、というふうにだけ思う。 けれども佐助はきっと喜ぶだろう、小十郎が花を摘んで、そうしてくれてやったらいつものようにへらりと笑うに違いない。 花を摘むなど小娘めいたことは今まで一度きりもしたことはないけれども、それであの男の損ないやすい機嫌が上向くのなら、 久方ぶりの逢瀬の土産にそれくらいのことはしてやってもいいような気がした。 「おい、ここらで一遍、休みを取る」 小十郎は手綱を引き、馬を止めた。 てんでに供の兵も馬を止め始める。小十郎は街道の大木に馬を括り付け、それから足下に視線を落とした。秋桜が咲いている。 取り分け朱のものが小十郎の目を引いた。なんとはなしに、あの男の髪の色を連想させる。小十郎はしゃがみ込んで朱い秋桜 の茎を手折ろうと手を伸ばし、 「―――、ッ」 咄嗟に手を引いた。 次いで、小十郎の手があった場所に鋭くどすりと矢が突き刺さる。 小十郎は腰から刀を抜き、声を上げて周りの兵に敵兵の知らせをやった。木の陰にちらと見えた着物のいろが、前に政宗から 忠告された先頃滅ぼした国の兵のそれだった。小十郎は身を屈めて辺りを見回す。大した数ではないだろうが、敵兵は先のひ とりだけではない。囲まれている。ざわざわと耳障りな、憎悪の籠った気配が辺りに散りばめられていた。けれどもそれも、 慌てる程の事ではない。この程度の数ならば、小十郎ひとりでも片手に余る程である。 とん、と地を蹴って、弓兵の隠れた大木の根まで飛び、くるりと後ろへ回ってそこに居た男を袈裟切りにする。血を避けるつ いでに事切れた兵の背から弓を剥ぎ取って、矢を構えて闇雲に森の中へ三本ほど放つ。すると蜘蛛の子を散らすように敵兵が わあっと街道に雪崩れ込んできた。それを、伊達兵が待ち構えたように根刮ぎ屠っていく。 結局、半刻も経たぬうちに残党どもは皆地に伏せた。なんだか馬鹿馬鹿しい、と小十郎はごろごろと転がる幾多の死体を眺め ながら思った。国が滅んで尚刃向かうなら、もっと建設的な方法が幾らもあるはずではないか。小十郎ならば雀の涙ほどの仲 間と共に散るような愚かしい真似は決してしない。いっそ敵国に潜り込み、中から国を腐らせていくくらいでなくて、どうし て国の敵など取れると思うのか、転がる男どもの考えていることも小十郎には一切理解がかなわない。 そう考えながらふと、これが「やさしく」ないということなんだろうかと小十郎は思った。 さながら世間の女のように、或るいは漂流の数寄人のごとく、世の無常とひとの儚さを嘆くことが「やさしく」なるというこ とか?だとしたらそんな暇も風情も小十郎は持ち合わせてはいないが、主は兎も角佐助はいかにもそんなことを言いそうであ る。しのびの癖に情が厚く、しのびの癖に逐一なにもかもに情を移しやすい。 供の兵らに怪我がないか見回っていた小十郎は足を止めた。 足下には事切れた敵兵が居る。 例えば。 例えばこの兵の為に嘆けば、主の不興を買わずに済むのか。 例えばこの兵を殺すことを瞬きの間でも躊躇えば、しのびはああも痛々しい顔はしないのだろうか。 どちらもおよそ小十郎には不可能的な事たちである。もしそれを望まれているのならばそれは滑稽ですらある。望む相手が間 違っている。小十郎はそういうものではない。 けれども主の不興を買うのは本意ではなく、しのびのかなしむ顔は好ましいものではない。 小十郎は跪き、息絶えた兵の前で手を合わせた。そして傍らに生えていた薄紅色の秋桜を一本手折って、その上に乗せてやる。 それからまた目を閉じて手を合わせた。儀式は厳格であれば厳格なだけ良い。中身が空であっても、それはそういったことを 取り繕って余りある確固とした外枠になる。 そう思ったので、小十郎の黙祷はすこしばかり長いものになった。 そして足下の兵は死んでいなかったので、秋桜は放り出され、その次の瞬間に兵が持っていた脇差しが小十郎の腹を突くこと になった。 次 |