三眼の龍は狼の背を泳ぐ 5
目を開けたら、世界は闇色だった。
体を起こそうと力を入れると、みしりと嫌な音をたてて体がきしんだ。あまりの激痛に声を上げることもできずそのまま重力
に逆らうことを諦める。眼だけを動かし、周りを見渡す。しばらくたって闇に体が馴染んで、すこしずつ物の輪郭が鮮明にな
りだした。自分が寝かされている場所には藁のようなものが敷かれているようで、ちくちくとむず痒い感覚がする。一つ明か
り取りの為のちいさな窓がこしらえられていて、そこからは月が見える。扉は閉められていて、支え棒がされていた。
どうやらここは、馬小屋らしい。
片倉小十郎は、そこでようやくまだ自分が生きていることに気づいた。
記憶を探ってみても、敵陣のなかで名乗りを上げたところまでしか思い出せない。主の背を見失い、ようやく見つけだしたの
は敵に完全に包囲された政宗の姿だった。それを見た瞬間冷や水をかけられたようにさあ、と体温が下がり、同時に血液が逆
流でもしているかのように熱くなった。
一瞬の思考すらしなかった。反射のように主の名で啖呵を切っていた。
(政宗様は逃げられただろうか)
それだけを知りたかった。
敵が湯水のように襲いかかってくる、その厚い壁のむこうで青い陽炎がゆらめくのが見えた。はるかに遠く距離はあって、と
ても判別など出来るわけがないのに小十郎はあれが政宗だと知っていた。政宗は大きな声でおのれの名を呼んでいた。それに
応えられなかったのがただ不甲斐ない。常に側にいるとあんなに誓っていたのに、主の呼び声にすら応えられなかった。
どれだけ政宗は不安だろう。
(・・・いや)
そう思っているのはもはや小十郎だけかもしれなかった。
政宗がおのれを必要としていることは知っている。けれど、もう政宗はちいさい子どもではないのだから、小十郎の手が無く
ても政宗は世界を見て、歩いて、そして掴むことができる。小十郎はおかしな安堵を感じているおのれを自覚していた。暴走
して死の淵に立った政宗のまえで名乗りを上げた瞬間の、あの絶対の安心感をなんと呼べばいい。
思ったのだ。
仕様のないお方だ政宗様はわたしがいなくてはいけないのだと。
だがいずれ龍は飛ぶ。
そのとき、龍は翼さえ必要しないだろう。
(まして)
ひとのてなど。
−−−−−−−−−−がさり。
「・・・っ」
藁を掻き分ける音がした。小十郎は身をすくませる。今この状況では相手が雑兵でも命はない。戦場で死ぬことを厭おうとは
思わない。たとえばあの戦、あの場所で、あの時に死ねたなら小十郎は笑ってやったっていいくらいだった。が、死ぬならば
政宗の目の前で、政宗の為に、政宗を守って死ななければ意味がない。
気休めだが目を閉じた。がさがさと音は少しずつ近くなる。そして小十郎のぴくりとも動かぬ右腕に冷たい具足の感触が触れ
た。ついで右の頬に誰かの手が触れる。ぬるりと液体が伸びる感覚がした。血だ。どうやら右の頬には傷があるらしい。鈍く
熱かった。
「命に別状はないよ」
声が降ってくる。
「切り傷はひどいのはそこのほっぺくらいで、後はほとんど打撲。動かないのは薬が効いてるからと左腕がちょっと折れてる
からだね。でも綺麗に折れてるからちゃんとくっつくし、薬の効き目はあと半刻くらいのはずだから、すぐに城に帰れるよう
になる」
声は言い聞かせるように、ひどくやさしい。ただ聞こえてくる場所は遠く、どうやらこの場にはふたりいるらしい。小十郎の
頬に触れている人間と、話している人間はちがう人間だった。
小十郎に触れているほうは、何も言わずただ頬に手を置き続けている。もうひとりに返事をするでもなく、小十郎に話しかけ
るでもなく、微動だにしないでただ頬をなで続ける。血がどんどん広がって、挙げ句に乾いてぱりぱりと音を立て始めても手
の動きは止まらない。
「俺行くけど」
だいじょうぶ?と聞く声はすこし呆れている。
けれどやはり掌の動きは止まらず、小十郎は薄れていく意識のなかで主に似た声を聞いたような気がした。
「こじゅうろう」
着物の裾を引かれ、振り返る。
政宗の視線はついとある一点に集中している。小十郎は目線を合わせるように屈み込んだ。
「どうしました」
「あれ、は、なんだ」
もみじのような手の先には、一本のおおきな銀杏の木が立っている。いちょうですよ、と言うと政宗は首を振った。そのした
、と言われて見てみると、ちいさな黒い影がふたつ寄り添っていた。犬だった。肋の骨がくっきりと浮かび上がるほど痩せた
犬だ。小十郎は眉をひそめた。
片方の犬は、もう片方の犬を食いちぎっていた。
「政宗様、あのようなものをご覧になるのは」
小十郎は大きな手で政宗の視界をふさいだ。政宗の小さな手がそこに添えられる。小十郎の手を取り払おうという力は感じら
れない。くい、とその手を引いて方向転換をさせた。が、気づいてしまったからだろうか、咀嚼する音がいやに耳についてく
る。
「なんで、あのいぬはおんなじいぬをたべてるんだ」
手を引かれながら政宗は問う。
「飢えているからでしょう。野良犬ならば、冬のこの時期には食べるものはたしかに少のうございますから」
「はらがへると、なかまをくうのか」
「獣は、でございますが」
「ふうん」
とたとた、と幼い足音をたてながら政宗は鼻を鳴らす。
冷たい冬の風にあたってちいさな鼻が赤くなっていた。小十郎はちいさく笑って、それから鼻が赤いですね、と言った。政宗
はすこしむくれて、おまえだって赤いと言った。城への道の木立はみな裸で、北風が顔に直接吹いてくる。ちょいちょいと政
宗に手で招かれたので屈めば、赤くなっているらしい鼻を摘まれた。
「なあ」
「なんです」
摘まれた鼻は、じんわりと政宗の体温で溶かされる。
片方残った政宗の目が、まっすぐに小十郎を見ながらすこし細められた。
「もし、さ」
「はい」
「もし、おれがしんだらあのいぬみたいになりてぇ」
「・・・・は?」
「こじゅうろうが、くってくれ」
おれがしんだら、ひとかけらものこさないで。
政宗は無邪気にそう言って笑った。まるで素晴らしい提案をしたとでも言うように、どこか得意げに。
小十郎は困惑した。
なんと応えるのが適切なのだろうか。嬉しそうにおのれを食らえというこの少年は、物がわからないからそう言うのかそれと
も知りすぎている故のこれは、狂気なのだろうかあるいは。小十郎は黙ってしまって、政宗は目の前の守り役が突然貝になっ
てしまったので困ったようにうろうろと目線を動かす。
「あ、の、おい」
「・・・は」
「いや、かよ。ならべつにいいぞ!こじゅうろうが、や、ならわがままはゆわねえ」
「そんな!」
慌てて首を振る。
小十郎は、政宗になんであれ拒絶を味合わせたくなかった。拒絶されること、諦めることばかりを憶えているこの子どもに、
出来うる限りのすべてを与えたかった。政宗は泣きそうな顔をして小十郎を見ている。小十郎は政宗のほそい肩を強く掴み、
言った。
「政宗様」
「なんだ」
「そもそも政宗様の後にこの小十郎が死ぬなどということはありえません」
「そんなん、わかるかよ」
「解ります。もしよしんばそうなったとしても、直ぐさま追いかけます。小十郎、死しても貴方様のお側から離れるつもりは
ございません」
「・・なんか」
なんかちがう。と、政宗は言った。
小十郎はなにが違うのですか、と問うた。政宗は首を振る。おれにもわかんねぇよわかんねぇけど。
「でもなんか、それじゃやだ」
政宗は、泣きそうだった。泣かなかったが。
小十郎はどうしていいか解らず、途方に暮れながら政宗の片目を見続ける。
昔の話だ。
夢だった。
小十郎は夢を見ている。
(おかしな主様だ、政宗様は)
おのれを食らえと言ってみたり、抱くのではなく抱かれることを望んだり、およそ常識的な君主の枠から外れている。幼少期
の特殊な環境が政宗をそうしたのだろうか。だとしたら、それはとてもかなしいことだろうし、上に立つ者としてほんとうは
好ましくない言動だろう。
だが、小十郎はそういう政宗をいとおしく思う。
その感情が、それこそすべてを揺るがすのだ。政宗を主として崇める以上に、小十郎は政宗がただすきだった。傲岸不遜で唯
我独尊、同時に傷を持つ者のつねでひどくやさしく、不器用だがまっすぐで強い。そういう政宗が、ほんとうになんの関係も
なくすきなのだ。
(結局、そういうことだ)
仕えている理由など。
いらないから、それでは困るからそれを必死で探して、そうしたら政宗を手放すしかない。手放す、という発想自体がすでに
政宗をいま小十郎が所有しているかのようで、おのれの潜在意識を表していてひどくおかしかった。なんと醜いのだろう。
迷いは捨てると決めたはずだった。
簡単に捨てられないから、ひとはそれを迷いと呼ぶのだろう。
もはや諦めた。
小十郎は思う。認めよう。
(この凝り、は)
煙管の煙が目にしみた。
小十郎はそれで目を覚ました。明かり取りの窓からは明るくなってきている空が見える。そこにふわふわと白い煙が漂ってい
る。慣れた匂いだった。体に力を入れる。気絶するまえよりは楽に動いた。未だ節々がきしりきしりと音をたてるが、動けな
いことはない。 思い切り力をいれて半身を起こすと、かたわらでがさりと藁が擦れるような音がした。
「こじゅうろう」
その声に、右を向く。
「・・・政宗様、ご無事でございましたか」
小十郎は笑った。
呆然としたような顔をしていた政宗は、ついでふ、と力が抜けたようになりそれからくしゃりと顔を歪ませた。切れ長の大き
な目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちてきて、けれど政宗はそれを拭おうともせずにただ小十郎を見る。小十郎はきしむ体を動
かして、正座をした。政宗があわてて止める。
「ば、小十郎!おまえなにしてんだよっ」
「・・・このような無様な姿をさらし、まことに申し訳も御座いません。しかし、政宗様がご無事でなによりでございます。
・・・そういえば」
お怪我は、と問う小十郎に政宗は泣き笑いをした。明らかに小十郎のほうが重傷だ。
心配するな、と政宗に言われてはじめて小十郎は安心したように息を吐き、それから急に痛みを感じたのか体制を崩してくず
れおちた。だが顔はまだ笑っている。のぞき込んできた政宗の頬に手を置いた。
「政宗様」
「・・・小十郎?」
「また、お会い出来るとは思いもしませんでしたぞ」
小十郎は、しあわせです。
そう言って笑うと、政宗は息を飲んで、それからくしゃくしゃの顔をくい、とあげた。着ていた具足を乱暴に外し、なぜか持
っている小十郎の煙管も火のついたまま放り出す。そしてまた小十郎に向き直り、
「やるぞ」
と言った。
え。
ぱちくりと小十郎は二度、まばたきをした。その間にも政宗はがばりと上半身をはだけさせ、いつの間にか具足の外されてい
た小十郎に跨る。細帯をくるくると解かれ、袴と腹の間に空洞ができた。すかさず、そこに政宗の手が滑り込む。
「ちょ」
そこでようやく小十郎は慌て始めた。
政宗はしかし動きを止めようとはしない。完全に眼が座っている。払いのけようにもうまく動かぬ体はひとりの男の重さに押
さえつけれてはせいぜいが半身を起こすことしか叶わない。
その間にも政宗は下帯まで取り払い、完全に小十郎の下半身を露出させ、そしていちど息を吸ってそこへも手を潜り込ませた
。
「・・っあ」
「んだよ・・・勃ってんじゃねぇか小十郎」
政宗はにやりと笑う。小十郎は青ざめた。
小十郎のそれは確かに立ち上がっていたが、それは朝特有のそれは生理現象であってそれ以上でもそれ以下でもない。
「生理現象です!お離しください政宗様、そのようなものにお手を触れるなど汚らわしい!」
「そんなもんじゃねぇし汚くもねぇ!」
「何故そこであなたがお怒りになるのか!」
「小十郎は俺のもんだ。俺のもんへの侮辱は許さねぇ」
低い声でそう言うと、政宗は意を決したように手にしたものを口に含んだ。
ひゅう、と小十郎は息を飲んだ。目の前で主が蹲って自分の生殖器を銜えている。じゅ、という吸い込むような音と一緒に竿
の部分を擦られて、思わず声が漏れそうになった。すこし迷いながら政宗の頭に手を置いて押し戻そうとするが腕も負傷して
いるので一向に政宗の行為を止めることは叶わない。
「・・・まっじぃ」
先走りの白い液体を唇のはしから垂らしながら政宗はちいさく毒づき、顔を上げた。呆然とし、未だ事態を把握できていない
小十郎の顔を見て笑う。それがひどく無邪気な笑顔で、興奮して隠微に染まった頬との落差が小十郎を動揺させた。戦で高揚
した体は、主を汚しているという背徳感と相まってどうしようもなくうずく。
そそり立った小十郎のそれを注視しながら、政宗はみずからの帯を解いて小十郎の腰に跨る。手を伸ばしていとおしげに小十
郎の左頬をなでた。ぱり、と音を立てて乾いた血が頬から剥がれて政宗の指に付く。政宗はそれを、口元まで持っていって嘗
めた。
そしてにやりと口角をあげる。
「小十郎」
「・・・っ」
「俺を、抱け」
「・・・出来ません」
「Stop!勘違いすんじゃねえよ、これは頼んでんじゃねえ命令してんだぜ?もう待つのはやめだ。おたがい死にかけてよ、俺
はもうわかっちまった。今の俺はおまえがいねぇと生きていけねぇ。が、それじゃあ奥州筆頭の名が泣くだろうが。俺はひと
りでも、おまえが居なくても生きていけるようにならなけりゃいけねえ、そのために」
俺を抱け、と繰り返し政宗は言った。
「俺は傷が欲しい。おまえの」
その頬の傷みたいに。政宗は小十郎の頬に口づけながら囁いた。
ぺろりと傷口を嘗められて、小十郎は一瞬痛みに身をすくませたが、その瞬間に気づいてしまった。
政宗の、小十郎の肩を掴む両の手は、かたかたと震えている。
「気持ちよくしろなんて言わねえ。準備も後始末も全部俺がやる。眼でも瞑ってろ。戦の後だ、おまえだって入れる穴があり
ゃ、べつに誰だって構わねえだろ?」
「・・・あなただけは、構いますよ」
「・・・今だけ忘れちまってくれねえか」
頼むから、と懇願する政宗は泣きそうな顔で笑う。
おもわず、小十郎は手を伸ばした。何処へ、と目的のあった行為ではなかった。
ただ、目の前の主の姿を見て、なにもせずにいるには小十郎は主をあいしすぎていた。
差し出した手は、目的もなくしばらく宙に浮いたが、諦めたように最後には政宗の背に回された。そのまま小十郎は政宗を抱
き寄せる。
びくりと政宗の体が震えた。
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はじめてのこじゅまさでエロとか ほんといい加減にしろと。
ぬるいですが次回もエロです よ ・・・
空天
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