佐助は顔が歪みそうになるのを必死で堪えて、目の前のブロンドの美女の胸元に視線を寄せることに意識を集中さ せようと努めた。肩に触れるか触れないかのボブカット。プラチナブロンドはやわらかく巻かれていて、しろい肌 と同化しようとしている。目のいろはブルー。目が合うと、軽くそれは細くなった。確実に好意が伺える視線に佐 助はおんなじように笑みを返し、手に持ったグラスをひょいと上げてかちりと彼女のグラスに合わせる。琥珀色の シャンパンが揺れて、飛沫を立てた。 テーブルの向こうから、場違いな声が飛んできた。 「しかし小十郎もすっかり大きくなったなぁ。いや、俺はうれしいよ」 「お止めください、そのような」 「いやいや、良いじゃないか。久々の再会だぞ。固いことを言うな」 グラスを握る手に力がこもる。 顔が歪みそうになって佐助は慌てて目を閉じた。どうかしたの、とドイツ語で聞かれる。「Nein」と佐助は答え て首を振る。なんでもないよ、と続ける。あんなに小さかったのになぁ、という声がまた耳に飛び込んできた。昔 の話は止してください、とそれに答える小十郎の声がする。 止してください、輝宗さま。 いいじゃないか、 「立派になった弟子に会えたんだ。昔話くらいはさせろ」 かたん、と佐助はテーブルにグラスを置いた。 プラチナブロンドが、首を傾げた拍子にふわりと揺れる。どうしたの。いやなんでもない。 「ちょっと、気分が悪くなったみたい」 へらりと笑って、その場を離れた。 シャンデリアがやたらにひかりを撒き散らすホールを通り抜ける。何人かにどうかしたのかと聞かれたが、その度 に適当に答えて逃げた。実際のところ、気分は悪かった。このうえなく、純粋に、物凄く気分が悪い。ホールから 出た後、佐助はホテルのロビーのソファに沈み込み舌打ちをした。誰だよ、とつぶやく。 誰だよ、あのオッサン呼びやがったの。 「――――――――――――――マジ、むかつく」 日本語で言ったので、近くの人間に意味は伝わらなかった。 演奏旅行の終着点は、佐助が主席指揮者をしているベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地であるフィルハ ーモニーだった。馴染みのオーケストラに地元の客。一番リラックス出来る筈の場所で佐助はこの上なく緊張して いた――――――――――――――緊張。すこしちがう。 思い出したらまた苛々してきて、佐助は髪を掻きむしった。 コンサートは明日から三日連続でおこなわれる。その前に事務所がとりあえず内輪でパーティを開くと言うから行 ってみればなぜかそこには佐助の天敵が居た。いやがらせだろうか。もしかして自分はあの遣り手の女社長に嫌わ れているのかもしれない、と佐助は思った。天敵。 蛇にマングース。 犬と猿。 猿飛佐助と伊達輝宗。 うんざりと佐助は息を吐く。 なんでだ、とつぶやく。なんで選りに選って、あのオッサン。 佐助も世間から言えばそう若いとも言えない年齢だけれども、そこは棚に上げる。佐助は昔から輝宗が大嫌いだっ た。佐助より十年上で、先にヨーロッパデビューをした輝宗とは事ある事に比べられた。いわく、輝宗の完璧な演 奏に対して佐助の音楽には思想がない、のだそうだ。はあそうですか、としか言えない。それはまあ、申し訳ござ いませんでした。十年も経てばそんなことを言う人間は居なくなったが、良い思い出ではない。 輝宗は悪くない。馬鹿な批評家が悪い。そんなことは佐助だって知っている。ただ佐助はそんなに性格が良くない。 自分でも知っているが、どちらかと言えば捻くれているほうだ。だからその頃の恨みは佐助の根っこのほうに懲り 固まってそのまま根づいてしまった。おのれ伊達輝宗。なんて鬱陶しいオッサンだろう!しかし、それだけならま だ良い。驚くべきことに、その上伊達輝宗は片倉小十郎の師匠なのだ。 ホールで談笑するふたりの姿が、脳裏にふいと過ぎった。 「ニヤけた顔しちゃって、二股野郎め」 吐き捨てて佐助は立ち上がった。 ホテルのロビーには知り合いが多い。苛々ひとりごとを言うにはあまり相応しい場所ではない。出て行ってしまお うと佐助は入り口に向かった。一つ屋根の下にあのふたりが居るというだけで精神衛生上よろしくない。 自動ドアが電子音を立てて開いた拍子に、肩を掴まれた。佐助は息を吐いて、舌打ちをする。 「なに」 「なに、じゃねェだろう」 振り返ると、予想通り小十郎が居た。 佐助は鬱陶しげに小十郎の手を振り払って、酔い覚まし、と短く応える。 「べつに餓鬼じゃねぇんだから、それくらい自由でしょ。外国ならともかく、俺はここに住んでンだぜ」 「気分が悪いんじゃねェのか」 「あぁ、それ、嘘だから」 佐助は手をひらひらと振って、あっち行け、と小十郎に示す。 今は顔を見ていても苛立つ。小十郎はしかめ面で佐助を睨み付けている。その顔がこの上なく気に入らない。なん だよ、と佐助は思った。あんたにそんな顔をする資格はねえんだぞ、と言いたかった。俺のほうがあんたの十倍は 苛立つ理由があるんだからな。 もちろん、佐助はそんなことは言わなかった。 伊達輝宗に嫉妬なんてそんな不格好なことってない。 「片倉君は楽しんでなさいな。久々に会ったンでしょ、師匠に」 言ってからすこし佐助は後悔した。なんだか久々に会った昔の男に早く今の彼女のところに戻ればいいじゃないと 負け惜しみを言う女のような台詞だ。餓鬼くさい、と自分で自分にうんざりした。 ほんとうに大丈夫か、と小十郎は佐助の顔を覗き込む。黒い目が近くて、佐助はついと視線を逸らした。 「平気だよ」 「おまえ、な」 「なに」 「そういう嘘を吐くのは、いい加減止せ」 「なんであんたにそんなこと言われなけりゃいけないのさ」 小十郎は呆れたように息を吐いた。 「おまえの面倒看てんのは誰だと思ってる」 「めんどう」 佐助は繰り返して、目を細めた。 面倒を見る。なるほど、と思った。面倒。 そりゃ面倒だろうよと思う。遊び好きで体が弱くて、そのうえホモの師匠だ。小十郎はさぞこの三ヶ月面倒だった だろう。そんなことくらい佐助だって知っている。面倒で迷惑だと知っても、三ヶ月のリミットの間だけでも良い から自分の物にしたいと思って、実行したのは誰でもなく佐助自身なのだから、知らないわけがない。腹の辺りが くるくると痛む。さっき飲んだシャンパンが頭に回って怒りと混じってくらりと眩暈がした。 知っているということと、納得しているということとは別物だ。 佐助は低い声で、面倒で悪かったね、と笑った。 「ご安心を。それももう、おしまいだからね」 佐助は手を挙げて、小十郎の手を力任せに握った。 ・・・・・・・・ 「今日までどうもありがとう、片倉君。とっても助かったよ――――面倒看てくれてね!」 ぎゅうと握りしめると、小十郎の顔が歪んだ。 佐助はすぐさまそれを振り払い、踵を返してホテルを出た。小十郎の声が背中に飛んできたが、振り返らずにその まま道路に出る。行き交う車を通り抜けて、向かい側に行ってからようやく振り向いてみると、まだ小十郎はホテ ルの入り口に突っ立って佐助を見ていた。佐助はそれを黙って見返す。おしまい、というさっき自分で言った言葉 が頭の中でわんわんと反響した。おしまい。 おしまいなのだ。 おしまい。 「ばいばい」 つぶやくと、道路の向こう側の小十郎の目がすこし、見開かれた。 口の動きが読めたのかもしれない。トラックが通った。ごお、と音がして、向かい側が見えなくなる。佐助はくる りと体の方向を変えて、そのまま路地に隠れてその後は振り返らなかった。 嫉妬、と佐助はつぶやいてみる。 嫉妬。それは不思議な感情だ。嫉妬。佐助は嫉妬している。いろんなものに、嫉妬している。もともとあまりそ ういう感情を持つほうではなかった。音楽に関して言えば、ひとはひとで自分は自分だ。そこに上下があるとは あんまり思わない。そこに楽器がある。演奏者が居る。佐助はタクトを振る。それだけのことだ。 恋愛に関しては、佐助は今まで小十郎を除けば本気で恋をしたのは一度きりしかない。その時は相手が居るから どう、というよりは自分の中途半端なところをおもいびとに軽蔑されて振られたようなものだったので、嫉妬よ り先に絶望した。その後は一度死んだと思ってひたすら努力して、その合間に何人か「恋人」と言えるような存 在も作ったけれども、その相手に嫉妬をしたことはない。 佐助は今、これ以上ないくらいに嫉妬していた。 伊達輝宗に、自分の音楽に、ひいては自分以外の小十郎に関わるものすべてに嫉妬していた。 全部小十郎のせいだと思うといっそ一遍思い切り殴ってやりたくなる。嫉妬。これ以上意味の無い感情もこの世 にありはしないだろう。意味がない。終着点が無い。発展がなく、進歩もなく、敢えて言うなら悪化のみがそれ には含まれている。 救えない、と佐助はうんざりする。 こんな筈じゃあなかったのにな、と思う。こんな筈じゃなかった。 もうあと三日しか演奏旅行のスケジュールは無い。小十郎と一緒に居られるのも、もう三日しかない。大切な時 間なのに、佐助は嫉妬で気が狂いそうになって意地を張っている。予定していたホテルをキャンセルして、自宅 があるからそこから通うと言って小十郎だけそこに押し込んだ。小十郎にも事務所にも怒られた。散々だ。でも 耐えられない。この感情に耐えられない。佐助はちらりと俺も新しい弟子を取ってみようかなと思った。そうす ればあの馬鹿弟子もすこしは、クッキーの欠片くらいは佐助に嫉妬するかもしれない。 「あほらし」 佐助はソファに埋まって、首を振る。 小十郎はきっとそんなことをしても嫉妬なんてしないだろう。面倒な師匠の世話をするのが自分だけじゃなくな ってほっとするかもしれない。なんて癪に障るんだろう。絵に描いたってここまで見事なものは有り得ないほど の片思いだ。ただしく、純粋に、雑じり気のない、100%有機栽培の片思いだ。 切なくて死ねる、と佐助は思った。息を吐いて、天井の蛍光灯を睨み付ける。控え室のドアをノックする音がし た。時間です、と声がかかる。佐助は立ち上がり、タクトと譜面を持って「今行く」と言った。小十郎はきっと 最前列に居るだろう。追い出したのに、それでも律儀にやって来るあの男は心底から佐助の音楽がすきなのだ。 嫉妬。佐助はタクトを振って、それを追い払った。 コンサートが終わって、袖に下がる。 スタッフに手渡されたタオルで汗を拭い、腕一杯の花束をそこらに放って佐助はふらふらと控え室に向かった。 頭にしろい靄かかかっている。酸素が脳に行っていない。ちかちかと目の前を泳ぐひかりの微生物に目を細め、 佐助は控え室のドアに額を引っ付けた。そのままドアを開け、ソファに倒れ込む。 息が荒く、汗が止まらない。真冬のコンサートホールは暖房が効きすぎている。ブォン、と断続的に暖房の稼働 音が鳴り響き、それが腹の辺りに響いてくる。喉が渇いた、と佐助は思った。水が欲しい。冷蔵庫に入っている 筈だけれども、今の佐助にとっては冷蔵庫は冥王星よりも遠い場所にある。 「――――――――――――――みず」 つぶやいて、手を伸ばす。 ぱたりとそれは宙を掻いて落ちた。 死ぬ、と思う。毎度のことだが、演奏が終わった後の疲労感は言葉にしがたい。不便だな、と佐助は思った。い つもならこういう時、きちんとペットボトルが佐助の手元に落ちてくるのだ。 「お疲れ様」 平坦な声と一緒に、と佐助は思った。 幻聴だ。なんてことだ。そろそろ俺は本気でヤバイかもしれない、と目を閉じる。幻覚が見えたらそれはもう鬱 とか統合失調症とか、ともかく病気の領域に入ってしまう。目を閉じればとりあえずそれはない。 こぽん、と水が弾ける音が耳の傍でした。 おつかれさま、という声が続く。 「いらんのか、水」 幻聴、と佐助はつぶやく。 額をぺしりと叩かれた。リアルな痛みに佐助は目をゆるゆると開けた。 「かたくらくん」 「おう」 「なに、してんの」 「水」 いらんのか。 いる、と佐助は答えた。 小十郎はペットボトルの蓋を外し、佐助に差し出した。佐助は体を起こさないでそのままそれを口に付け、飲む。 すこしこぼれて、ワイシャツが濡れた。小学生か、と小十郎が呆れて目を細める。ペットボトルを半分空にして、 佐助はまたぱたりと俯せにソファに倒れた。 ぽんぽん、と小十郎が頭に手を置いた。佐助はそれを振り払う。 「なんだ、まだ臍曲げてんのか」 「へそは、曲がりません」 「屁理屈抜かしてんじゃねェよ、中年」 「つうか、なんで、あんたここに居ンの。来んなって、言ったじゃん」 「言われたが俺は承知してねェからな」 「かわい、くねえ、でし」 「お互い様だ」 くつくつと小十郎が笑う声で、空気が揺れる。 ごきげんだな、と佐助はぼんやりと思った。珍しい。どうしたんだろうか。だが生憎佐助の機嫌は相変わらず悪 かった。さっきまでの演奏でも、小十郎が最前列で輝宗の隣に座っているのを見た時にはチェロを投げつけてや ろうかと思ったくらいだ。あのオッサンは、と佐助は聞こうかどうかで迷って、結局止めた。 ぼうとしばらく黙っていると、「お疲れ」と小十郎がまた言った。 「三ヶ月」 「あぁ、うん、あんたもね」 「あァ。随分骨が折れた。おまえのせいでな」 「だろう、ね」 革張りのソファは、佐助の体温ですこしずつ温くなっていく。 どうした、と小十郎が言う。どうした、殊勝だな。佐助はすこし肩を震わせて、べつに、と答える。べつに、だ。 「おまえ、この間から何か変だぜ」 「変じゃないです」 「なんで敬語になってんだ」 「べつに片倉君には関係ありません」 「ふうん」 「なんだよ」 佐助は顔を上げて、小十郎を睨み上げた。 小十郎は目を細め、佐助をじいと凝視する。大きなてのひらが伸びてきたと思ったらほおを掴まれ、そのまま左 右に引っ張られた。ひでぇ顔、と無表情に言われる。佐助は抵抗するのも面倒だったのでそのまま黙って小十郎 を睨み続けた。ちくしょう、と胸のうちでだけ吐き捨てる。ちくしょう、ぜんぶあんたのせいなんだからな。 「はかれし」 「はァ」 ほおを引っ張られたまま言ったが、意味にならなかった。 小十郎が手を離したので、改めて佐助は「馬鹿弟子」と小十郎を罵った。 「馬鹿。大馬鹿。二股野郎。浮気者」 「なんなんだ、いきなり」 小十郎は首を傾げて、佐助のほおをぺしぺしと叩いた。 佐助は舌打ちをして、またソファに顔を埋めた。もうどっか行け、と吐き捨てるが小十郎はそこに留まったまま 動かない。どうした、と言う。どうもこうもない、と佐助はうんざりした。どうもこうもない。全部、あんたの せいだ。あんたのせいで、俺は散々だ。 小十郎は、しばらく黙っていた。 佐助もおんなじように黙り込む。黙り込むついでに息まで止めそうになって慌てて吸って吐いた。佐助が三度ほ ど窒息死直前まで行ってから、小十郎はようやく口を開いた。 「猿飛」 静かな声で、名前を呼ぶ。 佐助は答えなかった。小十郎はそのまま話を続ける。三ヶ月、と言う。 この三ヶ月、おまえは死ぬほど面倒臭かった。 「乳幼児を育てろと言われてもこれ以上面倒にはならんだろうって位ェ面倒臭かった」 佐助はソファに沈み込みながらなんじゃそりゃ、と思った。 俺の酸素を返せ、と思った。あの意味深な沈黙はなんだったんだ。期待しちまったじゃねえか馬鹿野郎。佐助は 胸のうちでだけ小十郎を罵った。そんなことが聞こえるわけもない小十郎は更に「乳幼児の面倒臭さとエロオヤ ジの質の悪さがプラスされて最悪だった」と続ける。嘘ではないにせよ物事にはもっと言い様があるはずだ。そ んな言い方ってない、と佐助はもういっそ泣いてやろうかなと思った。エロオヤジ。それはひどい。 「だから」 と小十郎は続けた。 だから、 「次にこういうことがあったら、俺以外を使うな」 おまえの面倒を見るのは、俺だけで十分だと小十郎は結んだ。 佐助はソファの布地と睨めっこをしていたので、すこしの間小十郎の言葉を理解するのが遅れた。のろのろと顔 を上げると、小十郎がしゃがみ込んで佐助と視線を合わせていた。黒い目はいつもどおり風ひとつなく凪いでい る。今なんて言った、と佐助はつぶやいた。小十郎はひょいと首を竦める。 「おまえの面倒を見るのは、俺だけで十分だと言った」 「ナニソレ」 「言葉の通りだが」 「なんでそんなこと言うわけ」 「おまえが解ってなさそうだからだ」 「解るって、なにが」 「俺が」 小十郎は黙った。 佐助はこくりと喉を鳴らす。喉が渇いている。さっき飲んだ水は既に蒸発したらしかった。 俺がなに、と佐助は言った。俺がどうしたの。小十郎は佐助を見たまま、黙り込んでいる。焦れて佐助は唇を噛 んだ。その仕草に、小十郎はすこし驚いたように目を見開く。 てのひらが、すいと伸びた。 「は、」 ほおにつめたい感触がする。 小十郎の手だ、と思った瞬間には唇が触れていた。 パズルのピースを慎重に嵌め込むように、ゆっくりと唇が重なる。小十郎のかさついた唇が、熱と水で濡れた佐 助の唇を覆っている。それは深くはならず、浅いまましばらくそこで停滞していた。そして佐助が「これはキス だ」と理解する前に離れていった。 佐助は目を見開いて、小十郎を凝視する。 「かたくら、」 くん、と言う前に小十郎は立ち上がった。 驚いたような顔をしている。口に手を押し当てて、しまった、というふうに小十郎は眉を寄せた。そして佐助が 何か言う為に口を開いたのを見つけて、舌打ちをしてそのまま振り返り控え室を出て行ってしまった。佐助は間 抜けに口を開いたまま、ぱたんと乱暴に閉められたドアをぼうと眺める。 なんだあれ、ととりあえず口を閉じるためにつぶやく。 なんだあれ。 「――――俺様、ちょう弄ばれてる」 唇に触れて佐助は吐き捨てた。 顔が熱い。耳も熱い。なんてことだ、病気だ。知ってはいたが重症だ。 もう「おしまい」なのに小十郎が好きでそろそろ佐助は死んでしまうかもしれない。 不治の病、と佐助はつぶやいた。 治りそうになるとウィルスが自分でやって来てまた発症する。恐ろしい。小十郎菌。どんなに消毒しても消えな そうだ。繁殖力と生命力が並大抵じゃない感じがする。 佐助はきっと、もう末期なのだ。 小十郎病。 余命はどれくらいだろう、とぼんやり考えながら佐助はとりあえず寝てしまうことにした。 次 |