最初は驚いた。
次に笑えて、それからすこしだけ同情した。



そうしたら興味が沸いた。









(だってこんなに面白いおもちゃ、他にないじゃあない?)

















   透 明 な   蜘蛛の巣  1


















伊達家家老、片倉小十郎が女だと知ったのはある戦場でだった。



猿飛佐助は武田信玄の指令で上杉の探索へ行ったかえりに、その戦に遭遇した。もちろん遭遇したと言っても、遠くから戦が あるのを伺い見ただけだ。特徴ある軍団にそれが伊達軍だと知った佐助は、ほんの出来心で近くまで寄ることにした。気紛れ だった。

(期限には、もうちょっと時間あるしね)

気づかれない範囲で、できるだけ近くの木に登る。
そこから軍勢を見るに、あきらかに伊達軍の優勢のようだ。主の真田幸村の好敵手だ、それくらいでないと困るーーーと佐助 はちらりと笑みをこぼす。
奥州筆頭伊達政宗の姿は見えない。おそらくはもっと遠い場所で暴れ回っているのだろう。半ば興味を失った佐助は帰路につ こうと木から飛び降りる。

そこで、見覚えのある背中が目に入った。

(ありゃあ)

すたん、と地面に降りてから佐助は記憶を探る。
黒髪を撫であげ、陣羽織を風にはためかせ、そしてなにより一度見たら忘れられないようなするどい眼。ああ、と佐助は声を あげた。一度戦場で見えたことがある、あれは。
片倉小十郎。
たしか伊達政宗の側近中の側近でその忠誠心は他国にも聞こえるほどで、独眼竜の懐刀と言われれば佐助とてすぐに知の片 倉と返す。軍略政略、すべてにおいて切れるうえ、戦場に出ても鬼神のごとき働きをするともっぱらの評判だ。佐助も一度 しか相まみえたことはないが、出来れば敵に回したくない男だと思った覚えがある。

(でもさっきの、は)

佐助が見たのはたしかに小十郎だった。
しかも、あまり良い状況に置かれているとは言い難い状態の。



片倉小十郎は、何百という敵兵に囲まれていた。



雑兵だ。
しかし塵も積もれば、と言う。それは戦場においてはあまりに顕著だ。たったひとりの英雄よりも何千の凡夫が時には力を 発することがあることを佐助はよく知っている。冷静に判断して、死ぬな、と思った。
いっしゅん、迷った。
助けるか否か。

(義理はない。義務もなけりゃ、理由もない)

見えたのは戦場でだけ。
そして言ってみれば表だった対立はないにせよ、武田と伊達は敵同士。敵の頭の懐刀の死など、願ってもないことのはずで、 もちろん佐助はそれを知っている。佐助が手を下さずとも、なにも見なかったことにして帰路につけばそれでいい。そうする だけで大幅に伊達軍の戦力を割くことが出来る。

(・・・・・・・・考えるまでも)

ない。
ああだというのに。

ため息をつく。


身をかがめて、佐助は戦場へと身を投じた。






そこで知った。
助け出した小十郎はひどい傷を腕に負っていて、止血しなくてはやがて死に至ろうというほどの出血をしていた。絶えず流れ 続ける血を止めるために佐助は躊躇うことなく小十郎の袷を開く。

「え」

思わず声がでる。
胸には晒しが巻かれていて、直接それを見たわけではないがそこにはたしかに、男では有り得ないものがあった。




小十郎の胸は、晒しで隠されてなお隠れぬふくらみを持っていたのだ。




手当をするために運び込んだ小屋の中で、佐助はしばらく声を失ったまま微動だにしなかった。できなかった、と言うべきか。 だって誰が想像する。奥州双龍のかたわれが、

「・・・・・・おんな?」

呟いて佐助は思わず笑ってしまった。
いまだ気絶したままの小十郎を改めて見る。そうやって見てみれば、たしかに男にしては線が細すぎる気がした。背は女と言う には高いが決して有り得ないほどではないし、それになにより、胸のふくらみは明らかに女のそれだ。佐助はおのれの見たも のが間違っていないのを確認して、ふうとため息をつく。信じられないが、どうやら真実だ。
片倉小十郎は、女だ。

「うわぁ・・・長く生きてっと、こんなこともあるんだねぇ」

笑ってしまう。
いつだって戦場で政宗の背中を守り、数多の敵兵を屠り、伊達家に片倉小十郎ありと謳われた存在が、おんな。どんな冗談だ と思っても事実は事実。
佐助の脳裏にちらりと幼なじみの姿が浮かぶ。
そういう意味では似ているのかも知れぬ。どういった理由で小十郎が男の形をしているのかは知らないが、その理由の一端に 独眼竜がいることは疑えない。えーじゃあこれは伊達のうつくしいつるぎかよと思って佐助は阿呆のようにくつくつと笑う。

おもしろい。

なんて事実だ。これを知っているのはおそらく政宗と本人を除けばおのれだけだろう。これを他国に漏らせばどれだけの損害 が伊達軍にもたらされるかは想像に難くない。佐助は横になっている小十郎の顔におのれの顔を近づける。近くで見ると、な るほど女だ。睫は長く、唇は厚い。
その唇にためしに、佐助は口づけてみた。
かさり、とかさついた感触がする。かけらもやわらかさを感じさせない小十郎の唇はしかし、商売女の手入れが行き届いたそれ より余程佐助の劣情を刺激した。唇を離す。すこし考えて、それから佐助は小十郎の右腕をとった。すでに手当はすんでおり、 腕には晒しが巻かれている。
そのさきの手首に口を寄せる。

「予約ね」

そう言って、吸う。
後にはあかい痕が残り、佐助はそれをひどくたのしげに見つめた。






















「だって予約したもん」

馬鹿だ。
片倉小十郎は唐突に現れたしのびに対してそう思った。そして言葉にも出した。馬鹿だろおまえ。
佐助はそんな小十郎にも全く動じず、にこにこと笑いながら差し出した手を二三度握ったり開いたりして、また言う。

「抱かせてよ」
「死ね」

立ち上がって目の前のにやけたしのびを切り伏せたい衝動を必死で押さえる。
小十郎は米沢城の客間で、佐助と対峙しながら沸き上がる殺意と闘っていた。殺りたい。が、流石に命の恩人である相手にそ れはできぬ。今日だけは陣羽織に記された仁義の二文字が邪魔だった。

(一生の不覚だぜ・・・・)

頭ががんがんと煩い。
一週間前の戦で、敵の奇襲で孤立無援となった小十郎は、あわや絶命というところで佐助に助けられたらしい。小十郎は意識 を失っていたし、伊達軍は小屋の中で手当をされた小十郎が眠っているのを見つけただけだったので、一体誰がおのれを救っ たのかと思っていたが、まさか他国のしのびとは。
佐助はそれを言いに、なんと深夜に小十郎の寝所に忍んできた。
そのときはべつになにも思わなかった。なるほど、佐助はしのびなわけで、出来るだけ目立たぬようにしたいのだろうと思っ た。

佐助の言葉を聞いて、それでは礼をと頭を下げた小十郎のうなじに佐助が口づけるまでは。

ぞわぞわと沸き上がる嫌悪感に思わず枕元の愛刀に手を伸ばす。佐助はにこにことそれを見ながら、す、と闇に消えた。残さ れた小十郎はごしごしと手ぬぐいで拭って、それから深呼吸をしてまた床についた。忘れよう。というかたぶん、今のは夢だ そうに違いない。そう思ったら案外すぐに眠りにつけた。翌朝起きた頃には忘れていたくらいだ。
真田のしのびが、ご丁寧にも奥州までおのれをからかいに来た。
それで終わるはずだった。
だというのに。

「品物引き取りにきましたよっと」

その日の午後。
政務を終わらせた小十郎が寝所に戻ると、佐助が当然のように手を差し出し、そう言ったのだ。
小十郎はしばらく目の前の佐助(しのび装束ではなかった。若草色の着流しは涼しげだったがどうでもいい)を眺めたあと、 開いた襖を思い切り引いた。すぱぁん、と音を立てて襖が閉まる。

「なにすんの」
後ろから声がする。
小十郎はぎ、ぎぎ、と振り返る。其処には当然のように、佐助が居た。

「俺様、忍者なんだよねー」
「・・・・・・・あぁ、そうかい」

へらへらと笑う佐助の首をへし折ってやりたいと小十郎は思った。思ったし実行しようとしたが、そこで佐助に伊達家の家老 は命の恩人にお茶も出さないの?と言われて小十郎はすんでの所で思いとどまる。おのれは兎も角、伊達家という名を出され てはそれ相応の対応をしないわけにはいかない。

そして冒頭に戻る。

飽きもせず抱かせろ抱かせろとうるさい佐助に、小十郎は呆れて聞いた。

「おまえ武士でもないのに衆道気取ってんのか」

すると佐助はぱちくりとまばたきをして、人が悪そうに笑う。
なに言ってんの?と。









「あんた女じゃない」









どんな反応をするかな、と思った。

驚くだろうか、怒るだろうか、もしかしたら殺そうとするかも知れない。
なんてことだ。楽しすぎる。
わくわくと待っていた佐助に向かって、小十郎が言ったのはしかし意外な一言だった。



「あぁ、おまえ、女を抱きに来たのか」



あっさりと、明らかにおのれは女だと肯定する。
それからぽかんと口を開けたままの佐助に向かって、しかしな、と難しい顔をして小十郎が続ける。

「言っちゃなんだが、俺の体は傷だらけだぜ。抱くならおまえも、もうちっと選んで抱きゃあいい。米沢には美人が多い」

なんなら紹介するか、と言う小十郎の顔は真顔だった。
ここで冗談を言うならそれはそれですごいが、真顔ではき出された言葉も相当なものだ。呆然とする佐助を置き去りに小十郎 はひとりで、そんなに飢えてんのかしのびってのは不自由なんだなとひどく失礼なことを呟いている。
佐助は動揺を隠しながら聞く。

「否定しないんだ」
「しねぇよ。本当だからな」
「いいのー?俺様、言っちゃうよ、それ」
「あ?」

眉を潜める小十郎に、佐助はこまるでしょ?と笑う。
佐助の切り札。もちろんこんなふうに、小十郎を動揺させるために使うつもりではなく、もうすこし色っぽい場面で使うつも りだったが仕方がない。佐助はその札を、場に出す。

札を切られた小十郎はすこし考えて、それからぴくりとも表情を動かさず、

「別に構わんが」

と言った。

「言いたきゃ言えばいい」
「・・・簡単に言うねぇ。家老が女なんてばれたら、色々まずいんじゃないの」
「なにが拙いことがある。俺は俺だ。戦場で舐められるならむしろ好都合、外交の表に立つのは俺じゃあない。兵士たちは今  更俺が女だなんだで騒ぐような馬鹿どもはひとりだっていやしねぇよ」

隠してるのは俺じゃなくて政宗様だと言う小十郎に佐助はああと呟く。
独眼竜のその右眼に対する執着心は有名だが、要するに女である小十郎を独り占めしたいがためにその性別を顕わにしていな いだけで、特に政治的配慮だとかそういうものではないということか。

(なにこの変な家!)

命令する主が主なら、それを聞き入れる家臣も家臣だ。
この場合、むしろ佐助は被害者かもしれない。
たいていの場合、奥州主従に巻き込まれた人間はそういう感想を抱く。知らなかったのが不運としか言いようがない。

「それで」

佐助がぶつぶつと伊達家への疑問を呟いていたら、小十郎が首を傾げながら聞いてきた。

「どうすんだ」
「どうするって」
「俺を抱くのか、抱かねぇのか」

これもおまえがつけたんだろう、と手首を見せられる。そこにはなにもない。が、佐助は一週間前におのれがつけた鬱血のこ とを指しているのだと解った。
小十郎はすこし苦笑いをしながら続ける。

「もう一度言うがな、女抱きてぇなら花街にでも行け。金は出す」
「・・・なんかいろいろ、考えてたのと違うから混乱してんだけど、それじゃあ仁義に反するんじゃないのって一応言っとく」
「おまえさんの為を思ってだ。悪ぃが、俺じゃああんたは満足できねぇよ」

しのびは房術にも優れている者が多い。
もちろん佐助も相応の知識を持っている。男役であれ女役であれ、その手の店の達人顔負けの技術だってある。小十郎はそれ を言っているのだろう。そんなことは佐助とて百も承知だ。

(ばらすよ、って脅しながらやりたかったのになー)

返す返すも惜しい。
この物言いだと、男の形をしているというのに確実に小十郎は慣れている。つまらない、と佐助は思った。技術だけなら最上 の相手など佐助は腐るほど相手にしている。そんなものを求めにわざわざ来たのではない。
それでもわざわざ奥州くんだりまで来て、花街というのも味気ない。とりあえず頂くだけ頂こう楽しみは半減だけどと佐助は 小十郎の手首に指を這わせた。ぴくんと小十郎が体を震わせる。佐助はすこし驚いた。ずいぶんと敏感だ。
小十郎は反応したことに照れるかと思いきや、不思議そうにその手首を見つめたまま首を傾げている。それから想い出したよ うに言葉を続けた。

「ま、おまえが処女抱きてぇっつぅなら、期待に添えるかもしれんが」
「は」
「まさかその年でそんな願望もねぇだろ。そもそも29の処女なんざぁ、自分で言うのもなんだが笑い話だ」

やめとけやめとけと小十郎は笑う。
いっしゅん黙って、それからえーと、と佐助は言った。

「処女」
「おう」
「あんたが?」
「言っただろ」
「・・・・・・・なのになんでそんなに軽いかな!!」

佐助は思わず叫んだ。
小十郎はそれを煩げな眼で見る。なんだ煩ェな、いいだろうが軽い方がおまえさんも都合が良かろうに。佐助はぶんぶんと首 をふる。政宗が執拗に小十郎の性別を隠す理由が分かった気がした。

(この女馬鹿だ!!)

佐助がひどく失礼なことを考えているとも知らず、小十郎は首を傾げながらおい、と佐助の肩を押す。

「どうするんだ、結局。とっとと決めろや」
「・・・・なんかもう面倒になってきたわ、いろいろー」
「じゃあ帰れ」
「それも悔しいじゃないなんかっ」
「訳がわからん。おまえも政宗様と同じような反応をするな」

それはそうだろう。あまりにも危なっかしい。
龍の旦那はあんたを抱いてくれなかったの、と佐助は悔し紛れに言ってみる。耳に入ってくる奥州筆頭のその右眼への傾倒は 相当なものだ。処女であることを驚いたのには、ひとつに政宗の存在がある。何故こんなにも近くにいて、そんなにも大切に 思うのに体をあわせないのか。
佐助の言葉に小十郎はああ、と頷いた。


「だから、どうでもいい」


佐助はいっしゅん、息を飲んだ。
その言葉を紡ぐ小十郎の顔は、まるで能面だった。

「政宗様は俺のことを兄とも師とも慕っておいでだ。
 女としては見ていない。別に不満じゃねぇぞ言っておくが。ただそういうことなら」

必要ない。
女であることに価値はない。

女の体であろうと男の体であろうと、政宗が求めないのならばそれはただの器だ。

「だから好きにすればいい」

小十郎はそう言って佐助の目を見る。
夜を切り取ったように黒い小十郎の目は、深すぎて佐助にはその底が伺えないほどで、









「抱くなら抱けばいい。挿れて出したらとっとと甲斐に帰りな」









佐助は。

















おのれがいつの間にかその底に突き落とされているような気がして、ぞっとした。



 


先天性の女体こじゅとか、需要はあるのか。
まぁこのサイトで需要とか言うのもおかしな話です。ね。
趣味つっぱしりのいつ終わるのか(そもそも終わらせる気があるのか)わからない連載ですがおつきあい頂ければ幸い。


空天


ブラウザよりお戻り下さい