手に入れて奪い取って喰らってやろうと思っていた。
実は捕らわれてたのは自分だったなんて、どんな笑い話だ。
(気付かないよ、だって)
(あれは)
透 明 な 蜘蛛の巣 4
触れられた場所から熱が浸食して溶けていくかと思った。
男の手が伸びてほおに触れる。それにすら熱を持った体はびくりと震え、目の前のしのびはそれにちいさく笑う。屈辱的だ、とは
思った。が、小十郎は伸びてきた男の手を目を閉じて受け入れる。
体が熱かった。
どうしようもなく。
(熱い)
佐助の顔が近づいてくる。
また口づけられるのか、と思ったらぞくりと背中が震えた。嫌悪ではない。
浅ましいことにそれが期待であることに、小十郎はなんとか気付かないようにしようとした。が、佐助の男にしては厚い唇がそっ
とおのれのそれに触れ、やわらかく下唇を挟み込んでくると背筋の震えは全身に広がり、思わず男の肩を掴む。くつくつと佐助は
笑いながら唇をすうと滑らせて小十郎の耳元に移動させた。
「・・・ぅ、く」
声が漏れた。
佐助の舌が耳のなかに入ってくる。生ぬるい感触にひくりと首が反り返った。
「前も思ったけど」
濡れた単衣のうえから胸のふくらみを撫でながら、佐助がささやく。
感度がいいね、と卑猥に笑う声がどういう意味を持つのか小十郎は知らぬ。ただの皮膚の一部であるはずのその場所を触られると
体の熱と疼きがことさらに強くなって息が荒くなった。まるでおのれの体ではないようだ、と思った。佐助の手は無遠慮にそここ
こをまさぐって、そしてその動作のひとつひとつに小十郎の体はうんざりするほど簡単に反応を示す。
ぐい、と袷が開かれたときも、抵抗しようとは思わなかった。
「ここは、白いね」
「・・・あ、あァ?」
「晒しも邪魔だから取るよ」
「やめ」
「熱いんでしょう」
佐助に言われて、小十郎は言葉に詰まった。
未知の感覚を恐れるきもちと、期待が半々でせめぎ合っている。しゅるしゅると晒しが取り払われる。外気にさらされた素肌に、
ぶるりと背筋が震えた。佐助はふわりと小十郎の背に腕を回した。背筋をつう、と指がなぞる。はあ、と息が漏れた。あらわにな
った胸にかさかさとしのび装束が触れて、短い息がいくつか吐き出される。佐助は体を離して、ちゅ、と胸にくちづけた。小十郎
はひくりと体を揺らし、赤毛を掴んで離そうとする。
「てめェ・・・っ」
「いってえ!ちょっと、はげちゃうじゃん!」
「や、め・・、ろっ」
「やーです。どんだけ待たされたと思ってんの?
それにこのままでいいの?ならやめてあげてもいーけど」
くつくつと佐助は笑い、体を離した。
ひゅう、と風が小十郎の体にまとわりついてきて、濡れている体は冷える。冷えた、はずだった。
畜生。小十郎はおのれの体に腕を巻き付けながら吐き捨てる。ちくしょう。佐助はたのしそうにそれをほおづえを突いて眺めてい
る。佐助が触れなくなっても、相変わらず体は熱かった。下肢の奥の方が煮えたぎるようで、小十郎は思わず佐助の名を呼ぶ。な
あに、と佐助は首を傾げた。どうしてほしいの、かたくらのだんな。
「熱い?」
問われて、小十郎は頷いた。
佐助は更にたのしそうに問う。
「どこらへんが」
「お、くが」
「奥、ねえ」
笑いながら佐助は手を伸ばし、小十郎の胸に触れる。
「ここ?」
小十郎は黙って首を振った。
触れられて息はあがる。が、疼くような熱が湧いているのは其処ではない。佐助は指を滑らし、腹をなぞり背をなぞり、そのたび
にここか、と問うた。触れられるごとにあがる息のなかで、小十郎はそのたびに首を振る。佐助の指は更に下に滑って、最後に袴
の結び目のところでぴたりと止まった。にい、と佐助の口角があがる。
「片倉の旦那」
長い指が袴越しに秘部を抉る。
ひう、と小十郎は息を止めた。目を見開いて、空を仰ぐ。
「ねえ」
「・・・ぁっ」
「ねえ、片倉の旦那」
佐助は指を其処から離し、小十郎の肩を両の手で掴んだ。
そして思い切り引き寄せ、おのれの膝を秘部になすりつける。固いもので秘部を擦られて、背筋に電流のようなものが流れた。体
を離そうとして髪を掴むが、力が入らずに逆に佐助の体に密着するような形になってしまう。膝を動かしながら、佐助はひどくた
のしそうに言う。
「熱いのって、さ」
「や、ぃ・・っ」
「ここ、かな?」
「やめ、動か・・っすなっ、あっ」
「ねえ、言わないとわかんねーよ?俺様、わかるまでこれ、続けるしかないんだけど」
「・・・ぅ、んーっ」
声が漏れるので、目の前にある佐助のしのび装束を噛んで堪える。
濡れた袴と秘部がこすれて、じわりとなにかが湧き出るような感触が下肢に広がった。くしゅくしゅ、と濡れた布のこすれる音が
川辺に響く。擦られているうちに布を噛んでいた力も失せて、へたりと小十郎は佐助の肩に頭を乗せた。かすれた声が、膝の動き
と奏するように小刻みに口からこぼれ落ちる。ねえ。佐助が耳元で低く笑った。ねえ、ここでしょ。小十郎は目をきつく閉じて、
それからひとつ頷いた。くつくつ、と、佐助の笑い声が耳をくすぐる。
「きもち、いい?」
「わか、ら、ね・・・ェ、んっ」
「じゃあ、どんな感じ?」
「あつ、い」
「・・・それから?」
「ん、ァ、・・・奥が」
佐助の膝で擦られている部分の、更に奥。
そこがぐらぐらと煮えるようで、どうしようもなく疼く。奥が、どうしたの、と佐助は静かに問う。小十郎はしばらく息を整えて
から、痒い、と言った。違うような気もしたが、それがいっとう近い感覚な気がした。触れずにはいられぬような、そういう疼き
が湧き出るようにそこから広がって、息も出来ぬ。
小十郎は今まで男に抱かれたことはおろか、自慰ひとつしたことがなかった。だからこの感覚をなんと呼ぶのかも、どのような種
類のことなのかも、恥ずべき事なのか否かさえ解らない。ただ痒い、と佐助に縋るように言う、そういうおのれの女々しい声音だ
けは屈辱的だ、と思った。
佐助はひどくやさしい声で、痒いの、と問い返す。
「掻いて、ほしい?」
そう問いながら、しゅる、と袴の結び目を取る。
小十郎は、は、と息を短く吐きながら、佐助の肩を強く掴んだ。ふれらるのだ、と思ったら更に疼きは高まった。ぐい、と緩んだ
袴のなかに佐助の手が入り込む。
「足、開いて」
「・・・ん」
言われたとおりにすると、佐助が顔を赤くする。
「・・・素直過ぎるって」
「は、・・・ぁ?」
「あーもうどうすりゃいいんだよ、俺。抜け出せんのか、マジで」
「なに、言って・・・ぁ、んっ」
「・・・ぅわあ」
ひたり、と秘部に直接触れられて小十郎は目を閉じた。
佐助が驚いたような声をあげている。濡れてる、と言うので小十郎は首を傾げた。川に落ちたときから既におのれの体は濡れ鼠で、
今更驚きの声をあげるようなことでもない。そう言うと、佐助は困ったように笑ったが、秘部に触れた指がつうと動き出したので
小十郎はもうそんなことはどうでもいい、と思った。
くちゅ、と水音がする。今までとは比べものにならぬような、大きい衝撃が体中を襲った。佐助の指が体の奥に入り込んでくる。
ゆるゆると体のなかで動かされるその指に、小十郎は頭を振った。がくがくと背筋が震える。佐助が口づけてくるのを受け止めて、
必死でその首に縋り付いた。
こわい、と思った。産まれてからこんなふうになったことは、一度だって無い。
生理的な涙がつう、とほおを伝うのを、佐助は舌で舐めあげる。
「つらい?」
「・・あ、あ・・・っこ、ぁ」
怖い、と言いたくなるのを我慢する。
そんな屈辱はない。佐助はけれども小十郎の言いたいことが解ったのか、ちいさく笑ってからそれはね、と言う。
「ぞくぞくする、でしょ?」
きもちいいんだよ、と囁く。
「きも、ち・・・い」
「そ。だってさ、ほら。ぐちゅぐちゅいってんの、聞こえる?」
「・・それ、が・・っ、なんだっ、ぁ」
「あんたがきもちいいとね、ここがこうなるんだよ」
「ひぅっ・・・、ば、あんま、り、うごっくっ」
「やーだ。あんたのなか、指入れてるだけで最高にきもちいいんだもの」
ぐちゅ、と殊更に音をたてて佐助が秘部を抉る。
は、は、と短く息をしながら佐助の首に縋る。ぺろ、と首筋を舐められるのにすら、背筋が震えた。きもちいいのか、とぼんやり
と小十郎は思う。ぞくぞくするのがきもちいい、と佐助は言った。だとしたら、快感でひとは死ねるのだろう。佐助の指が二本に
増えて、更にもう片方の手も袴に入り込んで触れてくるのでああ本当に死ぬかもしれねェ、と小十郎はすこし笑った。
「・・・なあ、に?笑うなんて、よゆーですねえ」
「ぇ、っあ・・・やーっ、っく、はっ」
くに、と指で秘部を摘まれて小十郎は叫んだ。
へたりと体から力が抜ける。魂が抜けたような気がした。
そのまま後ろの砂利に倒れ込みかける小十郎を、佐助は腕で抱き留める。ひたりと目が合って、小十郎ははあ、と息を吐いた。佐
助の唇が近づいて口づけてきても、抵抗することもせずに受け入れる。舌を絡めるとまた先ほどまで嬲られていた部分が熱くなる
ような気がした。くちゅくちゅ、と漏れる互いの唾液が絡まる音が一層小十郎をかき立てる。
「・・ん、ふ・・・ァ?」
夢中になっていたら、気付けば佐助の膝のうえに小十郎は乗せられていた。
首を傾げる小十郎に、佐助はにいといやらしく笑う。言ったよねえ、と楽しげに言う。あんたがほしいって、さ。
「貰うよ」
ぐい、と抱き締められて息が詰まった。
驚くほど興奮しているおのれに、佐助は笑うしかない、と思う。
やはり触れれば小十郎の体は他の女に比べれば劣るものでしかない。固いし露出している部分の肌は戦場にさらされてかさついて
いる。鼻先を近づければ汗のにおいがした。香のにおいも、白粉のにおいもしない。だというのに。佐助は小十郎の髪に鼻先を埋
めながら苦く笑った。まるで初めて女を抱いたときのようだと思う。抱き締めてそのまま髪のにおいを嗅いでいたら、小十郎がく
つり、と笑った。佐助は首を傾げる。
「・・・なあに、なんか、おかしい?」
「おまえ」
「うん」
「すげェ、ぜ、むねの、おと」
思わず体を離すと、小十郎と目が合った。
一度達した小十郎の目は赤くうるんでいる。それが上弦に歪んで、おかしそうに笑みの形をつくる。ぞくりとした。いつもは固め
られている髪が乱れ、肌は上気し、好き勝手に蹂躙されたあとだというのに、この女は笑うのだ。解っていないのか、と思った。
小十郎はなにをされているのか、解っていない。髪の先から指先まで情事の痕が残っているのに、笑う顔はまるでいつも通りでど
うしようかと思う。うるさいな、と呟きながら唇を塞ぐ。抵抗するかと思ったら、逆に小十郎は舌を絡めてきたので佐助は口付け
ながら驚いた。目を開くと、小十郎はうっとりと目を閉じている。
「片倉の旦那」
低く、耳元で抱いていいかと問う。
ゆるゆると開いた目が佐助を捉え、くつりと笑う。
「いまさ、ら」
「・・・うん?」
「止めれ、ンのか」
小十郎は佐助の膝に跨るように乗せられている。
ああ、と佐助は声を漏らす。とっくに起立した佐助の生殖器は小十郎の肌越しに伝わっているのだろう。佐助は笑って、無理そう、
と言った。小十郎も肩を震わせて、だろうな、と返す。熱い、と言われて佐助はすこしだけ顔を赤らめた。しのびだというのに、
おのれの性欲さえ支配出来ていないのかと思うと癪だった。あんたのせいだよ、と言っても小十郎は不思議そうに首を傾げるだけ
である。息を吐いて小十郎の腰を持ち上げる。
いいの、とまた問う。
小十郎は首を傾げたまま、どんなだ、と逆に問うてきた。
「挿れたら、どうなる」
「どう・・・って」
「熱くて、堪んねェんだが、な」
おまえ、さますっつったろう。
そう言いながら、小十郎は佐助の頭に腕を回し、はやくしろ、と笑う。
かあ、と体が熱くなった。
「・・・・っくしょ、誘ったのはあんただからな!」
「あァ?・・・っはあっ」
強引に小十郎の腰を生殖器のうえに引き下ろした。
ずぷ、と濡れた音をたてて小十郎の秘部に佐助の生殖器が突き刺さる。
「・・・っぅわ」
思わず声が出た。
小十郎は突然の衝撃に、ひくひくと目を見開いて収斂している。
ほとんど息の仕方も忘れているような小十郎に、佐助は舌打ちをした。ほんとうならもうすこしゆっくりと進めるはずだった。ぶ
つりとなにかを突き破るような感触がしたのは、処女膜を突き破ったそれだろう。はじめてなのだ。忘れていた。
ごめん、と呟きながら生殖器を抜こうとする。ずず、と小十郎の内側とそれがこすれてため息が出るほどにきもちがいい。が、急
過ぎては処女である小十郎が快感を得ることはできない。房術の心得もあるしのびの沽券にかけてもそれは許されない、とおかし
な理屈を佐助は思い浮かべた。余裕のないおのれへの言い訳だとは、なんとなく気付きつつ。
(一度抜いて、それからゆっくりまた挿れたほうがいいよな)
ずるりと最後まで引き抜く寸前に、がしりと腕を掴まれた。
「え」
「・・・な」
「かたくら、の」
「ぬく、な・・・ァ、あほ、う」
小十郎は短く息をしながら、みずから腰をあげる。
ふたたび熱く滑った感触に包まれて佐助は眉を寄せた。小十郎も苦しげに顔をしかめている。ちいさく笑って、辛いでしょうと言
えばゆるゆると首を振る。それから大丈夫だ、とうすく笑う。
いいから、と言われて我慢できるほど、理性はなかった。
「ひ、やぁっ」
高い声が小十郎からあがる。
構わず佐助は小十郎の腰を持ち上げ、下ろす。濡れた音が接合部からもれる。
小十郎のなかは眩暈がするほどに心地いい。随分と長い間待たされたからこんなふうに感じるのか、それとも小十郎との体の相性
がいいのか、それは解らぬけれど、今までに抱いたどの女よりよかった。突き入れればぬるりと包み込み、抜こうとすると締め付
けてくる。なんておひとだろう、と佐助は小十郎の腰を上下させながら笑う。小十郎は佐助が笑うそのちいさな動きにすら反応し
て短い声を漏らす。
「あぁ、・・っく、ぃっ、はあ」
「きもち、い?」
「んっ・・・あ、は、は・・・」
「ね、いい?」
佐助の問いに、小十郎はこくこくと黙って首を上下させる。
こんな体が三十年、誰にも触れられずに居たのかと思うと佐助はこのまま抱き締めて、折ってしまいたいような感覚に襲われた。
盲信しているあの伊達政宗でさえ、触れていない片倉小十郎のいっとう奥を今おのれが握っている。見たことがあるか、と佐助は
小十郎の赤く染まったほおを見ながら思った。
なあ、あんたは見たことがあるのかい、独眼竜。
(てめぇの右眼が、こんなふうになるってことを)
知っているか。
常の、男と変わらぬような低音とはちがう高い声が佐助の名を呼ぶ。
夜色をした切れ長の目が欲に濡れててらてらとひかり、普段はさらさぬ部分の肌はしろくて、触れれば吸い付いてくる。他の女と
比べることなど無意味だ。戦場で鬼のように刀を振るい、返り血を浴びてせせら笑う片倉小十郎がこうやって乱れるというその事
実こそが佐助をこんなに熱くさせている。
「・・・っん、は」
小十郎が手を背中に回して、縋り付いてくる。
佐助はそれを受け止めながら、劣情とはちがうなにかが胸のうちを熱く満たすのを感じて舌打ちをする。背中に回った指はかたか
たと震えていて、どうしようもなくいとおしかった。
いとおしい、と思ってしまった。
だから嫌だったんだ。佐助は貫くたびにおのれを包み込むやわらかい肉の感触に耐えながら、思った。こうなるような気がしてい
た。小十郎の手首に痕を残した。あれはおのれの存在を刻んで、この女を捕らえるためのものだったはずだった。
それがこの様かと佐助は笑う。
(みっともねえったら)
一際奥を抉り込むように突き刺すと、小十郎はひゅ、と息を飲む。
「・・・・っひ、あぁ」
「・・・っく、ぅ」
「ぅんっ、や・・・はあっ」
なかが締め付けてきて達しそうになるのを、急いで生殖器を引き抜いて耐えた。
ずる、と抜き終わったところで佐助も思わず吐精する。小十郎の腹に白濁液が飛び散って、その熱い感触に小十郎が息を吐いた。
互いの荒い息の音が耳を荒らしてきて、小十郎の上気したほおを見ていられなくて佐助は強引に抱き寄せる。強く抱き締めると、
耳元で小十郎がはあ、と吐息を漏らすのが聞こえた。だらりと左右に垂れ下がった小十郎の腕が、ゆるゆるとあがって佐助のしの
び装束の端を掴んでいるのがちらりと視線に入って、佐助は低く呻いた。思わず体を離した。
離せなくなりそうだ、と思う。
ただの女だ。そう思おうとすればするほど、小十郎のすべてがやけにいとおしくて、佐助はほとんど気味が悪いような気さえした。
小十郎はまだすこし蕩けた目をしながら、不思議そうに佐助の放ったものを指で掬っている。なんだこれ、と問われて佐助は疲れ
た笑いを浮かべた。
「それ、あんたの中に出しちゃうとややが出来ちまうんですよ」
「ほう、これがな」
「まぁ、きもちいいと出ちゃうもんってとこ?」
「じゃあ」
「うん?」
「おまえも、よかったのか」
真顔で聞かれて佐助は顔を引き攣らせる。
「・・・すげー直球だなぁ、相変わらず」
「聞かれたことに答えろ」
「そうですねえ・・・まあ正直、相当よかったかねえ。
あんたよくそれで男ナシで三十年やってこれたなあって感じだわ。
俺も相当場数踏んでるけど、そんなかでもダントツ」
手管が拙いのは、仕様がない。
けれど房術に長けたしのびである佐助にしてみれば、そんな手管を持った相手など山の数ほど相手にしてきている。そんな相手に
今更興奮することはない。逆に拙い小十郎の仕草がひどく佐助にとっては扇情的だった。声を耐える仕草も、はじめての感覚に戸
惑う表情も、情事の最中に見せているとは思えぬその笑みも、全部が全部佐助を誘うために存在しているかのようだった。
小十郎は乱れた衣服をただしながら、そうか、と頷く。袴をつけ、髪を撫でつけ、まだふらつくだろうに立ち上がる。
「もう帰るの」
驚いて声をかけると首を傾げられる。
「終わったんだろ」
「そうだけどさ」
「そろそろ帰らねェと、政宗様の夕餉の時間に間に合わん」
「・・・・あ、そーですか」
「おまえも暗くならんうちに城下にでも宿を探すんだな」
ひどくつめたい声でそう言い放たれる。
まるで別人だ。佐助は息を吐きながら立ち上がり、伸びをした。
「あんたの館にゃ泊めてもらえねーの」
「ほざけ、阿呆」
「やれやれ、随分冷たいこって」
こんなに可愛がってあげたのに、と戯けて小十郎の手首を取った。
また口づけて、吸い上げる。唇を離して、俺なしであんた平気なの、と笑うと小十郎もちいさく笑った。平気だ。へえ。佐助はち
くりと苛ついた。いい思いをさせてやった自覚はあった。手首を離して、さっきはあんなにかわいかったのにな、と言うと小十郎
はやはり笑ったまで、それが欲しいなら。
それが欲しいなら、と言って佐助が口づけた手首をぺろりと舐めた。
目を見開くと小十郎がまた笑う。
「来ればいいだろう。いつでも」
俺もまた欲しい。
娼婦のようなことを言う。そうしながらも小十郎の顔はやはり龍の右眼のそれで、ひとを誘うような色は欠片も見受けられない。
佐助は息を飲んだ。小十郎の体はもう女としてのおのれを自覚したはずで、けれど驚くほどに小十郎それ自身は、その体に対して
頓着していない。しのび如きに抱かれて矜持を傷つけられぬ武士など居まい。
小十郎はしかし笑って、また抱けばいい、と言う。
俺が抱かなかったらどうするの、と佐助は問うた。
小十郎は不思議そうに首を傾げる。
「他の男を捜すさ」
「・・・は」
「おまえがもう、来ないんだろう。だったら」
「それ、って、誰でもいいって、こと」
「あァ」
誰でもいい、と言う。
思わず佐助は小十郎の肩を掴んだ。指が震えた。
おかしいだろう、と叫んでやりたかった。
小十郎は訝しげに佐助を見ている。
佐助は何も言えずに黙りこくったまま、ただ小十郎の肩を抱く。おかしいよ、と胸のうちだけで叫んだ。佐助はしのびだ。そうし
なくてはならないなら誰とでも寝る。抱かれることも抱くことも、佐助にとっては仕事の一環でしかない。だから、だからこそ、
そうではない人間が羨ましかったし憎らしくもあった。
小十郎はそうではない人間のはずだ。抱くことも抱かれることも、おのれの意思で、おのれの感情を表すために使うことの出来る
道具のひとつとして、持つことを許された人間のはずだ。
それを放り投げる小十郎に、佐助は戦慄をおぼえた。
(どうでもいいのか)
おのれのからだが。
政宗のことばを思い出した。あいつの女は、もうあいつの物ではない、と独眼竜は言った。
それはこういうことだったのだろうか。小十郎はもうとうに女を捨てて、それを今更に佐助が自覚させたところでそれがどれだけ
の悦をあの女に与えようとも、意味はない。小十郎にとって、政宗が触れぬのなら他の誰が触れることも同列で、屈辱も矜持もな
にも関係がないのであろうか。
おかしいよ、と声が漏れた。
小十郎は表情を変えぬまま、なにが、と言う。なにもおかしいことなどない、と言う。抱きたいなら抱けばいい。おまえがもうい
いと言うのなら、他の相手を探そう。どうだっていい。この体はどうせ、器だ。おまえのせいでおかしな体になっちまったが、そ
れがなんだ。抱かれようが壊されようが、俺が生きてあのお方のおそばに居ることさえ出来りゃァ余所事だ。相手がおまえだろう
と罪人だろうとなにが変わるッていうんだ。
ああもういい加減にしろ、離しやがれ。
「政宗様が」
待ってンだよ。
佐助は離れていこうと胸に手を押し当ててくる小十郎を強く抱き締めた。
わかったから、と必死で言う。
「俺が、来るよ」
「・・・・あァ?」
「俺が来て、あんた抱くから」
抱き締めると、小十郎の体はこつこつと骨の感触がする。
どうでもいいものなのだろう。小十郎にとって、これは。佐助は殊更に強く抱き締めながら、ひろい肩の硬い感触を感じて、これ
が誰か他の男に触れられると思うだけで煮え立つような苛立ちを感じるおのれに吐き気をおぼえた。
捕らえよう、などと思うことがそもそもきっと間違えだったのだ。
「他の男に、触れさせないで」
愛じゃない。
劣情だけでもない。
独占欲など持ちようもなく、ただそれでも佐助は小十郎を抱き締めたくて仕様がなかった。
(あんたは、女じゃないか)
抱き締められて、愛されて、慈しまれるために産まれてきた筈ではないのか。
それを知って、最初は驚いた。次に笑えて、それからすこしだけ同情した。かわいそうな生き物だと思った。興味が沸いたのはお
かしな生き物だと思ったからで、事実小十郎はひどくおかしい。滑稽で、かわいそうで、強くて痛い生き物だ。女として生きるこ
とを許されぬあわれな女は他にも居よう。けれど彼女たちは、いつだって叫んでいる。ほんとうは愛して、愛されて、慈しまれて
女として生きたいんだと叫んでいる。
小十郎はそれさえ望まない。
せめて望んでくれていたなら、と佐助は呻いた。
そうしたら抱き締めたら手に入ったかもしれない。抱けばその奥に触れられたかもしれぬ。
なのに小十郎は、張り詰めた弦のような危なっかしい鋭さで荒野の真ん中でひとり突っ立っている。
変な男だな、と小十郎は言う。
佐助は笑いながら、あんたほどじゃないさ、と諦めたように笑った。
たったひとりで、体すら棄てて、ただ龍のために生きる女がいとおしくてかなしかった。
次
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きっちり三ヶ月放置しちゃいました。あうあう。
ほんとすいません。エロばっかで話進んでなくてすいません。つーことであとちょっと続いちゃいます。
空天
2007/04/04
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