蜘蛛の巣。
一度絡まれば二度と離れないで、粘つく粘液ですこしずつ溶けるように殺される。
それは、透明な蜘蛛の巣。
透 明 な 蜘蛛の巣 7
片倉小十郎は、目を瞬かせた。
目の前で主の伊達政宗が、刀を抜いてその切っ先をおのれに突きつけている。溜まった政務につい先ほどまで唸ってい
た主が、急に三白眼の目をひどくつめたいいろに染めてこちらを凝視している。小十郎はこくりと喉を鳴らし、それか
ら動揺している胸のうちを覚られぬようにできうる限りの淡々とした声で、如何致しましたと問うた。
政宗はほおづえをついたまま、笑いもせずにただ小十郎を見据えている。
「――――――Too complex」
ほそい息と一緒に言葉が漏れた。
「なァ、小十郎よ。俺の右眼ってなァ、そんなに腑抜けた顔をしていたか」
刀の切っ先が鼻先を離れ、首筋に当てられる。
小十郎は何も言わず、ただおのれの主の視線から目を外さぬように堪えた。ひんやりとした金属の感触が首に当たって
背筋が震えた。腑抜けですか、と言うと、政宗はひどく不愉快げに顔を歪めてああそうだ、と頷く。
刀がすいと離れる。代わりに政宗の手が伸びてきて、左ほおの傷に触れた。こじゅうろう、と名を呼ぶその声はやさし
げであったけれども、吊り上がった目は戦場でのそれのように鋭くつめたい。
なァ小十郎、と政宗は言う。
「俺がもし」
「はい」
「抱かせろと言ったら、おまえは抱かれると前に言ったな」
「言いましたな」
「今もか」
今も、それは変わらねェか。
小十郎は間髪入れずに頷いた。
主が望むものであれば命でも体でも差し出す。そのことに一瞬の迷いとてあるはずもない。政宗はつめたい目のままく
つりと口先だけで笑い、そうだろうなァ、と言った。そうだろうなァ、おまえは。
「望みはないのか」
なにかないのか、と政宗は続ける。
小十郎は首を傾げた。政宗の声はどこか必死なように聞こえた。縋るような、おさない頃のそれのような、切実ないろ
を含んだ声だった。小十郎はしばらくの間じいと主の目を眺めてから、ございます、とゆっくりと言った。
「小十郎は、政宗様の天下を見とうございます」
「知ってる、そんなことは」
「それ以外、でございますか」
「あァ、無ェのか」
「ございません」
政宗の目が歪む。
小十郎は眉を寄せた。おのれの言葉が主の意に添わなかったのだということだけが解る。なにがいけないのかは解らぬ。
けれども、なんと問われようともそれは雑じり気の無い事実であった。望みなど、それしかない。それ以外など持つ余
裕もない。天下を望むなどそれだけで、ひとが聞けば笑うほどの夢語りだ。しかし、小十郎は政宗にならばそれが可能
だと確信している。
おのれはその為にのみこの世に在るのだとも、知っている。
小十郎は政宗様の天下の為にのみ、己がこの身存在すると思うておりまする。小十郎は主の目を見返しながら、淡々と
そう言った。その言葉に、政宗は歪んだ目を文机のうえに落とし、それから仰々しく笑い声を立てる。
「俺も舐められたもんだなァ、おい」
だん、と机にてのひらが置かれる。
書状や筆がぱらぱらと文机のうえから落ちた。
「天下を獲る。当たり前だ。今更だぜ、小十郎。
おまえはそれが、俺にとって随分とHeavyだと思ってるらしいな、Don't you?」
「事実、簡単ではありますまい」
「簡単だ」
俺は龍だぜ、と政宗は口角をあげる。
慢心なさるなと小十郎は言おうとして、口を開こうとする。が、それは政宗のてのひらによって阻まれた。口を政宗の
てのひらが覆っている。ひどく近くに主の整った顔が迫っていて、小十郎の目が見開かれた。簡単だ、と政宗はまた言
った。簡単だ、小十郎。天下を獲るなんざァ、そう大仰なことでもねェ。
「俺はそんなものの為だけに、てめェの右眼を縛る気はねェ」
おまえは俺の右眼だ。
政宗は言う。小十郎は頷いた。
吊り上がった目が笑みの形に歪み、唇が下弦の月のように歪められる。
「俺は天下が欲しい。が、他のものも欲しい。
欲しいものにLimitを作る気は更々ねェ。そんなことは、龍がすることじゃあねェからだ。俺は欲しいものは全て手
に入れるぜ。おまえも勿論そのなかに入っている。
女も天下も世界もおまえも、俺は一つだって諦める気はねェ」
「――――――小十郎は元よりあなたさまのものです」
「知っている」
「抱きますか」
「抱かん」
政宗は手を小十郎のほおから離して、立ち上がる。
おのれの右眼を見下ろして、政宗はにいと笑いながら情けねェ面を晒すな小十郎、とせせら笑った。
「俺の右眼に恥ずかしくない形で居ろ。
欲しいものなら全て手に入れな。躊躇ってんじゃねェよ。あんまり俺を見損なうな」
武田のしのびくれェ、引っくるめててめェのものにしてやるさ。
政宗は大きく笑い声を立て、政務は仕舞だと言って座敷を出て行った。小十郎はそれを黙って見送って、それから散ら
かった辺りの光景を見て息を吐く。それを片付けながら、主に触れられた左のほおに手を触れた。つめたい感触がした。
何を言っているのだろう、と思った。政宗の言っている言葉がよく解らぬ。
「たけだの、しのび」
小十郎はつぶやいて、文机にてのひらを押し当てた。
会わなくなって二月が経った。既に奥州でも桜は咲いて、そして散った。
甲斐にあるという早咲きの桜など尚のこともうとうに散っているだろう。あんたに見せたかったんだ、と言う男の低い
声の響きが耳の奥にふいに蘇ってきて、小十郎は眉をひそめた。
書状がてのひらの下でぐしゃぐしゃと歪んでいる。
ほしいもの、とつぶやく。欲しいもの。政宗はそれを手に入れろと言う。小十郎にはすこしも理解が出来なかった。な
にもない。ほんとうに、なにもないのだそんなものは。
武田のしのびを欲しいと思ったことなどない。
文机の上のてのひらを肩に添える。二月前はざっくりと刻まれていた傷は既に癒えて、しかしまだ痕は残っている。消
えることはあるまい。そういう傷で小十郎の体は満ち満ちている。こんな体を抱きたいと言って抱いたあの男は、呆れ
た痴れ者よと小十郎は笑ってしまいたくなる。
笑える程に滑稽でしかない小十郎を、猿飛佐助はかなしいと言う。
かなしい。
それはどういう意味だろう。
かなしいという言葉には色々な意味がある。悲しい。哀しい。愛しい。
小十郎はそのどれも感じたことがない。伊達政宗という龍に寄り添うにあまりに卑小なおのれの身のうちに、留めてお
ける感情などそう多くはない。すくない感情はすべて主へと向かい、あとに残るのは屑のような残り滓のみである。
佐助はその残り滓を欲しがっているのだろうか。
「――――――物好きなことだ」
つぶやいて、小十郎は立ち上がった。
障子を開いて、外の空気を吸い込む。皐月の空気は緑のにおいがした。
生ぬるい春の温度が体を包んでくる。小十郎はふるりと背を震わせて、肩を抱いた。あの男のことを恋うているわけで
もないし、欲しているわけでもない。さっき政宗に言われるまで、その名前すら思い出すことはなかったのだ。
けれども、小十郎はふと肩を抱きながら思った。
そういえばおのれはあの男に抱かれてから、まだ誰にもこの身を預けてはいない。
情交という行為は、今まで感じたことのないような悦を与えた。
知らなかっただけで、知ってしまえばきっとそれから離れられなくなると小十郎はぼんやりと思っていた。だからこそ
通ってきている佐助を拒まなかったのだろうと理解していた。あの男は的確に小十郎に悦のみを与える。けれども、そ
れだけだ。それだけであろう。
あれが居なくなれば他を当たろうと小十郎は思っていた。
おのれは女として不完全で、滑稽で、美しくもなければ若くもない。
それでも体は女だ。ならばそれだけでもいいと言う男はいくらでも居るだろう。おのれの尊厳を汚されることはどれだ
けの由があったとしても小十郎は決して受け入れぬけれども、体はべつだ。それは器で、小十郎とはべつのものだ。
器を汚す程度で悦が得られるのならばそれもまたいいだろう――――――と。
思っていた筈であったのだ。
軽い痛みが肩にはしった。肩におのれの爪が食い込んでいる。
さるとびさすけ、と小十郎は男の名前を呼んだ。
あの男以外に抱かれるおのれが、驚くほどにすこしも想像できなかった。
佐助は目の前の光景にしばしおのれの目を疑った。
流れるような黒い髪、おなじいろの切れ長の目、浅黒い顔のいろはしかし、衣服のしたに在る肌は目が醒めるほどにし
ろいことを佐助だけが知っているのだ。こくりと喉が鳴る。天井裏のかすかな穴から下の座敷を覗きながら、佐助はち
いさく、じょうだんだろう、とつぶやいた。
「――――――なんで」
居ンだよ。
主の前に、片倉小十郎が頭を下げて畏まっている。
真田幸村は書状を読んでいる。小十郎はゆるゆると頭をあげる。佐助は見ていられなくなって、穴から視線を外した。
天井裏で体を起こし、口元に手を置く。胸のあたりがやたらと騒いでいるのがおのれにもよく知れた。
二月だ。もうあの女と顔を見合わせなくなって、二月が経つ。もう二度と会うまいと思っていた。そしてそれは、佐助
が奥州に行かねば簡単に実現するであろうと思っていた。
まさか小十郎が甲斐に来るなど考えたこともなかった。
「片倉殿、使者のお勤めご苦労でござる」
「いえ」
主の労りの言葉に応える低い声が佐助の耳に否応なく入り込んでくる。
叫びだしたいような心地になった。やめてくれと思った。なんであんたがここにいるんだ。かえってくれじょうだん
じゃあないよ。幸村が小十郎に、座敷を用意させておりますゆえそちらへ、と言っている。小十郎はそうさせていただ
きます、と返す。頭を下げたのだろう。すこしだけ声が篭もった。
衣擦れの音がする。板間を擦る音がして、そして消えた。
「なんで」
佐助はまたつぶやいた。なんでいるんだ。
しばらくそうやって天井裏で固まっていると、下から幸村の声がしたので佐助はすたりと降りた。幸村は書状を手にし
たまま、客間に向かえと一言言った。佐助は眉をひそめる。
「なんでまた」
「うむ。片倉殿がお呼びだ」
「――――――俺を、ですかい」
「そうだ。お呼びだぞ。そなた、何かしたのか」
幸村が訝しげに問う。
佐助は舌打ちをして、俺様のほうが聞きてえくらいだよと返す。
意味が解らない。あの女はなにを考えている。佐助は混乱して、板間に軽く爪を立てた。幸村がそれを覗き込んで、気
を病んだ猫のようだな、と言う。顔をあげておのれの主をぎろりと佐助は睨み付けた。
なにかあったのか、と幸村が問う。佐助は黙り込んだ。なにか。
「なにもありゃあしませんよ」
笑う。
ほんとうになにもなかったのだ。
幸村の前から退がり、小十郎が居るという客間に向かいながら佐助は乱暴に髪を掻いた。
正直に言って、別れてからあの女のことを忘れたことはない。思い出すという行為が出来ぬほどに忘れられなかった。
どの女を抱いてもやわらかく芳しい肌が苛立たしく、おのれの肌にまとわりついてくる艶やかな髪が鬱陶しく、やたら
と高い声が耳に煩わしかった。この世のなかにはいくらでも美しくやわらかくやさしい佐助だけを見てくれる女が居る
というのに、どうしてあの女だけがこんなにもいとおしいのだろう。
佐助は髪を掻きながらくつくつと笑った。
馬鹿馬鹿しい。とんだ道化でしかない。
小十郎は佐助を見ない。
佐助どころかおのれすら見ない。
愚かしいほどに佐助は小十郎に捕らわれている。
もう二度と会いたくなかった。会えばどうせまた欲しくなる。欲しがったところで視線すら向けてこないものをまた欲
するのはあんまり虚しい。なんで居るんだ。もう何度目になるかわからぬそれをつぶやいて、佐助は深く息を吐く。
小十郎の居る客間の襖の前で、佐助はしばらくの間突っ立って天井を仰いだ。
「居るんだろう」
声がかかる。
背筋が震えた。
居るんだろう、とまた同じく声がする。低い声だ。男とも女とも取れる。佐助はからりと襖を開いた。
障子窓の近くに膝を崩して小十郎は佇んでいた。佐助が襖から入ってくると、視線を向けてくつりと笑う。桟に肘をつ
いて、おかしなものだな、と言う。
「おまえが其処から入ってくるのを、俺は初めて見た」
「――――――しのびですンでね」
「成る程な、ところで」
久しいな、と小十郎は淡々と言う。
佐助は口角をあげて、そうでしたかねえ、と肩を竦める。
二月か、と小十郎が言う。佐助はそれには応えず壁に背を寄せて座り込んだ。二月。その通りだ。それを小十郎が認識
しているという事実に佐助はかすかな喜びを感じ、そのことに更に大きな苛立ちを感じた。餌をふらふらと揺すられて
それに食いつく犬のようではないか。泣ける程に安い男だ、と佐助はかすかに笑った。
「それで、何の御用ですか。
俺様もそう暇じゃあないンでね、できりゃあとっとと済ませてくださりゃあ有り難ぇんだが」
「ひとつ」
小十郎はちいさく言う。
「聞きたいことがあって来た」
「聞きたいこと」
「あァ」
小十郎の目が佐助にひたりと向けられる。
夜の色だ。佐助は小十郎の目を久し振り見て、相変わらず吸い込まれるような心地になった。小十郎は視線を佐助に合
わせたまま、そのまえにあれを見せてはくれんか、と言う。
「早咲きの桜を」
ちらりと小十郎は笑った。
佐助は胸のあたりを知らず掴む。
そして必死で笑って、もうとうに散った桜でよけりゃあ喜んで、と頭を下げた。
一本突っ立っている桜は青々と緑をつけて、皐月の風に揺られている。
小十郎は佐助に先立ってその傍らに歩み寄り、巨木の皮にひたりとてのひらを押し当てている。小十郎は確認するよう
にそれを撫でて、温いな、と言った。木にも命はあるからね、と佐助は適当に応えた。
感心したように小十郎は腕を組み、木を見上げる。
「散ってしまえば、これも他と変わらんな」
「そりゃあな。行き着く先は、どれも変わらねえですよ」
「そうか」
「そうだろ」
佐助は小十郎の後を追い、小十郎の触れていた表皮に触れた。
あんたは何をしに来たんだい、と佐助はうんざりした声で問うた。小十郎は視線を上に向けたまま、なんだか解らなく
なっちまってな、とつぶやく。そして黙り込んでしまった。佐助はしばらく小十郎の続きの言葉を待ったが、なにも出
てこないので息を吐いて髪を掻きむしった。
上を見上げた小十郎の首が晒されている。よく焼けた喉は、それでも女のそれで真っ直ぐにすうと伸びて胸元にまで届
いている。こくりと喉を鳴らす。あんなものに何故劣情を突き動かされるのか些っとも解らないけれども、佐助は腹の
下のあたりがふつふつと燃えるような感触に頭が痛くなった。
その感触を誤魔化すように、佐助は笑い声をたてて小十郎の顎に手を伸ばした。
「俺が居なくなってから何人の男に抱かれたんだい。片倉の旦那」
顔を近づける。
小十郎の目はちらりとも動かなかった。
佐助は苛立たしくて、細いその顎の骨を砕いてやりたい衝動に襲われた。
さぞやたのしかっただろうね。佐助は笑いながら指を滑らせ、耳の下に添える。ひくりと小十郎の肩が揺れた。相も変
わらず敏感な女の体がひどく癪だった。そうやって他の男に抱かれたのかと思うと頭がくらくらとして眩暈がする。
どうなのさ、と佐助は殆ど口付けそうな程顔を近づけて、小十郎の背筋に指を這わせる。小十郎の目が閉じられた。抱
かれたんでしょう、何人、何回、ねえ聞いてんのかよ。
指を背筋から腰に落とし、するすると腿を撫で回す。
かくりと小十郎の膝が落ちた。
「俺じゃなくても満足できたの」
「――――――抱かれ、て」
「うん」
「抱かれてねェ」
「は」
「誰にも」
抱かれてない。
小十郎の目が開いた。
夜色の目のなかに佐助が映り込んでいるのが見える。
「おまえ以外には抱かれていねェ」
かあ、と全身に熱が回った。
思わず小十郎を突き飛ばして、佐助は退く。突き飛ばされた小十郎は木に手を掛けて倒れるのを防いでいる。佐助は荒
く息を吐いて、目を見開いたまま乾いた笑い声を立てた。
あんたなに考えてるんだ、と佐助は笑いながら震える声で言う。
「俺を弄ぶつもりで来たならお帰りなさいよ。
言っておくけど、俺はあんたを抱きたいと今でも思ってるんだぜ。そんなこと言って男が黙っていると思ったらえら
い思い違いだよ。あんたは確かにお強いがね、抱こうと思えばできねえことはないんだよ」
「抱かないのか」
「――――――いい加減にしてくれ」
絞り出すように佐助は唸った。
「あんたは俺になにが言いたいんだよ」
佐助は木に手を突いた。
小十郎を封じ込めるように両腕を突く。小十郎は何も言わずに佐助を見上げている。
何だか解らなくなっちまった。小十郎はつぶやいて、首を傾げる。解らん。夜色の目は迷うようないろなど含んでいな
いのに、声はとまどいを含んでいる。佐助は思い切り眉を寄せて、口元を歪ませた。
なにがわかんないって、と佐助はつぶやいた。
小十郎は視線をちらりと落として、てめェがだ、と返す。
「政宗様が」
「独眼竜が、なに」
「欲しいものは手に入れろと仰る」
落ちていた視線があがる。
そして薄い唇が開いた。
「俺はおまえが欲しいのか」
なぁ、解るか。
小十郎は不思議そうな顔で問いかけてくる。
佐助は絶句した。そのまましばらく目の前の女の顔を眺める。小十郎の顔は変わらなかった。
欲しいのか、とまた小十郎が問う。佐助はひくりと指を動かした。そして額を小十郎のそれに付けて、あんたはどうな
んだよと震える声で問い返す。小十郎はしばらく黙ってから、解らん、とまた言う。
ただ、とその声が続けた。
「他の男に抱かれるのが、想像できん」
佐助は顔を歪めて、そのまま小十郎に口づけた。
久し振りに口づけたそこは、やはりやわらかくもなければ滑らかでもなかった。ただ熱かった。鼻に抜けるような声が
小十郎の口から零れる。最初はちいさな口付けを何度か落とし、小十郎がそれを拒まぬと解ってから食らい付くように
噛みついた。落ちそうになる小十郎の腰に手を添えて、乱暴に木に押しつける。
小十郎の手がかすかにあがり、ちいさく抵抗するように胸に押し当てられる。
「や、め」
「ねェよ」
佐助は笑って、今度は喉に噛みついた。
軽く歯を立てると小十郎がちいさく悲鳴を上げた。食い破られると思ったのやもしれぬ。佐助はくつくつと喉の奥のほ
うで笑い声をたてて、唇をそのまま下に落としていく。鎖骨をなぞり袷を開き、晒しを歯で解いて顕わになったふくら
みを乱暴に掴んだ。
「ッ、ふぅ」
「敏感だねぇ、相変わらず」
「おまえ――――――外、だぞ」
「最初も外だっただろうに、今更何を仰るんだか」
笑いながら佐助は小十郎の股の下に膝を差し込んだ。
ぐ、と秘部を押し上げるように膝を擦りつける。小十郎の手が佐助の肩にふるふると震えながらかかった。ふくらみを
撫でながら唇をそこに移動させ、手は代わりに袴の結び目に移す。先端を口に含むと肩に爪が食い込んできた。その痛
みに佐助は喉の奥を猫のように鳴らして笑う。
袴を解いてするりと落とす。下帯をずらして秘部に触れた。
「は、は――――――ぁ、あ」
「もう濡れてンじゃねえかよ」
「う、ぁ」
「ぐちゅぐちゅいってる」
指を潜り込ませる。
熱い感触に佐助は喉を鳴らした。小十郎はひくひくと震えながら佐助の頭に縋り付いている。耳元で切なげな吐息が漏
れると、佐助は下腹部がますます熱くなるのとおんなじように、鼻先がつんと痛くなるのを感じた。
抱いている間だけは、この生き物は佐助のものだ。
指を増やして、濡れきった秘部を掻き回す。
小十郎がか細く悲鳴をあげる。もういいと言う。佐助は何も言わずにふくらみを舌でなぶって、指で秘部を掻き回すこ
とでそれに返した。親指で陰核を押しつぶすと、小十郎の額が肩についた。
「さ、るとび、ッ」
「ん―――なぁ、に」
「いつまで、弄くってるつもり、だ―――――ぁ、は」
「欲しいって言いなよ」
「は、ァ」
小十郎の顔があがって、眉が寄せられる。
目尻にはかすかに涙が滲んでいた。佐助はそれを舐め取って、ねえ言いなよ、とまた言った。
小十郎は何かを言おうとしているのか、かすかに唇を開く。が、そこから出てくるのは意味を成さぬ声ばかりで、一向
に佐助の望む音にはならない。佐助は笑いながらおのれの袴を解いて、性器を小十郎の秘部に押し当てた。
「言いなって。欲しいでンしょうに」
「うぁ、さる、と、てめェ――――ひぅ」
「言えよ」
先端だけなかに潜り込ませる。
小十郎が息を飲んだ。目が見開かれる。そのままに体の動きを止めると、もどかしげに小十郎の腰がうごめいた。腰を
下ろして佐助の性器をなかに入れ込もうとしている。佐助は痛々しげに目元を歪めて、一息に性器をそこに挿れた。
ずくり、と肉が肉を貫く音が体を通して響く。
「ひ、ぃ、ぁああッ」
「――――――言えよ」
「あ、あぁ」
小十郎の体が収斂している。
佐助はそれをきつく抱き締めた。魚のように跳ねる体を軋むほどに抱き締めて、目をきつく閉じて包み込んでくる熱の
感触に耐えた。ぬるつく肉の感触に息が零れる。ひくついている指先に指を絡めて、木に押しつけた。
黒い目が潤んでいる。佐助はそれ見据えながら口角をにいとあげる。腰を突き上げるように動かして、小十郎の体を上
下に揺さぶる。鳥が鳴いている声が耳に入り込んでくる。葉のにおいが鼻をつく。それとおなじくして小十郎の汗のに
おいと秘部と佐助の性器が擦れる水音がする。頭がどうにかなりそうだった。
浮かされるような頭で、佐助は幾度も幾度も欲しいって言えよ、と言った。
小十郎はなにも言わない。
言うことがかなわない。乱暴に揺さぶられて陸の魚のように口を開きっぱなしにしている。
幾度か小十郎は達したようだった。体が震え、力が抜けている。それでも佐助はおのれの熱をなかから抜かなかった。
体の動きを止めれば小十郎はおそらく佐助の望む言葉を零すのだろう。しかし佐助はそれを許さず、ただ声をあげさせ
ながら幾度も問うた。欲しいんでしょう。欲しいんだろう。
だったら言ってよ。
「俺だけが欲しいって、言ってよ」
そのうちに小十郎は意識を飛ばして目を閉じた。
だらりと倒れ込んでくる体を抱き留めて、佐助はその肩に顔を伏せてすこしだけ泣いた。
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