ツンデレ本人によるデレの詳細説明


     


 






















もっとも佐助も阿呆ではないので、それなりに真剣に考えたのである。
小十郎が言うところの「そのつもり」について、佐助はそこそこ時を費やして考えた。巡りが悪いとは
一度も思ったことのない頭を使って、そこそこ、それなりに、かなり本気で考えたのである。仕事の合
間だとか主のおもりの最中だとか、欲を手っ取り早く晴らす為に女を抱きながらだとか、兎も角佐助は
考えた。小十郎は「そのつもり」でなければ来るなと言った。ならばきちんと考えなくてはならない。
小十郎が居ないとなると、もちろんそれでもどうにでもなるだろうが、相当自分の生活はつまらなくな
るだろうし何よりも彼と会えないのはとても寂しい。
果たして小十郎は佐助のどこが気に入らないのか―――否、気に入らないというならもちろん彼は最初
からすべて気に入らなかったに違いないのだけれども、ある時期からそれに範囲がついたのだ。だから
急に機嫌が悪くなったりする。佐助は小十郎の機嫌が悪くなることに対しては何の文句もないし、むし
ろ嬉しいくらいだけれども、会えなくなるのは矢張り困る。
だから矢張り考えなくてはならない。
何が良くて何が良くないのか。
よくよく考えても、佐助にはその境目がまったく解らなかった。

「だからつまり、あんたは取り敢えず、「性欲処理」がしたいのかなと思ったンだけど。俺様で」

解らなくても小十郎には会いたい。
しかし会う以上は取り敢えず「そのつもり」を理解しなくてはならない。佐助はそれで、本当に取り敢
えずの結論を携えて、春先にまた奥州に行ってみた。小十郎は畑に居た。佐助が里芋の大きく茂った丸
い葉を千切ってそれを日除けに差していたら、鍬で思い切り葉を切り裂かれた。
佐助はざっくりと切り裂かれた芋の葉を見下ろしながら、自分の取り敢えずの仮説が目下外れていたと
いうことをぼんやりと知った。
佐助は芋の葉を背後に放った。

「右目の旦那、あんたどうして怒ってンの?」

小十郎は返事をしない。
親の敵みたいに土を耕している。小十郎には親の敵が沢山居る。
佐助は土手にしゃがみ込み、ほおづえを突いて小十郎の農作業を眺めるしかない。無視されるのは今に
始まったことではないけれども、この沈黙はなんだか意味深でいやだ。佐助の存在をないことにする為
の無視ではなくて、無視するという行為によって、何かしらを佐助に伝えようとしている。
佐助は眉を寄せて、ほうと息を吐いた。

「ね、もう降参。答え教えて頂戴よ」

沈黙がぬるくていやだ。
佐助はうんざりと足を投げ出した。こんなのは小十郎らしくない。彼が鍬で切り裂くなら芋の葉ではな
くって、佐助そのものであるべきだったのだ。それなのに小十郎は芋の葉を切り裂いた後は鍬を本来の
用途としてしか使っていない。
そんなのはまるで愉しくない。
でも愉しくないと言えば小十郎はまた出ていけと言うだろう。悩ましいことだ。佐助はにこりと愛想笑
いを浮かべて小十郎を眺める。小十郎はざっくりと鍬を土に食い込ませてからようやっと顔を上げた。
首にかけた手拭いで汗を拭い、息を吐いて視線を落とす。

「帰れ」

一言吐いて小十郎はまた鍬の柄を握った。
佐助はしばらくぼうと呆けて、それからくしゃりと顔を歪めた。

「どうしてそうなっちゃうのかね」

と問うてみても小十郎は答えない。
佐助は態とらしく芝を踏み付けて立ち上がった。小十郎は顔を上げない。佐助は眉を寄せ、足音を殊更
に大きく響かせて土手を下りた。小十郎は顔を上げない。佐助は畑に足を踏み入れた。丁寧に整えられ
た畝を踏みにじる。
小十郎が弾かれたように顔を上げた。
佐助は飛び切り情けない顔をして見せた。

「俺様、あんたに惚れてるだけなンだけど」

なのに顔を見て貰うだけでここまで骨を折らなければならない。
前はこうではなかったのだ。もっと前には、小十郎に恋をしたばかりのときには、きちんと小十郎は佐
助のことを見ていたように思う―――佐助の望むような、あの平等な殺気でだ。
いつからかそういうふうに見てくれなくなった。
淋しくって仕様がない。
小十郎は目を細めて佐助を睨んでいる。

「―――俺は」

しばらくして絞り出された声に、佐助は目を見開いた。
小十郎は満面に不快を貼り付けて、それに呆れを混じらせて、もう処置の仕様のない病人を前にする医
者のような顔をして、薄い唇を緩慢に動かしている。声には疲れが伺える。小十郎は佐助と共に居ると
いつもとても疲れるようだ。
俺はな、と小十郎はその疲れた声で言う。

「妻が居る」

佐助は首を傾げた。
妻。

「はあ」
「見たことはあるか」
「はあ、まあ」

唐突な話題にすこし惑いつつ、佐助は首を縦にこくりと傾けた。小十郎は佐助から視線を外して鍬の柄
に顎を乗せ、どう思う、と言葉を続ける。妻の話はまだ続いている。佐助は首を縦から横に傾げ直して、
記憶の端のほうにある目の前の男の細君について思い出そうとした。
一度か二度、忍び込んだら小十郎がその奥方と共に居るところを見たことがある。
小十郎が大きい男なので、その比較でということもあるだろうが、彼の妻はとてもちいさい女だった。

「ちいさかったね、随分」
「それだけか」
「そうだねえ、―――はあまあ、」

別嬪さんだったんじゃない、と佐助は一応言ってやった。
正直顔はそんなに明確に覚えてはいないのだけれども、礼儀である。小十郎は佐助の言葉に鼻を鳴らし、
そうだろうと詰まらなそうに、相変わらず佐助ではない何かを見ながら頷く。
惚れた男に妻のことで惚気られている。
佐助は軽く混乱した。

「ねえ右目の旦那。これは一体、最終的にどういう話になるんだろう?」
「聞け、阿呆」
「はあ」
「おまえも言うように俺の妻は器量よしだ」

半ばは言わされたようなものである。
佐助はこっそりとそう思った。小十郎はもちろん佐助の内情など知らないので、そのまま言葉を続けて
いる。どこか誇らしげに、それだけじゃねェ気立てもいい、と無意味に付け加えている。

「政宗様が直々にお選びになった女だからな」
「そりゃ、―――まあ結構なことですね」

佐助としてはそう言うしかない。
小十郎はまた頷いた。そして更に言う。この間の廓を覚えているか。佐助は頷いた。なかなか刺激的な
夜だった。様々な意味において。思い出すと混乱するので佐助はできるだけあの夜のことは忘れるよう
に努めている。それでもあんたはひとりで赤い打掛を羽織っていたねとからかってやると、我が意を得
たりと言わんばかりに小十郎は背を伸ばし、肘を鍬の柄に突いて佐助を見た。

「あれは誰の物だか解るか」
「はあ」
「解るか」
「―――はあまあ」

さすがに小十郎の物とは誰も思うまい。
あそこんちの誰かのじゃないの、と言うと、そうだ、と小十郎は頷いた。

「おまえが来るまでは、あの座敷にも女が居た」
「へえ」

そうだったのか。
成程そういうこともあるかもしれない。なにしろ廓なのだから。佐助は豪勢でいいねと感想を述べた。
小十郎はしばらく佐助の顔を眺めてから、ふと視線をまた土の上に落とした。その仕草は佐助に諦念の
ようなものすら感じさせた。ああこいつはもう駄目だと言っているような、絶妙な視線の落とし方だ。
多分、今の会話で小十郎は佐助に何かを伝えたつもりなのだ。
佐助は顎に手を置いて、小十郎の表情を見ながら考えてみた。はて。

「ええと、」

なんだろうか。
彼の妻と、彼の廓の女。
佐助はううんと唸って、それから手を打った。小十郎は視線を上げない。

「右目の旦那ってもてるね。羨ましいなあ」

取り敢えず何か言ってみたがもちろんそんな適当な言葉で小十郎が納得するわけもない。佐助はまた眉
を下げて、顔を下げてしまった小十郎を、しゃがみこんで下から覗いた。目が合う。
小十郎が深く息を吐いた。
おまえは阿呆だ、と言う。

「それとも態とか」
「え、なにがだろう?」
「―――態とだったら膾にして畑に埋める」

低い地鳴りのような声で言う。
佐助は久々に聞いた小十郎のそういう言葉に、一瞬だけ胸を高鳴らせてしまった。慌てて顔を堅く取り
繕う。小十郎は一瞬不快げに顔を歪めたが、諦めたように首を振ってから、どん、と佐助の胸をてのひ
らで軽く突いた。息を吐き、忌々しげに手拭いで括ってある髪を掻く。
いいか、と言う。
いいかよく聞け。

「俺は強いておまえで「性欲処理」をしなけりゃならん程、其方に不自由しちゃいねェんだよ」

佐助は目を丸めた。
ついでに口をぽかりと開けた。

「出目金みてェな間抜け面をするんじゃねェ」

小十郎が鬱陶しげに佐助の胸をまた突いた。
今度はすこし力が強かったので、抵抗を忘れた佐助はそのまま土に尻を付けた。小十郎を見上げると、
なんとも言い難い顔で此方を見下ろしていた。小十郎の背後には薄い青空が広がっている。春のぼんや
りとした青に、矢張りぼんやりとした薄い雲がかかっている。
小十郎の顔のいろも、それに似ているようだった。
なんだかぼんやりとしていて、明瞭でない。

「え」

随分経ってから、佐助は間抜けた声を吐き出した。
くるりと光彩を回して小十郎を凝視する。小十郎は軽く顎を持ち上げて、舌打ちをして佐助から視線を
逸らす。佐助は目を瞬かせた。
小十郎はすこし罰が悪そうに見える。
何故だろう。

「右目の旦那」

声をかけると、気怠げに視線が佐助に向けられる。
その視線にも何かしらの意味はありそうだったけれども、佐助にはもちろんよく解らなかった。

「右目の旦那、ねえそれってさ、―――ええと、つまるところどういう、」

全部言い切る前に佐助の口は小十郎のてのひらで塞がれた。
驚いて目を瞬かせると、いやに近いところにある小十郎の目が、すっと細まったかと思うと、それに次
いで佐助の顎に彼の吐息が軽くかかった。溜息である。それだけの意味なのに首筋が粟立った。
小十郎はその距離のまま、おまえの馬鹿な言葉はもう沢山だと毒づく。
もう些ッとも聞きたくねェ。
うんざりだ。

「これで最後だ」

佐助は息を飲んで、てのひらで口を塞がれたままこくりと神妙に頷いた。
最後だと小十郎が言う。ならば矢張り、これが最後なのだ。小十郎のてのひらが退いた。佐助は息を吐
いて、視線を上げる。小十郎の夜色の目は、真昼間であっても矢張りおそろしくただ黒かった。
その目が不意に近くなる。
触れるかと思ったが唇は触れてこなかった。

「戦場でもねェのに、欲の為だけに男なんぞ抱かん」

ひどく近くで小十郎が言う。
風が吹いて、若葉の揺れる音が鼓膜を揺らした。それに次いで小十郎の声も佐助の鼓膜を揺らす。若葉
の揺れよりも更にざらついた感触の音は、耳から体に這入り込んで、血潮の一滴までにも浸透していく
ような響きすらある。
その声が言う。
俺がおまえを、抱くなら。

「それは「性欲処理」とは、別の物だ」

途端、声が髪の天辺から足の指先まで、隅々でぱちんと弾けた。
佐助は弾かれたように小十郎からはっと飛び退いた。耳をてのひらで覆う。まだそこに小十郎の声の感
触がこびり付いている。不快だか寒気だか知れぬものが首筋の辺りで蠢いている。
佐助は慌てて首の裏も擦った。

「おい、阿呆の変態しのびよ」

鼠か何かのように飛んだ佐助に、小十郎は鬱陶しげに髪を掻き毟って見せた。
そして膝を打って立ち上がり、俺の「そのつもり」はこういうことだ、といやに疲れた声で吐いて、そ
れが不満ならもう俺に近寄るなと断ち切るようにばっさりと結んだ。
俺だって、いやむしろ俺こそ死ぬ程不満なんだ。
選りに選って、おまえみてェな変態、誰が好んで捕まるものかよ。

「言っておくが」
「へっ、―――は、あ」
「俺はおまえが泣いてるのを見ても些ッとも愉しくない」

ついでに言えば閨でまで血ィ見るのは更ッ々御免だ。
縄も火も張形も薬もお呼びじゃあねェ。

「てめェだけ好い情交なんざ野暮か下郎のすることだろう。そんなのは御免被る。第一俺が詰まらん」

小十郎は放ってあった鍬を背負った。
そして忌々しげに息を吐き、佐助を同情するような視線で見下ろした。
嫌か、と問う。佐助は黙ったまま小十郎を見上げた。小十郎は首を振った。もう諦めているような顔を
している。嫌だろうな、そりゃ、おまえさんはよ。
佐助はまだ黙っている。
何を言うのがいっとう適切かを計っているのだけれども、言葉は何処にも見つからない。何かを言わな
くてはいけないということは解る。小十郎は最後だと言うのだ。ではここで間違えたら小十郎はほんと
うに最後にするだろう。間違えてはいけない。小十郎がもどかしげに佐助を見ている。佐助はくしゃり
と顔を切なげに歪めた。
その目はまるで平等ではない。
佐助はどうしていいか解らなくなった。
そしてとうとう、小十郎が佐助を見限った。

「なら、仕様がねェ。互いに縁が無かったという、まァ、そういうことだ」

小十郎は軽く笑う。
佐助は益々顔を歪めた。なんて顔だ。こんな顔をさせたかったわけではない。
小十郎は佐助を置いて土手を上がって行ってしまった。引き留めるべきか否かで佐助は迷った。迷った
けれども、引き留めるとして、では自分は彼の何を引き留めればいいのかがよく解らなかった。何時の
間にか佐助の望んでいた小十郎は消えたのである。小十郎はあんな目で戦場の死体を見てはいなかった
し、最初に佐助を見たときもあんな目ではなかったし、況んや虫の死体に向ける目も決してあれではあ
りえないのだ。ぬるい夏の夜のような、水気のある湿った目だ。佐助は背筋を震わせた。
その震えが不快なのかどうかはよく解らなかったけれども、兎も角も佐助の恋した小十郎はもう居ない
のである。消えてしまったのだ。佐助の知らないうちに何処かへ行ってしまった。
佐助は首を曲げて空を仰いだ。
薄い青に、ほう、と息を吐き上げる。
息は真っ直ぐに出て行かなくて、なんだかひどく胸の辺りが痛んだ。











 
 
 
 
 
 




デレの説明ってお笑いのネタを説明するくらい恥ずかしいと思います。
あとこの佐助は我ながらどうかと思うくらい気持ち悪いですね。とてもたのしいです。

もう二話くらい続きます。


空天

2009/09/03


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