殺してやりたい、と思った。

真田幸村が甲斐に帰り、それから三日ほど経って現れたしのびは手ぶらだった。また奇術のように背中から愛刀を出し てくるのではないかと思った小十郎は、例の如く屋根裏から降り立ったしのびを無言で引き倒し、手拭いで縛り付けて 忍装束を探ってみたがなにも出てこない。
もう昼間から片倉の旦那ってば、盛った猫じゃないんだから。
手拭いで手を縛られた猿飛佐助はそう言って首を振る。

「俺、昼間っから盛るのはちょっとどうかと思うな」
「死にたいのか」

黒龍はないが脇差しはある。
それに手をかけると、佐助は真顔で、

「鉄屑」

と言った。
舌打ちをする小十郎に、佐助はへらへらとほおを緩ませながら、いやあこっちもちょっと事情が変わっちゃってねえと 飄々と言う。事情。小十郎は眉をあげた。佐助は笑いながら、いつの間にやら手拭いを解いてそれをくるくると回して いる。旦那がねえ。佐助は言う。

「もっかい会いたいって、きかないんだよ」

そして笑う。

「会ってくれれば、返したげる」

殺してやりたい。
小十郎は静かにそう思った。



























  し の ぶ れ ど  

あ ま り て な ど か 





























しのびが言うには、真田幸村は魂が抜けたようになっているという。
ぼんやりとしてさ。佐助はすこしだけ不満げに唇を尖らせながら言った。一日中空見上げて時々顔真っ赤にして、ありゃ ぁどっからどう見ても恋煩いだね。お医者様でも草津の湯でも、だ。

「うちの大将も呆れちゃってさ。だったら会いに行けェッ、てこないだ一喝されちゃった。
 それでうちの旦那も単純だからさ、もう会う気満々なわけ。突撃しそうなのを俺がなんとか押さえて、とりあえず今は城下で宿取って待ってる。
 けど、ま。いいとこ三日ってとこだ」
「若ェな」
「俺らと違ってね」

佐助は笑って、だから早くしてね、と言う。
小十郎は顎をさすって眉を寄せた。幽里は人気の遊び女であるから、指定するのも一々手間を取る。が、小十郎が言え ばおそらくあの女はすぐにでも座敷を用意する。ただ二度続けて他の男の相手をさせることに、存外情の濃い遊び女が しぶることはあるやもしれぬ。

「三日、ね」

無理かもしれねェぞ、と小十郎は言った。
佐助は目を瞬かせる。

「なんで」
「予約制だ」
「―――よやくせい」

いやにゆっくりと佐助は小十郎の言葉を繰り返す。
それから随分と人気者なんだね、と言う。まァ傾城と評判だからな、と小十郎が返すと、佐助は眉を寄せて口元を歪め て、はあ、と間の抜けた声を出した。なかなか聞かない声だ。あるいは冬眠開けの熊ならこういう声を出すのかもしれ ない。まあある意味傾城かとつぶやきながら立ち上がる佐助に、小十郎は首を傾げる。
なにかに目の前のしのびは引っかかりを覚えているように見えた。

「どうかしたか」
「いや―――うん、うちの旦那の趣味もどうかと思ってたけど、案外世間てのは物好きなおひとで溢れてるもんなんだ  なあって思ってるところ。
 へえ―――うん、そうかぁ。傾城ねえ」
「言ってる意味が掴めん」
「ああ、こっちの話」

佐助はにこりと笑い、宿の名を告げた。
都合が付きそうなら連絡をくれと言う。しばらくは滞在してるからさあ、と続けるしのびに、小十郎は甲斐は暇なのだ なと思う。だから性懲りもなく奥州に単身政宗と決闘などしにくるのだろう。迷惑なことだ。
おのれの主もそう変わらぬということは棚に上げて、小十郎は眉を寄せる。
それじゃあね。佐助はひょいと飛び上がり、屋根裏に潜り込んで笑った。鉄屑返してほしくなけりゃ、とっとと頼みま すよとけらけらと笑うしのびに、小十郎は手拭いを投げつけたがそのまえに佐助は天板で穴を塞いだ。
ぱさりと落ちてくる手拭いに、小十郎は舌打ちをする。

「まァ、かわいいこと」

廓を訪ねると、幽里はそう言ってころころと笑った。
昼間だったのでまだ化粧もしていないうえに、装いも地味である。それでも普段は古風に髪を唐輪に高く結い上げてあ るのが、無造作に玉結びで止められているふうなのがどことなく艶めいて見えた。普段の引き付け座敷ではなく、幽里 個人に与えられている座敷で小十郎はなんとはなしに見慣れぬ女を見る。解れ髪がくすんだ肌に垂れ下がっているのを 掬ってやりたいような気がした。
引き受けてくれるか、と問うと、幽里は艶然と口角をあげる。

「そこまで焦がれた殿方を袖にするは、傾城の幽里の名が廃る。
 ましてつれない憎らしくもいとおしい片倉様のお頼みを、どうして無下に致しましょうや」
「助かる」
「そのお言葉だけで、妾は十分」
「好い女だな」

そう笑うと、幽里も笑む。

「好いた男の前では、どんな女も好い女じゃ」

白地に若草色の矢絣模様が鮮やかな小袖の袖口からしろい手が伸びてくる。
小十郎はそれを手で取って、口元へ持っていく。つめたくやわらかい手を唇でなぞりながら、ふと問うてみた。

「あの坊やは、きちんと出来たか」
「オヤ下世話な」
「まァ気にはなる」

なにしろ接吻すら知らぬ男だ。
幽里はくつくつ笑いながら、心配無用、と言う。立派なおのこでしたぞと続ける幽里に、小十郎はひょいと眉をあげた。 意外だ、と思う。幽里はうっとりと言う。

「妾もたのしみ」

女の目が上弦の月のように歪むのを、小十郎はぼんやりと眺めた。
ふうん、と鼻を鳴らし、ちいさく笑む。

虎の若子にまた会うのが、なんとなくたのしみになっていた。


































先日とおなじ座敷で杯を傾けていると、からりと襖が開いた。
禿が頭を下げる。その後ろに視線を投げると、瑠璃色の小袖に生成の袴がすずやかな幸村が立っていた。かすかにほお が赤い。小十郎は苦く笑って、禿を退かせた。
禿が襖を閉じると、幸村の肩がひくりと震える。

「俺相手に気を張ってどうする」

腰を下ろせと言うと、幸村は素直にそれに従った。
杯を進めると幸村は意を決したように飲み干した。思わず目を見開く。

「本日は」

席を設けて頂いて有り難く思うております。
小十郎は背を窓の桟にもたれさせながら幸村の口上を聞いた。前回とは雲泥の差だ。女を知るのはたしかに男を変える のだとなんとなく感心しながら、真っ直ぐにこちらを見据えてくる大きな目にちいさく笑いかける。

「どうやら幽里は巫女だったらしい」
「はあ」
「随分と変わった」

一端の男に見える、と言うと幸村の顔がぱあと輝いた。
小十郎は目を細めた。おのれの主にはない、犬のような素直さがどことなくくすぐったい。
もうすこし何かを話していたいような気もしたが、幸村にしてみれば一刻も早く幽里と見えたいであろう。杯に残って いた酒を全て飲み干し、小十郎はでは、と立ち上がろうとした。
が、幸村が小十郎の膝をがしりと掴む。

「片倉殿」

顔が赤い。
大きな目がいやに必死ないろを湛えている。
小十郎は眉を寄せた。幸村の指の力が強すぎて膝の皮膚が引きちぎれそうだった。痛ェよと言うと幸村は慌てて膝を手 放すが、それでも体は寄せたままにしている。いやに近い距離が鬱陶しいので、小十郎はすこし離れろと言おうと口を 開いた。

「おい、おまえ―――」




「ちょいと黙っていただきますよ、片倉のだーんな」




すたんと背後に何かが降り立った。
そして笑い声がして、振り返る間もなく脇の下にするりと腕が入り込んで拘束される。身をよじるとちゃきりと首もと に鋭い手裏剣の刃が突きつけられた。
低くよく響く声が、静かに笑い声をたてる。

「てめェ―――しのび」

唸ると、猿飛佐助はまた笑った。

「大正解。ほらほら、動くと死んじゃうぜ」
「何のつもりだ」
「何のつもりもなにもありませんよ。てゆーか、ほら」

だんな、と佐助が幸村に呼びかける。
ぼうと呆けていた幸村が、ふと視線を上げる。佐助は小十郎を拘束したままに、ほら旦那はやく、と幸村に笑いかけた。 なんなら腕の一本や二本縛り上げてやろうか、やりやすいように。

やりやすい。

小十郎は首を傾げる。
やりやすいって、何の話だ。

「おいしのび」
「ああ、煩いなあ。ほら旦那、俺もそろそろ腕疲れてきたからはやくやっちまってくださいよ」
「さ、佐助ッ」

幸村が声をあげた。
顔が真っ赤になっている。

「そ、其はそのようなことは望んでおらんッ」
「えぇー、でも惚れてンでしょ」
「そ、それは」

そうでござるが、と幸村は視線を畳に落とした。

「だったら案ずるより産むが易し。大事なのは経過じゃなくて結果ですよ、旦那。
 とっととやっちまって既成事実作って、ついでに旦那じゃなけりゃ満足出来なくなるまでにしてあげなよ」
「は、破廉恥でござるッ」
「そんくらいしねえと、このおひとは旦那の物にゃならないぜ」
「其は、ただ」
「あっまいなぁ。今田屋の団子より甘いぜ、真田の旦那」
「―――おい」

小十郎は眉を寄せながら声を挟んだ。
幸村と佐助は、今小十郎の存在に気付いたとでも言うように視線を投げてくる。幸村はそれで真っ赤になって固まった が、相変わらず小十郎を羽交い締めにしている佐助はなんかよう、とうそぶいた。
いつか殺してやるという決意を固めながら、小十郎は話が読めん、と吐き捨てた。

「何の話だ」

ぱちくり、と佐助の丸い目が何度か瞬かれた。
そしてひどく馬鹿にしたように、はあ、と口が開く。

「今更何言ってンの」
「今更だと」
「そうだよ。俺言ったじゃないのさ」
「何をだ」
「事情が変わったって」

確かに聞いた。
それがなんだ。また問うと、佐助は眉を寄せて口を閉じ、しばらく品定めをするように小十郎をじいと凝視してから、 目を丸めた。そして、ああ、と声を漏らす。
するりと佐助の腕が脇から離れた。小十郎が身構えると、佐助はひらひらと手を振って、こら駄目だよ旦那、と息を吐 きながら言った。随分最初っから始めないと。幸村は顔を赤くしながら、其は最初からそのつもりだとちいさくつぶや いている。小十郎にはすこしも理解が出来ない。

「そーう。じゃ、俺様はとっとと退散いたしますかねぇ」

あとは若いお二人でごゆっくり。
佐助はにこりと笑って、襖を開いた。そしておや、と声を出す。
小十郎が振り返ってみると、幽里が目を丸くして立ちつくしていた。しのび装束の男が急に現れれば肝の据わった遊び 女でもそうなるだろう。ゆうさと、と小十郎が声をかけると、ようやっと女はほうけた顔を引き締める。
こちらの殿方は、と幽里が問うのに、小十郎の代わりに佐助が応えた。

「俺はこちらの旦那のまァ、保護者みたいなもんですよ。
 ちょっと行き違いがあったみたいで、申し訳ないんだけどね」

今夜あなたに出番は無いんだ。
佐助の言葉に、はぁ、という音が幽里と小十郎の両方の口から漏れた。女のそれは呆れたように、小十郎のそれは苛立 ちの入り交じった殆ど怒声のように発せられる。佐助はきょろきょろと女と小十郎に視線をやって、またにこりと笑っ てからまあまあ、と言う。
幽里のなだらかな肩に佐助の手がかかった。

「あっちはあっちで大事な話があるんでね。
 あなたも馴染みの客と、筆下ろしをしてやった客の顛末は気になるでしょう」
「あら―――あぁ、そういうことで御座ンしたか」

ちらりと幽里が笑む。
小十郎は目を細めた。女の切れ長の目が好奇心でひかっているのが見えた。おい幽里、と声をかけるがころころと笑い ながら片倉様も水くさいこと、と返された。佐助と幽里の目が、両方とも上弦の月のようにこちらを見ている。
さなださま、と幽里は幸村に声をかけた。

「お気張りなさいませ。片倉様は、難しいお人じゃ」

幸村がそれにうむ、と力強く返す。
佐助は幽里の髪に鼻先を埋めて、これで決まりだねえと笑う。

「それじゃァ、旦那頑張ってくださいな。
 ところで幽里、だったかな。あなたの今宵のお相手として、俺じゃァちょっと役不足かい」
「野暮なことをお聞きじゃ」

幽里は笑った。
小十郎は目を閉じて首を振る。馴染みの遊び女の機嫌が好いのはすぐに解る。あわわ、と目の前の幸村が慌てた声を出 しているので、後ろではしのびと遊び女が口付けでも交わしているのかも知れない。
からり、と襖が開く音がした。

「片倉様、今度お話ししてくださいませ」

上機嫌な幽里の声に、小十郎は黙って手を上げた。


































佐助と幽里の去った後の座敷は、しぃんと沈黙が落ちた。
幸村が何か言うのを小十郎は待っている。が、幸村はただ小十郎を眺めているだけで何も言おうとしない。行灯のひか りの橙と、障子から零れてくる外の闇だけが座敷に拡がって、小十郎はすこしずつ苛ついてきた。

―――言いたいことがあるんじゃねェのか。

言ってやってもいい。
そうも思う。もし目の前の虎の若子が、この間と同じような情けない顔をさらしていたのなら小十郎は迷わずにそうし ただろうと思う。傾けていた杯を畳の上に置いて、小十郎はちらりと視線をあげた。
幸村の目とひたりと合う。
それが細められた。

あれは、たぶん笑顔だ。

小十郎は視線をまた杯に移した。
あんな顔をされる理由がわからない。そもそも、と小十郎は思った。幸村がなにを望んでいるのかもよくわからなかっ た。幽里と会いたいのだと思っていたらそうではなかった。そこまではわかった。しかしその後がよくわからない。 佐助は言った。大事な話がある。ではその為にこの男は今おのれの前に坐っているのではないのか。しかし幸村はひど く満ち足りた顔で小十郎を眺めるだけで、一向になにか言葉を発しようとはしない。
そうやって恐らくは四半刻ほどが過ぎて、小十郎がもうそろそろ何もかも放り出して寝入ってしまおうかと思いだした 頃に、

「片倉殿」

幸村が言葉を発した。
ついと顔を上げる。幸村はかすかに酒で顔を赤らめながら、困ったように笑っている。どうした、と問うと、細い首が 左右に振られた。なんでもないでござるよ、と言う。
呼んだだけでござると続けられて小十郎は目を細めた。

「なんだ、そりゃァ」
「それだけでござる」
「それだけ」

首を掻きながら小十郎は繰り返した。
そう暇じゃねェんだが、と嫌味がてらつぶやいてやると、幸村は殊更に大きな笑顔を顔一杯に浮かべてから、有り難い と言う。小十郎は眉を寄せて、目を瞑った。言葉が通じていない気がする。
常々通じなそうだとは思っていたが、やはり通じないのだ。

「てめェ、何がしたかったんだ」

呆れ果てて小十郎が零すと、幸村は大きな目をぱちくりと瞬かせた。

「何がしたかったか、でござるか」
「おう。何かあるんじゃねェのか」
「あったでござる」
「じゃァ言え」
「もうしてるでござる」
「あァ」

小十郎は素っ頓狂な声を出した。
幸村は相変わらずほおすこし赤らめながら―――気色悪いと小十郎は顔を歪めた―――其はただ片倉殿とまた会いたか ったのでござるよ、と答える。あァ。小十郎はまたおなじような声を出した。
意味が分からない。
心底から意味が分からない。

「なんだって」
「片倉殿とまた会いしとうござった」

幸村が笑いながら言う。
小十郎はしばらく黙り込んで、首を傾げた。

「何故」

幸村は眉を寄せて言葉を詰まらせた。

「それは」
「何故だ」
「その」
「うん」
「―――これまで」

これまでは、と幸村は言った。
これまでは、其は片倉殿のことを誤解しておりました。政宗殿と共にいらっしゃる貴殿は常に厳しく険しい顔しか見せ ぬし、それに其は敵としてしかお見えしたことがござらん。痛い程の殺気しか、其は貴殿から貰ったことがなかった。 それが、と言いながら幸村はちいさく笑んだ。

「このあいだ、片倉殿が笑ったところを初めて拝見致しました」

小十郎は笑ったかな、と思った。
笑ったかも知れない。しかし笑みなど浮かべたからどうということもあるまい。それこそ幽里のような磨き抜かれた笑 顔ならともかく、男の笑顔など一文の価値もない。
幸村はやはり笑みを浮かべながら、照れたように感動したでござるよ、と言う。
かんどう。
勘当。
間道。

「―――どの字だ」

小十郎はまた首を傾げた。
幸村も首を傾げた。

「感じるに動くでござる」
「それか」
「うむ」
「意味がわからん」
「心が動いたでござる」
「知ってる」

杯を傾ける。
生ぬるくなった酒が喉を通り抜けていく感覚が気色悪い。
幸村は笑っている。何も言わぬ。小十郎も何か言うべきことも思い浮かばなかったので、ただ杯を重ねた。
またしばらく経ってから、また見たいと思ったでござる、と幸村は言う。小十郎はすこし考えてから、そうか、と返し た。特にそれ以外に言うことがなかった。笑えと言われて笑えるものでもない。
すこし間が開いた。幸村は杯を握りしめている。顔は赤かった。よく顔が赤くなる男だなと小十郎は思った。

たぶん。

幸村は心持ちふるえた声で言った。









「たぶん、其は片倉殿をお慕いしております」









小十郎は黙った。
それから首を傾げた。

「おまえが」
「うむ」
「俺を」
「そ、そうでござる」

すこしだけ詰まってから幸村は頷いた。
小十郎はなんでだ、と問おうとして、そういえば先刻その理由は聞いたなと思い直す。そうしたら言うことがなくなっ た。その先を続けるかと思った幸村は何も言わない。
ただどこか嬉しそうに笑っている。

「悪いが、俺にその気はねェ」
「其にも無いでござるよ」
「どうすんだ」
「どうもせぬ」

幸村は笑いながら、ただ今日はそれをお伝えしたかっただけでござる、と言う。
それだけか。小十郎が問うと、幸村は頷いた。そうか。小十郎はつぶやいた。やはりそれ以外に言うことはなかった。 そのうちに酒が無くなって、空になった徳利を揺らしていると、幸村が眠そうに欠伸をするので小十郎はもう寝るか、 と問いかける。幸村は涙を浮かべたまま頷いた。
床を延べているうちに幸村は寝てしまった。

「おい」

足の先で蹴ってみるが起きない。
仕様がないのでずるずると引きずって寝具に突っ込んだ。本来なら幽里と座敷を取っていたのだが、今頃はあの女もし のびと楽しんでいるだろう。小十郎は忌々しげに舌打ちをした。
おのれを恋うているという男と何が楽しくて一つ部屋に寝なければいけないのか。すやすや眠っている幸村を憎らしげ に見下ろしたが、その寝顔があんまり脳天気で幼いので小十郎は思わず苦く笑ってしまった。
毛布をかけてやると、ころりと幸村が丸まる。猫かなにかのようだ。
障子を開くと外の闇が座敷のなかに入り込んでくる。ちらちらと星がそこに散らばっているのを眺めながら、小十郎は 深く息を吐いた。面倒臭ェ、とつぶやく。
拒絶すればいいのだが、何がしたいとも言われぬままでは拒絶しようもない。

「―――接吻が悪かったか」

刺激が強すぎたかもしれない。
今更言っても仕様がない。むしろ幸村がまた接吻をしたいと言うのなら話は早かった。ぶん殴って二目と見れぬ顔にし て追い返してやればそれで事足りる。


幸村はただ慕っていると笑う。


小十郎はまた息を吐いた。
一直線に向かってくる慕情をどう振り払えばいいのか解らなかった。












ますます漂うこじゅゆき臭。
そして佐助を出し過ぎだということは突っ込まれなくても解ってます。さすこじゅじゃなくても出てくる。なんで。

空天
2007/05/28


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